法とは、単なる規則の集合体ではありません。それは、社会の秩序を維持し、人々の創造活動を奨励し、文化の発展を促すための、人類が築き上げてきた知恵の結晶です。特に、特許権や商標権といった「産業財産権」は、目に見えないアイデアや信用という無形の資産を保護し、経済活動の根幹を支える重要な制度と言えるでしょう。

この産業財産権の領域において、私たち行政書士はどのような役割を担うことができるのでしょうか。産業財産権の専門家といえば「弁理士」を想起される方が多いかもしれません。確かに、特許の出願や審査請求といった、権利を「創り出す」段階の多くは、高度な技術的・法律的判断を要するため、弁理士の独占業務とされています。

しかし、法制度というものは、各専門家がその特性を最大限に発揮できるよう、精緻な役割分担が定められています。行政書士は、「官公署に提出する書類作成の専門家」として、権利が生まれた後の「管理・活用」の局面において、特許庁に対する重要な代理手続きを担うことが認められています。

当オフィス代表は、読売テレビの番組で「ひこにゃん事件」の著作権専門家として解説を行うなど、知的財産権実務の豊富な実績を有しております。本稿では、その経験と深い知見に基づき、行政書士が特許庁に対して行える代理行為の範囲を、関連法規の条文を読み解きながら、その社会的意義と共に明らかにしていきます。

権利の誕生後を支える行政書士の役割:弁理士との境界線

弁理士と行政書士の業務範囲は、弁理士法によって明確に区分されています。これは、専門性の異なる両者が協力し、知的財産制度全体を円滑に機能させるための必然的な帰結です。

  • 弁理士の領域: 特許出願、審査請求、審判請求など、権利の発生やその有効性を争う専門的・技術的な手続き。
  • 行政書士の領域: 権利発生後の登録料納付、権利の移転登録、名義変更など、権利を維持・管理し、財産として活用するための手続き。

いわば、新しい発明という「種」を蒔き、「芽」を出させるまでが弁理士の重要な役割だとすれば、その芽が枯れないように水をやり、豊かな果実を実らせる資産として育てる過程をサポートするのが、私たち行政書士の使命の一つなのです。

行政書士が代理可能な特許庁手続き【具体例】

特許庁の担当者から直接受けたレクチャーと最新の法令に基づき、行政書士が受任可能な主な手続きを以下に解説します。これらは、皆様の大切な知的財産権という「見えざる資産」を守り、活用していく上で不可欠な手続きです。

1. 権利の発生と維持管理に関する手続き

特許査定が下りた後、権利を確定させ、維持するために必要な手続きです。権利という果実を収穫し、その価値を保ち続けるための重要なステップです。

  • 設定登録料・特許料(年金)の納付代理: 特許権や商標権は、設定登録料を納付して初めて権利が発生します。また、権利を維持するためには、毎年「特許料(年金)」と呼ばれる費用を納付し続けなければなりません。これらの納付手続きは、行政書士が代理できます。
  • 権利の存続期間管理: 特許権は出願から20年、商標権は登録から10年(更新可能)と、権利には存続期間が定められています。これは、発明の保護と、技術の進歩を社会全体の共有財産とするためのバランスを図るという、法の哲学が反映されたものです。この期間管理に関する手続きも行政書士の業務範囲です。

2. 権利の活用と変動に関する手続き

産業財産権は、単に保有するだけでなく、ビジネスにおいて活用されてこそ真価を発揮します。権利の売買、ライセンス契約、相続など、権利が「財産」として動く際の各種登録手続きを行政書士がサポートします。

  • 権利移転の登録申請: 相続(一般承継)や売買・贈与(特定承継)により権利者が変わった場合、その旨を特許登録原簿に登録しなければ第三者に対抗できません。この権利移転登録の申請は、行政書士の重要な業務です。
  • 登録名義人の表示変更(住所・氏名変更など): 権利者の住所や名称が変更になった際の変更登録手続きです。
  • 実施権(ライセンス)・質権の設定登録: 他者に権利の使用を許諾する「実施権(ライセンス)」や、権利を担保に入れる「質権」の設定登録も代理可能です。これにより、ライセンスビジネスや資金調達といった高度な権利活用が法的に保護されます。
  • その他: 商標権の分割登録、権利の抹消登録など、権利の変動に伴う多岐にわたる手続きに対応します。

