はじめに

建設業法第17条の3は、建設業者である個人事業主が死亡した場合における、相続人への許可承継に関する規定である。令和2年(2020年)10月1日施行の建設業法改正により新設された条文で、それまで不可能であった建設業許可の相続による承継を可能とし、事業の円滑な継続を実現するための重要な制度的基盤を提供している。

第1項の解説:相続による承継の認可申請

相続承継制度の基本構造

第1項は、個人事業主である建設業者が死亡した場合に、その相続人が建設業の全部を引き続き営もうとするときは、死亡後30日以内に認可申請を行い、許可行政庁の認可を受けなければならないと定めている。この制度により、相続による建設業許可の空白期間を生じさせることなく、事業の継続が可能となった。

「被相続人」の定義

本条において「被相続人」とは、建設業許可を受けていた個人事業主で、死亡によって相続が発生した者を指す。法人の代表者が死亡した場合は相続の問題とはならず、法人自体が建設業者として存続する。したがって、本条が適用されるのは個人事業主として建設業許可を受けていた者が死亡した場合に限定される。

「相続人」の定義と選定

本条における「相続人」の概念は、民法上の相続人とは異なる特殊な定義が与えられている。相続人が二人以上ある場合において、その全員の同意により被相続人の営んでいた建設業の全部を承継すべき相続人を選定したときは、その選定された者が本条における「相続人」となる。

これは、建設業許可という属人的な性質を有する権利義務の承継について、複数の相続人による共同承継を認めず、事業の一体性と経営責任の明確化を図るための規定である。選定がなされない場合、民法上の相続分に従った共同相続となるが、建設業許可の性質上、実務的には一人の相続人への選定が望ましい。

承継の対象となる建設業

相続人が承継できるのは、「被相続人の営んでいた建設業の全部」である。一部の業種のみを選択的に承継することはできない。被相続人が複数の業種について建設業許可を受けていた場合、相続人はその全ての業種についての許可を承継するか、あるいは承継せずに廃業の届出を行うかの二者択一となる。

承継の対象外となる場合

本条第1項括弧書きは、承継の対象外となる場合を定めている。具体的には、以下のケースである。

一般建設業と特定建設業の重複を避けるための除外規定

被相続人が一般建設業の許可を受けていた場合において、相続人が当該一般建設業の許可に係る建設業と同一の種類の建設業について特定建設業の許可を受けているときは、承継の対象外となる。逆に、被相続人が特定建設業の許可を受けていた場合において、相続人が同一種類の建設業について一般建設業の許可を受けているときも同様である。

これは、建設業法において、同一業種について一般建設業と特定建設業の両方の許可を同時に受けることができないという原則(いわゆる「一般・特定の二重許可の禁止」)に基づく規定である。このような場合、相続人は承継を受ける前に、自己の既存の許可(一般または特定)を廃業してから承継認可申請を行うか、あるいは被相続人の許可については承継せずに廃業届を提出することになる。

認可申請の期間と申請先

相続人は、被相続人の死亡後30日以内に認可申請を行わなければならない。この期間は極めて短く、相続人にとっては他の相続手続きと並行して迅速に対応する必要がある。この30日の期間は、被相続人の死亡日(相続開始日)を起算日として計算される。

申請先は、第1号および第2号に定められている。被相続人が国土交通大臣の許可を受けていた場合(いわゆる「大臣許可」)は国土交通大臣に対して申請を行う。被相続人が都道府県知事の許可を受けていた場合(いわゆる「知事許可」)は、原則として当該都道府県知事に申請するが、以下の場合は国土交通大臣への申請となる。

第2号イは、相続人が既に国土交通大臣の許可を受けている場合である。この場合、相続人の許可と被相続人の許可を統合する必要があり、上位の許可行政庁である国土交通大臣が認可権者となる。

第2号ロは、相続人が被相続人とは異なる都道府県知事の許可を受けている場合である。この場合も、複数の都道府県にまたがる許可の調整が必要となるため、国土交通大臣が認可権者となる。

第2項の解説:みなし許可制度

みなし許可の意義

第2項は、相続人が第1項の認可申請をした場合、被相続人の死亡の日からその認可を受ける日または認可をしない旨の通知を受ける日までの間、被相続人に対してした建設業の許可は、その相続人に対してしたものとみなすと規定している。

これは「みなし許可」と呼ばれる制度であり、認可申請から認可決定までの審査期間中において、建設業許可の空白期間が生じることを防ぐための重要な規定である。認可申請を行った時点で、暫定的に相続人が建設業を営む権利が保障される。

みなし許可の効果

みなし許可の期間中、相続人は適法に建設業を営むことができる。発注者との請負契約の締結、工事の施工、下請契約の締結など、建設業に関する一切の営業活動が可能である。この期間中に締結した契約は有効であり、後に認可が得られなかった場合でも、既に締結された契約の効力には影響しない(ただし、認可が得られなかった後は新たな契約締結はできなくなる)。

