はじめに
建設業法第21条と第22条は、建設工事の適正な施工を確保するための重要な規定である。第21条は前金払における注文者保護の仕組みを定め、第22条は建設業界における悪弊とされてきた「丸投げ」を禁止している。これらの規定は、建設工事の品質確保と発注者保護の観点から、実務上極めて重要な意味を持つ。
第21条(契約の保証)の解説
第1項:前金払と保証人の請求権
条文の趣旨
建設工事では、資材の調達や労務者の確保のため、着工前に請負代金の一部を前払いすることが一般的である。しかし、前金払後に建設業者が倒産したり工事を放棄したりすれば、注文者は重大な損害を被る。第21条第1項は、このようなリスクから注文者を保護するため、前金払をする場合に保証人を立てることを請求できる権利を注文者に付与している。
「請負代金の全部又は一部の前金払」の意味
前金払とは、工事の着手前または施工途中で、出来高に関係なく支払われる金銭を指す。部分払(出来高に応じた支払)とは異なる概念である。実務上は、請負代金の10%から40%程度が前金払として支払われることが多い。
例外規定の内容
本項但書は、以下の2つの場合に保証人を立てる必要がないことを定めている。
- 公共工事の前払金保証事業会社の保証に係る工事
- 前払金保証事業法に基づく保証事業会社(現在は1社のみ)が保証する工事については、別途制度的な保証が確保されているため、重ねて保証人を立てる必要はない。
- 政令で定める軽微な工事
- 建設業法施行令第6条により、請負代金が500万円未満の工事(建築一式工事は1,500万円未満)が軽微な工事とされている。これらの工事では、前金払の額も小さく、保証人を立てる手続のコストが見合わないため、例外とされている。
第2項:保証人の種類
第2項は、注文者の請求に応じて建設業者が立てるべき保証人の種類を2つ定めている。
第1号:金銭保証人
「建設業者の債務不履行の場合の遅延利息、違約金その他の損害金の支払の保証人」とは、いわゆる金銭的保証を行う保証人である。建設業者が工事を完成できない場合に、注文者が被る損害を金銭で補償する。実務上は、銀行や保証会社がこの役割を担うことが多い。
第2号:履行保証人
「建設業者に代つて自らその工事を完成することを保証する他の建設業者」とは、いわゆる履行保証人である。元の建設業者が工事を完成できない場合に、保証人となった建設業者が代わって工事を完成させる義務を負う。この保証人は「他の建設業者」でなければならず、当該工事を施工できる建設業の許可を持っている必要がある。
実務上の選択
注文者は第1号と第2号のいずれかを選択できるわけではなく、建設業者が選択して立てることになる。ただし、注文者が特定の種類の保証人を求めることは契約自由の原則から可能である。
第3項:保証人を立てない場合の効果
第3項は、建設業者が保証人を立てることを請求されたにもかかわらず、これを立てない場合の効果を定めている。
前金払拒絶の権利
注文者は、「契約の定にかかわらず、前金払をしないことができる」とされている。つまり、契約書で前金払の定めがあっても、保証人が立てられない限り、注文者は前金払を拒否できる。これは注文者の権利であって義務ではないため、保証人なしで前金払をすることも可能である。
契約解除権の有無
本条は前金払の拒絶を認めるのみで、契約解除権までは明文で認めていない。ただし、保証人を立てないことが債務不履行に該当する場合には、民法の一般原則により契約解除が可能となる場合もある。
第22条(一括下請負の禁止)の解説
第1項・第2項:一括下請負禁止の原則
「丸投げ」禁止の趣旨
第22条第1項および第2項は、いわゆる「丸投げ」を禁止する規定である。一括下請負とは、元請負人が請け負った建設工事の全部を、自らは実質的な施工や工事管理を行わずに、そのまま一括して他の業者に請け負わせることを指す。
一括下請負が禁止される理由
一括下請負が禁止される主な理由は以下の通りである。
- 技術力・信用の確保:発注者は、元請負人の技術力や信用を評価して契約している。丸投げを認めれば、発注者の期待が裏切られる。
- 施工責任の不明確化:一括下請負により、実際の施工者と契約上の責任者が分離し、施工責任が不明確になる。
- 中間搾取の防止:元請負人が何もせずに中間マージンを取得することは、建設業の健全な発展を阻害する。
- 品質の確保:元請負人の工事管理が行われないことで、工事の品質が低下するおそれがある。
「いかなる方法をもつてするかを問わず」の意味
