[事案]

XとYは婚姻関係にあるが、約10年前から別居中。XとYには、子Zと子Wがいる。 Xは、自身が所有する丙不動産にZとその家族と同居していた。 Yは、別居前からX所有の丁不動産に単身で居住していた。

このような状況下で、Xが死亡した。

[設問]

(1) Zが丙不動産に住み続けていることを快く思わないWは、Zに対して丙不動産の賃料相当額(月額10万円)を請求した。Zはこれに応じる義務があるか。

(2) Xの死亡から3か月後、遺産分割協議が成立し、丁不動産はWが取得することになった。

  • ① Wは直ちにYに対して丁不動産の明渡しを求めることができるか。
  • ② Wは、相続開始時に遡って丁不動産を取得したとして、Yに対して死亡後の使用期間に関する賃料相当額を請求できるか。

(3) Wは遺産分割前に丁不動産について相続を原因とする共有登記を済ませ、自己の持分を第三者Eに売却し、移転登記も完了した。 EがYに対して明渡しを求めた場合、Yはこれを拒絶できるか。 また、YはWに対してどのような請求が可能か。

 (読者も考えてみてください)

 

 

 


【解説と解答】

総論:改正民法における配偶者の居住権保護

2020年4月1日に施行された改正民法では、残された配偶者の生活への配慮から、その居住権を保護するための新しい制度が創設されました。それが「配偶者居住権」「配偶者短期居住権」です。

  • 配偶者居住権: 遺産分割などで配偶者が自宅の所有権を取得できなくても、終身または一定期間、無償で住み続けることができる権利です(長期的な居住の保護)。
  • 配偶者短期居住権: 遺産分割が確定するまでの間など、少なくとも一定期間、無償で住み続けることができる権利です(短期的な居住の保護)。

本件は、このうち「配偶者短期居住権」が中心的なテーマとなります。


(1) Zへの賃料請求について

ZはXの許諾を得て丙不動産に居住していたと考えられ、最判平成8年12月17日に基づき、遺産分割が確定するまでの間は無償使用が認められる。 したがって、Wの請求には応じる必要はない。

解答:Zは賃料相当額の支払い義務を負わない。

最判平成8年12月17日(民集50巻10号2778頁)

「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て建物に居住していた場合、特段の事情がない限り、相続開始後も遺産分割が終了するまで無償で使用する合意があったと推認される」

この判例は、配偶者短期居住権の法制化以前に、使用貸借契約の推認により居住権を認めたものです。改正民法ではこの趣旨を明文化し、より明確な保護を与えています。


(2) 丁不動産の取得後のYの居住について

【解答】 一郎さんは、花子さんに対して直ちに甲建物の明け渡しを求めることはできません。花子さんは、少なくとも相続開始の時(太郎さんの死亡時)から6か月① YはXの配偶者であり、丁不動産に無償で居住していたため、民法1037条に基づき、遺産分割確定日または相続開始から6か月のいずれか遅い日まで、無償で居住する権利を有する。 よって、Wは直ちに明渡しを求めることはできない。

② 配偶者短期居住権の存続期間中は、Yの居住は正当な権利に基づくため、賃料相当額の請求はできない。

解答:①不可。②不可。

◆配偶者短期居住権は、以下の条文に基づいて、特別な意思表示や登記がなくても、相続開始時に当然に発生します。

民法第1037条(配偶者短期居住権)

配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し、居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。

一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合 遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日

二 前号に掲げる場合以外の場合 第三項の申入れの日から六箇月を経過する日

2 前項本文の場合においては、居住建物取得者は、第三者に対する居住建物の譲渡その他の方法により配偶者の居住建物の使用を妨げてはならない。

3 居住建物取得者は、第一項第一号に掲げる場合を除くほか、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができる。


(3) Eによる明渡し請求とYの対応

配偶者短期居住権は第三者対抗力を有しないため、Eが取得した場合、Yは明渡しを拒絶できない。 ただし、Wが第三者に譲渡したことでYの居住権を妨げた場合、YはWに対して損害賠償請求が可能(民法1037条2項)。

解答:YはEの請求を拒絶できないが、Wに損害賠償請求が可能。

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