◆「地方公共団体におけるリスクマネジメント」‥‥内部統制の中核

   R7実施【県庁幹部研修講義録】「理論編」の冒頭を収録

  1. リスクマネジメントの基本的な考え方

地方公共団体におけるリスクマネジメントは、組織が目標を達成する上で直面する不確実性の影響を体系的に管理するプロセスです。

これは、単に危機管理やコンプライアンス遵守だけでなく、行政サービスをより効率的かつ効果的に提供するための重要な経営手法と捉えられます。

  1. リスクマネジメントの構成要素

ISO 31000の考え方に基づき、リスクマネジメントは以下の3つの要素で構成されます。

(1)原則(Principles)

地方公共団体がリスクマネジメントを効果的に実施するための基本的な考え方です。例えば、以下の点が挙げられます。

・価値の創出と保護:リスクマネジメントは、組織の価値(例:住民の安全・安心、行政サービスの質)を高め、保護するために不可欠です。

・統合:リスクマネジメントは、組織のあらゆる活動(計画策定、予算編成、事業執行など)に組み込まれるべきです。

・人間的・文化的要因:職員一人ひとりのリスクに対する意識や組織文化が、リスクマネジメントの有効性に大きく影響します。

(2)フレームワーク(Framework)

 地方公共団体がリスクマネジメントを組織全体に統合するための基盤です。以下のような要素から構成されます。

・リーダーシップとコミットメント:首長や幹部職員がリスクマネジメントの重要性を理解し、率先して取り組むことが不可欠です。

・統合:リスクマネジメントの方針や手順を組織の既存の仕組み(例:内部統制、事業継続計画)に組み込みます。

・コミュニケーションと協議:組織内外のステークホルダー(住民、議会、他部署など)との対話を通じて、リスクに関する情報を共有し、合意を形成します。

(3)プロセス(Process)

 具体的なリスクマネジメントの手順です。以下のステップを継続的に実施することで、リスクを管理します。

1)リスク特定(Risk identification):組織の目標達成を阻害する可能性のあるリスク(例:自然災害、情報漏えい、人口減少、財政悪化)を洗い出します。

2)リスク分析(Risk analysis):特定したリスクの発生可能性と影響度を評価し、優先順位をつけます。

3)リスク評価(Risk evaluation):リスク分析の結果に基づき、どのリスクを優先的に対応すべきか意思決定します。

4)リスク対応(Risk treatment):リスクへの対応策(例:リスクを回避、低減、移転、受容)を策定し、実施します。

5)監視・レビュー(Monitoring and review):リスクマネジメントの有効性を継続的に監視し、必要に応じてプロセスを改善します。

  1. 地方公共団体特有のリスクと適用例

地方公共団体は、民間企業とは異なる特有のリスクに直面します。

・自然災害リスク:地震、豪雨、台風などに対する防災・減災対策。

・財政リスク:少子高齢化による税収減、社会保障費増大。

・情報セキュリティリスク:個人情報や機密情報の漏えい、サイバー攻撃。

・コンプライアンスリスク:公務員倫理違反、不正会計。

・事業継続リスク:災害やパンデミック発生時の行政サービス停止。

これらのリスクに対して、ISO 31000の考え方を適用することで、以下のような取り組みが可能になります。

・総合的な防災計画の策定:リスク特定・分析を行い、住民避難計画や物資備蓄計画を策定。

・内部統制の強化:不正防止のため、業務プロセスにおけるリスクを特定し、チェック体制を構築。

・事業継続計画(BCP)の策定:災害発生時の行政機能維持のため、重要業務を特定し、代替手段を準備。

【詳述】……………………………………………………………………

リスクマネジメントは、地方公共団体がより良い行政サービスを提供し、住民の安全・安心を守るための羅針盤です。その羅針盤を正しく使うためには、まず、その土台となる原則(Principles)を以下のように深く理解することが不可欠です。

  1. 原則:リスクマネジメントの土台となる考え方
    リスクマネジメントの原則は、単なる手順ではなく、組織全体で共有すべき価値観です。これらがなければ、リスクマネジメントは形骸化し、本来の目的を果たすことができません。

1-1. 価値の創出と保護

リスクマネジメントの究極的な目標は、組織の価値を高め、守ることです。地方公共団体にとっての価値とは、住民生活の向上、地域社会の活性化、そして災害時における迅速な対応能力などです。リスクを管理することは、これらの価値を失うことのないよう、そしてさらに高めていくための活動そのものです。