条文中の「いかなる方法をもつてするかを問わず」という文言は、形式的に下請契約の形態を整えても、実質的に一括下請負に該当すれば本条違反となることを明確にしている。
「一括して」の解釈
国土交通省の解釈によれば、以下のいずれかに該当する場合は「一括下請負」とみなされる。
- 請け負った建設工事の全部を一の下請負人に請け負わせる場合
- 請け負った建設工事を二以上の下請負人に分割して請け負わせる場合で、元請負人が実質的な施工管理を行っていない場合
実質的関与の判断基準
元請負人が実質的な関与をしているかどうかは、以下の要素を総合的に考慮して判断される。
- 施工計画の作成・管理への関与
- 工程管理・品質管理の実施状況
- 下請業者への指導・監督の実態
- 資材の調達への関与
- 現場代理人等の配置状況
- 安全管理への関与
国土交通省は、「建設業法令遵守ガイドライン」において、元請負人として最低限実施すべき行為を具体的に示している。
第2項の意味
第2項は、下請負人側の禁止規定である。第1項が元請負人の行為を禁止するのに対し、第2項は受注側である下請負人が一括下請負を受けることを禁止している。これにより、一括下請負を双方から規制している。
第3項:例外規定
例外が認められる要件
第3項は、一定の要件を満たす場合に一括下請負の禁止が解除される例外を定めている。例外が認められるためには、以下の要件をすべて満たす必要がある。
- 対象工事の限定:「多数の者が利用する施設又は工作物に関する重要な建設工事で政令で定めるもの以外の建設工事」であること
- 事前の書面承諾:元請負人があらかじめ発注者の書面による承諾を得ること
「政令で定める重要な建設工事」の内容
建設業法施行令第6条の3において、以下の工事が「重要な建設工事」として定められており、これらについては例外が認められない。
- 共同住宅(マンション等)
- 学校、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場等
- 百貨店、マーケット等
- 旅館、ホテル等
- 事務所
- 公衆浴場
- 工場、倉庫等
- その他多数の者が利用する施設又は工作物に関する建設工事
つまり、個人住宅など比較的小規模で、多数の者が利用しない建設工事に限って、発注者の承諾があれば一括下請負が認められる。
「あらかじめ」の意味
「あらかじめ」とは、一括下請負契約を締結する前を意味する。事後承諾では本項の要件を満たさない。
書面承諾の方式
承諾は「書面による」ことが要求されている。口頭での承諾や黙示の承諾では足りない。書面の様式に特段の定めはないが、承諾の意思が明確に表示されている必要がある。
第4項:電子承諾
デジタル化への対応
第4項は、2019年の法改正で追加された規定であり、書面による承諾に代えて電子的方法による承諾を認めるものである。建設業界のデジタル化推進の一環として導入された。
電子承諾の要件
電子承諾を行うには、以下の要件を満たす必要がある。
- 元請負人の承諾を得ること
- 政令・国土交通省令で定める方法によること
- 承諾する旨の通知をすること
電子承諾が適切に行われた場合、「書面による承諾をしたものとみなす」とされ、第3項の要件を満たすことになる。
具体的な電子承諾の方法
国土交通省令では、以下のような方法が定められている。
- 電子メール
- 発注者と元請負人が共同で利用する情報システム
- その他の電子情報処理組織を使用する方法
ただし、承諾の記録が保存され、必要に応じて確認できることが前提となる。
違反の効果と罰則
民事上の効果
契約の効力
一括下請負禁止に違反した契約の効力については、判例・学説で議論がある。最高裁判例は、一括下請負契約自体は私法上無効とはならないとしているが、発注者との関係では元請負人が責任を免れることはできないとしている。
損害賠償責任
一括下請負により発注者に損害が生じた場合、元請負人は債務不履行責任または不法行為責任を負う可能性がある。
行政処分
監督処分
第21条および第22条に違反した場合、建設業法第28条に基づき、国土交通大臣または都道府県知事から以下の監督処分を受ける可能性がある。
- 指示処分:違反事実の是正や再発防止を命じる処分 2.営業停止処分:一定期間(最長1年)の営業停止を命じる処分 3.許可取消処分:建設業許可を取り消す処分
実務上、第22条違反(一括下請負)については、悪質な場合には営業停止処分が科されることが多い。
刑事罰
第22条違反の罰則
