はじめに

建設工事をめぐる紛争は、技術的・専門的な事項が複雑に絡み合い、一般の裁判所での解決には時間とコストがかかることが多い。そこで建設業法は、建設工事紛争審査会という専門的な紛争処理機関を設け、あっせん・調停・仲裁という多様な手続きを用意している。

本稿で解説する第25条の10から第25条の26は、この紛争審査会による紛争処理手続きの詳細を定めた条文群である。実務において建設業者が紛争に直面した際、訴訟以外の選択肢として極めて重要な制度であり、適切に活用することで迅速かつ専門的な解決が期待できる。

第25条の10(紛争処理の申請):申請手続きと経由機関

条文の趣旨

本条は、建設工事紛争審査会に対する紛争処理の申請手続きを定めている。申請は書面で行い、中央審査会に対する申請は国土交通大臣を、都道府県審査会に対する申請は当該都道府県知事を経由することが求められる。

経由主義の意義

審査会への申請を行政機関経由とする理由は、申請内容の形式的審査や記録の保管、統計資料の作成などの行政目的による。国土交通省の建設業法関係資料によれば、この経由手続きにより、紛争の発生状況や処理状況を行政側が把握し、建設業行政の改善に活用することが可能となる。

実務上のポイント

申請書には、当事者の表示、紛争の要点、申請の趣旨などを明記する必要がある。政令(建設業法施行令)で様式や添付書類が定められており、国土交通省のウェブサイトから申請書の雛形を入手できる。申請前に、対象となる紛争が審査会の管轄に属するか(建設工事の請負契約に関する紛争であるか)を確認することが重要である。

第25条の11(あっせん又は調停の開始):手続き開始の要件

条文の趣旨

本条は、審査会があっせん又は調停を開始する場合を定めている。第1号は当事者の申請による開始、第2号は審査会の職権による開始を規定する。

当事者申請による開始

第1号により、当事者の双方又は一方からの申請により、あっせん又は調停が開始される。注目すべきは「双方又は一方」と規定されている点である。つまり、紛争当事者の一方のみの申請でも手続きが開始され得る。これは、紛争解決の機会を広く保障する趣旨である。

ただし、後述する第25条の14により、相手方が応じない場合や不当な申請の場合には、審査会が手続きを行わないこともできる。

職権による開始

第2号は、公共性のある施設又は工作物に関する紛争について、審査会が職権であっせん又は調停を開始できると定めている。「公共性のある施設又は工作物」は政令で具体的に指定されており、例えば道路、橋梁、ダムなど公共の利益に重大な影響を及ぼす施設が該当する。

国土交通省の運用指針では、こうした公共性の高い工事の紛争は、私人間の問題に留まらず、公共の利益に影響を与えるため、審査会が積極的に関与すべきとされている。

実務上の留意点

実務上、一方当事者のみの申請の場合、相手方が手続きに参加しない可能性がある。その場合、あっせんや調停は成立しにくく、第25条の15により打ち切られることもある。そのため、可能であれば相手方との事前調整や、双方申請の形を目指すことが望ましい。

第25条の12(あっせん):あっせん手続きの構造

条文の趣旨

本条は、あっせん手続きの実施方法を定めている。あっせんは、調停や仲裁に比べて簡易・迅速な紛争解決手段として位置づけられる。

あっせん委員の役割

あっせんは、審査会の会長が事件ごとに指名する1名のあっせん委員が行う。あっせん委員は、当事者間をあっせんし、双方の主張の要点を確認し、事件が解決されるよう努める。

あっせん委員の役割は、調停委員や仲裁委員と異なり、調停案の作成や仲裁判断を行うものではない。当事者間の意思疎通を促進し、自主的な合意形成を支援することが中心である。

実務における活用

あっせんは、紛争の初期段階で当事者間の対話を促進し、早期解決を図る手段として有効である。国土交通省の統計によれば、あっせんによる解決率は必ずしも高くないが、その後の調停や訴訟に向けた争点整理の機能を果たすことも多い。

建設業者としては、紛争が深刻化する前にあっせんを申請し、専門家の助言を得ながら解決を模索する姿勢が、リスクマネジメントの観点から推奨される。

第25条の13(調停):調停手続きの詳細

条文の趣旨

本条は、調停手続きの実施方法を詳細に定めている。調停は、あっせんより踏み込んだ紛争解決手段であり、審査会が調停案を作成して当事者に受諾を勧告できる点に特徴がある。