1-2. 統合

リスクマネジメントは、特定の部署だけが担う専門的な業務ではありません。予算編成、事業計画、人事評価、広報活動など、組織のあらゆる意思決定プロセスに組み込まれるべきものです。これにより、リスクに対する意識が組織全体に浸透し、より効果的な対応が可能になります。

1-3. 構造化と包括

リスクマネジメントは、あいまいな感覚に頼るのではなく、体系的かつ包括的なアプローチで行う必要があります。予測されるあらゆるリスクを洗い出し、その発生可能性と影響度を客観的に評価する。これにより、限られた資源を最も重要なリスク対策に集中させることができます。

1-4. カスタマイズ
組織の規模や特性はさまざまです。地方公共団体の場合、その地理的条件や財政状況、抱える課題(例:人口減少、高齢化)は多岐にわたります。リスクマネジメントの仕組みは、そうした各団体の固有の状況に合わせてカスタマイズされなければなりません。

1-5. 包摂的
リスクマネジメントのプロセスには、組織内外の多様なステークホルダーが関与すべきです。住民、議会、他部署、外部の専門家など、多角的な視点を取り入れることで、より包括的で現実的なリスク対応策が生まれます。

1-6. 動的
リスクは常に変化します。新しい技術の登場、社会情勢の変化、自然災害のパターンなど、今日のリスクが明日も同じとは限りません。そのため、リスクマネジメントは一度やれば終わりではなく、継続的に見直し、改善していく必要があります。

1-7. 人間的・文化的要因
リスクマネジメントの成功は、職員一人ひとりのリスクに対する意識と、それを支える組織文化にかかっています。リスクを隠蔽しない風土、部門を超えて協力し合う姿勢、そして失敗から学ぶ文化を醸成することが、最も重要です。

1-8. 継続的な改善
リスクマネジメントの有効性を定期的に評価し、その結果に基づいてプロセスを改善していくことが不可欠です。これにより、組織は変化する環境に適応し、リスク管理能力を継続的に高めることができます。
これらの原則を理解し、組織全体で共有することが、地方公共団体におけるリスクマネジメントを成功させる第一歩です。

地方公共団体におけるリスクマネジメントは、単に「危険を回避する」という考え方を超えて、組織のあらゆる活動に深く組み込まれるべきものです。

その土台となるのが、以下に述べるISO 31000が提唱するフレームワーク(Framework)です。このフレームワークは、リスクマネジメントを組織全体に根付かせるための基盤であり、方針、体制、そして継続的な改善の仕組みを構築することを目的とします。

  1. フレームワーク:リスクマネジメントを組織に統合する仕組み

フレームワークは、地方公共団体がリスクマネジメントを組織のDNAに組み込むための「設計図」と言えます。この設計図を適切に構築することで、危機的な状況だけでなく、日常の業務においてもリスクに適切に対応できるようになります。

2-1. リーダーシップとコミットメント

リスクマネジメントを成功させるには、首長や幹部職員の強いリーダーシップが不可欠です。彼らがリスクマネジメントの重要性を理解し、率先してその方針を示すことで、組織全体に「リスクを管理するのは全員の責任である」という意識が浸透します。方針の策定、資源の配分、そして責任の明確化を通じて、トップダウンでリスクマネジメントの文化を醸成します。

2-2. 統合

リスクマネジメントは、既存の組織構造や業務プロセスに統合されるべきです。例えば、新規事業の計画段階でリスク評価を行う、予算編成時にリスク対策費用を計上する、内部統制の仕組みにリスク管理の視点を取り入れるなどです。これにより、リスク管理が「特別な仕事」ではなく、日常の業務の一部として自然に行われるようになります。

2-3. コミュニケーションと協議

リスク管理は、情報を共有し、合意を形成するプロセスです。組織内の職員だけでなく、住民、議会、関係団体など、あらゆるステークホルダーとの対話が重要となります。リスクに関する情報を透明に共有し、協議を通じて多様な意見を取り入れることで、より効果的で、社会的な信頼を得られるリスク対応策を策定することができます。

2-4. 設計

この段階では、地方公共団体の実情に合わせた具体的なリスクマネジメントの仕組みを設計します。どのようなリスクを対象とするか、誰が責任を持つか、どのように情報を収集し分析するかといった詳細を定めます。この設計は、組織の規模、財政状況、地域特性などを考慮に入れて、個別にカスタマイズされるべきです。

