2017年以降、日本のスポーツ界では、プロ野球・レスリング・ボクシング・アメリカンフットボール・相撲・バドミントン・五輪組織委員会など、あらゆる競技カテゴリーで深刻なコンプライアンス違反が相次ぎました。

 スポーツ庁は2017年度からコンプライアンス強化事業に着手し、2019年6月には「スポーツ団体ガバナンスコード(中央競技団体向け)」を公表、2023年9月には初の改定を行いました。ガバナンスコードは組織運営における役員体制の整備・コンプライアンス教育の実施・危機管理体制の構築など13の原則を定め、適合状況は「競技力向上事業助成金」の配分額にも反映される仕組みとなっています。毎年の自己点検・公表、4年に1度の第三者審査が義務づけられており、スポーツ庁・JSC・JSPO・JOC・JPSAの5者が「円卓会議」で不祥事対応を協議する体制も整備されました。

 本記事では、「元全日本バレーボール高校選抜選手にして指導歴もある代表が語る、現代スポーツのリスク管理」をコンプライアンス研修講師として850回超の登壇実績を踏まえて、31事例のうち最初の10件を「事実の深掘り」と「具体的な再発防止策」の視点から解説します。


10事例 早見表

#事案名不祥事類型
1巨人・山口俊 暴行事件2017暴力・隠蔽
2日本レスリング協会 パワハラ問題2018パワハラ・権力集中
3日本ボクシング連盟 助成金・判定問題2018助成金流用・審判不正
4日大アメフト部 悪質タックル問題2018反則指示・隠蔽
5大相撲 暴力問題(貴ノ富士ら)2019暴力・矮小化
6桃田賢斗 違法賭博問題2016〜違法賭博
7東京五輪組織委・森喜朗 発言問題2021差別発言・D&I
8東京五輪スポンサー 贈収賄事件2022贈収賄・ガバナンス不備
9日本ハム ノンテンダー問題2021〜22労務・説明責任
10巨人・坂本勇人 報道問題2022〜23行動規範・説明責任

スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード」とは

 スポーツ庁は2019年6月、スポーツ団体が適切な組織運営を行うための規範として「スポーツ団体ガバナンスコード」を公表しました(2023年9月に初改定)。中央競技団体(NF)向けには13の原則が定められており、以下の点が特に重要です。

  • コンプライアンス教育の実施・危機管理体制の構築が義務
  • 毎年、適合状況を自己点検し公表することが求められる
  • 4年に1度、JSPO・JOC・JPSAによる適合性審査を受審
  • 評価結果は「競技力向上事業助成金」の配分額に反映
  • スポーツ庁・JSC・JSPO・JOC・JPSAの5者による「円卓会議」で不祥事対応を協議

参照:スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード」


Case 01|巨人・山口俊 暴行事件(2017年)

事実と背景

山口俊投手は2017年7月11日未明、誕生日を祝う飲食の場で右手を負傷。その後、酩酊状態で病院を受診し、扉を破壊した上に制止しようとした警備員に全治2週間のけがを負わせた。事件発生後、球団はトラブルを認識しながらも即時公表せず、登録抹消も遅延。8月の書類送検・報道によって一気に露呈した。

背景には、野球賭博問題など連続する不祥事でのイメージ悪化を避けたいというフロントの意識があり、法務・広報ではなく「現場首脳陣+編成」が問題を抱え込んだことが、初動ミスを拡大させた。

再発防止策

①「24時間以内」報告ルールの明文化 刑事事件相当のトラブルが発生した場合、当直責任者→コンプライアンス責任者→社長への書面報告を24時間以内に義務付け、社外弁護士を含む危機対策チームを招集。公表の可否・内容を48時間以内に決定するフローを規程化する。

②フロントと現場の権限分離 選手起因の不祥事に関する出場可否は、監督ではなく「コンプライアンス委員会+社長」が決裁する仕組みに変更し、「戦力上の事情」による出場継続を制度的に封じる。

