はじめに:なぜ今、JAのコンプライアンスが問われるのか
JA(農業協同組合)は、単なる経済団体ではありません。日本の農業と地域社会を支える、かけがえのない社会的インフラです。しかし、その重要性とは裏腹に、近年、企業のコンプライアンス違反による倒産は過去最多を記録するなど、組織の在り方が厳しく問われる時代になりました。JAもその例外ではなく、ステークホルダーからの信頼を維持・向上させるためには、時代に即した強固なコンプライアンスとリスク管理体制の構築が急務となっています。
本記事では、JAのコンプライアンスの根幹をなす考え方から、最新の法改正や監督指針の動向、そして実効性のあるガバナンス体制の構築まで、中川総合法務オフィスの知見を交えながら深く掘り下げていきます。
1.JAコンプライアンスの礎は「定款」にあり
(1) 定款はJAの憲法
JAのコンプライアンスとリスク管理を語る上で、全ての基礎となるのが「定款」です。定款は、組合の組織、事業、運営の基本を定める、まさに国家における憲法のような存在です。今日のガバナンスが重視される経営環境において、定款にコンプライアンスおよびリスク管理に関する明確な規定を盛り込むことは、もはや当然の責務と言えるでしょう。これらの規定が欠落している定款は、速やかに見直し、改正すべきです。
(当オフィスでも、先日ある農業団体の定款をこの観点から見直すお手伝いをさせていただきました。)
(2) 先進事例:「道北なよろ農業協同組合」の定款
先進的な取り組みの一例として、北海道の「道北なよろ農業協同組合」の定款を見てみましょう。理事会の権限として、以下のようにコンプライアンスに関する事項が明確に規定されています。
(理事会の議決事項) 第57条 次に掲げる事項は、理事会においてこれを決する。 (中略) 8 コンプライアンス・プログラム(コンプライアンス・マニュアル含む)の設定及び変更
(理事会の報告事項) 第58条 組合長は、次に掲げる事項を定期的に理事会に報告しなければならない。 (中略) 4 内部統制(コンプライアンス・プログラム含む。)及びリスク管理に係る取組状況
このように、コンプライアンスへの取り組みを理事会の正式な議決・報告事項と位置づけることで、経営陣の責任意識を高め、組織的な実行を担保しているのです。
(3) 定款の重要性と改正手続き
定款は組合員および役職員を規律する内部の最高規範です。その改正には、総会の特別議決を経た上で、原則として行政庁の認可が必要となります(農協法第46条)。手続きは決して簡単ではありませんが、組織の根幹を健全に保つために避けては通れないプロセスです。
2.【2025年最新動向】監督指針の改正とJAのリスク管理
(1) 常に最新の「監督指針」を参照すべし
JAのコンプライアンス体制を構築する上で極めて重要なのが、金融庁と農林水産省が共同で策定する「系統金融機関向けの総合的な監督指針」です。元の記事では平成23年版に言及がありましたが、この監督指針は令和5年(2023年)以降も重要な改正が続いており、直近では令和7年(2025年)4月1日に適用された改正も公表されています。
古い情報に頼るのではなく、常に最新の監督指針を参照し、自組合の体制が現代の要請に応えられているか、継続的に検証することが不可欠です。
(2) 監督指針が警鐘を鳴らすJA経営の課題
近年の監督指針では、過去の不祥事事例の教訓として、特に以下の点が経営上の弊害として指摘されています。
- 特定関係者による実質的な経営支配
- 経営トップによる長期・過度なワンマン経営
- 非農林水産業向けの特定大口先の融資拡大
- 体制が不十分な状況下での有価証券の運用
- 相互けん制体制の欠如
(残念ながら、京都府内の一部の農業協同組合では、これらの課題が複数当てはまるような状況が見受けられ、マスコミからの批判も絶えません。)
(3) ERM(統合的リスクマネジメント)導入の有効性
こうした複雑なリスクに組織横断で対応する手法として、「ERM(Enterprise Risk Management):統合的リスクマネジメント」が有効です。ERMは、価値中立的なツールであるがゆえに汎用性が高く、コンプライアンスや危機管理と組み合わせることで、経営の質を飛躍的に高めることが可能です。山口県のJA周南など、先進的なJAではすでに導入され、実績を上げています。
3.JAのガバナンス:経営管理委員会制度の本質を問う
(1) 「二重トップ」は誰のためか
住専問題(住宅金融専門会社問題は、バブル経済崩壊後、住宅金融専門会社(住専)が抱えた不良債権の処理に関する問題です。農協(JA)も住専に資金を投入していたため、住専問題はJAにも影響を及ぼしました。)を契機とした農協法改正により導入された経営管理委員会制度ですが、現場では「経営管理委員会会長」と「代表理事理事長」という、事実上の「二重トップ」状態を生み出し、ガバナンスの観点から奇異に映ることが少なくありません。一体、どちらが最高責任者なのか。この構造は、組合員の意思という民主主義の基本を反映しにくくする懸念を内包しています。
(2) コンプライアンスの原点に立ち返る
コンプライアンスの原点は、組合員や地域社会といったステークホルダーからの「信頼」です。その観点に立てば、組織は外部からも内部からも分かりやすい構造であるべきではないでしょうか。制度の是非を論じる前に、この基本を忘れてはなりません。
もとより農協は、日本の地域を支える代替不可能な社会的インフラです。目先の中央の都合に合わせた「ベルサイユ政治」のような改革ではなく、地域の実情に根差した、真に組合員のためになるガバナンスが求められます。経営能力や運営能力を高めるべきは、組合の現場そのものであるはずです。
4.農業協同組合法のコンプライアンス関連重要規定
JAのコンプライアンスは、その基本法である「農業協同組合法」の理解なくしては成り立ちません。特に以下の条文は、役職員が常に心に刻むべき重要な規定です。
- 忠実義務(第35条の2): 理事は、法令、定款等を遵守し、組合のため忠実に職務を遂行する義務を負う。
- 監事の監査権限(第35条の5): 監事は、理事の職務執行を監査し、不正の疑いがあれば理事会に報告する義務がある。
- 行政庁の報告徴収・検査権(第93条、第94条): 行政庁は組合の業務や会計の状況について報告を求め、また、組合員の1/10以上の同意があれば検査を行うことができる。
【結論】JAの未来を守るコンプライアンス体制の構築を
JAのコンプライアンスとリスク管理は、単なる「守り」の活動ではありません。それは、組合の健全な成長と発展を支え、地域社会からの信頼を勝ち取るための、極めて重要な「攻め」の経営戦略です。
定款という憲法を見直し、最新の監督指針にキャッチアップし、そして何よりもステークホルダーへの信頼という原点に立ち返ること。今こそ、JAの真価が問われています。
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現に複数の組織で内部通報の外部窓口を担当し、現場の生の声に触れ続けているからこそ、机上の空論ではない、実践的なアドバイスが可能です。その知見は、不祥事企業の再発防止策についてマスコミからしばしば意見を求められることにも証明されています。
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