2-5. 実施

設計したフレームワークを、具体的な組織体制や手順として実行に移します。これは、単にマニュアルを作成するだけでなく、職員への研修や、各部署における具体的なリスク管理活動の開始を含みます。

2-6. 評価と改善
構築したフレームワークが適切に機能しているか、定期的に評価します。評価の結果、課題が見つかれば、その原因を分析し、改善策を講じます。この継続的な改善サイクルを回すことで、フレームワークは常に最新の状況に適応し、より強固なものとなっていきます。

このフレームワークが機能することで、地方公共団体は予測されるリスクに備えるだけでなく、不測の事態にも柔軟に対応できるようになります。

次の段階では、このフレームワークを動かす具体的な「プロセス」について掘り下げていきます。

地方公共団体におけるリスクマネジメントは、原則とフレームワークという強固な土台の上に、具体的な活動のサイクルであるプロセス(Process)を乗せることで初めて機能します。

このプロセスは、リスクを継続的に特定し、評価し、対応していくための実務的な手順であり、ISO 31000の中核をなす部分です。

  1. プロセス:リスクマネジメントの実行サイクル

プロセスは、以下のステップを繰り返し実施する「P-D-C-Aサイクル」と捉えることができます。このサイクルを回すことで、組織は変化する状況に柔軟に対応し、リスク管理能力を継続的に高めていくことができます。

3-1. コミュニケーションと協議(Communication and Consultation)
プロセスの最初と最後、そして各段階において、関係者との密なコミュニケーションと協議が不可欠です。リスクに関する情報を共有し、多様な意見を取り入れることで、より実効性のある対策が生まれます。

3-2. スコープ、コンテクスト、基準の設定(Establishing the Scope, Context and Criteria)
リスクマネジメントのプロセスを開始する前に、まず「何のために、何を、どこまで」管理するのかを明確にします。

・スコープ(Scope):リスクマネジメントの対象範囲(例:特定の事業、組織全体、特定の地域)を定めます。

・コンテクスト(Context):組織内外の状況(例:財政状況、住民のニーズ、法的要件)を理解し、リスク評価の前提を確立します。

・基準(Criteria):リスクの受容基準や評価基準(例:どの程度のリスクなら許容できるか、発生可能性や影響度をどう評価するか)を定めます。

3-3. リスク評価(Risk Assessment)

これはプロセスの中心的な活動であり、「リスク特定」「リスク分析」「リスク評価」の3つのサブプロセスで構成されます。

3-3-1. リスク特定(Risk Identification)

組織の目標達成を阻害する可能性のあるあらゆるリスクを洗い出します。地方公共団体の場合、以下のような多岐にわたるリスクが考えられます。

・自然災害リスク:地震、豪雨、津波など

・財政リスク:税収減、社会保障費の増大

・情報セキュリティリスク:個人情報漏えい、システム障害

・行政運営リスク:職員の不祥事、コンプライアンス違反

・社会環境リスク:人口減少、高齢化

3-3-2. リスク分析(Risk Analysis)

特定したリスクについて、その発生可能性と影響度を評価します。定性的(例:高・中・低)または定量的(例:金額、死傷者数)な方法を用いて、リスクの大きさを把握します。

3-3-3. リスク評価(Risk Evaluation)

リスク分析の結果に基づき、どのリスクを優先的に対応すべきかを意思決定します。設定した受容基準と比較し、対応が急務なリスクを特定します。

3-4. リスク対応(Risk Treatment)

評価されたリスクに対して、具体的な対応策を策定し、実施します。

・リスク回避:リスクを伴う活動そのものを行わない。

・リスク低減:発生可能性や影響度を低くする対策を講じる(例:防災訓練の実施)。

・リスク移転:リスクを第三者に移す(例:保険の活用)。

・リスク受容:対策を講じず、リスクを受け入れる(例:軽微なリスクの場合)。

3-5. 監視とレビュー(Monitoring and Review)
リスクマネジメントのプロセス全体を継続的に監視し、有効性を定期的にレビューします。対策の効果はどうか、新たなリスクは生じていないか、状況の変化に対応できているかなどを確認し、必要に応じてプロセスの見直しを行います。

この一連のプロセスを継続的に実行することで、地方公共団体はリスクを「管理すべきもの」として捉え、組織全体のレジリエンス(回復力)を高めることができます。

地方公共団体は、民間企業とは異なる、公共のサービスと住民の生活に直接関わる特有のリスクに常に晒されています。これらを理解し、体系的に管理することが、持続可能な行政運営には不可欠です。

