はじめに
建設業法第26条の5から第26条の13までは、営業所に置かれた技術者が工事現場の主任技術者や監理技術者を兼ねることができる特例制度と、監理技術者講習の登録制度について定めた重要な規定である。
平成26年の建設業法改正により導入されたこの制度は、建設業者の技術者配置の効率化を図りつつ、適切な施工管理を確保するための仕組みとして機能している。本稿では、これらの条文を実務の観点から詳細に解説する。
第26条の5(営業所技術者等に関する主任技術者又は監理技術者の職務の特例)
制度の趣旨と背景
第26条の5は、営業所に配置された技術者(営業所技術者・特定営業所技術者)が、一定の条件下で工事現場の主任技術者や監理技術者の職務を兼ねることを認める特例制度である。
従来、建設業者は営業所ごとに専任の技術者を置き、かつ工事現場ごとにも主任技術者や監理技術者を配置しなければならなかった。しかし、中小建設業者を中心に技術者不足が深刻化する中、一定の要件を満たせば営業所技術者が現場の技術者を兼務できる制度が求められた。
国土交通省の「建設業法令遵守ガイドライン」によれば、この制度は技術者配置の柔軟化により、限られた人材の有効活用を図る目的で導入されたものである。
兼務を認める4つの要件
第1項は、営業所技術者が現場の技術者を兼務できる要件として、以下の4つを定めている。
第1号要件:当該営業所で締結した請負契約であること
営業所技術者が兼務できるのは、その営業所において締結した請負契約に係る工事に限られる。他の営業所が締結した工事や、本店が直接締結した工事については兼務できない。
これは、営業所技術者が契約内容を十分に把握し、適切な施工管理を行うことを担保するための要件である。
第2号要件:請負代金額が政令で定める金額未満であること
建設業法施行令第27条の5により、請負代金の額が4,000万円(建築一式工事の場合は8,000万円)未満の工事に限定されている。
比較的小規模な工事について兼務を認めることで、大規模工事については専任の技術者による管理を確保する趣旨である。
第3号要件:営業所と工事現場間の体制が適切であること
国土交通省令(建設業法施行規則第18条の3)により、以下の要件が定められている。
- 営業所と工事現場が車両等による移動で片道2時間以内の範囲にあること
- 営業所と工事現場の相互間で、常時連絡が取れる体制にあること
この要件は、営業所技術者が迅速に現場対応できる体制を確保するためのものである。国土交通省の通達では、2時間以内の移動時間は道路交通状況を考慮した通常の移動時間を基準とするとされている。
第4号要件:ICTを活用した管理体制が整備されていること
営業所技術者が営業所と工事現場の双方の職務を適切に遂行するため、情報通信技術(ICT)を利用する方法により、次のような措置が講じられていることが必要である。
建設業法施行規則第18条の4では、以下の措置が求められている。
- 営業所及び工事現場の状況を、インターネットその他の電気通信技術を利用した方法により確認できる体制
- 営業所と工事現場との間で、電話、電子メール等により常時連絡が取れる体制
具体的には、工事現場にカメラを設置して営業所から遠隔監視できる仕組みや、タブレット端末を活用した施工管理システムの導入などが想定されている。
兼務できる工事現場数の制限(第2項)
第2項は、営業所技術者が兼務できる工事現場数に上限を設けている。建設業法施行令第27条の6により、原則として同時に2つまでの現場を兼務できるとされている。
これは、営業所技術者が営業所での職務と現場管理の職務を適切に遂行できる範囲を考慮したものである。3つ以上の現場を兼務すると、適切な施工管理に支障が生じる可能性があるためである。
監理技術者を兼務する場合の特別要件(第3項・第4項)
営業所の特定営業所技術者が監理技術者の職務を兼ねる場合、通常の要件に加えて以下が求められる。
監理技術者資格者証の保有と講習受講
第3項により、監理技術者資格者証の交付を受けている者であって、第26条第5項の監理技術者講習を受講した者でなければならない。
資格者証の提示義務
第4項により、発注者から請求があったときは、監理技術者資格者証を提示しなければならない。これは発注者が適格な監理技術者の配置を確認できるようにするための規定である。
実務上の留意点
この特例制度を活用する際、建設業者は以下の点に留意する必要がある。
- 契約時の確認:請負契約締結時に、特例制度の適用要件を満たしているか確認し、発注者に説明すること
- ICT体制の整備:単にシステムを導入するだけでなく、実際に機能する体制を構築すること
- 記録の保存:営業所技術者による現場確認の記録、連絡記録等を適切に保存すること
- 工事現場数の管理:兼務する現場数が上限を超えないよう、適切に管理すること