3. 商標の国際登録に関する手続き

グローバルな事業展開において必須となる、マドリッド協定議定書に基づく商標の国際登録についても、名義人の変更記録請求など、行政書士が関与できる手続きが存在します。

法的根拠から読み解く行政書士の業務範囲

私たちの業務は、もちろん感覚や慣習で行われるものではなく、法律にその根拠が明確に定められています。

  • 行政書士法では、行政書士の業務を「官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成すること」と定義しています(第1条の2)。特許庁への各種申請書類は、まさにこれに該当します。
  • 弁理士法では、弁理士でない者が報酬を得て産業財産権に関する特定の業務(出願、審判請求など)を行うことを禁じています(第75条)。しかし、同法の施行令第7条では、その例外として行政書士などが代理できる手続きが具体的に列挙されています。これには、本稿で解説した登録料の納付や権利移転に関する手続きなどが含まれています。

これらの条文は、単なるテキストではなく、専門家としての職責と権限の範囲を画定する社会的な約束事です。私たちは、この法の精神を深く理解し、遵守することで、依頼者の皆様に質の高い法務サービスを提供しています。

知の探求者として、あなたの権利を守り育てるパートナーに

中川総合法務オフィスの代表は、法律や経営といった社会科学の分野に留まらず、哲学、歴史、さらには自然科学に至るまで、常に知の地平を広げる探求を続けています。なぜなら、複雑化する現代社会の問題解決には、一つの専門分野に閉じた視点だけでは不十分だからです。

産業財産権の手続きもまた、単なる書類作成作業ではありません。それは、依頼者の創造性、事業戦略、そして未来へのビジョンを法的な形に落とし込み、社会に承認させるという、極めて知的で創造的な営みなのです。

私たちは、その深い洞察力と幅広い教養を武器に、単なる手続き代行者としてではなく、皆様の知的財産戦略における真のパートナーとして、権利という「見えざる資産」を守り、育て、そして未来へと繋ぐお手伝いをさせていただきます。


初回のご相談は無料です。お気軽にお問い合わせください。

中川総合法務オフィスでは、著作権実務の分野で豊富な実績がございます。人気キャラクター「ひこにゃん」の著作権問題を巡っては、読売テレビに著作権専門家として出演し、専門的な解説を行いました。

著作権、特許・商標の権利管理など、知的財産権に関するお悩みやご相談がございましたら、ぜひ当オフィスの無料相談をご利用ください。企業様、個人様を問わず、どなたでも初回30分~50分は無料で、専門家が直接お話を伺います。面談(当オフィス)またはZoom等を利用したオンラインでのご相談が可能です。

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参照法令

【行政書士法】
(業務)
第一条の二 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。以下この条及び次条において同じ。)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。
2 行政書士は、前項の書類の作成であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない。

第一条の三 行政書士は、前条に規定する業務のほか、他人の依頼を受け報酬を得て、次に掲げる事務を業とすることができる。ただし、他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項については、この限りでない。
一 前条の規定により行政書士が作成することができる官公署に提出する書類を官公署に提出する手続及び当該官公署に提出する書類に係る許認可等(行政手続法(平成五年法律第八十八号)第二条第三号に規定する許認可等及び当該書類の受理をいう。次号において同じ。)に関して行われる聴聞又は弁明の機会の付与の手続その他の意見陳述のための手続において当該官公署に対してする行為(弁護士法(昭和二十四年法律第二百五号)第七十二条に規定する法律事件に関する法律事務に該当するものを除く。)について代理すること。
二 前条の規定により行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る許認可等に関する審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立ての手続について代理し、及びその手続について官公署に提出する書類を作成すること。
三 前条の規定により行政書士が作成することができる契約その他に関する書類を代理人として作成すること。
四 前条の規定により行政書士が作成することができる書類の作成について相談に応ずること。
2 前項第二号に掲げる業務は、当該業務について日本行政書士会連合会がその会則で定めるところにより実施する研修の課程を修了した行政書士(以下「特定行政書士」という。)に限り、行うことができる。

【弁理士法施行令】
(弁理士又は弁理士法人でない者の業務の制限の解除)

