はじめに
建設業法第18条と第19条は、建設工事の請負契約に関する最も基本的かつ重要な規定である。これらの条文は、建設業界における契約関係の公正性を確保し、紛争を未然に防止するために設けられた規範といえる。
本稿では、両条文の趣旨、具体的内容、そして実務上の留意点について、国土交通省が公表している各種指針や解説資料を参照しながら詳しく解説する。
第18条:建設工事請負契約の基本原則
条文の構造と趣旨
第18条は、建設工事の請負契約における基本原則を宣言した規定である。この条文は次の三つの要素から構成されている。
1. 対等な立場の確保
「各々の対等な立場における合意」という文言は、注文者と請負人の力関係の不均衡を是正しようとする趣旨を含んでいる。建設工事の請負契約においては、注文者が発注者として優越的地位に立つことが多く、請負人に不利な契約条件が押し付けられる危険性がある。
この規定は、そうした力関係の不均衡を前提としつつ、契約当事者が実質的に対等な立場で契約交渉を行い、合意形成することを求めている。
2. 公正な契約の締結
「公正な契約を締結」するとは、契約内容が一方当事者に著しく不利益とならず、バランスの取れたものでなければならないという意味である。
国土交通省が策定している「建設工事標準請負契約約款」は、この公正性を具体化したモデル契約書として位置付けられている。実務上、この約款を参考にすることで、公正な契約内容を実現することが可能となる。
3. 信義誠実な履行義務
「信義に従つて誠実にこれを履行しなければならない」という部分は、契約の履行段階における行動規範を定めている。これは民法第1条第2項の信義則の建設業法における具体化ともいえる。
契約締結後も、当事者は相互に協力し、誠実に契約を履行する義務を負う。工事の進行中に生じる様々な問題についても、この信義則に基づいて対応することが求められる。
本条の法的性質
第18条は訓示規定とされることが多いが、単なる努力目標ではない。この原則に反する契約や履行は、後述する第19条違反や、場合によっては民法上の公序良俗違反(民法第90条)として無効とされる可能性がある。
また、建設業許可の取消事由(建設業法第29条)や営業停止処分の事由(同法第28条)の判断にあたっても、この基本原則への違反が考慮される。
実務上の重要性
この原則規定は、具体的な契約内容の解釈や、契約書に明記されていない事項の処理において、解釈基準として機能する。裁判実務においても、建設工事請負契約に関する紛争の解決にあたり、第18条の趣旨が参照されることが多い。
第19条:請負契約の書面化義務
第1項:契約書への記載事項
第19条第1項は、建設工事の請負契約を締結する際に、書面に記載すべき16項目の事項を列挙し、署名または記名押印の上で相互に交付することを義務付けている。
この書面化義務は、契約内容を明確にして紛争を予防するとともに、後日の証拠として機能させることを目的としている。
第1号:工事内容
「工事内容」の記載は、契約の最も基本的な要素である。具体的には、以下の事項を明確にする必要がある。
- 工事の種類(建築工事、土木工事など)
- 工事の場所
- 工事の概要
- 設計図書の特定
- 工事の数量
- 工事の質的内容
国土交通省の「建設工事標準請負契約約款」では、設計図書を契約書に添付または参照する形式を採用しており、これにより詳細な工事内容を特定している。
第2号:請負代金の額
請負代金の額は、契約の本質的要素であり、明確に記載しなければならない。税込み価格か税抜き価格かを明示することも重要である。
また、内訳明細書を添付することで、代金の内訳を明らかにすることが望ましい。これは後日の変更や追加工事の際の基準としても機能する。
第3号:工事着手の時期及び工事完成の時期
工期は、請負代金と並んで契約の重要な要素である。「着手の時期」と「完成の時期」の両方を記載する必要がある。
- 着手の時期:「令和○年○月○日」または「契約締結後○日以内」などと記載
- 完成の時期:「令和○年○月○日」と特定の日付で記載することが通常
なお、完成の時期は、引渡しの時期ではなく、工事目的物が契約内容に従って完成する時期を意味する。
第4号:工事を施工しない日又は時間帯
この事項は、平成10年の法改正で追加された。近隣住民への配慮や、注文者の営業時間などの都合により、工事ができない日時を定める場合に記載する。
例えば、「日曜日および祝日は工事を行わない」「午後10時から翌朝6時までは工事を行わない」といった定めを記載する。
第5号:前金払または出来形払の定め
建設工事では、工事の進行に応じた代金支払いが行われることが多い。前金払いや出来形部分に対する支払いを定める場合は、その時期と方法を明記する。
- 前金払:工事着手前に支払われる代金
- 出来形払:工事の進捗に応じて支払われる代金(中間払とも呼ばれる)