③外部取締役・社外委員の監督機能強化 不祥事対応を取締役会に定期報告させ、「報告遅延」自体を評価・処分の対象とすることで、隠蔽インセンティブを低下させる。


Case 02|日本レスリング協会 パワハラ問題(2018年)

事実と背景

第三者委員会は、栄強化本部長による伊調馨選手らへのパワハラ行為4件(練習拠点の制限・コーチへの介入等)を認定。直接証拠(録音・映像)はなく、多数の関係者ヒアリングを総合して事実認定が行われた。「反論しづらい空気」が構造的に存在していたことが示唆されている。

協会長による理事の恣意的選任や、選手選考・コーチ人事の不透明さも指摘され、人事を握るトップへの権力集中が問題の本質とされた。

再発防止策

①強化トップ職の任期制限と多選防止 強化本部長は原則2期4年まで。多選には理事会の3分の2以上+選手代表の同意を要件とし、権限集中を防止する。任期ごとに選手満足度・匿名アンケート結果を公表し、「実績だけでなく人権尊重」を評価軸に組み込む。

②外部通報窓口の複線化 JOC・競技団体連合レベルで共通の外部通報窓口(弁護士+産業カウンセラー)を設置し、「協会内部には相談したくない」選手が利用できるルートを確保する。

③選手選考プロセスの透明化 選考基準を年度ごとにHPで事前公表し、例外適用時は第三者委員会の意見書を要件とするなど、恣意的選考の余地を制度的に排除する。


Case 03|日本ボクシング連盟 助成金・判定問題(2018年)

事実と背景

第三者委員会は、リオ五輪代表・成松大介選手に支給されたJSCの助成金240万円を山根前会長らの指示で3選手に分配させた助成金の不正流用を認定した。また「奈良判定」について、山根前会長の言動が審判に心理的圧力を与え、不公正な判定が存在したと認定。

さらに、助成金分配の実態を隠すため、成松選手に「自分の意思で配ったように説明してほしい」と理事が求めた行為が**「不適切な隠蔽行為」**と指摘されている。

再発防止策

①審判員評価の競技団体からの独立 審判員の評価・派遣決定を「審判委員会」に移管し、トップの人事権から切り離す。デジタル採点(オープンスコアリング)・ビデオレビューを義務化し、判定理由を事後検証できる仕組みを整備する。

②助成金ガバナンスの抜本強化 申請・支給・使用実績を選手名・金額・用途まで協会HPで公開する。分配変更は原則禁止とし、やむを得ない場合はJSC等の事前承認と書面記録を必須化する。


Case 04|日大アメフト部 悪質タックル問題(2018年)

事実と背景

第三者委員会(中間・最終報告)は、日本大学職員による反則行為の指示が存在したと認定し、選手が精神的重圧の中で危険タックルを行った構図を示した。約100名へのヒアリング・映像解析・部員アンケートが実施された。

大学本部は当初、事実関係を十分確認しないまま**「選手個人の問題」とする説明を繰り返し**、社会的批判と信頼失墜を拡大させた。

再発防止策

①アスレチック・デパートメント(AD制)の導入 監督任命・解任や懲戒を学部ではなく大学本部のADが行う仕組みに再設計し、「現場への丸投げ」構造を解消する。

②指導者ライセンスと行動規範の制度化 学生スポーツ連盟と大学で共通の「指導者ライセンス」を設け、更新時にハラスメント・安全配慮義務に関する研修受講を必須とする。

③選手の「セーフティ窓口」設置 大学外の弁護士・臨床心理士からなる相談窓口を設け、「監督に逆らうと試合に出られない」状況でも安全上の懸念を匿名で相談できる環境を整備する。


Case 05|大相撲 暴力問題(貴ノ富士ら)(2019年)

事実と背景

貴ノ富士は付け人への暴行を2度繰り返し、協会コンプライアンス委員会は引退勧告相当と判断した。調査では、付け人への差別的発言やあいさつを理由とした殴打など**「指導名目の暴力」**が繰り返されていたとされる。