調停委員会の構成

調停は3名の調停委員が行う。調停委員は、事件ごとに審査会の会長が委員又は特別委員の中から指名する。3名体制とすることで、多角的な視点から紛争を検討し、バランスの取れた調停案の作成が可能となる。

調停手続きの進行

審査会は、調停のため必要があると認めるときは、当事者の出頭を求め、その意見を聴くことができる(第3項)。この規定により、調停委員は当事者から直接事情を聴取し、紛争の実態を正確に把握することができる。

調停案の作成と勧告

審査会は調停案を作成し、当事者に対してその受諾を勧告できる(第4項)。調停案は、調停委員の過半数の意見で作成される(第5項)。この調停案には法的拘束力はないが、専門家による公正な解決案として、当事者に一定の心理的影響力を持つ。

実務上の意義

国土交通省の建設工事紛争審査会の実績を見ると、調停による解決事例は一定数存在する。調停案は、技術的・専門的な観点から作成されるため、当事者双方にとって納得性が高い解決策となることが多い。

建設業者としては、調停案が提示された場合、その専門性と公正性を尊重し、真摯に受諾を検討する姿勢が求められる。

第25条の14(あっせん又は調停をしない場合):手続き開始の制限

条文の趣旨

本条は、審査会があっせん又は調停を行わない場合を定めている。全ての紛争が審査会による処理に適するわけではなく、一定の場合には手続きを開始しないことができる。

性質上不適当な紛争

「紛争がその性質上あつせん若しくは調停をするのに適当でないと認めるとき」とは、例えば、法律解釈が主要な争点となる純粋な法律問題や、刑事事件に関連する紛争などが考えられる。建設工事紛争審査会は、建設工事の技術的・専門的事項に関する紛争解決を主眼とするため、そうした性質の紛争は審査会の専門性を活かせない。

不当な目的による申請

「当事者が不当な目的でみだりにあつせん若しくは調停の申請をしたと認めるとき」とは、例えば、相手方を困惑させる目的や訴訟の引き延ばしを目的とした申請などが該当する。

実務上の留意点

実務上、審査会が本条により手続きを開始しない決定をすることは比較的稀である。ただし、明らかに審査会の管轄外の事項(建設工事の請負契約以外の紛争)や、既に確定判決がある事項などについては、本条により却下される可能性がある。

申請者としては、事前に紛争の性質を慎重に検討し、審査会による解決に適した事案であることを確認すべきである。

第25条の15(あっせん又は調停の打切り):手続きの終了

条文の趣旨

本条は、開始されたあっせん又は調停が、解決の見込みがないと認められる場合に打ち切られることを定めている。紛争解決手続きを無益に長引かせず、他の解決手段への移行を促す趣旨である。

打切りの要件と効果

審査会は、「あつせん又は調停による解決の見込みがないと認めるとき」に手続きを打ち切ることができる(第1項)。これは、例えば当事者間の主張の隔たりが大きく歩み寄りが期待できない場合や、一方当事者が手続きに非協力的な場合などが該当する。

打ち切った場合、審査会はその旨を当事者に通知しなければならない(第2項)。この通知により、当事者は他の解決手段(仲裁や訴訟)を検討することになる。

実務上の意義

国土交通省の統計によれば、あっせん・調停の相当数が打ち切りで終了している。これは、紛争解決手続きとして必ずしも失敗を意味するものではなく、当事者の主張が整理され、次の段階(仲裁や訴訟)での迅速な解決につながることも多い。

建設業者としては、打ち切り通知を受けた場合、速やかに次の対応策(仲裁申請や訴訟提起)を検討する必要がある。

第25条の16(時効の完成猶予):時効との関係

条文の趣旨

本条は、あっせん又は調停が打ち切られた後、一定期間内に訴訟を提起した場合の時効完成猶予について定めている。紛争解決手続きの利用によって時効が完成し、権利行使ができなくなることを防ぐための規定である。

時効完成猶予の仕組み

あっせん又は調停が打ち切られた場合、申請者が打ち切り通知を受けた日から1か月以内に訴訟を提起すれば、時効完成猶予に関しては、あっせん又は調停の申請時に訴えの提起があったものとみなされる。