公共工事では、前金払や中間前金払の制度が確立されており、民間工事でもこれに倣った支払条件が採用されることが多い。
第6号:設計変更等の場合の処理
設計変更、工事着手の延期、工事の中止が生じた場合の処理方法を定める。具体的には以下の事項を記載する。
- 工期の変更方法
- 請負代金の変更方法
- 損害の負担(いずれの当事者が負担するか)
- 変更額または損害額の算定方法
この定めは、工事の実施過程で頻繁に生じる変更に対応するために極めて重要である。国土交通省の標準約款では、詳細な変更手続きが規定されている。
第7号:不可抗力による変更または損害
天災その他の不可抗力により工期の変更や損害が生じた場合の処理方法を定める。
不可抗力には、地震、台風、豪雨などの自然災害のほか、戦争、暴動、第三者の行為なども含まれうる。ただし、新型コロナウイルス感染症のような疫病が不可抗力に該当するかは、個別の事情による判断となる。
標準的な約款では、不可抗力による損害は原則として注文者が負担するとされているが、当事者間で異なる定めをすることも可能である。
第8号:物価変動等による変更
「価格等の変動又は変更」に基づく工事内容や請負代金の変更方法を定める。
長期にわたる工事では、資材価格や労務費が大きく変動することがある。特に近年では、鋼材や木材などの建設資材の価格変動が大きく、この条項の重要性が増している。
国土交通省は、公共工事において「インフレスライド条項」や「デフレスライド条項」を設けており、一定の基準を超える物価変動があった場合に請負代金を調整する仕組みを用意している。
第9号:第三者損害の賠償金負担
工事の施工により第三者に損害を与えた場合の賠償金の負担について定める。
通常、施工に起因する損害は請負人が負担し、設計や指示に起因する損害は注文者が負担するという考え方が採用される。ただし、請負人の過失の程度や、損害の予見可能性なども考慮される。
実務上は、請負人が建設工事保険や第三者賠償責任保険に加入することで、この種のリスクに備えることが一般的である。
第10号:注文者による資材提供・機械貸与
注文者が資材を提供したり、建設機械を貸与したりする場合は、その内容と方法を記載する。
- 提供される資材の種類、数量、品質
- 提供の時期と方法
- 貸与される機械の種類と期間
- 資材や機械に瑕疵があった場合の責任
注文者による資材提供は「官給材」「支給材」などと呼ばれ、公共工事で採用されることがある。
第11号:検査と引渡し
工事完成後の検査の時期・方法、および引渡しの時期を定める。
- 検査の時期:請負人からの完成通知後○日以内など
- 検査の方法:立会検査、書面検査など
- 引渡しの時期:検査合格後直ちに、または検査合格後○日以内など
検査と引渡しは、請負人の義務履行と注文者の代金支払義務の発生に関わる重要な手続きである。
第12号:完成後の代金支払
工事完成後の請負代金(残代金)の支払時期と方法を定める。
建設業法第24条の3では、公共工事の発注者に対して、工事完成後の確認を工事完成の通知を受けた日から14日以内に行うこと、代金を確認の日から30日以内に支払うことを義務付けている。民間工事でも、これに倣った期間設定が推奨される。
支払方法については、銀行振込、手形、現金など、具体的な方法を記載する。
第13号:契約不適合責任
令和2年4月の民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へと法的構成が変更された。これに伴い、建設業法も改正されている。
記載事項としては、以下のようなものがある。
- 責任の期間(引渡しから1年、2年など)
- 責任の内容(修補、損害賠償など)
- 保証保険契約の締結(住宅瑕疵担保履行法に基づくものなど)
- 免責事由
国土交通省の標準約款では、契約不適合責任について詳細な規定を置いている。
第14号:遅延利息・違約金等
各当事者の債務不履行の場合における遅延利息、違約金、損害金について定める。
- 遅延利息:代金支払遅延の場合の利息(年○%など)
- 違約金:工期遅延の場合の違約金(1日につき請負代金の○%など)
- 損害金:契約解除の場合の損害金
これらの定めは、債務不履行に対する抑止力として機能するとともに、実際に不履行が生じた場合の損害額の算定を容易にする。
ただし、著しく高額な違約金の定めは、公序良俗違反(民法第90条)や消費者契約法第9条により無効とされる可能性がある。
第15号:紛争解決方法
契約に関する紛争の解決方法を定める。
- 協議による解決
- 建設工事紛争審査会への付託
- 仲裁
- 訴訟の管轄裁判所
建設業法第25条は、建設工事の請負契約に関する紛争を解決するため、各都道府県に建設工事紛争審査会を設置している。この審査会は、あっせん、調停、仲裁の機能を有している。
