建設業法は、単に建設業の許可制度を定めるだけでなく、建設工事の請負契約における「当事者間の対等性」と「公正な取引」を確保するための詳細なルールを定めている。
特に、立場が強くなりがちな注文者(発注者)による「取引上の地位の不当利用」を防ぐことは、建設業の健全な発展、ひいては工事の品質確保と安全性の向上に不可欠である。
今回は、その中でも核となる第19条の2から第19条の6までの条文を解説する。
建設業法第19条の2:現場代理人と監督員の「権限」を明確化する通知義務
(現場代理人の選任等に関する通知) 第十九条の二 請負人は、請負契約の履行に関し工事現場に現場代理人を置く場合においては、当該現場代理人の権限に関する事項及び当該現場代理人の行為についての注文者の請負人に対する意見の申出の方法...を、書面により注文者に通知しなければならない。 2 注文者は、請負契約の履行に関し工事現場に監督員を置く場合においては、当該監督員の権限に関する事項及び当該監督員の行為についての請負人の注文者に対する意見の申出の方法...を、書面により請負人に通知しなければならない。 3・4(略)...電子情報処理組織を使用する方法...
本条は、工事現場におけるキーパーソンである「現場代理人」と「監督員」の権限を、書面(または電子化)によって互いに通知することを義務付ける規定である。
1. 請負人から注文者への通知(現場代理人について) 請負人(建設業者)が現場代理人を置く場合、その代理人が持つ「権限」と、注文者がその代理人の行為について請負人本体に「意見を申出る方法」を書面で通知しなければならない。
「言った、言わない」のトラブルを防ぐためである。「どこまでが現場代理人の独断で決定できるのか」(例:軽微な仕様変更の承諾、工期に関する折衝)を明確にすることで、注文者は安心して現場とやり取りができる。
2. 注文者から請負人への通知(監督員について) 同様に、注文者(発注者)が監督員(いわゆる現場監督)を置く場合も、その監督が持つ「権限」と、請負人がその監督の行為について注文者本体に「意見を申出る方法」を書面で通知しなければならない。
請負人にとって、「この監督員の指示は、注文者本体の正式な指示とみなしてよいのか」は死活問題である。権限のない監督員の指示で作業を進め、後で注文者本体から「そんな指示はしていない」と覆されては、無駄なコストが発生してしまう。
3. 電子化の容認(第3項・第4項) これらの通知は、相手方の承諾を得れば、電子メール等の「電子情報処理組織を使用する方法」で行うことが認められている。現代の実務に即した規定である。
建設業法第19条の3:「赤字覚悟」を強いる不当に低い請負代金の禁止
(不当に低い請負代金の禁止) 第十九条の三 注文者は、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない。
本条は、注文者がその優越的な地位を濫用し、いわゆる「赤字契約」を強制することを明確に禁止する規定である。
ここでいう「通常必要と認められる原価」とは、単なる材料費や労務費(直接工事費)だけを指すのではない。国土交通省のガイドライン等によれば、以下のものを含む。
- 直接工事費
- 現場管理費(現場事務所の経費、安全対策費、現場従業員の給与など)
- 一般管理費(本社の経費、役員報酬、減価償却費など)
つまり、その工事を適正に施工し、企業として最低限の活動を維持するために必要なコスト全体を指す。
この原価を下回る金額で契約を強いることは、ダンピング(不当廉売)を助長する。その結果、以下のような深刻な問題を引き起こす。
- 下請業者への不当な「しわ寄せ」
- 労働者の賃金切り下げや、社会保険等への未加入
- 安全対策の省略や、手抜き工事による品質低下
本条は、これらの弊害の根源となる「不当に低い請負代金」を法的に禁止することで、建設業の健全なサプライチェーン全体を守ることを目的としている。
建設業法第19条の4:資材や業者の「購入先指定」による不当な利益侵害の禁止
(不当な使用資材等の購入強制の禁止) 第十九条の四 注文者は、請負契約の締結後、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事に使用する資材若しくは機械器具又はこれらの購入先を指定し、これらを請負人に購入させて、その利益を害してはならない。