審査期間

認可申請の審査には、通常2週間から1か月程度、場合によっては50日程度を要する。これは新規の建設業許可申請と同様の審査が行われるためである。審査では、相続人が建設業許可の要件(経営業務の管理責任者、専任技術者、財産的基礎、欠格要件に該当しないことなど)を満たしているかが確認される。

第3項の解説:準用規定

許可要件の準用

第3項前段は、一般建設業の許可を受けていた被相続人に係る認可については第7条および第8条の規定を、特定建設業の許可を受けていた被相続人に係る認可については第8条および第15条の規定を準用すると定めている。

第7条の準用(一般建設業の許可基準)

第7条は一般建設業の許可の基準を定めており、以下の要件が相続の認可においても求められる。

  1. 経営業務の管理を適正に行う能力を有すること(第7条第1号)
  2. 営業所ごとに専任技術者を置くこと(第7条第2号)
  3. 請負契約に関して誠実性を有すること(第7条第3号)
  4. 請負契約を履行するに足る財産的基礎または金銭的信用を有すること(第7条第4号)

第8条の準用(欠格要件)

第8条は許可を受けることができない欠格要件を定めており、相続人がこれらの要件に該当する場合には認可を受けることができない。主な欠格要件としては、成年被後見人・被保佐人、破産者で復権を得ない者、不正な手段により許可を受けたことにより許可を取り消されて5年を経過しない者、禁錮以上の刑に処せられて5年を経過しない者などがある。

第15条の準用(特定建設業の許可基準)

特定建設業の許可を受けていた被相続人の地位を承継する場合には、第15条に定める特定建設業の特別な許可基準も満たす必要がある。これには、より高度な専任技術者の要件(1級の国家資格者など)や、より厳格な財産的基礎の要件(資本金4,500万円以上、自己資本6,000万円以上など)が含まれる。

第17条の2第5項の準用

第3項後段は、前条(第17条の2)第5項の規定を準用している。第17条の2第5項は、承継に係る建設業の許可または承継人が既に受けている建設業の許可に条件を付することができる旨を定めている。

これにより、許可行政庁は、相続による承継を認可する際に、必要に応じて条件を付加することができる。例えば、相続人の経営能力や技術力に懸念がある場合に、一定期間内に体制を整備することを条件として付すことなどが考えられる。また、被相続人の許可に既に付されていた条件を変更したり、新たな条件を付与することも可能である。

第4項の解説:建設業者としての地位の承継

包括的地位承継の原則

第4項は、第1項の認可を受けた相続人は、被相続人のこの法律の規定による建設業者としての地位を承継すると定めている。これは、単に建設業許可という権利を承継するだけでなく、建設業者としての地位を包括的に承継することを意味する重要な規定である。

承継される権利と義務

建設業者としての地位の承継には、以下のような権利と義務が含まれる。

権利面

  • 建設業許可に基づく営業権
  • 被相続人が締結していた請負契約における契約当事者としての地位
  • 経営事項審査の結果(ただし、営業年数は承継されずリセットされる)

義務面

  • 建設業法に基づく各種義務(変更届出、決算変更届出など)
  • 被相続人が受けた監督処分の効果
  • 被相続人が締結していた請負契約における義務の履行責任
  • 下請代金の支払義務などの契約上の債務

監督処分の承継

特に重要な点として、相続人は被相続人が受けた監督処分も承継する。被相続人が営業停止処分を受けており、その処分期間中に相続が発生した場合、相続人も残存する処分期間について営業停止の効果を受けることになる。これは、監督処分の実効性を確保し、処分の潜脱を防止するための規定である。

経営事項審査の承継

経営事項審査の結果も承継されるが、審査項目の一つである「営業年数」については承継されず、相続人の営業開始時からの計算となる。これは、営業年数が企業の継続性や経営の安定性を示す指標であり、相続人自身の実績として評価されるべきものだからである。

第5項の解説:第17条の2の準用

第5項は、前条第6項および第7項の規定を、第4項の規定により被相続人の建設業者としての地位を承継した相続人について準用すると定めている。

第17条の2第6項の準用(許可の有効期間の更新)

第17条の2第6項の準用により、相続による承継の認可があったときは、承継の日(被相続人の死亡日)に、承継に係る建設業の許可および相続人が既に受けている建設業の許可の両方について、有効期間が更新され、承継の日の翌日から5年間となる。

これにより、被相続人の許可の残存期間や、相続人が既に有していた許可の残存期間に関わらず、承継後はすべての許可が統一された有効期間を持つことになる。これは、複数の許可の有効期間を一本化し、更新手続きの簡素化を図るための配慮である。

第17条の2第7項の準用(廃業届と認可の効力)

第17条の2第7項の準用により、承継に係る建設業者(被相続人)について廃業の届出があったとき、または許可の有効期間が満了したときは、第1項の認可の効力が失われる。