標準約款では、紛争が生じた場合はまず当事者間で協議し、解決しない場合は建設工事紛争審査会のあっせんまたは調停に付すことを定めている。
第16号:その他国土交通省令で定める事項
建設業法施行規則第13条の2により、以下の事項も記載することとされている。
- 契約を解除する場合の具体的な事由と方法
- その他、契約の履行に関する重要な事項
第2項:契約変更時の書面交付義務
第19条第2項は、契約内容を変更する場合の書面化義務を定めている。
建設工事では、施工過程で設計変更や条件変更が生じることが頻繁にある。こうした変更についても、当初契約と同様に書面化し、署名または記名押印の上で相互に交付することが義務付けられている。
変更契約書(変更契約合意書)には、以下の事項を記載する。
- 変更の内容
- 変更後の工期
- 変更後の請負代金
- その他、変更に関連する事項
実務上、軽微な変更であっても書面化を省略することは認められない。変更の積み重ねが後日の紛争の原因となることが多いため、この義務は厳格に遵守すべきである。
第3項:電子契約の容認
第19条第3項は、平成13年の法改正により追加された規定で、書面に代えて電子的方法により契約を締結することを認めている。
具体的には、建設業法施行規則第13条の3により、以下の方法が認められている。
- 電子メールによる方法
- ウェブサイト上での契約締結
- 電子ファイルの交換
ただし、これらの方法を用いるには、相手方の承諾を得ることが必要である。一方的に電子的方法を強制することはできない。
また、電子署名法に基づく電子署名を付すことで、書面における署名または記名押印と同等の効力が認められる。
近年、行政のデジタル化推進により、公共工事においても電子契約の利用が進んでいる。国土交通省は、電子契約の普及促進のため、各種ガイドラインを公表している。
違反した場合の効果
行政処分
第19条に違反して書面の交付を怠った場合、建設業法第28条に基づく監督処分の対象となる。具体的には、指示処分や営業停止処分が科される可能性がある。
国土交通省の「建設業者の不正行為等に対する監督処分の基準」によれば、書面交付義務違反は比較的軽微な違反として扱われるが、反復継続的な違反や、書面不交付により紛争が生じた場合などは、より重い処分が科されることもある。
刑事罰
第19条第1項または第2項に違反した場合、同法第41条により、「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」に処せられる可能性がある。
ただし、実務上、単純な書面不交付のみで刑事罰が科されることは稀であり、悪質な事案や反復継続的な違反の場合に限られる。
民事上の効果
第19条違反は、直ちに契約の効力に影響するものではない。しかし、契約内容が不明確であることから、紛争が生じた場合の立証が困難になる。
また、書面化されていない合意内容は、その存在自体が争われることもあり、契約当事者にとって不利益となる可能性が高い。
実務上の留意点
契約書作成のタイミング
建設業法第19条は「契約の締結に際して」書面を交付することを求めている。これは、契約成立と同時、または契約成立後速やかに書面を交わすべきことを意味する。
実務上、工事着工後に契約書を作成する「後付け契約書」が見られることがあるが、これは明らかに法の趣旨に反する。契約書の作成が遅れることで、工事途中での条件変更や追加工事の際に、当初契約の内容が不明確となり、紛争の原因となる。
標準約款の活用
国土交通省は、公共工事用と民間工事用の「建設工事標準請負契約約款」を策定し、公表している。これらの約款は、第18条の公正な契約という原則を具体化したものであり、実務上広く利用されている。
特に中小の建設業者にとって、独自に詳細な契約書を作成することは負担が大きい。標準約款を基礎として、個別の事情に応じて必要な修正を加えることで、法令に適合した契約書を効率的に作成できる。
国土交通省のウェブサイトでは、これらの標準約款をダウンロードできるほか、記載例や解説も提供されている。
参考:国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン」 https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000080.html
下請契約における注意点
元請・下請関係においても、第19条の書面交付義務は当然に適用される。むしろ、力関係の不均衡が生じやすい下請契約においてこそ、書面化による契約内容の明確化が重要である。
建設業法第19条の3は、特定建設業者(元請)が下請契約を締結する場合の特則を定めており、より詳細な事項の記載を求めている。
また、建設業法第19条の4は、いわゆる「駆け込み契約」を防止するため、請負契約締結前に下請契約を締結することを禁止している。