これは、民法第147条(裁判上の請求による時効の完成猶予)と類似の効果を持つ。審査会への申請によって時効の進行が止まり、打ち切り後1か月以内に訴訟提起すれば、その効果が維持される。

実務上の重要性

本条は、建設業者にとって極めて重要である。建設工事の請負代金債権や瑕疵修補請求権などは、時効期間が比較的短い(例えば民法第167条により5年、商事債権として商法第522条により5年など)。審査会での手続きに時間を要している間に時効が完成してしまうリスクを回避するため、本条の規定を理解し、適切に活用する必要がある。

留意点

本条の適用を受けるためには、打ち切り通知を受けた日から「1か月以内」に訴訟提起する必要がある。この期間は短いため、打ち切りの可能性を見越して、あらかじめ訴訟提起の準備(訴状の作成、証拠の整理など)を進めておくことが賢明である。

また、本条は「あっせん又は調停の目的となつた請求」についての時効完成猶予であるため、審査会に申請していない請求権については適用されない点にも注意が必要である。

第25条の17(訴訟手続の中止):訴訟との調整

条文の趣旨

本条は、紛争について既に訴訟が係属している場合に、審査会による紛争処理手続きを優先させるため、裁判所が訴訟手続きを中止できることを定めている。訴訟と審査会手続きの並行を避け、専門的な紛争解決を促進する趣旨である。

訴訟手続き中止の要件

受訴裁判所が訴訟手続きを中止できるのは、以下の要件を満たす場合である。

  1. 当該紛争について審査会によるあっせん又は調停が実施されている、又は当事者間に審査会による紛争解決を図る旨の合意があること(第1項各号)
  2. 当事者の共同の申立てがあること(第1項本文)

この「当事者の共同の申立て」という要件は重要である。一方当事者のみの申立てでは中止されない。これは、訴訟を受ける権利(憲法第32条)との調整を図ったものである。

中止期間と取消し

訴訟手続きの中止期間は4か月以内である(第1項本文)。これは、審査会手続きが長期化することを防ぎ、紛争の迅速な解決を図る趣旨である。

受訴裁判所は、いつでも中止決定を取り消すことができる(第2項)。これは、例えば審査会手続きが打ち切られた場合や、当事者が訴訟での解決を望む場合などに対応するためである。

不服申立ての制限

中止申立てを却下する決定及び中止決定を取り消す決定に対しては、不服を申し立てることができない(第3項)。これは、手続きの迅速性を確保する趣旨である。

実務上の活用

本条は、実務上それほど頻繁に活用されているわけではないが、建設工事紛争の専門的解決を重視する当事者にとっては有用な制度である。

既に訴訟が提起されている場合でも、当事者双方が審査会での解決を望むのであれば、共同で訴訟手続き中止の申立てを行い、審査会でのあっせん・調停を試みることができる。国土交通省も、専門的紛争については審査会の活用を推奨している。

第25条の18(仲裁の開始):仲裁手続きの開始要件

条文の趣旨

本条は、審査会が仲裁を開始する場合を定めている。仲裁は、あっせんや調停と異なり、最終的な判断を下す手続きであり、仲裁判断には確定判決と同一の効力が認められる(仲裁法第45条)。

仲裁開始の要件

仲裁は以下の場合に開始される。

  1. 当事者の双方から仲裁の申請がなされたとき(第1号)
  2. 建設業法による仲裁に付する旨の合意(仲裁合意)に基づき、当事者の一方から仲裁の申請がなされたとき(第2号)

第1号は、紛争発生後に当事者双方が仲裁に付することに合意した場合である。第2号は、請負契約締結時などに予め仲裁合意をしておいた場合である。

あっせん・調停との相違

仲裁は、当事者双方の合意(仲裁合意)が必要である点で、一方当事者のみの申請でも開始され得るあっせん・調停とは異なる。これは、仲裁判断の終局性と拘束力の強さを反映している。

実務上の重要性

建設工事の請負契約書に、紛争が生じた場合には建設工事紛争審査会の仲裁に付する旨の条項(仲裁条項)を盛り込んでおくことは、実務上有効である。これにより、紛争発生時に訴訟ではなく、より専門的かつ迅速な仲裁による解決が可能となる。

