令和5年(2023年)4月1日より、改正個人情報保護法が全面施行されました。これにより、地方公共団体等の個人情報保護制度は、従来の各自治体の条例ごとの運用から、法律による全国的な共通ルール(法の直轄)へと移行しました。
本記事では、実務上極めて重要な【第78条(保有個人情報の開示義務)】について、施行後の運用実務を踏まえ、情報公開制度との間で生じうる「齟齬(そご)」や「制度の谷間」に焦点を当てて解説します。
1. 第78条:保有個人情報の開示義務とは
第78条は、行政機関等の長に対し、開示請求があった場合の「原則開示義務」を定めています。 行政機関や地方公共団体が保有する公文書(保有個人情報)に対し、本人から開示請求があった場合、法律で定められた「不開示情報」が含まれている場合を除き、必ず開示しなければなりません。
◆法の規定(個人情報保護法 第78条)
(保有個人情報の開示義務) 第七十八条 行政機関の長等は、開示請求があったときは、開示請求に係る保有個人情報に次の各号に掲げる情報(以下この節において「不開示情報」という。)のいずれかが含まれている場合を除き、開示請求者に対し、当該保有個人情報を開示しなければならない。 (※各号の詳細は後述および法令条文を参照)
2. 情報公開制度との「制度の谷間」とは何か
今回の改正において、地方公共団体の実務担当者が最も留意すべき点は、「個人情報の定義」の変更に伴う、情報公開制度との不整合(制度の谷間)です。
「容易照合性」が生む矛盾
改正法の下では、個人情報の定義が全国一律化され、特定の個人を識別できるかどうかの基準に「容易照合性(他の情報と容易に照合して特定できるか)」の概念が厳密に適用されます。
ここで問題となるのが、**「本人が開示請求をする場合」と「第三者が情報公開請求をする場合」**のギャップです。
- 個人情報保護法(開示請求): 容易照合性を基準とするため、行政機関側で「容易に照合できない」と判断された情報は、たとえ本人の情報であっても「保有個人情報」に該当しないとされ、開示請求の対象外となる可能性があります。
- 情報公開条例(公開請求): 一方で、その情報が公文書として存在する場合、第三者からの情報公開請求の対象となります。
この結果、「自分の情報は(個人情報ではないとされ)開示されないのに、第三者には(公文書として)公開されうる」、あるいは逆に「本人が自分の情報を確認したいのに、どの制度を使っても確認できない」といった「制度の谷間」が生じる恐れがあります。 これは、自己情報のコントロール権(プライバシー権、知る権利)の観点から見て、実務上の大きな課題となり得ます。
3. 第78条における「不開示情報」のポイント
第78条各号では、開示義務の例外となる「不開示情報」が列挙されています。実務で頻出するポイントを整理します。
- 開示請求者自身の生命・財産等を害する情報(第1号) 本人が知ることで、かえって本人の健康や生活が脅かされる場合です(例:病気の告知に関わる機微な情報など)。
- 第三者に関する情報(第2号) いわゆる「個人に関する情報」です。氏名等で特定できるものだけでなく、識別できなくても他人の権利利益を害するおそれがあるものは不開示となります。
- 公務員の氏名等(第2号 ハ): 公務員の職務遂行に係る情報は、原則として開示対象(慣行として知ることができる情報)となります。ただし、氏名の公表により、その担当者に著しい不利益が生じる具体的おそれがある場合は、例外的に不開示となるケースもあります。
- 法人等に関する情報(第3号) 企業のノウハウや営業秘密にあたる情報です。開示により、その法人の競争上の地位や正当な利益を害するおそれがある場合は不開示となります。
- 審議・検討等に関する情報(第6号) 意思決定過程にある情報で、開示により率直な意見交換が損なわれる、または不当な混乱を生じさせるおそれがある場合です。
- 事務・事業の遂行に支障を及ぼす情報(第7号) 監査、検査、契約交渉、試験事務など、開示によって事務の適正な遂行が困難になる場合です。
4. 地方公共団体における条例との調整(第78条第2項)
改正法第78条第2項は、地方公共団体の特殊性を考慮した「読み替え規定」です。
地方公共団体においては、各自治体の「情報公開条例」との整合性を図るため、情報公開条例で「開示する」と定めている情報は、個人情報保護法上の不開示情報から除外(=開示)し、逆に情報公開条例で「不開示」としているものについては、整合性を確保するために条例で定めて不開示とすることが認められています。
自治体の条例担当者は、この規定に基づき、例規整備(条例と法のすり合わせ)を確実に行っておく必要があります。
5. 実務手続きの改善点:任意代理人の容認
実務手続き面での大きな変更点として、開示請求における「任意代理人」の容認(第76条第2項関連)が挙げられます。 従来は法定代理人(親権者や成年後見人等)に限られていましたが、改正後は、本人の委任を受けた弁護士や行政書士等の任意代理人も開示請求が可能となりました。これにより、手続きの利便性が向上しています。
まとめ
改正法の施行により、地方公共団体の個人情報保護実務は「法の解釈」と「条例による調整」の高度なバランスが求められるようになりました。 特に第78条の開示義務と不開示事由の判断、そして情報公開制度との「谷間」への対応は、コンプライアンス(法令遵守)の観点からも、住民の信頼確保の観点からも極めて重要です。
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