はじめに

令和7年5月16日に「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」が成立し、令和8年1月1日から施行されます。この改正により、「下請中小企業振興法」は「受託中小企業振興法」へと名称が変更され、法律の実効性が大幅に強化されました。

受託中小企業振興法とは

法律の目的と性格

受託中小企業振興法は、親事業者の協力のもとに、下請事業者自らがその事業を運営し、その能力を最も有効に発揮することができるよう体質を強化して独立性のある企業への成長を促すことを目的としています。

同じく取引適正化を目的とする下請法(令和8年1月1日から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、通称「取適法」)が規制法規であるのに対し、振興法は中小企業を育成・振興する支援法としての性格を有する点が大きな特徴です。

法律の構成

受託中小企業振興法は、主に以下の内容で構成されています:

  1. 振興基準の策定:委託事業者と中小受託事業者が守るべき一般的な基準
  2. 主務大臣による指導・助言・勧奨:振興基準に基づく行政指導
  3. 振興事業計画の承認と支援:中小企業の自立と成長を支援する制度
  4. 下請企業振興協会の設置:相談、あっせん、調停機能の提供

改正法の背景と目的

なぜ今、改正が必要だったのか

近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、受託者に負担を押し付ける商慣習を一掃していくことで取引を適正化し、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現が喫緊の課題となっていました。

政府が掲げる「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するには、中小企業が賃上げの原資を確保できる環境整備が不可欠です。そのためには、サプライチェーン全体で取引の適正化を進める必要があるのです。

【重要】改正法のポイント

1. 法律名と用語の変更

改正の趣旨

「下請」という用語は、発注者と受注者が対等な関係ではないという語感を与え、時代の変化に伴い、発注者である大企業の側でも使われなくなっているという実態を踏まえ、時代に即した用語への変更が行われました。

主な変更内容

  • 「親事業者」→「委託事業者」
  • 「下請事業者」→「中小受託事業者」
  • 「下請中小企業」→「受託中小企業」
  • 法律名:「下請中小企業振興法」→「受託中小企業振興法」

2. 適用対象の拡大【最重要改正】

(1)従業員数基準の追加

これまでは資本金額のみで判断されていた適用対象が、従業員数の基準が新たに追加され、これにより現行法では対象とならない取引であっても、新たに対象となる場合があります。

具体的な基準

  • 製造委託等:従業員数300人以下の企業への委託
  • 役務提供委託等:従業員数100人以下の企業への委託
  • 重要:委託事業者の従業員が受注者より1人でも多い場合に適用

これにより、資本金が少なくても従業員数が多い企業(例:スタートアップ企業や外資系企業)が発注する場合も法律の対象となります。

(2)運送委託の追加

製造、販売等の目的物の引渡しに必要な運送の委託を対象取引に追加されました。これにより、荷主と運送事業者の取引も振興法の対象となり、物流業界における取引適正化が促進されます。

影響

ほぼ全ての中小企業に対する取引が対象となり、法律の適用範囲が大幅に拡大されました。

3. 振興基準の強化

振興基準とは

振興基準は、振興法に基づき経済産業大臣が定める、委託事業者及び中小受託事業者が「よるべき一般的な基準」です。

改正のポイント

(1)サプライチェーン全体での価値向上を明確化

前文にて、委託事業者と中小受託事業者の双方が適正な利益を得て、サプライチェーンの深い層を含む、サプライチェーン全体で付加価値向上を目指す旨を明確化しました。

(2)価格転嫁の促進

振興基準において、以下の内容が追加・明確化されました:

  1. 適切な取引対価の決定にあたって「労務費の指針」に沿った行動を適切に取る
  2. 原材料費やエネルギーコストの高騰があった場合には、適切なコスト増加分の全額転嫁を目指す
  3. コストの著しい上昇分が公表資料から把握可能である場合において、据え置かれている対価について、下請代金法の運用基準と同様に振興基準においても「買いたたき」と取り扱うよう解釈を明確化

(3)振興基準の活用促進

価格交渉、転嫁を求める立場の中小受託事業者が活用しやすいよう、交渉、転嫁に関するルールを集約するなど構成を整理しました。

振興基準の実効性

現在、約80の業界団体が作成する自主行動計画で振興基準の遵守が謳われ、パートナーシップ構築宣言した企業は「振興基準を遵守する」旨を宣言・公表しています。

4. 多段階の事業者が連携した取組への支援【新設】

改正の内容

多段階の取引からなるサプライチェーンにおいて、二以上の取引段階にある事業者が作成する振興事業計画に対し、承認・支援できる旨を追加しました。

具体例

従来は、企業Aと企業Bの2者間の振興事業計画のみが支援対象でしたが、改正後は企業A→企業B→企業Cといった複数の取引段階にある事業者による計画も支援対象となります。

