取引適正化法の施行と実務での課題

2026年1月1日から下請法の改正法である「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称:取引適正化法、略称:取適法)が施行された。本法は、従来の下請法から大幅にルールが見直され、適用対象となる取引や事業者の範囲が拡大されている。

本稿では、特に新しく追加された重要事項について、実務対応上の注意点を中心に詳細に解説する。

従業員基準の導入――資本金基準からの大転換

従業員基準とは何か

取適法における最も重要な改正点の一つが、従来の資本金基準に加えて「従業員基準」が導入されたことである。これまで下請法の適用対象は資本金の額のみで判断されていたが、実質的には事業規模が大きいにもかかわらず資本金が少額である事業者や、減資によって下請法の対象外となるケースが存在していた。こうした「下請法逃れ」を防止し、実態に即した規制を実現するため、従業員数による基準が新たに設けられた。

具体的な基準は取引の類型によって異なる。製造委託、修理委託、情報成果物作成委託(プログラム作成に限る)、役務提供委託(運送、物品の倉庫保管、情報処理に関わるもの)、および新設された特定運送委託については、常時使用する従業員数が300人を基準とする。一方、情報成果物作成委託のうちプログラム作成以外のもの、役務提供委託のうち運送・物品の保管・情報処理以外のものについては、100人が基準となる。

「常時使用する従業員」の定義

従業員数の算定においては、「常時使用する従業員」の定義を正確に理解することが不可欠である。

公正取引委員会の「中小受託取引適正化法テキスト」によれば、常時使用する従業員とは、労働基準法第9条に規定する労働者のうち、日々雇い入れられる者(ただし1か月を超えて引き続き使用される者は含む)以外の者を指す。具体的には、正社員、契約社員、パートタイマー、アルバイト、1か月を超えて継続して使用される日雇い労働者がすべて含まれる。

他方、派遣社員については派遣元が使用者となるため、派遣先の事業者における「常時使用する従業員」には含まれない。また、役員についても原則として含まれないが、使用人兼務役員として賃金台帳の調製対象となっている場合は含まれる。さらに、業務委託契約に基づく個人事業主や、グループ会社の従業員も、それぞれ別の事業者に属するため含まれない。

従業員数の確認方法と実務上の留意点

従業員数の算定は、労働基準法第108条に基づき作成される「賃金台帳」に記載された人数によって行う。発注時点における従業員数で判断することが原則であるが、実務上の負担軽減のため、前々月(N-2月)に賃金を支払った労働者の数を、前月(N-1月)末までに賃金台帳を調製した上で把握し、その数を当月(N月)の製造委託等における従業員数として取り扱うことも認められている。

委託事業者には、取引相手が中小受託事業者に該当するか判別する必要がある場合、相手方に従業員数を確認することが求められる。ただし、法律上、委託事業者に従業員数を確認する義務が課されているわけではなく、賃金台帳の閲覧やその写しの取得も必須ではない。書面または電子メール等の記録に残る方法で確認することが推奨されている。

実務的な対応としては、見積依頼書や注文書にチェックボックスを設け、「当社の常時使用する従業員数は300人(または100人)を超える」「300人(または100人)以下である」といった選択肢を用意し、受託事業者に回答を求める方法が有効である。また、新規取引先の登録時や、既存取引先についても年度更新時などに定期的な確認を行う体制を構築することが望ましい。

特に従業員数が基準の境界線付近にある企業については、従業員数の変動により法適用の有無が変わる可能性があるため、継続的な取引がある場合には月1回程度の頻度で確認することが推奨される。

なお、中小受託事業者が誤った従業員数を回答し、それに基づき委託事業者が取適法の適用がないと判断した結果、法違反となった場合でも、直ちに勧告の対象となるわけではないとされている。ただし、委託事業者による法違反行為については是正する必要があるため、適切な確認体制を構築しておくことが重要である。

特定運送委託の追加――運送業界への影響

特定運送委託とは

取適法では、新たに「特定運送委託」が対象取引に追加された。特定運送委託とは、事業者が販売する物品、製造や修理を請け負った物品などについて、その取引の相手方に対して運送する場合に、運送業務を他の事業者に委託する取引を指す。

従来、自社が販売した商品を購入者に直接配送する際の運送委託については、独占禁止法の枠組みで規制されていたが、無償で荷役・荷待ちをさせられる問題などが深刻化していたことを受け、取適法の対象に追加された。

適用範囲の考え方

自社の営業所間で物品を移動させるだけの運送については、取適法の対象外である。しかし、最終的に受託者のもとに物品が届く場合には、その運送委託も取適法の対象となり得るため、線引きが難しいケースも存在する。実務上は、運送の目的や最終的な物品の行先を踏まえ、慎重に判断する必要がある。