国土交通省の調査によれば、この特例制度の活用により、特に地域の中小建設業者において技術者配置の効率化が図られているとの報告がある。
第26条の6~第26条の9(監理技術者講習の登録制度)
監理技術者講習制度の概要
第26条の6から第26条の9までは、監理技術者講習の登録制度について定めている。この制度は、監理技術者の資質向上を図るため、定期的な講習受講を義務付けるものである。
第26条の6(登録)
監理技術者講習を実施しようとする者は、国土交通大臣の登録を受けなければならない。登録は申請に基づいて行われる。
この登録制度により、講習の質の確保と、監理技術者の継続的な能力向上が図られている。
第26条の7(欠格条項)
講習の登録を受けることができない者として、以下が定められている。
第1号:罰金以上の刑に処せられた者
建設業法違反等により罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者は、登録を受けることができない。
第2号:登録取消しから2年を経過しない者
過去に講習の登録を取り消され、その取消しの日から2年を経過しない者も登録できない。
第3号:役員に欠格者がいる法人
法人の場合、講習を行う役員のうちに第1号または第2号に該当する者がいる場合、その法人は登録を受けることができない。
これらの欠格条項は、講習実施機関の適格性を確保するための規定である。
第26条の8(登録の要件等)
国土交通大臣は、申請のあった講習が以下の要件をすべて満たす場合、登録しなければならない。
第1号:講習科目の要件
講習は、以下の3つの科目について行われなければならない。
- イ 建設工事に関する法律制度
- ロ 建設工事の施工計画の作成、工程管理、品質管理その他の技術上の管理
- ハ 建設工事に関する最新の材料、資機材及び施工方法
これらの科目は、監理技術者が現場管理を行う上で必要不可欠な知識を網羅している。法律制度の科目では建設業法、建築基準法、労働安全衛生法などが、技術上の管理の科目では最新の施工技術や品質管理手法などが扱われる。
第2号:講師の要件
技術的な科目(ロ及びハ)については、以下のいずれかに該当する者が講師として従事しなければならない。
- イ 監理技術者となった経験を有する者
- ロ 高等学校、大学、高等専門学校等における建設関連学科の教員経験者
- ハ イ又はロに掲げる者と同等以上の能力を有する者
この要件により、実務経験や専門知識を有する適格な講師による講習が確保される。国土交通省の統計によれば、現役の監理技術者経験者が講師を務めるケースが多く、実践的な講習内容となっている。
第3号:建設業者からの独立性
講習実施機関が建設業者に支配されていないことが要件とされている。具体的には以下の場合、登録できない。
- イ 建設業者が親法人である株式会社
- ロ 役員の過半数が建設業者の役員・職員である法人
- ハ 代表者が建設業者の役員・職員である者
この要件は、特定の建設業者の利益のために講習が実施されることを防ぎ、公正な講習の実施を担保するためのものである。
登録の手続
登録に関する必要な手続は国土交通省令(建設業法施行規則)で定められており、申請書の様式、添付書類などが規定されている。
講習登録簿への記載事項(第2項)
登録は講習登録簿に以下の事項を記載して行われる。
- 登録年月日及び登録番号
- 登録講習実施機関の氏名又は名称、住所、代表者氏名
- 講習を行う事務所の所在地
第26条の9(登録の更新)
講習の登録は、3年を下らない政令で定める期間(建設業法施行令第27条の7により5年)ごとに更新を受けなければ、効力を失う。
この更新制度により、登録講習実施機関が継続的に要件を満たしているか定期的に確認される。更新時には、前3条(第26条の6から第26条の8まで)の規定が準用され、新規登録と同様の審査が行われる。
国土交通省の公表資料によれば、令和5年4月時点で約60の機関が監理技術者講習の登録を受けている。
第26条の10~第26条の13(登録講習実施機関の義務)
第26条の10(講習の実施に係る義務)
登録講習実施機関は、以下の義務を負う。
公正な講習の実施
講習は公正に実施されなければならない。特定の建設業者に有利な扱いをしたり、受講者を不当に差別したりすることは許されない。
基準に適合した方法による実施
講習は、第26条の8第1項第1号及び第2号に掲げる要件(科目と講師の要件)並びに国土交通省令で定める基準に適合する方法により行わなければならない。
建設業法施行規則第18条の8では、講習時間(6時間以上)、受講者数、講習の方法(講義、演習等)などの基準が定められている。
実際の講習では、法令改正の内容、最新の施工技術、品質管理手法、安全管理のポイントなどが扱われる。近年は、働き方改革への対応や、ICT施工技術の導入に関する内容も重要なテーマとなっている。
第26条の11(登録事項の変更の届出)