建設工事の見積期間
建設業法第20条は、建設工事の注文者が、請負契約を締結するまでに建設業者に対して見積期間を設けることを義務付けている。この見積期間は、工事1件の予定価格に応じて定められている。
適切な見積期間を確保することで、請負人は適正な見積りを行うことができ、ひいては第18条の対等な立場での契約締結につながる。
片務的な契約条項への対応
実務上、注文者の優越的地位を背景として、請負人に一方的に不利な契約条項が盛り込まれることがある。例えば、以下のような条項である。
- 注文者の都合による一方的な契約解除権
- 著しく短い工期の設定
- 無制限の損害賠償責任
- 不合理な検査基準
このような片務的な契約条項は、第18条の「対等な立場」「公正な契約」という原則に反する可能性がある。場合によっては、民法第90条の公序良俗違反や、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となることもある。
請負人としては、不当な契約条項については契約交渉の段階で修正を求めるべきである。また、契約後にそうした条項の適用が問題となった場合は、第18条の趣旨に照らして解釈を行うことが考えられる。
契約書の保存
契約書は、後日の紛争解決のための重要な証拠となる。建設業法第40条の3は、建設業者に対して、請負契約に関する書類を一定期間保存することを義務付けている。
具体的には、建設業法施行規則第28条の2により、契約締結後10年間の保存が求められている。これは、契約不適合責任の期間(民法上は引渡しから10年間が上限)に対応したものである。
電子契約の場合も、同様に電子データとして保存する必要がある。
国土交通省の指針と参考資料
国土交通省は、建設業法の適切な運用を図るため、各種指針やガイドラインを公表している。第18条・第19条に関連する主な資料は以下のとおりである。
建設業法令遵守ガイドライン
建設工事の請負契約における法令遵守のポイントをまとめたガイドラインである。具体的な事例を交えて、望ましい契約実務と問題となる行為を解説している。
同ガイドラインでは、以下のような行為が建設業法違反となることを明示している。
- 契約締結前の工事着工(「いわゆる見切り発車」)
- 書面によらない一方的な工期短縮要請
- 書面によらない追加工事の指示
参考URL: https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000080.html
建設工事標準請負契約約款
公共工事用と民間工事用の二種類が用意されている。条文ごとに詳細な解説が付されており、実務上の指針となる。
参考URL: https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000203.html
社会資本整備審議会・中央建設業審議会の勧告等
建設業法の運用に関する基本的な考え方や、業界が取り組むべき課題について、審議会からの勧告や提言が出されている。
建設業取引適正化推進月間
国土交通省は、毎年10月を「建設業取引適正化推進月間」と定め、建設業法の遵守に関する啓発活動を行っている。この期間には、重点的な立入検査が実施されるほか、講習会やセミナーが開催される。
まとめ
建設業法第18条と第19条は、建設工事請負契約の基本原則と書面化義務を定めた重要な規定である。
第18条は、対等な立場での公正な契約締結と信義誠実な履行という理念を掲げている。これは単なる訓示規定ではなく、契約内容の解釈や、具体的な契約条項の有効性判断において重要な基準となる。
第19条は、16項目にわたる契約書の記載事項を定め、契約内容の明確化を図っている。これらの事項を漏れなく記載することで、後日の紛争を防止し、万一紛争が生じた場合にも迅速な解決が可能となる。
実務上は、国土交通省が提供する標準約款や各種ガイドラインを活用することで、法令に適合した適切な契約書を作成できる。特に、中小の建設業者においては、こうした公的な資料を積極的に利用することが推奨される。
建設業界全体として、これらの規定の趣旨を理解し、適切な契約実務を確立することが、業界の健全な発展につながるといえる。
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参考文献・関連資料
本解説の作成にあたり、以下の資料を参考にした。
法令・告示
- 建設業法(昭和24年法律第100号)
- 建設業法施行令(昭和31年政令第273号)
- 建設業法施行規則(昭和24年建設省令第14号)
- 民法(明治29年法律第89号)
国土交通省資料
- 「建設業法令遵守ガイドライン」(令和5年改訂版) https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000080.html