特定運送委託においても、従業員基準は300人が適用される。したがって、委託事業者の常時使用する従業員数が300人を超え、かつ中小受託事業者(運送事業者)の従業員数が300人以下である場合、取適法が適用される。

価格協議を適切に行わない代金決定の禁止

協議義務の強化

取適法第5条第2項第4号により、費用の変動その他の事情が生じた場合に、代金に関する協議の要請があったにもかかわらず、協議に応じず、または必要な説明・情報提供を行わないことにより、一方的に代金額を決定する行為が新たに禁止された。

従来の「買いたたき」規制は、通常の対価に比べて著しく低い代金を定めることを禁止するものであったが、「著しく低い」という要件を満たすことを立証することが困難な場合もあった。新設された協議義務違反の禁止規定は、価格交渉のプロセス自体を重視し、対等な価格交渉を確保する観点から設けられたものである。

協議が必要とされる場面

公正取引委員会の運用基準では、以下のような場合に協議が必要とされている。

  1. 労務費、原材料費、エネルギーコストなどの費用が変動した場合
  2. 納期の短縮、納入頻度の増加、発注数量の減少などにより取引条件が変更された場合
  3. 受給状況の変化があった場合
  4. 委託事業者から従来の代金の引き下げを求められた場合

これらの場合において、中小受託事業者から協議の要請があったにもかかわらず、委託事業者が協議に応じなかったり、協議の場を設けても一方的に代金を決定したりすることは、取適法違反となる。

実務上の対応

委託事業者としては、中小受託事業者から価格交渉の要請があった場合、誠実に協議を行い、その記録を残すことが重要である。協議の日時、参加者、協議内容、決定事項などを議事録として保存し、後日の検証に備えることが推奨される。

また、協議の結果、代金の引き上げに応じられない場合でも、その理由を明確に説明し、代替案を提示するなど、誠実な対応を心がける必要がある。一方的に拒絶するのではなく、双方が納得できる解決策を模索する姿勢が求められる。

手形払いの全面禁止――支払手段の抜本的見直し

手形払い禁止の背景

取適法では、製造委託等代金の支払手段として、手形の交付が全面的に禁止された。手形払いは、受領日から現金化までの期間、中小受託事業者が資金繰りの負担を負うという問題があった。近年の物価上昇と賃上げの必要性を踏まえ、受注者の資金繰り負担を軽減する観点から、手形払いが禁止されることとなった。

手形の利用廃止については、一般社団法人全国銀行協会も約束手形(紙)を2026年度末で廃止する方針を示しており、取適法の手形払い禁止はこうした流れとも整合するものである。

電子記録債権・ファクタリングの取扱い

手形払いの禁止に伴い、支払手段として電子記録債権やファクタリングを利用する事例が増えることが予想される。しかし、取適法では、「電子記録債権やファクタリング等のうち、中小受託事業者が支払期日までに代金相当額の金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるもの」も禁止されている。

具体的には、割引手数料や事務手数料を中小受託事業者に負担させる形での電子記録債権の利用や、ファクタリング会社への譲渡に際して手数料を受託事業者が負担する仕組みは、実質的に手形払いと同様の負担を課すものとして、禁止される可能性がある。

振込手数料の負担

従来、手形払いから振込払いに変更する際、「現金化までの期間が短縮されるメリットがあるから」という理由で、振込手数料を受託事業者に負担させることが一部で行われていた。しかし、取適法では手形払いが一律に禁止されたため、そのような「メリット」の概念自体が存在しなくなった。

したがって、振込手数料を受託事業者に負担させることは、取適法第5条第1項第2号の「減額」に該当し、禁止される。委託事業者は、振込手数料を自ら負担するか、受託事業者と事前に協議の上、合意を得る必要がある。

公正取引委員会の「取適法施行に当たり事業者の皆様に御留意いただきたい事項」においても、「取適法の施行に伴い、委託事業者が、支払手段を手形払から現金払に変更した上で、現金を調達するために必要であるとして、製造委託等代金から一定額を割引料として減じて支払うことは、減額として本法違反となる」と明記されている。

取引条件の明示方法の緩和――電子化への対応

書面交付義務の見直し

取適法では、取引条件の明示方法について、一部緩和が行われた。従来の下請法では、委託事業者は取引条件を書面で明示することが原則とされており、電子メール等による明示については、あらかじめ受託事業者の承諾を得る必要があった。

取適法では、事前の承諾の有無にかかわらず、書面の交付または電磁的方法(電子メール、メッセージサービス等)のいずれかによる明示が認められるようになった。これは、フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス法)との整合性を図る観点からも行われた改正である。

