序章:贈与という行為に秘められた人間心理
遺言によって、特定の誰かに無償で財産を譲る「遺贈」。それは、遺言者の最後の想いが込められた、尊い贈り物と言えるでしょう。しかし、この「タダでもらえる」はずの申し出を、受ける側が「いらない」と拒絶することがあるのです。この一見不可解な選択の裏には、単なる損得勘定では計れない、人間の深遠な心理と社会の現実が横たわっています。
私たち中川総合法務オフィスは、これまで京都や大阪を中心に1000件を超える相続のご相談をお受けしてきました。その中で目の当たりにしてきたのは、法律という社会のルールブックだけでは割り切れない、家族の歴史、個人の価値観、そして人生そのものの複雑さです。本稿では、この「遺贈の放棄」という現象を切り口に、相続が映し出す人間模様と、後悔しないための真の知恵について、社会科学、人文科学の視点も交えながら深く考察してまいります。
1. 遺贈とは何か?-遺言に託された最後のメッセージ
まず、基本から押さえましょう。遺贈とは、遺言によって自らの財産を無償で他者に与える法律行為です。財産を受け取る「受遺者」は、相続人である必要はなく、お世話になった友人や、支援したいと願う法人・団体でも構いません。
実務上、相続人に対して財産を渡す場合は「相続させる」という文言が頻繁に用いられますが、例えば2020年の民法改正で導入された「配偶者居住権」のように、法律上「遺贈」として明確に位置づけられている権利もあります。これは、残された配偶者の生活基盤を守るという、社会の変化に応じた新しい法の精神の表れです。
一方で、遺贈はあくまで遺言者の「一方的な」意思表示(単独行為)である点が重要です。ここに、贈与者と受贈者の合意によって成立する「死因贈与」(契約)との本質的な違いが存在します。
なお、相続債務が多い時に、相続放棄をしても、受遺者になることは可能です。
※遺贈が受遺者の遺言者以前の死亡によって無効になるときは、代襲相続もありません。
※婚外女性への遺贈が公序良俗に反するときは無効になるとした判例がある。
(遺贈の放棄)
第九百八十六条 受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる。(特定遺贈の場合で、包括遺贈は相続の承認放棄の規定が適用される)
2 遺贈の放棄は、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
2. 「無償の贈り物」を拒絶する、もっともな理由
では、なぜ受遺者は遺贈を放棄するのでしょうか。その背景には、大きく分けて3つの現実的な問題があります。
理由①:価値を見出せない「負」の財産
すべての財産が、誰もが欲しがる「プラスの財産」とは限りません。例えば、買い手のつかない地方の山林や原野、倒壊寸前の古い家屋。これらは固定資産税や管理費だけがかさむ、いわゆる「負動産」です。このような財産を譲り受けても、ただ重荷を背負い込むだけになってしまいます。
理由②:維持という名の見えざるコスト
一見すると価値がありそうな財産も、諸刃の剣となることがあります。例えば、高級外車やリゾート地の別荘。これらは、自動車税や修繕費、管理費といった継続的な支出を伴います。自身のライフスタイルや経済状況に見合わない財産は、喜びよりもむしろ将来への不安の種となりかねません。経済学で言う「サンクコスト(埋没費用)」の罠に陥る前に、賢明な判断が求められるのです。
理由③:「負担」が重すぎる遺贈
遺贈には、「この財産を譲る代わりに、私のペットの面倒を見てほしい」といったように、一定の義務を課す「負担付遺贈」という形式があります。受遺者は、遺贈された財産の価値の範囲内でその義務を履行すればよいとされていますが、その負担が精神的・時間的にあまりにも大きい場合、受遺者は遺贈そのものを放棄することを選ぶでしょう。これは、単なる経済合理性を超えた、個人の幸福追求の権利の現れとも言えます。
3. 承認か、放棄か。あなたの権利と賢明な選択
遺贈を受けるかどうかは、完全に受遺者の自由です。特定の財産だけを対象とする「特定遺贈」の場合、受遺者は遺言者の死後、いつでも放棄することができます。しかし、遺産全体に対する割合で財産を受け取る「包括遺贈」の場合は、プラスの財産だけでなく借金などのマイナスの財産も引き継ぐため、相続人と同様に、原則として3ヶ月以内に家庭裁判所で承認か放棄かを決めねばなりません。
利害関係者から「承認するのか、放棄するのか」と催告を受け、期間内に意思表示をしないと承認したと見なされてしまうこともあります。一度下した決断は、原則として覆せません。だからこそ、安易な判断は禁物です。財産の全容を正確に把握し、法的な権利と義務を理解した上で、自らの人生にとって最善の道を選ぶ。そのための羅針盤となるのが、我々のような経験豊富な専門家です。
4. 相続の新しいかたち―「遺言信託」という選択肢
近年、遺言に代わる、あるいはそれを補完する柔軟な財産承継の仕組みとして「信託」が注目されています。特に、遺言によって信託を設定する「遺言信託」や、生前の契約で自らの死後の財産の管理・処分を託す「遺言代用信託」は、これまでの相続の枠組みを大きく超える可能性を秘めています。
例えば、障がいを持つお子様の将来のために、長期的な視点で財産管理と生活支援を行う「福祉型信託」。あるいは、ご自身の事業や理念を、後継者に円滑に引き継がせるための「事業承継信託」。これらは、単に財産を「渡して終わり」にするのではなく、遺言者の想いを未来にわたって実現し続けるための、極めて精緻で人間的な制度設計と言えるでしょう。このような社会の要請に応える新しい仕組みを理解し、活用できるかどうかが、現代の相続を成功に導く鍵となります。
結び:相続とは、過去から未来へ命をつなぐ物語
相続問題は、法律や税金の手続きであると同時に、家族の歴史と向き合い、未来を形作る、人生の一大事業です。そこには、論理だけでは解き明かせない感情の機微があり、生命の連続性という自然科学的な摂理すら感じさせます。
私たち中川総合法務オフィスは、法務の専門家であると同時に、人生経験豊かな啓蒙家として、皆様一人ひとりの物語に寄り添います。京都、大阪の地で培った豊富な実績と、社会科学から自然科学までを射程に入れた多角的な視点で、あなたの相続が、争いではなく「思いやり」の内に完結するよう、全力でサポートすることをお約束します。
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