これまでのリスクマネジメントの原則、フレームワーク、プロセスの解説を踏まえ、地方公共団体が直面する具体的なリスクとその適用例について詳しく解説します。

  1. 地方公共団体特有のリスクと適用例

4-1. 自然災害リスク

・リスクの例: 地震、津波、台風、豪雨、洪水、火山噴火、土砂災害など。地方公共団体の地理的条件によって、その種類や規模は異なります。

・適用例(リスクマネジメントのプロセスに沿って):

・リスク特定: 地域のハザードマップや過去の災害記録を分析し、想定される災害の種類、規模、被害範囲を特定します。例えば、河川の氾濫リスク、活断層による
地震リスクなど。

・リスク分析: 過去のデータやシミュレーションに基づき、発生可能性と、インフラ(庁舎、道路、ライフライン)や住民生活への影響度を評価します。

・リスク対応:

・リスク低減: 避難訓練の定期的な実施、老朽化した公共施設の耐震化、防災備蓄品の確保。

・リスク移転: 災害時の復旧費用を賄うための共済保険への加入。

・事業継続計画(BCP)の策定: 災害発生時でも、住民への情報提供や救援活動といった重要な行政サービスを継続するための計画を立て、代替庁舎や通信手段を確保します。

4-2. 財政リスク

・リスクの例: 少子高齢化による税収減、社会保障費の増大、景気変動による地方交付税の変動など。

・適用例:

・リスク特定: 中長期的な人口動態予測や経済情勢を分析し、将来的な財政収支の悪化リスクを特定します。

・リスク分析: 財政シミュレーションを行い、歳入減と歳出増が財政健全化に与える影響度を定量的に評価します。

・リスク対応:

・リスク低減: 歳出の見直しと効率化(例:行政サービスのデジタル化)、新たな財源確保(例:観光振興や企業誘致)。

・リスク受容: 一定の財政悪化リスクを容認しつつ、歳入・歳出のバランスを監視します。

4-3. 情報セキュリティリスク

・リスクの例: ランサムウェア攻撃による住民情報の暗号化、職員の誤操作による個人情報漏えい、不正アクセスによる機密情報の流出。

・適用例:

・リスク特定: 組織の情報システムにおける脆弱性や、職員の不適切な情報管理行動を洗い出します。

・リスク分析: 漏えいした情報の機密性(例:個人情報か否か)と、その影響度(例:社会的信用の失墜、罰則)を評価します。

・リスク対応:

・リスク低減: セキュリティシステムの導入(ファイアウォール、ウイルス対策ソフト)、職員への定期的な情報セキュリティ研修の実施、アクセス権限の厳格化。

・リスク回避: 不要なデータの保有をやめる。

4-4. 行政運営リスク(コンプライアンス・内部統制)

・リスクの例: 職員の不祥事(公金横領、談合)、法令違反、不適切な公文書管理。これらは住民からの信頼を大きく損ないます。

・適用例:

・リスク特定: 過去の事例や、不正が発生しやすい業務プロセス(例:入札、公金管理)を特定します。

・リスク分析: 不正が発生した場合の社会的影響(報道、住民からの非難)と、組織内部への影響(士気の低下、懲戒処分)を評価します。

・リスク対応:

・リスク低減: 内部監査の強化、複数の職員によるチェック体制の構築、倫理研修の実施。

・リスク回避: 利益相反の可能性がある職員の業務配置を見直す。

4-5. 事業継続リスク

・リスクの例: 災害やパンデミック、大規模なシステム障害などにより、窓口業務や福祉サービスといった重要な行政機能が停止するリスク。

・適用例:

・リスク特定: 住民生活にとって不可欠な行政サービス(例:住民票の発行、救急医療体制)を洗い出し、それらが停止した場合の被害を想定します。

・リスク分析: 停止が許容される時間(例:数時間、数日)と、サービス再開にかかる時間を評価します。

・リスク対応:

・リスク低減: 災害時に備えた分散バックアップシステムの構築、職員の安否確認体制の整備、業務代行者の確保。

・事業継続計画(BCP)の策定: 重要な業務のリストアップ、復旧の優先順位付け、緊急時の連絡体制の確立。

これらの具体例は、ISO 31000のプロセスが、地方公共団体の現実の課題にどのように適用できるかを示しています。

これらの例をさらに深掘りし、自らの組織で応用できるような具体的なステップやチェックリストを加えることも有効です。

(以下略)

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