実務上の留意点

ただし、電磁的方法による明示を行う場合でも、以下の要件を満たす必要がある。

  1. 受託事業者が電磁的方法により明示された内容を確実に受領できること
  2. 明示された内容を受託事業者が保存できること
  3. 明示された内容が改変されていないことを確認できること

また、電子メールやメッセージサービスで送信する場合でも、下請法第3条に定める事項(従来の「3条書面」、取適法では「4条書面」)をすべて明記する必要がある。単に口頭で伝えたり、一部の事項のみを記載したりすることは認められない。

無償保管の禁止――金型管理の徹底

無償保管に対する規制強化

公正取引委員会は、従来から金型の無償保管について厳しい姿勢を示してきた。金型の所有権が委託事業者にあるか中小受託事業者にあるかにかかわらず、実質的に経済的不利益を与える場合には、取適法第5条第2項第2号の「不当な経済上の利益の提供要請」として禁止される。

実務上、金型を製造した受託事業者の工場に保管させ、保管料を支払わないケースが見受けられるが、これは明確に法違反となる。金型の保管には倉庫スペースの確保、管理コスト、保険料などが発生するため、適正な保管料を支払う必要がある。

金型以外の保管

金型以外にも、木型、治具、専用工具、原材料、半製品などを受託事業者に無償で保管させることも、同様に禁止される。委託事業者としては、保管が必要な物品については、適正な保管料を定め、契約書に明記することが求められる。

建設業者における取適法の適用

建設業法との関係

建設業者については、建設工事の請負契約については建設業法が適用されるため、取適法の対象外である。しかし、建設業者が工事以外の取引、例えば物品の購入や、情報成果物の作成委託、役務提供委託などを行う場合には、取適法が適用される。

したがって、建設業者であっても、建設業法を遵守するだけでは不十分であり、取適法の知識も必要となる。特に、資材の調達、設計図書の作成委託、測量業務の委託、警備業務の委託などについては、取適法の適用対象となり得るため、注意が必要である。

実務上の対応

建設業者の事務担当者は、取引の内容が建設工事の請負に該当するか、それとも取適法の対象となる取引に該当するかを、個別に判断する必要がある。判断に迷う場合には、公正取引委員会や中小企業庁の相談窓口を活用することが推奨される。

罰則と執行体制の強化

罰則規定

取適法に違反した場合、委託事業者には以下の措置が講じられる可能性がある。

  1. 勧告:公正取引委員会による勧告。勧告を受けた場合、違反行為の是正とともに、違反内容や事業者名が公表される。
  2. 指導・助言:公正取引委員会、中小企業庁、および事業を所管する各省庁の大臣による指導・助言。
  3. 刑事罰:正当な理由なく取引記録の作成・保存義務(取適法第4条)に違反した場合、50万円以下の罰金が科される可能性がある。

執行体制の強化

取適法では、事業所管省庁の主務大臣に指導・助言権限が付与され、公正取引委員会、中小企業庁、各省庁間の相互情報提供に係る規定が新設された。これにより、いわゆる「面的執行」が強化され、業界横断的な取り締まりが行われることとなる。

経済社会の持続的発展に向けて

契約自由の原則と取引の適正化

取適法は、契約自由の原則を制限し、一定の契約内容を法律によって修正するものである。事務方の負担が増えることは避けられないが、不平等な取引関係を是正し、サプライチェーン全体の健全性を確保することは、経済社会の持続的発展に不可欠である。

歴史的に見ても、市場経済が適切に機能するためには、一定の法的規制が必要とされてきた。近代以降の資本主義経済において、労働法、独占禁止法、消費者保護法などが整備されてきたのは、自由放任では弱者の権利が守られず、結果として経済全体の発展が阻害されるという認識に基づくものである。

取適法もまた、そうした経済法の系譜に位置づけられる。サプライチェーンの末端に位置する中小企業や個人事業主が適正な対価を得られなければ、賃上げは実現せず、内需の拡大も望めない。取適法の遵守は、短期的には企業に負担を課すものであっても、中長期的には経済全体の持続的成長に寄与するものである。

哲学的・思想的視座

取適法の背後には、正義論における「分配的正義」の思想が存在する。アリストテレスが『ニコマコス倫理学』で論じたように、正義には「交換的正義」と「分配的正義」がある。市場取引における公正さ(交換的正義)だけでなく、社会全体における資源の適正な配分(分配的正義)も、法の役割として重視されるべきである。

現代の正義論においても、ジョン・ロールズが『正義論』で提唱した「格差原理」は、社会的・経済的不平等は、最も不遇な立場にある者の利益を最大化する場合にのみ正当化されるという考え方を示している。取適法は、まさにこの格差原理を体現するものであり、力関係において弱い立場にある中小企業や個人事業主の利益を保護することで、全体としての経済的厚生を高めることを目指している。