国土交通省が公表している標準約款の中にも、仲裁条項の例が示されている。建設業者は、重要な契約を締結する際、こうした仲裁条項の導入を検討すべきである。

第25条の19(仲裁):仲裁手続きの構造

条文の趣旨

本条は、審査会による仲裁手続きの基本的な構造を定めている。特に、仲裁委員の選任方法と、仲裁法の適用関係を明確にしている。

仲裁委員会の構成

仲裁は3名の仲裁委員が行う(第1項)。この3名体制は、多角的な検討と公正な判断を確保するためである。

仲裁委員の選任は、原則として当事者の合意による選定を尊重する(第2項本文)。当事者が合意で選定した者について、審査会の会長が指名する。ただし、当事者の合意による選定がなされなかった場合は、会長が職権で指名する(第2項ただし書)。

弁護士資格者の必置

仲裁委員のうち少なくとも1人は、弁護士資格を有する者でなければならない(第3項)。これは、仲裁手続きが準司法的性質を持つことから、法的専門性を確保する趣旨である。

仲裁法の適用

審査会の行う仲裁については、建設業法に別段の定めがある場合を除き、仲裁委員を仲裁人とみなして仲裁法の規定が適用される(第4項)。これにより、仲裁手続きの詳細(証拠調べ、仲裁判断の方式、仲裁判断の効力など)は仲裁法の規定に従うことになる。

実務上の意義

仲裁法の適用により、審査会の仲裁は法的に整備された手続きとして運営される。仲裁判断には確定判決と同一の効力があり(仲裁法第45条)、執行力も認められる(同法第46条により執行決定を経て強制執行可能)。

建設業者としては、仲裁を選択する場合、仲裁法の規定も理解しておく必要がある。特に、仲裁判断に対する不服申立ての制限(仲裁法第44条により原則として取消しの訴えのみ)については、十分に認識しておくべきである。

第25条の20(文書及び物件の提出):証拠収集の権限

条文の趣旨

本条は、審査会が仲裁を行う場合に、相手方の所持する文書又は物件を提出させることができる権限を定めている。適正な仲裁判断を行うために必要な証拠を収集する権限である。

文書・物件提出命令の要件と範囲

審査会は、仲裁を行う場合において必要があると認めるときは、当事者の申出により、相手方の所持する「当該請負契約に関する文書又は物件」を提出させることができる(第1項)。

「当該請負契約に関する文書又は物件」とは、例えば契約書、設計図書、施工記録、検査報告書、写真、材料サンプルなどが該当する。契約に直接関連する証拠に限定される。

不提出の効果

相手方が正当な理由なく文書又は物件を提出しないときは、審査会は当該文書又は物件に関する申立人の主張を真実と認めることができる(第2項)。これは、証拠の偏在を是正し、証拠を持つ側の非協力を抑止する効果がある。

実務上の活用

建設工事紛争では、施工者側が施工記録を、発注者側が検査記録を保持しているなど、証拠が偏在することが多い。本条の文書提出命令は、こうした証拠偏在を是正し、公正な判断を可能にする。

仲裁を申し立てる側は、相手方が所持していると考えられる重要な証拠について、積極的に文書提出を申し出るべきである。また、相手方から文書提出を求められた場合、正当な理由なく拒否すると不利な推定を受けるため、誠実に対応する必要がある。

第25条の21(立入検査):現場検査の権限

条文の趣旨

本条は、審査会が仲裁を行う場合に、紛争の原因となった事実関係を確認するため、工事現場等に立ち入って検査する権限を定めている。建設工事紛争の特性として、現場の状況確認が重要であることを反映した規定である。

立入検査の要件と実施方法

審査会は、仲裁を行う場合において必要があると認めるときは、当事者の申出により、相手方の占有する工事現場その他事件に関係のある場所に立ち入り、紛争の原因たる事実関係につき検査をすることができる(第1項)。

検査の実施は、審査会が仲裁委員の1人に行わせることもできる(第2項)。これは、効率的な手続き運営を可能にする趣旨である。

検査拒否の効果

相手方が正当な理由なく立入検査を拒んだときは、審査会は当該事実関係に関する申立人の主張を真実と認めることができる(第3項)。前条の文書提出命令と同様の効果である。

実務上の重要性

建設工事紛争では、瑕疵の有無や程度、施工不良の原因などを判断するために、現場の状況確認が不可欠なことが多い。書面だけでは判断が困難な技術的事項について、専門家である仲裁委員が直接現場を確認できることは、審査会仲裁の大きな利点である。

