はじめに
令和8年1月1日に施行される「受託中小企業振興法」(旧下請中小企業振興法の改正法)の逐条解説シリーズ、今回は第3条「振興基準」と第4条「指導等」について詳しく解説する。これらの条文は、受託中小企業の振興を実現するための具体的な基準と、行政による指導・助言の根拠を定めた極めて重要な規定である。
第3条第1項:振興基準の策定義務
条文の構造と意義
第3条第1項は、「経済産業大臣は、受託中小企業の振興を図るため中小受託事業者及び委託事業者のよるべき一般的な基準(以下「振興基準」という。)を定めなければならない。」と規定している。
この規定により、経済産業大臣には振興基準の策定が義務付けられている。「定めなければならない」という文言から、これは裁量の余地のない法的義務であることが明確である。
振興基準の法的性格
振興基準は、中小受託事業者と委託事業者の「よるべき一般的な基準」と位置付けられている。この「よるべき」という表現は、法的拘束力を持つ命令というよりも、両当事者が自主的に遵守すべき指針としての性格を示している。
中小企業庁の公表資料によれば、振興基準は「望ましい取引慣行」を示すものであり、行政指導の根拠となると同時に、事業者の自主的な取引改善の指針となることが想定されている。
第3条第2項:振興基準に定めるべき8つの事項
第1号:生産性向上と品質改善
「中小受託事業者の生産性の向上及び製品若しくは情報成果物の品質若しくは性能又は役務の品質の改善に関する事項」
この事項は、受託中小企業の競争力強化の基盤となる生産性向上と品質改善を定めている。具体的には、以下のような内容が振興基準に盛り込まれることが想定される。
- 設備投資やデジタル化による生産性向上の推進
- 品質管理体制の構築と改善活動の実施
- 技術力向上のための人材育成
- PDCAサイクルによる継続的改善
中小企業庁の資料では、製造業だけでなく情報サービス業や運送業など、多様な業種における生産性向上と品質改善の取組が例示されている。
第2号:発注の明確化と発注方法の改善
「発注書面の交付その他の方法による委託事業者の発注分野の明確化及び委託事業者の発注方法の改善に関する事項」
この事項は、下請法第3条の書面交付義務とも関連する重要な規定である。発注内容の明確化は、後の紛争を防止するだけでなく、受託事業者が適切な準備と対応を行うための前提条件となる。
振興基準では、以下のような内容が定められることが想定される。
- 発注書面における記載事項の明確化(仕様、数量、納期、対価など)
- 発注方法の標準化と効率化
- 電子データによる発注の推進
- 発注内容の変更時における迅速な通知
中小企業庁の実態調査によれば、発注内容の不明確さが取引トラブルの主要因の一つとなっており、この事項の重要性が裏付けられている。
第3号:設備導入・技術向上・事業共同化
「中小受託事業者の施設又は設備の導入、技術の向上及び事業の共同化に関する事項」
この事項は、中小受託事業者の経営基盤強化のための具体的な方策を示すものである。
実務上、以下のような取組が想定される。
- 省力化設備やDX関連設備の導入支援
- 技術研修や資格取得の推進
- 複数の中小企業による共同受注体制の構築
- 共同購買や共同物流による効率化
中小企業庁の振興施策では、「ものづくり補助金」や「IT導入補助金」などの支援制度と連携して、これらの取組を促進することが想定されている。
第4号:取引条件の改善
「対価の決定の方法、納品の検査の方法その他取引条件の改善に関する事項」
この事項は、公正な取引条件の確立を目指すものであり、下請法の運用とも密接に関連する。
振興基準では、以下のような事項が定められることが想定される。
- 原価計算に基づく適正な対価の決定
- 労務費・原材料費・エネルギーコストの上昇を反映した価格交渉
- 検査基準の明確化と合理的な検査期間の設定
- 支払条件の改善(現金払い、支払サイトの短縮など)
中小企業庁の「価格交渉促進月間」フォローアップ調査などでも、取引条件の改善が政策の重点課題として位置付けられている。
第5号:中小受託事業者の連携推進
「中小受託事業者の連携の推進に関する事項」
この事項は、個々の中小企業では対応困難な課題を、連携によって解決することを促進するものである。
具体的には、以下のような連携が想定される。
- 業界団体を通じた情報共有と共同交渉
- 企業間ネットワークによる技術・ノウハウの共有
- 共同での販路開拓や展示会出展
- サプライチェーン全体での課題解決に向けた連携
中小企業庁の資料では、「中小企業等経営強化法」に基づく事業分野別指針などとの連携も示唆されている。
第6号:自主的な事業運営の推進
「中小受託事業者の自主的な事業の運営の推進に関する事項」
この事項は、受託に依存するだけでなく、中小企業が自らの経営判断で事業を展開できる体制の構築を目指すものである。
振興基準では、以下のような内容が想定される。
- 特定の委託事業者への過度な依存からの脱却
- 自社製品・サービスの開発による事業の多角化
- 直接販路の開拓と営業力の強化
- 経営計画の策定と実行
中小企業庁の「経営力向上計画」の認定制度なども、この自主的な事業運営を支援する仕組みとして活用できる。
第7号:紛争解決の促進
「受託取引に係る紛争の解決の促進に関する事項」
この事項は、取引上のトラブルを迅速かつ適切に解決するための仕組みを定めるものである。
具体的には、以下のような内容が振興基準に盛り込まれることが想定される。
- 取引上の問題が生じた際の相談窓口の設置
- 社内における苦情処理体制の整備
- 下請かけこみ寺や弁護士会のADRの活用