被相続人の死亡後30日以内に相続人が認可申請を行っているが、被相続人の許可の有効期間がその間に満了してしまう場合、認可申請は無効となる。したがって、相続人は被相続人の許可の有効期間を確認し、期間満了前に認可申請を完了させる必要がある。期間満了後に申請しても受理されないため、この点は実務上特に注意を要する。

制度の背景と意義

改正前の問題点

令和2年改正前の建設業法では、個人事業主である建設業者が死亡した場合、その建設業許可は相続されず、相続人が建設業を継続するためには、改めて新規の許可申請を行う必要があった。新規許可の審査には数か月を要するため、その間は建設業を営むことができず、既存の契約の履行にも支障が生じていた。

また、許可の空白期間中に許可が必要な工事を受注することができず、既に受注していた工事についても契約違反となるリスクがあった。これは、事業の継続性を著しく損ない、取引先や従業員に不利益を与えるものであった。

改正による効果

第17条の3の新設により、死亡後30日以内に認可申請を行い、みなし許可制度を利用することで、許可の空白期間なく事業を継続することが可能となった。これにより、以下のような効果が実現されている。

  1. 事業の継続性の確保:工事の中断や契約解除のリスクを回避できる
  2. 取引先の保護:発注者や下請業者との契約関係が維持される
  3. 従業員の雇用の安定:事業の継続により従業員の雇用が守られる
  4. 建設業の円滑な世代交代の促進:高齢化が進む建設業界において、事業承継を円滑化する

他の承継制度との関係

建設業法は、第17条の2において、事業譲渡、合併、分割による建設業者の地位の承継についても規定している。第17条の3の相続による承継は、これらの制度と共通の基本構造を持ちつつ、相続特有の要請(短期間での対応の必要性、選定手続きなど)に対応した規定となっている。

相続、事業譲渡、合併、分割という各種の承継類型を整備することで、建設業法は、経営環境の変化や企業の成長段階に応じた柔軟な事業承継を可能としている。

実務上の留意点

迅速な対応の必要性

相続人は、被相続人の死亡を知った時から30日以内という短期間で認可申請を完了する必要がある。この期間内には、以下のような多くの準備が必要となる。

  1. 相続人の確定(戸籍謄本等の取得)
  2. 相続人が複数いる場合の選定手続き(全員の同意書)
  3. 相続人が許可要件を満たすことの確認
  4. 必要書類の収集(財産証明、資格証明、経験証明など)
  5. 申請書の作成と提出

これらを期間内に完了するためには、相続発生前からの準備や、専門家(行政書士など)の支援が有効である。

許可要件の事前確認

相続による承継を円滑に行うためには、被相続人の生前から、相続人が許可要件を満たせるよう準備しておくことが重要である。特に以下の点が課題となることが多い。

経営業務の管理責任者の要件 相続人が建設業に関する一定年数以上の経営経験を有することが必要である。被相続人の事業において、相続人が実際に経営に関与し、その実績を証明できるようにしておくことが望ましい。

専任技術者の要件 相続人自身が専任技術者の資格要件を満たすか、あるいは要件を満たす専任技術者を確保しておく必要がある。被相続人に依存していた技術者が相続後も継続して従事することの確認も重要である。

財産的基礎 一般建設業では500万円以上、特定建設業では資本金4,500万円以上、自己資本6,000万円以上などの財産的要件を満たす必要がある。相続財産の評価や、事業継続に必要な運転資金の確保が課題となる。

認可が得られなかった場合の対応

認可申請を行ったものの、審査の結果、要件を満たさないとして不認可となる場合がある。この場合、みなし許可の期間は終了し、相続人は建設業を営むことができなくなる。既存の契約については履行の義務があるが、新たな契約を締結することはできない。

不認可となった場合、相続人は改めて新規の許可申請を準備する必要がある。その間、既存の工事の完成を優先し、必要に応じて他の建設業者への工事の引継ぎなども検討する必要がある。

複数の相続人がいる場合の調整

相続人が複数いる場合、全員の同意により一人の相続人を選定する必要がある。この選定手続きは、民法上の遺産分割協議とは別に、建設業許可の承継のために行われるものである。

選定に際しては、誰が最も事業継続に適しているか(経営能力、技術力、意欲など)を基準に判断されるべきであるが、実際には相続財産全体の分配との関連で、相続人間の利害調整が必要となる場合も多い。専門家を交えた協議や、事前の遺言による指定なども有効である。

おわりに

建設業法第17条の3は、個人事業主である建設業者の死亡という不測の事態においても、事業の継続性を確保し、関係者の利益を保護するための重要な規定である。相続による承継制度の導入は、高齢化が進む建設業界において、円滑な世代交代を促進し、建設業の持続的発展に寄与するものと期待される。

相続人となる可能性のある者は、本条の内容を十分に理解し、事前の準備を怠らないことが重要である。また、被相続人となる建設業者自身も、生前から相続人への事業承継を見据えた体制整備を行うことが、事業の永続性を確保する上で不可欠である。


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