意義

直接の取引関係がない事業者同士でも、サプライチェーン全体での取組を行うことで支援を受けられるようになり、より深い層にある中小企業まで支援が届くようになりました。

支援措置の内容

振興事業計画の承認を受けた企業には、高度化事業資金(独立行政法人中小企業基盤整備機構、都道府県)による貸付や、中小企業信用保険法の特例として、付保限度額の別枠化、保険料率の引き下げ等の優遇措置が講じられます。

5. 地方公共団体との連携強化

改正の背景

地方における価格転嫁の推進には、都道府県毎の取引適正化に向けた取組が重要であることから、地方公共団体の役割を明確化しました。

具体的内容

国及び地方公共団体が連携し、全国各地の事業者の振興に向けた取組を講じる旨の責務と、関係者が情報交換など密接な連携に努める旨を規定しました。

実務上の影響

全国47都道府県に設置されている「下請かけこみ寺」(令和8年1月1日から「取引かけこみ寺」に名称変更)が、より積極的な役割を担うことになります。

6. 主務大臣による執行強化

改正の内容

主務大臣による指導・助言をしたものの状況が改善されない事業者に対して、より具体的措置を示して改善を促すことができる旨を追加しました。

執行の流れ

  1. 主務大臣による指導・助言
  2. 改善が見られない場合
  3. 新設:具体的措置を示した「勧奨」
  4. 振興法違反の場合は振興法に基づき対応、下請法違反の場合は下請法(取適法)に基づき対応

これにより、段階的かつ実効性のある執行が可能となり、悪質な事業者への対応が強化されます。

振興事業計画制度の詳細

制度の概要

下請事業者が、親事業者の協力を得て、下請事業者の施設または設備の導入、共同利用施設の措置、技術の向上、事業の共同化等の事業について振興事業計画を作成し、国の承認を受けたものについて、その円滑な達成に必要な金融上の支援措置等を講じる制度です。

計画の対象事業

  • 発注分野の明確化
  • 中小受託事業者の設備の導入
  • 共同利用施設の設置
  • 技術の向上
  • 事業の共同化
  • その他受託中小企業の振興に資する事業

支援措置

(1)高度化事業資金

独立行政法人中小企業基盤整備機構や都道府県による、新製品・技術開発などの事業に必要な資金の低利融資

(2)中小企業信用保険法の特例

  • 付保限度額の別枠化
  • 保険料率の引き下げ
  • 普通保険、無担保保険、特別小口保険、流動資産担保保険の特例措置

下請企業振興協会の役割

全国47都道府県に設置されている下請企業振興協会(令和8年1月1日から「取引かけこみ寺」)は、以下の業務を行っています:

  1. 相談対応:取引に関する様々な相談に応じる
  2. あっせん・調停:苦情や紛争の解決支援
  3. 情報提供:取引に関する情報の提供
  4. 普及啓発:振興基準の周知活動

パートナーシップ構築宣言との関係

多くの大企業が「パートナーシップ構築宣言」を行い、振興基準を遵守する旨を宣言・公表しています。これにより、民間企業の自主的な取組と法制度が相互に補完し合い、取引適正化が進展しています。

企業が対応すべき事項

委託事業者(発注者側)の対応

  1. 社内規程・マニュアルの見直し
    • 「下請」という用語を「中小受託」等に変更
    • 従業員数基準の追加に伴う対象取引の再確認
  2. 振興基準の遵守体制の構築
    • 価格交渉プロセスの整備
    • コスト上昇分の転嫁に関する社内ルールの明確化
    • 「労務費の指針」に沿った価格決定プロセスの確立
  3. パートナーシップ構築宣言の検討
    • 自社の取引方針の明確化
    • 振興基準遵守の宣言
  4. 取引先とのコミュニケーション強化
    • 定期的な価格交渉の機会設定
    • コスト情報の共有

中小受託事業者(受注者側)の対応

  1. 振興基準の理解と活用
    • 価格交渉時の根拠資料として活用
    • 自社の権利を正しく理解
  2. 振興事業計画の活用検討
    • 委託事業者との協力体制の構築
    • 複数の取引段階での連携による計画の検討
    • 金融支援措置の活用
  3. 相談窓口の活用
    • 取引かけこみ寺(旧:下請かけこみ寺)への相談
    • 業界団体との連携
  4. 適切な価格交渉の実施
    • コスト上昇の記録と資料化
    • 定期的な価格見直し交渉の申し入れ

まとめ

令和8年1月1日施行の受託中小企業振興法は、単なる名称変更ではなく、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を実現し、中小企業の賃上げ原資を確保するための実効性ある改正となっています。

改正の核心

  1. ほぼ全ての中小企業取引が対象に
  2. 多段階にわたる連携支援で、深い層の中小企業まで支援が届く
  3. 地方公共団体との連携で全国的な取組を推進
  4. 主務大臣の執行権限強化で実効性を確保

企業は、改正法の内容を正しく理解し、早期に対応体制を整備することが求められます。特に委託事業者は、振興基準を遵守した取引慣行の確立が急務です。一方、中小受託事業者も、自らの権利を理解し、適切に価格交渉を行うことで、健全な事業運営を実現することが可能となります。


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