これは、注文者が請負契約の締結後(=請負人が断りにくい状況になった後)に、自らの地位を利用して特定の資材や機械、あるいはその「購入先」を指定し、請負人に不利益を与えることを禁止する規定である。
注意点: 注文者が工事の仕様として、特定の品質、規格、性能(例:「〇〇社製の△△、または同等品以上」)を指定すること自体は、本条で禁止されていない。
本条が禁止しているのは、主に以下の2つのケースである。
- 購入先の指定: 注文者の関連会社や、注文者と特別な関係にある業者から購入することを強制し、請負人がもっと安く調達できる機会を奪うこと。
- 不必要な資材の指定: 仕様上必要ない、あるいは過度に高額な資材を指定し、請負人のコストを不当に増加させること。
これらは、請負人の「見積り・調達の自由」を侵害し、その利益を不当に害する行為として禁止されている。
建設業法第19条の5:「無茶な工期」を強いる「著しく短い工期」の禁止
(著しく短い工期の禁止) 第十九条の五 注文者は、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる期間に比して著しく短い期間を工期とする請負契約を締結してはならない。
本条は、いわゆる「無理な工期設定」を禁止する規定であり、建設業界の「働き方改革」を推進する上でも極めて重要な条文である。
「通常必要と認められる期間」とは、以下の要素を合理的に考慮した期間である。
- 工事内容、規模、現地の施工条件
- 資材の調達や建設機械の準備にかかる期間
- 降雨、降雪など、地域の気候による作業不能日数
- 週休2日(4週8休)の確保、祝日、年末年始休暇など、労働者の休日
- 安全対策や品質管理に必要な時間
これらの客観的な要素を無視し、注文者側の都合(例:「年度内に絶対に完成させろ」「オープン日厳守」)だけで「著しく短い期間」を工期として設定することは、違法である。
無茶な工期は、長時間労働の温床となり、労働災害のリスクを高め、手抜き工事による品質低下を招く。本条は、こうした「工期ダンピング」に歯止めをかけるものである。
建設業法第19条の6:違反した発注者への「勧告」と「公表」
(発注者に対する勧告等) 第十九条の六 建設業者と請負契約を締結した発注者...が第十九条の三又は第十九条の四の規定に違反した場合において、特に必要があると認めるときは、当該建設業者の許可をした国土交通大臣又は都道府県知事は、当該発注者に対して必要な勧告をすることができる。 2 ...発注者が前条の規定に違反した場合において、特に必要があると認めるときは、...国土交通大臣又は都道府県知事は、当該発注者に対して必要な勧告をすることができる。 3 国土交通大臣又は都道府県知事は、前項の勧告を受けた発注者がその勧告に従わないときは、その旨を公表することができる。 4 ...勧告を行うため必要があると認めるときは、当該発注者に対して、報告又は資料の提出を求めることができる。
本条は、前述の第19条の3(不当に低い代金)、第19条の4(購入強制)、第19条の5(著しく短い工期)に違反した注文者(発注者)に対し、行政が実効性のある措置を講ずるための規定である。
1. 調査権(第4項) まず、行政(国土交通大臣や都道府県知事)は、違反の疑いがある場合、発注者に対して「報告」や「資料の提出」を求める調査権を持つ。
2. 勧告(第1項・第2項) 調査の結果、違反が認められ、「特に必要がある」と判断された場合、行政は発注者に対して「勧告」を行うことができる。 (※第19条の3・4の違反については、発注者が独占禁止法上の「事業者」に該当する場合は、公正取引委員会の管轄となるため除外されている)
3. 公表(第3項) 特に「著しく短い工期(第19条の5)」の違反について勧告を受けた発注者が、その勧告に従わなかった場合、行政はその事実(社名など)を「公表」することができる。
罰則(懲役や罰金)こそないものの、「公表」は企業にとって重大なレピュテーション・リスク(社会的信用の失墜)であり、違反を抑止する強力な力を持つ。
まとめ
第19条の2から第19条の6は、注文者と請負業者が対等な立場で公正な契約を結ぶための土台となるルールである。請負業者はこれらの条文を「盾」として不当な要求を拒否する権利があり、注文者はこれらの条文を「規範」として遵守する義務がある。
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