はじめに - 相続法改正が実現した画期的変革

約40年ぶりの大幅な相続法改正により、遺言者の最終意思がより尊重される法体系が実現された。特に遺留分制度の根本的見直しは、従来の法理論を覆す革命的な変更であり、実務家にとって新たな戦略的思考が求められる分野となっている。

当職は京都・大阪を中心に1000件を超える相続無料相談を実施し、遺言作成や遺産分割協議書作成において豊富な実績を積み重ねてきた。その経験から、法改正後の実務において最も重要な2つのテーマ - 遺留分侵害額請求への対応と清算型遺言の活用 - について、理論と実践の両面から詳細に解説する。

1.改正相続法による「遺留分」制度の革命的変更

(1)従来制度の根本的欠陥と法改正の理念

従来の遺留分減殺請求制度は、遺言者の最終意思を法が蔑ろにすることを可能とする、法理論上の重大な矛盾を内包していた。遺留分減殺請求がなされると、遺産である不動産は共有状態となり、株式は準共有状態となって株主名簿登録という強力な物権的効力を発揮し、法が遺産紛争をより激化させるという、法の存在理由を疑わせる事態を招いていた。

この制度的欠陥に便乗し、即座に訴訟提起を推奨する法匪的な法律家も存在し、相続紛争の長期化・複雑化を助長していたのが実情である。

遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)について、被相続人(亡くなった方)の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分のことであるが、改正法はこの本質を維持しつつ、実現方法を抜本的に変更した。

(2)改正法による債権化の革命的意義

民法第1046条(遺留分侵害額の請求)の新設

改正法により新設された第1046条は、遺留分侵害に対する救済を物権的効果から債権的効果に転換した。これは単なる技術的修正ではなく、相続法の根本理念を遺言者の意思尊重に転換する画期的な改正である。

第1046条
① 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

② 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第1項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第3項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

さらに重要なのは、民法第1047条第5項により、受遺者等が遺留分侵害額を直ちに支払うことができない場合の支払い猶予制度が創設されたことである。これにより遺言者の最終意思実現がより確実になった。

(3)実務における時効管理の重要性

相続開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈のあったことを知ったときから1年間、相続開始のときから10年間に限り、遺留分侵害額請求ができますとの時効制限が設けられている。実務上、この期間管理は極めて重要であり、受遺者側では時効援用の戦略的判断が求められる。

(4)従来の内容証明例との比較検証

改正前の減殺請求書例

遺留分減殺請求書

当職は、山田次郎(生年月日○○年○○月○○日)より、被相続人○○の遺言書による相続に関する相談を受けたところ、後記記載の不動産及び金融資産が長男である山田一郎(生年月日○○年○○月○○日)に全部相続させるとの内容であるが、民法上はもう一人の法定相続人である山田次郎氏にも4分の1の遺留分があるのでその旨伝えたところ、代理人として請求してほしいとの委任を受けたのでまずはこの内容証明を差し上げる次第である。

具体的には、不動産についての4分の1の持ち分による共有関係の承認と金融資産の4分の1を返還請求する次第である。
(以下省略)

この例では「共有関係の承認」という物権的効果を前提としているが、改正後はこのような効果は発生しない。

(5)改正法対応の戦略的遺言書作成例

遺留分侵害額請求を予想した先見的遺言条項

第1条 遺言者は、遺言者の所有する下記不動産、現金及びすべての金融機関の预貯金債権等金融資産を含む一切の財産を、遺言者の妻○○○○(昭和○○年○月○○日生)に相続させる。

(中略)

第5条 本遺言に関し、受遺相続人に対し遺言者の他の相続人から遺留分侵害額請求がなされた場合は、遺産である金融資産から支払うものとし、それが不足するときは、受遺相続人において代償金をもって上記遺留分侵害額の支払いを負担するものとする。この場合、受遺相続人は、当該負担額を一括で支払えない場合は、民法第1047条第5項に基づき、裁判所に対して負担する債務の全部または一部の支払いにつき相当の期限の許可を受けるものとする。

(以下略)

※受遺相続人=法定相続分以上の遺贈を受けた相続人

この条項により、遺留分侵害額請求への対応が予め整備され、紛争の長期化を防止できる。

2.清算型遺言書の実務的重要性と税務対応

(1)清算型遺言の社会的必要性の高まり

清算型遺言書は、当職の相続おもいやり相談室に最も多く持ち込まれる相談内容である。当職はファイナンシャルプランナー資格も保有しており、税務面を含めた総合的な対応が可能であるが、他所で相談された方々は税務面での適切な回答を得られないことが多いようである。

また、遺言執行業務が煩雑であることから、経験の浅い法律家は対応を躊躇する傾向にある。信託銀行では金融資産に関する知識は豊富であるが、不動産売却に関する実務知識が不足しており、結果として当職への相談に至るケースが頻発している。

(2)少子化社会における清算型遺言の戦略的意義

少子化の進展により、地方・都市部を問わず不動産の処分が必要な相続は増加の一途を辿っている。相続の際に換価分割を選びたいけれど、自分に適しているかがわからないとお悩みという声が多く聞かれるが、清算型遺言の必要性は今後さらに高まることは間違いない。