- 「建設工事標準請負契約約款」(公共工事用・民間工事用) https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000203.html
- 「建設業許可事務ガイドライン」
- 「下請契約及び下請代金支払の適正化並びに施工管理の徹底等について」(中央建設業審議会・社会資本整備審議会勧告)
解説書・実務書
- 国土交通省総合政策局建設業課監修『建設業法解説』(大成出版社)
- 建設業法研究会編『建設業法の解説』(建設産業振興センター)
- 日本建設業連合会『建設業法Q&A』
次回予告
次回は、建設業法第20条「建設工事の見積り等」および第21条から第24条までの請負契約に関する詳細規定について解説する予定である。
特に第20条は、適正な見積期間の確保を通じて対等な契約関係を実現しようとする重要な規定であり、第18条の理念を具体化したものといえる。また、第24条の3以降の代金支払に関する規定は、建設業者の資金繰りを保護し、下請業者を含む建設業界全体の健全な発展を図るための重要な制度である。
これらの規定について、実務上の留意点を含めて詳しく解説していく。
補足:第18条・第19条の改正経緯
平成10年改正
建設業法は、平成10年に大きな改正が行われた。この改正により、第19条第1項第4号(工事を施工しない日時の定め)が追加された。
この改正の背景には、建設工事による騒音・振動等が社会問題化したことがある。特に都市部においては、夜間工事や休日工事に対する近隣住民からの苦情が増加しており、工事施工の時間的制約を契約書に明記することで、トラブルの予防を図ることとされた。
平成11年改正
平成11年の改正では、第19条第1項第13号(当時は瑕疵担保責任)に関して、保証保険契約の締結等の措置についても記載事項とされた。
この改正は、住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)の制定に伴うものであり、新築住宅について10年間の瑕疵担保責任を義務付けるとともに、その履行を確保するための措置を求めるものである。
平成13年改正
平成13年の改正により、第19条第3項が追加され、電子契約が認められることとなった。
この改正は、いわゆるIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)の制定を受けて、行政手続きや商取引の電子化を推進する流れの中で行われた。建設業においても、電子契約の利用により、契約事務の効率化と正確性の向上が期待されている。
令和2年改正
令和2年には、民法の債権法改正(令和2年4月1日施行)に伴い、建設業法第19条第1項第13号が改正された。
従来の「瑕疵担保責任」という概念が、民法において「契約不適合責任」へと変更されたことに対応するものである。この改正により、請負人の責任の内容や範囲が明確化され、注文者と請負人の権利義務関係がより適切に規律されることとなった。
また、この改正では、請負人の責任期間についても見直しが行われ、構造耐力上主要な部分や雨水の浸入を防止する部分については、引渡しから10年間の責任期間が維持された。
発展的考察:建設業法と民法の関係
特別法としての建設業法
建設業法第18条・第19条は、建設工事の請負契約に関する民法の特則を定めたものといえる。
民法第632条以下には請負契約に関する一般規定があるが、建設業法はこれに加えて、建設工事という特殊性を踏まえた追加的な規制を設けている。
特に第19条の書面交付義務は、民法には存在しない建設業法独自の規制である。民法上、契約は書面によらなくても口頭で成立しうるが、建設業法は建設工事の請負契約については書面化を義務付けることで、紛争予防と取引の明確化を図っている。
民法の契約自由の原則との調和
民法は、契約自由の原則を基本としている。当事者は自由に契約内容を決定でき、法令に違反しない限り、その内容は有効とされる。
しかし、建設業法第18条は「対等な立場」「公正な契約」という要請を明示することで、契約自由の原則に一定の制約を加えている。これは、建設工事の請負契約においては当事者間に力関係の不均衡が生じやすく、完全な契約自由に委ねると弱い立場の請負人が不当に不利な条件を押し付けられる危険性があるためである。
このように、建設業法は民法の契約自由の原則を前提としつつ、建設業の特性を踏まえた修正を加えているといえる。
消費者契約法との関係
建設工事の注文者が消費者(個人)である場合、消費者契約法も適用される可能性がある。
消費者契約法は、事業者と消費者との間の契約について、消費者の利益を保護するための特別な規制を設けている。例えば、以下のような条項は無効とされる。
- 事業者の損害賠償責任を免除する条項(第8条)