第22条第1項または第2項に違反した場合、第47条により「3年以下の懲役又は300万円以下の罰金」に処される。法人の場合は、第50条により両罰規定が適用され、法人に対しても1億円以下の罰金が科される。
第21条違反の罰則
第21条については、直接的な刑事罰は規定されていない。ただし、行政処分の対象とはなり得る。
実務上の留意点
第21条関連の実務ポイント
保証人の選定
金銭保証の場合、銀行の保証や保証会社の保証を利用することが一般的である。履行保証の場合は、同程度の施工能力を持つ建設業者を予め選定しておく必要がある。
保証契約の内容
保証契約書には、保証の範囲、保証期間、保証債務の履行方法等を明確に定めておく必要がある。特に履行保証の場合は、具体的な工事引継方法を定めておくことが重要である。
公共工事での取扱い
公共工事では、前払金保証事業法に基づく保証が一般的であり、建設業法第21条の保証人とは別の制度として運用されている。公共工事の前払金の保証については、前払金保証事業法が優先的に適用される。
第22条関連の実務ポイント
適切な施工体制の構築
一括下請負に該当しないためには、元請負人が実質的な施工管理を行っていることを証明できる体制を構築する必要がある。具体的には以下の対応が求められる。
- 施工計画の策定:元請負人自らが施工計画を策定し、下請業者に指示する
- 現場代理人等の配置:元請負人の現場代理人、主任技術者または監理技術者を常駐させる
- 工程管理・品質管理:定期的な工程会議の開催、品質検査の実施
- 安全管理:安全衛生協議会の開催、安全パトロールの実施
- 記録の保存:上記の活動記録を適切に保存する
建設業法令遵守ガイドラインの活用
国土交通省が公表している「建設業法令遵守ガイドライン」(最新版は令和5年改訂版)には、一括下請負に該当するかどうかの判断基準や、元請負人が実施すべき行為が具体的に示されている。実務においては、このガイドラインに沿った対応が求められる。
施工体制台帳の整備
建設業法第24条の8に基づく施工体制台帳の適切な整備・提出も、一括下請負でないことを示す重要な証拠となる。
例外規定の適用
第22条第3項の例外を適用する場合は、必ず事前に発注者から書面(または電子的方法)による承諾を得ておく必要がある。承諾の記録は適切に保存しておくべきである。
国土交通省の指導方針
国土交通省は、建設業法の適正な運用を確保するため、以下のような指導を行っている。
立入検査の実施
国土交通省および都道府県は、建設業法第31条に基づき、建設業者に対する立入検査を実施している。一括下請負の疑いがある場合は、施工体制や工事記録等の詳細な調査が行われる。
通報制度の活用
建設業法違反に関する通報窓口が国土交通省および都道府県に設置されており、一括下請負の疑いがある場合には通報により調査が開始されることもある。
業界団体との連携
国土交通省は、建設業団体と連携して、一括下請負禁止の趣旨の周知徹底を図っている。各団体でも自主的なチェック体制が構築されつつある。
最近の動向と今後の課題
デジタル化の進展
第22条第4項の追加に見られるように、建設業界でもデジタル化が進展している。今後は、電子承諾だけでなく、施工管理全般のデジタル化が進むことで、一括下請負の有無の判断もより客観的に行えるようになることが期待される。
働き方改革への対応
建設業の働き方改革が進む中、適正な施工体制の確保と技術者の負担軽減のバランスが課題となっている。実質的な関与の要件と効率的な現場管理の両立が求められる。
人材不足への対応
建設業界の人材不足が深刻化する中、専門工事の下請化は避けられない傾向にある。一括下請負の禁止を維持しつつ、適切な分業体制をどう構築するかが課題である。
まとめ
建設業法第21条と第22条は、それぞれ異なる観点から建設工事の適正な施工を確保するための規定である。
第21条は、前金払に伴うリスクから注文者を保護するため、保証人を立てることを求める制度を設けている。実務上は、公共工事における前払金保証制度との関係を理解し、適切な保証契約を締結することが重要である。
第22条は、いわゆる「丸投げ」を禁止することで、発注者の信頼保護、施工責任の明確化、中間搾取の防止、品質確保を図っている。実務上は、元請負人として実質的な施工管理を行っていることを客観的に示せる体制を構築することが不可欠である。
これらの規定は、建設業の健全な発展と建設工事の品質確保のために極めて重要であり、すべての建設業者が十分に理解し、遵守する必要がある。
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