国土交通省の統計でも、仲裁事件において立入検査が実施されている事例は相当数存在する。建設業者としては、仲裁において現場検査が重要な意味を持つ場合、積極的に検査を申し出るべきである。また、相手方から検査を求められた場合、正当な理由なく拒否すると不利な推定を受けるため、協力的な姿勢が求められる。

第25条の22(調停又は仲裁の手続の非公開):手続きの非公開原則

条文の趣旨

本条は、審査会の行う調停又は仲裁の手続きが非公開であることを定めている。紛争当事者のプライバシーや営業秘密を保護し、率直な主張や証拠提出を促進する趣旨である。

非公開の原則と例外

審査会の調停又は仲裁の手続きは公開しない(本文)。ただし、審査会は相当と認める者に傍聴を許すことができる(ただし書)。

この「相当と認める者」とは、例えば当事者の代理人や、技術的助言を行う専門家などが考えられる。審査会が公益上必要と判断する場合にも、傍聴が許可されることがある。

訴訟との相違

民事訴訟は公開が原則である(憲法第82条、民事訴訟法第152条)。これに対し、審査会の調停・仲裁は非公開が原則である。この相違は、建設業者にとって審査会手続きを選択する一つの理由となり得る。

営業秘密や技術上の秘密が関わる紛争では、公開の法廷で審理されることを避けたいというニーズがある。審査会の非公開手続きは、そうしたニーズに応えるものである。

実務上の意義

建設工事紛争では、施工技術や原価情報など、企業の営業秘密に関わる事項が争点となることが多い。非公開手続きにより、こうした秘密情報を保護しつつ、適切な紛争解決を図ることができる。

国土交通省も、建設業者の秘密保護と紛争の適正解決の両立という観点から、非公開原則を重視している。

第25条の23(紛争処理の手続に要する費用):費用負担のルール

条文の趣旨

、紛争処理の手続きに要する費用の負担について定めている。当事者の費用負担を明確にし、予測可能性を高める趣旨である。

原則的な費用負担

紛争処理の手続きに要する費用は、当事者が費用負担につき別段の定めをしないときは、各自これを負担する(第1項)。つまり、各当事者が自己の費用を負担する、いわゆる「各自負担」が原則である。

これは、民事訴訟における訴訟費用の敗訴者負担原則(民事訴訟法第61条)とは異なる。審査会手続きでは、勝敗に関わらず各自が費用を負担することで、手続き利用のハードルを下げている。

ただし、当事者間で別段の合意(例えば敗者負担とする合意)をすれば、それに従う。また、仲裁判断において仲裁委員会が費用負担について判断することもできる。

費用の予納

審査会は、当事者の申立てに係る費用を要する行為(例えば鑑定、立入検査など)については、当事者に費用を予納させる(第2項)。

予納をしない場合、審査会はその行為をしないことができる(第3項)。これは、審査会が費用を立て替えることによる財政負担を避ける趣旨である。

実務上の留意点

審査会手続きの費用は、一般的に訴訟に比べて低廉である。特に、専門的知見を要する事案では、訴訟で鑑定費用等が高額になることを考えれば、審査会手続きのコストメリットは大きい。

建設業者としては、手続き選択の際に費用面も考慮すべきである。ただし、鑑定や現場検査が必要な場合、予納金の準備が必要となるため、資金計画も立てておく必要がある。

第25条の24(申請手数料):中央審査会への申請手数料

条文の趣旨

本条は、中央審査会に対して紛争処理の申請をする者が申請手数料を納める義務を定めている。審査会の運営経費の一部を利用者に負担させる趣旨である。

手数料の金額と納付方法

申請手数料の具体的な金額や納付方法は、政令(建設業法施行令)で定められる。国土交通省のウェブサイトに最新の手数料額が掲載されている。

なお、本条は中央審査会への申請についてのみ規定しており、都道府県審査会への申請手数料については、各都道府県の条例で定められることが一般的である。

実務上の留意点

申請手数料は、紛争の対象となる請負代金額に応じて定められることが多い。申請前に、国土交通省や都道府県のウェブサイトで手数料額を確認し、予算に組み込んでおく必要がある。