登録講習実施機関は、講習登録簿に記載された事項(名称、住所、事務所所在地等)を変更しようとするときは、変更しようとする日の2週間前までに、国土交通大臣に届け出なければならない。
この届出義務により、国土交通省は常に最新の登録情報を把握し、適切な監督を行うことができる。
第26条の12(講習規程)
講習規程の作成と届出
登録講習実施機関は、講習に関する規程(講習規程)を定め、講習の開始前に国土交通大臣に届け出なければならない。講習規程を変更する場合も、同様に届出が必要である。
講習規程の記載事項
講習規程には、以下の事項を定めておかなければならない(建設業法施行規則第18条の9)。
- 講習の実施方法(開催日時、場所、定員等)
- 講習に関する料金(受講料)
- 講習の申込方法
- 受講の可否の決定方法
- 講習の修了証明書の交付方法
- その他講習の実施に関し必要な事項
国土交通省が公表している情報によれば、監理技術者講習の受講料は機関により異なるが、おおむね1万円前後である。多くの機関が全国各地で定期的に講習を開催している。
第26条の13(業務の休廃止)
登録講習実施機関は、講習の全部又は一部を休止し、又は廃止するときは、国土交通省令で定めるところにより、あらかじめ国土交通大臣に届け出なければならない。
建設業法施行規則第18条の10では、休廃止の届出は、休廃止しようとする日の1か月前までに行うことが規定されている。
この届出により、受講予定者への影響を最小限にするための措置を講じることが可能となる。講習を廃止する場合、受講者の申込みの取扱いや、既に受講料を受領している場合の返還方法なども適切に処理される必要がある。
制度全体の意義と実務への影響
技術者配置の柔軟化と質の確保の両立
第26条の5から第26条の13までの規定は、建設業における技術者の配置について、柔軟化と質の確保という2つの要請を両立させる仕組みを提供している。
営業所技術者の兼務特例制度により、中小建設業者を中心に技術者配置の効率化が図られる一方、監理技術者講習制度により、監理技術者の継続的な資質向上が担保されている。
国土交通省の取組み
国土交通省は、これらの制度の適切な運用のため、以下のような取組みを行っている。
- ガイドラインの策定:「建設業法令遵守ガイドライン」などにより、制度の解釈や運用方法を明確化
- 登録機関の監督:登録講習実施機関に対する定期的な監査や指導
- 情報提供:建設業者向けに制度活用のためのQ&Aや事例集を公表
- 統計データの公表:講習受講者数、登録機関数などのデータを定期的に公表
建設業者が留意すべきポイント
これらの規定を踏まえ、建設業者は以下の点に留意する必要がある。
営業所技術者の兼務特例制度の活用
- 要件充足の確認:4つの要件をすべて満たしているか、定期的に確認する
- ICT体制の整備:形式的な導入ではなく、実効性のある体制を構築する
- 記録の保存:兼務の適正性を証明できる記録を保存する
- 発注者への説明:特例制度を活用する場合、発注者に適切に説明し理解を得る
監理技術者講習の受講管理
- 受講期限の管理:監理技術者資格者は5年ごとに講習を受講する必要があるため、期限管理を徹底する
- 受講機会の確保:計画的に講習を受講できるよう、業務スケジュールを調整する
- 受講証明の保管:講習修了証明書を適切に保管し、必要時に提示できるようにする
今後の展望
建設業界では、技術者不足が今後も続くと予想される中、営業所技術者の兼務特例制度のような柔軟な技術者配置を可能にする仕組みの重要性は増していくと考えられる。
同時に、デジタル化の進展により、ICTを活用した遠隔での施工管理や品質管理の技術がさらに発展すれば、特例制度の活用範囲も拡大する可能性がある。
監理技術者講習についても、オンライン講習の導入拡大など、受講しやすい環境の整備が進んでいる。これにより、監理技術者の継続的な能力向上がより効果的に図られることが期待される。
まとめ
建設業法第26条の5から第26条の13までは、営業所技術者の兼務特例制度と監理技術者講習の登録制度という、建設業の技術者配置に関する重要な制度を定めている。
これらの制度は、技術者不足という現実的な課題に対応しつつ、適切な施工管理と技術者の資質確保を両立させる仕組みとして機能している。
建設業者は、これらの制度を正確に理解し、適切に活用することで、限られた人材を効果的に活用しながら、質の高い建設工事を実施することが可能となる。同時に、法令遵守の観点から、各要件を確実に満たし、適切な記録を保存することが求められる。
国土交通省の各種ガイドラインや通達を参照しながら、実務に即した適切な運用を心がけることが、建設業者のコンプライアンス確保につながるのである。
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