近年、家族関係の変化、相続に対する関心の高まりから遺言書の作成が増加し、さらに、その遺言の内容も、従来のように相続財産自体を目的とするもののみならず、相続財産を換価し、換価した金銭を遺贈することを内容とする遺言(以下「換価遺言」という。)が散見されるとの指摘のとおり、実務における重要性は顕著に増している。

(3)清算型遺言執行における実務上の留意点

清算型遺言において、相続人が直面する2つの重要な負担について、遺言執行者は事前に十分な説明を行うことが不可欠である。

第一の負担:登記名義への就任 相続人は自らが不動産を取得しないにもかかわらず、売却のための登記名義人となる必要がある。

第二の負担:不動産譲渡所得税の納税義務 実家を売却したら譲渡所得税がかかるのかなとの懸念のとおり、譲渡所得税の納税義務が発生する。

遺言執行者はこの2点を当然の前提として、事前説明なく粛々と手続きを進行させることが肝要である。過度な説明は不安を増大させるだけである。

(4)専門家選任における総合的判断の重要性

先般、京都の大手司法書士事務所において、遺言執行者である当職の名義で売却手続きを進行させるという提案がなされ、大手不動産会社もこれに同調する事態が発生した。このような事例は、専門分野に偏重した判断の危険性を物語っている。

税務知識の不足は後に取り返しのつかない事態を招く。専門性のみに依拠した偏った判断ではなく、総合的な業務遂行能力と人間的なバランス感覚こそが最も重要である。

(5)相続人不存在事案への対応

今後増加が予想される相続人不存在の事案では、遺言執行者は裁判所に相続財産管理人の選任申立てを行い、売却手続きを進行させる。登記実務については法務局との個別協議、不動産譲渡所得税については所轄税務署との協議が必要となる。

各官庁の個別判断には担当者の裁量が相当程度影響するため、慎重な協議を重ねながら進行させることが求められる。

このような複雑な事案こそ、遺言執行者の真価が問われる場面である。安易な執行者選任は紛争を拡大させる主因となっている現実を直視すべきである。

(6)実践的な清算型遺言書作成例

第1条 遺言者は、遺言者の所有する別紙財産目録記載の不動産を含む一切の財産につき、後記遺言執行者において換金及び換価処分をし、当該換価金等から遺言者の介護費用、医療関係費用その他の債務の弁済、葬儀・納骨・法要関係の費用及びこの遺言の執行に関する費用等の支払いにあてた残余金について、下記の者に下記の割合で相続させまたは遺贈する。

                       記

(1)残余金の5分の4を亡き弟の長男○○○○(昭和○○年○月○○日生)と同長女○○○○(昭和○○年○月○○日生)に均等に相続させる。

(2)残りの残余金を遺言者が世話になった公益社団法人○○○○(住所:京都市○○区○○丁目○○番○○号、電話番号:○○-○○○-○○○○)に遺贈する。

2 前項の受遺者が遺言者より先に死亡したときは、死亡した者の相続人に当該財産を相続させまたは遺贈する。

第2条 遺言者は、この遺言の遺言執行者として、次の者を指定する。
住所 京都府京都市中京区池之内町13-6
職業 弁護士
氏名 ○○○○
生年月日 昭和○○年○○月○○日生

2 遺言執行者は、遺言者の貸金庫の開庫、貸金庫契約の解約、遺産の換価処分、各種登記手続、預貯金債権その他の金融資産の名義変更、払戻し、解約等のほか、医療費、公租公課その他の債務の支払い、生命保険の請求手続、年金関係の各種届出に関する事務処理のための経費等を支払うことなど、本遺言執行に必要な一切の行為をする権限を有する。

3 遺言執行者は、必要と認めるときは第三者にその事務を委任することができる。その費用も遺産を当てる。

4 遺言者は、遺言執行者の事務所が定める報酬規定による報酬を支払う。

(以下略)

(7)税務上の取扱いと最新実務

遺言による換価分割(清算型遺贈)は、遺産を換価し、その対価として得られる金銭を共同相続人間(包括受遺者を含む。)に分配することを指示した遺産分割方法の指定であるが、税務上の取扱いには細心の注意が必要である。

換価分割においては、譲渡所得税と相続税の両面から検討が必要であり、特に取得費の算定、譲渡費用の範囲、特別控除の適用可能性について、税務署との事前協議が不可欠である。

3.結論 - 相続実務の新たな地平

改正相続法により、遺言者の最終意思がより尊重される法体系が実現された。遺留分制度の債権化は単なる技術的修正ではなく、相続法の根本理念の転換を意味する。

清算型遺言の重要性は少子化の進展とともにさらに高まることが予想される。複雑な税務問題と法務問題が交錯するこの分野において、総合的な専門知識と豊富な実務経験に基づく的確な判断こそが、依頼者の真の利益実現につながる。

当職は京都・大阪を中心とした1000件を超える相続相談の実績を基に、理論と実践の融合による最適解の提供を使命としている。法学のみならず、経営学、哲学思想、さらには自然科学にまで及ぶ幅広い知見を活用し、単なる法技術の適用を超えた、人間的洞察に基づく相続問題の根本的解決を目指している。

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