手数料は審査会手続きを利用するための必要経費であり、訴訟の印紙代に相当する。一般的に、訴訟の印紙代と比較して大きな差はないが、事案によっては審査会手数料の方が安価な場合もある。

第25条の25(紛争処理状況の報告):報告義務

条文の趣旨

本条は、審査会が所管行政機関に対して紛争処理の状況を報告する義務を定めている。紛争発生の傾向や処理状況を把握し、建設業行政の改善に活用する趣旨である。

報告先と報告事項

中央審査会は国土交通大臣に対し、都道府県審査会は当該都道府県知事に対し、紛争処理の状況について報告する。報告の方法や時期、内容などの詳細は、国土交通省令で定められる。

統計データの公表

国土交通省は、中央審査会からの報告に基づき、毎年、建設工事紛争審査会の紛争処理状況に関する統計データを公表している。この統計には、受理件数、処理件数、処理方法(あっせん、調停、仲裁の別)、処理期間、紛争の類型などが含まれる。

実務上の意義

国土交通省が公表する統計データは、建設業者にとって有益な情報源である。どのような紛争が多いか、どの程度の期間で処理されているか、どの手続きが多く利用されているかなどを把握することで、紛争予防やリスクマネジメントに活用できる。

また、行政側も報告データを分析することで、建設業法の改正や標準約款の見直しなど、制度改善の基礎資料としている。

第25条の26(政令への委任):詳細規定の委任

条文の趣旨

本条は、建設業法に規定されていない紛争処理の手続きや費用に関する詳細事項を政令に委任する規定である。法律では基本的枠組みのみを定め、詳細は政令で柔軟に対応できるようにする趣旨である。

委任される事項

政令(建設業法施行令)で定められる事項には、例えば以下のようなものがある。

  • 申請書の様式や添付書類
  • 手続きの具体的な進行方法
  • 費用の算定方法や予納の手続き
  • あっせん委員、調停委員、仲裁委員の報酬
  • 公共性のある施設又は工作物の範囲(第25条の11第2号関係)

実務上の留意点

紛争処理手続きを利用する際は、建設業法の条文だけでなく、建設業法施行令や国土交通省令も参照する必要がある。特に、申請書の作成や費用の予納などの実務的事項は、政令や省令で詳細に定められている。

国土交通省のウェブサイト(https://www.mlit.go.jp/)には、建設業法関係の法令や申請書様式、手続きの手引きなどが掲載されており、実務上極めて有用である。建設業者は、これらの情報を活用して、適切に手続きを進めることが求められる。

建設工事紛争審査会制度の全体像と実務上の活用

制度の位置づけ

建設工事紛争審査会制度は、建設工事の請負契約をめぐる紛争を、訴訟によらず専門的かつ迅速に解決するための制度である。中央審査会(国土交通省に設置)と都道府県審査会(各都道府県に設置)があり、紛争の内容や当事者の所在地などに応じて選択できる。

国土交通省の統計によれば、毎年一定数の紛争が審査会で処理されており、建設業界において一定の役割を果たしている。ただし、紛争総数に占める審査会利用の割合は必ずしも高くなく、更なる制度の周知と活用促進が課題とされている。

あっせん・調停・仲裁の選択

審査会には、あっせん、調停、仲裁という3つの手続きがある。

  • あっせん:最も簡易・迅速な手続きで、あっせん委員が当事者間の対話を促進する。法的拘束力はない。
  • 調停:調停委員会が調停案を作成して受諾を勧告する。法的拘束力はないが、専門的見地からの解決案として説得力がある。
  • 仲裁:仲裁委員会が仲裁判断を下す。確定判決と同一の効力があり、法的拘束力がある。

実務上は、まずあっせんや調停を試み、それでも解決しない場合に仲裁や訴訟を検討するという段階的なアプローチが一般的である。

審査会手続きのメリット

審査会手続きの主なメリットは以下の通りである。

  1. 専門性:建設工事の技術的・専門的事項に精通した委員による判断
  2. 迅速性:訴訟に比べて比較的短期間で処理される
  3. 費用:訴訟に比べて費用が低廉(特に鑑定等が必要な場合)
  4. 非公開性:営業秘密や技術情報を保護できる(調停・仲裁)
  5. 柔軟性:当事者の実情に応じた柔軟な解決が可能(特にあっせん・調停)