本人側は暴行を矮小化し、協会ガバナンスの問題をスポーツ庁に上申するなど、暴力を正当化する意識とのギャップが顕在化した。

再発防止策

①部屋単位の「暴力リスク監査」の制度化 年1回、外部委員が各部屋を訪問し、付け人制度・稽古の実態をインタビュー・チェックする監査を実施する。

②制裁ガイドラインの細分化と公表 暴力の態様(1回・継続・器物損壊を伴う等)と地位(横綱・幕内・十両等)ごとの標準処分を公表し、処分の透明性と予見可能性を高める。

③若手力士の独立相談ルート 部屋外の相談窓口(弁護士・OB)を設置・告知し、番付への影響なく相談できることを周知することで「沈黙の同調圧力」を低減する。


Case 06|桃田賢斗 違法賭博問題(2016〜、影響継続)

事実と背景

桃田選手は2014〜2015年ごろ、同僚の紹介で都内の違法カジノに6回程度出入りし賭博を行ったとされ、日本代表から外され無期限出場停止となった。2017年5月に処分が解除されて約1年ぶりに復帰し、その後世界ランキング1位に輝いたが、リオ五輪出場機会を失った影響は甚大だった。スポーツ界全体に対して、誘惑に対する教育・環境整備の重要性を突きつけた事案といえる。

再発防止策

①反社会的勢力・違法賭博教育の体系化 代表合宿ごとの「20分の注意喚起」にとどまらず、eラーニング+テスト形式で違法賭博の構造・勧誘手口まで踏み込んだインテグリティ講座を必修化する。

②若手選手向け「ライフスキルコーチ」の配置 宿舎外での交友関係やSNSでの接触状況を相談できる担当者を設置し、「誘われた段階」で止められる環境を整える。

③再チャレンジ方針の明文化 初犯・自首・反社関与なし等の条件に応じた処分期間と復帰プロセスを基準化し、「どの程度の過ちで競技人生が終わるのか」を予見可能にして抑止力を高める。


Case 07|東京五輪組織委・森喜朗 発言問題(2021年)

事実と背景

森会長はJOC評議員会で**「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」**「組織委の女性理事はわきまえている」と発言し、女性蔑視との批判が国内外で噴出した。オリンピック憲章が「いかなる形態の差別にも反対する」と定める中で、開催都市の組織委トップの発言として五輪精神に反するとされ、日本弁護士連合会等からも辞任と女性理事4割以上を求める声明が出された。

再発防止策

①トップマネジメント向けD&I研修の義務化 一般職員向けとは別枠で、会長・理事・局長級に対し、ケーススタディ中心の対面研修を年1回義務化し受講状況を公表する。

②発言ガイドラインと「レピュテーション・チェック」体制の整備 記者会見・公式発言前に広報・法務がチェックする仕組みを設け、差別的表現やステレオタイプ表現を事前に排除する。

③指名・報酬委員会へのD&I指標の組み込み トップ人事の評価指標に「多様性推進の成果」を組み込み、女性比率だけでなく発言機会・役職登用もモニタリング対象とする。


Case 08|東京五輪スポンサー 贈収賄事件(2022年)

事実と背景

組織委元理事・高橋治之被告は、複数のスポンサー企業から総額約2億円の賄賂を受け取ったとして受託収賄罪に問われた。スポンサー契約締結やマーケティング権益の付与に関し便宜供与の見返りとして資金提供を受けたとされ、広告代理店OBという立場と組織委理事という公的性格の二重性が問題視された。

組織委員会は時限的な法人であり、内部監査・外部監査の機能が十分整備されないまま巨額の契約を扱っていたことが、統制不備の背景として指摘されている。

再発防止策

①時限組織に対する「事前ガバナンス審査」の義務付け 招致段階で組織委の定款・理事構成・監査体制を公的機関(スポーツ庁+会計検査院OB等)で審査し、承認を条件に開催権を確定させる。