- 契約書への紛争解決条項の明記
中小企業庁が運営する「下請かけこみ寺」は、令和4年度で約4,000件の相談に対応しており、紛争解決の実効的な手段として機能している。
第8号:取引機会の創出その他
「受託取引の機会の創出の促進その他受託中小企業の振興のため必要な事項」
この包括的な規定により、上記1号から7号に該当しない事項についても、受託中小企業の振興に必要な事項を振興基準に盛り込むことができる。
想定される内容としては、以下が考えられる。
- マッチング事業による新規取引先の開拓支援
- 見本市・展示会への出展支援
- SDGsやカーボンニュートラルへの対応支援
- 事業承継の円滑化
第3条第3項:小規模企業者への配慮
第3項は、「振興基準は、中小企業基本法(昭和三十八年法律第百五十四号)第二条第五項に規定する小規模企業者の受託取引の実態その他の事情を勘案して定めなければならない。」と規定している。
小規模企業者の定義
中小企業基本法第2条第5項によれば、小規模企業者とは以下の事業者である。
- 製造業その他:従業員20人以下
- 商業・サービス業:従業員5人以下
実態への配慮の必要性
小規模企業者は、中小企業の中でも特に経営資源が限られており、振興基準の実施にあたって過度な負担とならないよう配慮が必要である。
中小企業庁の「小規模企業白書」によれば、小規模企業は全企業の約85%を占めているが、従業員数や売上高では大きなウェイトを占めていない。しかし、地域経済の担い手として重要な役割を果たしている。
振興基準の策定にあたっては、小規模企業者でも実行可能な内容とすることが求められる。
第3条第4項:振興基準の公表義務
第4項は、「経済産業大臣は、振興基準を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。」と規定している。
この公表義務により、中小受託事業者と委託事業者の双方が振興基準の内容を知ることができ、自主的な取引改善の基準とすることが可能となる。
公表は、官報掲載のほか、中小企業庁のウェブサイトでの掲載が想定される。実際、中小企業庁のサイト(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/shinko/jyutaku.html)では、振興基準に関する情報が公開される予定である。
第4条:主務大臣による指導等
第4条の全体構造
第4条は、「主務大臣は、受託中小企業の振興を図るため必要があると認めるときは、中小受託事業者又は委託事業者に対し、振興基準に定める事項について、指導又は助言を行うとともに、適切な具体的措置をとるべきことを勧奨するものとする。」と規定している。
この規定により、主務大臣は振興基準に基づいて事業者に対する指導・助言を行うことができる。
「主務大臣」の範囲
第4条の「主務大臣」には、経済産業大臣のほか、各業種を所管する大臣が含まれる。例えば、建設業であれば国土交通大臣、運送業であれば国土交通大臣、情報サービス業であれば経済産業大臣が主務大臣となる。
指導・助言の性格
「指導又は助言を行う」という文言から、これは行政指導の一種であり、法的強制力を伴わない任意の措置である。事業者は指導・助言に従う法的義務はないが、行政の方針として尊重することが期待される。
「勧奨」の意味
「適切な具体的措置をとるべきことを勧奨する」とは、振興基準の内容を実現するための具体的な行動を促すことを意味する。
例えば、以下のような勧奨が想定される。
- 発注書面の記載内容の改善
- 価格交渉の実施
- 支払条件の見直し
- 設備投資計画の策定
指導等の実効性確保
第4条の指導・助言は任意の措置であるが、下請法第7条の勧告や公表と組み合わせることで、実効性を確保することが想定されている。
中小企業庁の運用では、まず振興基準に基づく指導・助言を行い、改善が見られない場合には下請法違反として厳格な対応をとるという段階的なアプローチが採られる。
振興基準と下請法の関係
振興基準は、下請法の禁止行為を補完する役割を果たす。下請法が「してはならない」という禁止規範であるのに対し、振興基準は「このようにすべき」という行為規範を示すものである。
中小企業庁の資料によれば、振興基準の遵守は下請法違反の予防にもつながるとされており、両者は車の両輪として機能することが期待されている。
実務上の対応ポイント
委託事業者の対応
委託事業者(発注側)は、振興基準の公表後、以下の対応が求められる。
- 振興基準の内容を社内で周知徹底する
- 現在の取引条件を振興基準に照らして点検する
- 改善が必要な事項については計画的に是正する
- 発注部門や購買部門の担当者に対する研修を実施する
中小受託事業者の対応
中小受託事業者(受注側)は、以下の対応が考えられる。
- 振興基準の内容を理解し、自社の権利を認識する
- 取引条件の改善について委託事業者と交渉する
- 生産性向上や品質改善の取組を推進する
- 問題がある場合には下請かけこみ寺などに相談する
まとめ
第3条の振興基準と第4条の指導等は、受託中小企業振興法の中核をなす規定である。振興基準は、中小受託事業者と委託事業者の双方が目指すべき取引の在り方を示すものであり、行政指導の基準となると同時に、事業者の自主的な取引改善の指針となる。
令和8年1月1日の施行に向けて、振興基準の具体的内容が今後明らかになる予定であり、事業者は早期に準備を進めることが重要である。
次回は、第5条以降の条文について解説する予定である。
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