審査会手続きの課題

一方で、以下のような課題も指摘されている。

  1. 認知度の低さ:建設業者の間で制度の認知度が必ずしも高くない
  2. 仲裁合意の不足:契約時に仲裁条項を設けることが少ない
  3. 強制力の限界:あっせん・調停には法的拘束力がなく、相手方が応じない場合は効果が限定的
  4. 専門家の確保:特に都道府県審査会では、専門的知見を有する委員の確保が課題

国土交通省は、これらの課題に対応するため、制度の周知活動や、標準約款への仲裁条項の導入推奨などを行っている。

契約書における仲裁条項の重要性

建設工事の請負契約を締結する際、契約書に仲裁条項を盛り込んでおくことは、実務上極めて重要である。仲裁条項があれば、紛争発生時に改めて仲裁合意をする必要がなく、迅速に仲裁手続きを開始できる。

国土交通省が公表している民間建設工事標準請負契約約款には、紛争解決に関する条項の例が示されており、参考にすることができる。建設業者は、重要な契約を締結する際、法務部門や顧問弁護士と相談の上、適切な仲裁条項の導入を検討すべきである。

紛争予防の重要性

最後に強調すべきは、紛争解決制度の活用以上に、紛争を予防することが重要であるという点である。

紛争の多くは、契約内容の不明確さ、コミュニケーション不足、施工管理の不徹底などから生じる。建設業者は、以下のような紛争予防策を講じるべきである。

  1. 明確な契約書の作成:権利義務関係、施工条件、変更の手続き、検査方法などを明確に定める
  2. 適切な施工管理:設計図書に従った施工、記録の作成・保存
  3. 円滑なコミュニケーション:発注者との定期的な打合せ、問題の早期報告
  4. 社内コンプライアンス体制の整備:法令遵守、品質管理、安全管理の徹底
  5. 契約内容の定期的見直し:法改正や判例の動向を踏まえた契約書の更新

こうした予防策を講じることで、紛争の発生を最小限に抑えることができる。

まとめ

建設業法第25条の10から第25条の26条は、建設工事紛争審査会による紛争処理手続きを詳細に規定している。あっせん、調停、仲裁という多様な手続きが用意され、当事者のニーズに応じた柔軟な紛争解決が可能となっている。

審査会手続きは、専門性、迅速性、費用面などで訴訟に比べた利点があり、建設業者にとって有用な紛争解決手段である。特に、技術的・専門的事項が争点となる紛争や、営業秘密の保護が必要な紛争では、審査会の活用を積極的に検討すべきである。

一方で、制度を効果的に活用するためには、契約時に仲裁条項を設けるなどの事前準備が重要である。また、紛争解決制度の活用以上に、適切な契約管理や施工管理による紛争予防が何より重要である。

建設業者は、本稿で解説した審査会制度の内容を理解し、自社のリスクマネジメント体制の中に適切に位置づけることが求められる。国土交通省のウェブサイトには、審査会制度に関する詳細な情報や統計データが掲載されており、実務上の参考になる。


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当オフィスでは、建設業法をはじめとする建設業関係法令のコンプライアンスについて、以下のようなサービスを提供しています。

  1. コンプライアンス研修:建設業法、下請法、独禁法、労働安全衛生法など、建設業に関連する法令の実務的な解説と、事例に基づくケーススタディ
  2. リスクマネジメント研修:紛争予防、契約管理、施工管理におけるリスクの識別と対応策の立案
  3. コンプライアンス態勢の構築支援:社内規程の整備、内部通報制度の構築、コンプライアンス委員会の運営支援など
  4. 紛争対応コンサルティング:紛争が発生した場合の初動対応、審査会手続きの活用方法、訴訟対応の戦略立案

研修・コンサルティング費用

研修・コンサルティング費用は、1回30万円(消費税別)を原則としています。内容や時間、回数などにより、個別にお見積もりいたしますので、まずはお気軽にご相談ください。

お問い合わせ方法

建設業法に関するコンプライアンス研修やリスクマネジメント、コンサルティングにご興味をお持ちいただけましたら、以下の方法でお問い合わせください。

貴社の健全な事業発展のため、実践的かつ効果的なコンプライアンス・リスクマネジメント体制の構築をサポートいたします。まずはお気軽にご相談ください。

中川総合法務オフィス https://compliance21.com/ 代表:中川恒信

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