「景観利益は法的保護に値する」最高裁平成18年3月30日

東京国立市の高層マンションが景観を損なっている

として周辺住民と桐朋学園が明和地所に20メートルを越す部分の撤去を求めた訴訟

の最高裁判決です。

判決の中で「良好な景観の恩恵を享受する利益は,法律上の保護に値する」としています

(本件での損害賠償請求は否定)。

景観法が2004年に施行されいますので,司法上も乱開発に一定の歯止めがかかったと言えるでしょう。

最高裁判決の要旨

1.良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。

2 違法性の判断基準

ある行為が良好な景観の恵沢を享受する利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が,刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる。

3 本件事案での判断

南北約1.2kmにわたり直線状に延びた「大学通り」と称される幅員の広い公道に沿って,約750mの範囲で街路樹と周囲の建物とが高さにおいて連続性を有し,調和がとれた良好な景観を呈している地域の南端にあって,

建築基準法(平成14年法律第85号による改正前のもの)68条の2に基づく条例により建築物の高さが20m以下に制限されている地区内に地上14階建て(最高地点の高さ43.65m)の建物を建築する場合において,

(1)上記建物は,同条例施行時には既に根切り工事をしている段階にあって,同法3条2項に規定する「現に建築の工事中の建築物」に当たり上記条例による高さ制限の規制が及ばない

(2)その外観に周囲の景観の調和を乱すような点があるとは認め難い

(3)その他,その建築が,当時の刑罰法規や行政法規の規制に違反したり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するなどの事情はうかがわれない

これらの事情の下では,上記建物の建築は,行為の態様その他の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものではなく,上記の良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益を違法に侵害する行為に当たるとはいえない。

最高裁判決の意義

この判決は、良好な景観に近接する地域に居住し、その恵沢を日常的に享受する者が有する景観利益は、法律上保護に値する、と初めて明確に認めた点で画期的でした。これにより、景観侵害に対する民事訴訟の可能性が開かれました。ただし、景観利益を「景観権」という独立した権利として認めたものではなく、不法行為法(民法709条)上の保護されるべき利益として位置づけました。

そして、景観利益侵害の違法性判断基準として、上記にあるように

 ある行為が景観利益に対する違法な侵害にあたるか否かは、被侵害利益としての景観利益の性質や内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様・程度、侵害の経過などを総合的に考慮して判断すべきであるとしました。そして、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであるか、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる、との判断基準を示しました。

近時の判例傾向

最高裁判決後、景観利益を根拠とする訴訟は提起されていますが、裁判所が景観利益侵害の違法性を認め、原告側の請求を認容するケースは限定的です。多くの裁判例では、最高裁が示した厳しい違法性判断基準が適用され、原告の請求が棄却される傾向にあります。

  • 違法性が否定される主な理由:
    • 建築行為等が建築基準法や景観法、景観条例などの法令に適合している場合、それだけでは直ちに社会的な相当性を欠くとは判断されにくい傾向があります。
    • 問題となる景観が、歴史的・文化的な価値が明確でなく、地域住民の積極的な景観維持への取り組みも乏しいと判断された場合。
    • 侵害の程度が、社会生活上受忍すべき範囲を超えないと判断された場合。
  • 具体的な裁判例(否定例):
    • 船岡山訴訟(京都地裁判決平成22年10月5日など):マンション建設による景観侵害が争われた裁判で、裁判所は景観利益の存在は認めつつも、建築基準法等の法令に適合していることなどを理由に、違法性を否定しました。
      つまり、京都市北区の国史跡・船岡山の南側に建設されたマンションについて、周辺住民らが景観権の侵害を理由に建物の一部撤去と損害賠償を求めた事案です。​裁判所は、景観利益の侵害は認められないと判断し、撤去請求を棄却。ただし、建設工事中の騒音被害については一部認定し、住民9人に対して計約200万円の損害賠償を命じた。
    • 「まことちゃんハウス」事件(東京地裁判決平成21年1月28日など):奇抜な外観の建物の景観侵害が争われた裁判で、裁判所は周辺の景観状況などを考慮し、違法性を否定しました。

これらの裁判例からは、景観利益侵害に基づく差止めや損害賠償請求が認められるためには、単に景観が悪化したというだけでなく、最高裁が示したような、法令違反やそれに準ずる社会的な相当性を欠くような事情が必要とされていることがわかります。

景観法と景観条例の役割

平成16年に施行された景観法に基づき、多くの地方公共団体で景観計画や景観条例が定められています。これらの行政法規は、良好な景観形成に向けたルールを定めるものであり、景観利益を保護するための重要な手段です。裁判においても、問題となる行為が景観法や景観条例に違反しているか否かは、景観利益侵害の違法性を判断する上での重要な考慮要素となります。しかし、これらの法令に違反しないからといって、直ちに景観利益侵害の違法性が否定されるわけではなく、また逆に、違反しているからといって、直ちに違法性が肯定されるわけでもなく、個別具体的事情に即して判断がなされています。

景観利益と眺望利益

景観利益と関連して、特定の場所からの眺めに関する「眺望利益」も裁判で争われることがあります。景観利益が地域全体の良好な景観から得られる利益であるのに対し、眺望利益は特定の建物などからの個人的な眺めに関する利益と区別されることが多いです。眺望利益についても、その重要性や、侵害の程度などが考慮され、法的保護の対象となるかが判断されます。過去には、眺望利益の侵害に対して不法行為の成立を認めた裁判例も存在しますが、一般的には景観利益と同様に、権利性が認められるためのハードルは高いとされています。

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