また、取適法は単なる経済規制にとどまらず、人間の尊厳を守るという倫理的要請にも応えるものである。カントが『道徳形而上学の基礎づけ』で述べたように、人間は「単に手段としてのみ扱われるのではなく、同時に目的として扱われなければならない」。一方的な価格決定や支払遅延は、取引相手を単なる手段として扱うものであり、人間の尊厳を損なう行為である。取適法は、こうした倫理的問題にも応答するものと理解できる。

まとめと今後の対応

重要ポイントの再確認

取適法における新規追加事項として、以下の点が特に重要である。

  1. 従業員基準の導入:資本金基準に加え、常時使用する従業員数(300人または100人)による基準が追加された。賃金台帳に基づき従業員数を確認し、記録に残す体制の構築が必要である。
  2. 特定運送委託の追加:発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引が対象となった。運送業界における取引適正化が求められる。
  3. 価格協議義務の強化:協議に応じない一方的な代金決定が禁止された。協議の記録を残し、誠実な対応を心がける必要がある。
  4. 手形払いの全面禁止:手形払い、および実質的に手形払いと同様の負担を課す電子記録債権・ファクタリングが禁止された。振込手数料の負担も原則として委託事業者が負う。
  5. 取引条件明示の電子化:電子メールやメッセージサービスによる明示が、事前承諾なしで可能となった。
  6. 無償保管の禁止:金型等の無償保管が厳格に禁止されている。
  7. 建設業者も対象:建設工事以外の取引については、建設業者も取適法の適用を受ける。

実務上の行動指針

企業としては、以下の対応を速やかに実施することが求められる。

  1. 自社が取適法の適用対象となる取引を行っているか確認する
  2. 取引先の従業員数を確認する体制を整備する
  3. 契約書・注文書のひな形を取適法に対応した内容に改訂する
  4. 価格交渉の記録を残す仕組みを構築する
  5. 支払方法を見直し、手形払いを廃止する
  6. 金型等の保管料について適正な対価を設定する
  7. 社内研修を実施し、取適法の遵守体制を構築する

特に、従業員数の確認については、新規取引先の登録時だけでなく、既存取引先についても定期的な確認が必要である。見積依頼書や注文書にチェックボックスを設けるなど、実務的な工夫を凝らすことが推奨される。

長期的視点での取り組み

取適法の遵守は、単なる法令順守にとどまらず、企業の社会的責任(CSR)やESG経営の一環として位置づけるべきである。サプライチェーン全体の持続可能性を高めることは、企業の長期的な競争力強化にもつながる。

また、取適法への対応を契機として、社内のコンプライアンス体制全般を見直すことも有益である。内部通報制度の整備、コンプライアンス研修の充実、取引先とのコミュニケーション強化など、総合的な取り組みが求められる。

中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援

豊富な実績と専門性

中川総合法務オフィスは、コンプライアンスの専門家として、企業の法令遵守体制構築を支援している。代表の中川恒信は、これまで850回を超えるコンプライアンス研修を担当し、不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築にも携わってきた。また、内部通報の外部窓口を現に担当しており、企業の内部統制に関する深い知見を有している。

マスコミからも不祥事企業の再発防止策について意見を求められることが多く、社会的にも高い評価を得ている。法律や経営などの社会科学のみならず、哲学思想などの人文科学や自然科学にも深い知見を持ち、多角的な視点から企業のコンプライアンス課題に取り組んでいる。

取適法対応支援サービス

中川総合法務オフィスでは、取適法への対応支援として、以下のサービスを提供している。

  1. コンプライアンス研修:取適法の内容、実務上の留意点、社内体制の構築方法などについて、わかりやすく解説する研修を実施。
  2. コンサルティング:契約書の見直し、社内規程の整備、チェック体制の構築など、具体的な対応策を提案。
  3. 内部通報窓口:取適法違反を含むコンプライアンス違反の早期発見・是正のため、外部通報窓口を提供。

研修・コンサルティングの費用は1回30万円(税別)となっている。全国どこでも対応可能であり、企業の状況に応じたカスタマイズも可能である。

お問い合わせ

取適法への対応にお悩みの企業様、コンプライアンス体制の強化をお考えの企業様は、ぜひ中川総合法務オフィスにご相談いただきたい。

お問い合わせ先

人生経験豊富で、法律・経営・哲学に精通した専門家が、貴社のコンプライアンス体制構築を全面的にサポートする。取適法の施行により、企業に求められるコンプライアンスのレベルは一段と高まっている。この機会に、万全の体制を整えていただきたい。

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