②スポンサー選定プロセスの透明化 入札・選定基準の事前公表、評価委員会メンバーの過半数を外部有識者とすること、評価結果の要旨公開の3点セットを義務付ける。

③ロビイング・接待の登録制度 組織委理事・幹部と企業側との面談・会食を「ロビー活動」として記録・公開する制度を設け、秘匿された関係構築を抑止する。


Case 09|日本ハム ノンテンダー問題(2021〜2022年)

事実と背景

日本ハムは2021年オフ、西川遥輝・大田泰示・秋吉亮の3選手に対し「ノンテンダー」と称して自由契約にした。球団は「選手の市場価値を高めるため」と説明したが、選手会は**「実態は戦力外であるにもかかわらず、聞こえのいい言葉で偽装している」**と抗議文を提出。事前協議の欠如や説明と実態の乖離が「選手・ファン・社会の信頼を裏切る」と批判された。

再発防止策

①契約・保留制度の共同ガイドライン策定 NPBと選手会が共同で「ノンテンダー」「戦力外」「自由契約」の定義と運用ルールを策定し、球団が単独で新たな呼称を作って運用しないよう制限する。

②事前通知と協議義務の明文化 大幅減俸・自由契約の可能性がある場合は、オフシーズン開始1か月前までに選手・代理人と面談し、複数の選択肢(減俸残留・自由契約等)を提示することを義務付ける。

③対ファン説明プロセスの標準化 主力選手の放出時は、GM・社長が共同会見し、戦略的理由・財政事情等を説明する「説明責任フォーマット」をリーグとして設ける。


Case 10|巨人・坂本勇人 報道問題(2022〜2023年)

事実と背景

週刊誌で複数女性とのトラブルや不適切なメッセージ内容が報じられたが、刑事事件化には至らず、球団は**「プライベートな問題」として公式な処分や説明を行わない**スタンスをとった。SNS上では他選手への処分と比較して「球団の対応が甘い」との批判が高まり、社会的期待と球団対応のギャップが浮き彫りになった。

※本件は個人のプライバシーに関わる情報が多いため、制度設計の教訓に絞って解説します。

再発防止策

①「私生活の行動規範」のグラデーション設計 「法令違反→処分」「違法ではないが社会的に不相当→注意・研修・社会貢献活動」などのグラデーションで規範を定め、事前に公表する。

②リスク領域を明示したハンドブック整備 性的トラブル・飲酒・薬物・反社との関係・SNS言動など具体例を挙げたハンドブックを作成し、入団時・契約更改時に説明と誓約書をセットで取得する。

③刑事事件以外でも説明責任を果たす体制 球団の看板選手に問題が生じた場合、刑事事件の有無を問わず、球団としての調査方針・倫理判断・対応を簡潔に公表し、「何もしていないように見える状態」を避ける体制を整える。


10事例から見えてくる共通の教訓

10件の事案を横断すると、スポーツ庁がガバナンスコードで指摘する以下の構造的課題が浮かび上がります。

構造的課題処方箋
「身内だけ」の組織運営外部有識者・独立委員会の常設化
権力の一極集中任期制・多選制限・人事権の分散
内部通報・相談窓口の不備外部弁護士等による独立した複線窓口の設置
初動対応の失敗(隠蔽・矮小化)24時間以内の書面報告ルールの徹底
コンプライアンス教育の形骸化eラーニング・ケーススタディを組み合わせた実践的研修の必修化
透明性・説明責任の欠如選考基準・助成金・制裁内容の事前公表と事後報告

参照:スポーツ庁「スポーツ界におけるコンプライアンス強化ガイドライン 不祥事対応事例集(2018年3月)


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研修内容の例

  • スポーツ庁ガバナンスコードの解説と自己点検サポート
  • 不祥事事例を用いたケーススタディ研修
  • ハラスメント防止・暴力根絶研修
  • 内部通報制度の設計・外部窓口の整備
  • 危機管理・初動対応トレーニング

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