第七条 法第七十五条の政令で定める代理は、次に掲げる手続についての代理とする。
一 特許料、割増特許料、登録料又は割増登録料の納付
二 特許料又は登録料を納付すべき期間の延長の請求
三 特許料又は登録料の軽減、免除又はその納付の猶予の申請
四 既納の特許料又は登録料の返還の請求
五 特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第百八十六条第一項本文(実用新案法(昭和三十四年法律第百二十三号)第五十五条第一項において準用する場合を含む。)、意匠法(昭和三十四年法律第百二十五号)第六十三条第一項本文、商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第七十二条第一項本文又は工業所有権に関する手続等の特例に関する法律(平成二年法律第三十号)第十二条第一項若しくは第二項の規定による請求
六 既納の手数料の返還の請求
七 商標法第六十八条の六第一項の規定による国際登録の名義人の変更の記録の請求
八 工業所有権に関する手続等の特例に関する法律第七条第一項の規定による磁気ディスクへの記録の求め、同法第八条第四項の規定による申出、同法第十四条第一項(同法第十六条において準用する場合を含む。)の規定による届出若しくは予納、同法第十五条第三項(同法第十六条において準用する場合を含む。)の規定による残余の額の返還の請求又は工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行令(平成二年政令第二百五十八号)第一条第三項の規定による届出
九 特許登録令(昭和三十五年政令第三十九号)、実用新案登録令(昭和三十五年政令第四十号)、意匠登録令(昭和三十五年政令第四十一号)又は商標登録令(昭和三十五年政令第四十二号)の規定による手続で経済産業省令で定めるもの
十 特許証、実用新案登録証、意匠登録証又は商標登録証若しくは防護標章登録証の再交付についての手続で経済産業省令で定めるもの
十一 商標法第四条第一項第十七号のぶどう酒又は蒸留酒の産地の指定についての手続で経済産業省令で定めるもの
十二 第二号から第八号まで及び前二号に掲げる手続の補正若しくはこれらの補正の補正をすべき期間又は第一号から第六号まで、第八号及び前二号に掲げる手続(これらの手続の補正又はこれらの補正の補正を含む。)に係る弁明書の提出をすべき期間の延長の請求
十三 第二号から第八号まで及び前三号に掲げる手続の補正又はこれらの補正の補正
十四 第一号から第六号まで及び第八号から前号までに掲げる手続に係る弁明書の提出
十五 特許料、割増特許料、登録料若しくは割増登録料又は第二号、第五号及び第十二号に掲げる手続に係る手数料の納付に関する工業所有権に関する手続等の特例に関する法律第十五条第一項(同法第十六条において準用する場合を含む。)の規定による申出
十六 第四号及び第六号に掲げる手続に際してする工業所有権に関する手続等の特例に関する法律第十五条第二項(同法第十六条において準用する場合を含む。)の規定による申出

(弁理士又は弁理士法人でない者が作成を業とすることができない書類等)
第八条 法第七十五条の政令で定める書類は、次に掲げるものとする。
一 特許出願又は特許権の存続期間の延長登録、実用新案登録、意匠登録、商標登録、防護標章登録若しくは防護標章登録に基づく権利の存続期間の更新登録の出願に係る願書、明細書、特許請求の範囲及び実用新案登録請求の範囲、要約書、手続補完書、明細書等補完書(明細書について補完をするものに限る。)、出願審査の請求書、意見書並びに出願公開の請求書
二 特許異議の申立て又は登録異議の申立てに係る申立書、意見書及び訂正の請求書
三 実用新案技術評価の請求書及び実用新案登録の訂正書
四 審判、再審又は判定に係る請求書、答弁書、訂正の請求書及び意見書
五 裁定に係る請求書、答弁書及び取消請求書
六 商標権の存続期間の更新登録及び指定商品の書換えの登録の申請書
七 国際出願に係る願書、明細書、請求の範囲、要約書及び手続補完書並びに国際予備審査に係る請求書、答弁書及び手続補完書
八 意匠に係る国際登録出願又は商標に係る国際登録出願の願書
九 行政不服審査法(平成二十六年法律第六十八号)の規定による審査請求に係る審査請求書
十 弁明書(前条第一号から第六号まで及び第八号から第十三号までに掲げる手続に係るものを除く。)
十一 前各号に掲げる書類についての手続補正書
2 法第七十五条の政令で定める電磁的記録は、工業所有権に関する手続等の特例に関する法律の規定により前項各号に掲げる書類とみなされる電磁的記録とする。

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