- 消費者が支払う損害賠償額を過大に設定する条項(第9条)
- 消費者の利益を一方的に害する条項(第10条)
したがって、個人住宅の建築工事などにおいては、建設業法に加えて消費者契約法の規制も考慮する必要がある。
独占禁止法との関係
建設業者間の取引、特に元請・下請関係においては、独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)も重要な規制となる。
公正取引委員会は、「建設業における下請取引等に関する不公正な取引方法の認定基準」を公表しており、以下のような行為を不公正な取引方法として禁止している。
- 優越的地位を利用した不当な代金減額
- 不当な返品
- 著しく低い対価での取引強制
- 不当な経済上の利益の提供要請
建設業法第18条の「対等な立場」という原則は、独占禁止法の優越的地位の濫用規制と共通する趣旨を有している。実務上は、両法を総合的に考慮して、公正な取引関係を構築することが求められる。
裁判例の紹介
第18条・第19条に関連する裁判例を紹介する。
書面交付義務違反と契約の効力
東京地判平成15年3月28日
この事件では、建設工事の請負契約において契約書が作成されなかったことが争点となった。裁判所は、「建設業法第19条は、契約内容の明確化と紛争予防のための規定であり、同条違反があっても契約自体の効力には影響しない」と判示した。
ただし、契約書が存在しないことにより、契約内容の立証が困難となり、結果として請負人側の主張が認められなかった。この判決は、書面化義務の重要性を示す事例といえる。
片務的契約条項の効力
東京高判平成18年9月27日
下請契約において、「注文者は理由を問わずいつでも契約を解除できる」との条項が設けられていた事案で、裁判所は、「このような一方的な解除権の留保は、建設業法第18条の対等な立場における合意という原則に照らして疑問がある」と指摘した。
その上で、「注文者の恣意的な解除権行使は、信義則に反し権利濫用として無効となりうる」と判示した。第18条の趣旨が、契約条項の解釈において重要な指針となることを示した判決である。
追加工事の代金請求
大阪地判平成20年5月15日
当初契約にない追加工事が口頭で指示され、書面による変更契約が締結されなかった事案で、追加工事代金の支払いが争われた。
裁判所は、「建設業法第19条第2項により、契約変更についても書面化が義務付けられているが、同条違反があっても追加工事の合意自体は有効である」とした上で、「追加工事の事実と代金額について請負人側に立証責任がある」と判示した。
結果として、請負人側が詳細な施工記録や写真等を提出して立証に成功し、追加工事代金の支払いが認められた。この判決も、書面化の重要性を示すとともに、書面がない場合の立証の困難さを示している。
不可抗力による工期延長
東京地判令和3年10月22日
新型コロナウイルス感染症の影響により資材調達が遅延し、工期内に完成できなかった事案で、請負人が不可抗力を理由に工期延長と追加費用の支払いを求めた。
裁判所は、「第19条第1項第7号に定める不可抗力条項の解釈にあたっては、当事者の予見可能性と契約締結時の事情を考慮すべきである」とした上で、「本件では契約締結時点で新型コロナウイルスの影響はある程度予見可能であったが、資材調達への具体的影響まで予見することは困難であった」と判断した。
結果として、工期延長は認められたが、追加費用については当事者間で分担すべきとの判断が示された。この判決は、不可抗力条項の解釈において、個別具体的な事情を慎重に検討する必要があることを示している。
実務上のチェックリスト
第18条・第19条の遵守状況を確認するため、以下のチェックリストを活用されたい。
契約締結前
□ 適切な見積期間を確保しているか(建設業法第20条) □ 契約内容について対等な立場で交渉できているか □ 片務的・不公正な条項が含まれていないか □ 標準約款を参考にしているか
契約書の記載内容
□ 工事内容が明確に記載されているか □ 請負代金の額が明記されているか(税込/税抜の別も明示) □ 工事着手時期と完成時期が特定されているか □ 工事を施工しない日時の定めがあるか(該当する場合) □ 前金払・出来形払の定めがあるか(該当する場合) □ 設計変更等の場合の処理方法が定められているか □ 不可抗力の場合の処理方法が定められているか □ 物価変動の場合の処理方法が定められているか □ 第三者損害の賠償金負担が定められているか □ 資材提供・機械貸与の内容が記載されているか(該当する場合) □ 検査と引渡しの方法が定められているか □ 完成後の代金支払時期・方法が明記されているか □ 契約不適合責任の内容が定められているか □ 遅延利息・違約金等が定められているか □ 紛争解決方法が定められているか □ その他必要事項が記載されているか
契約書の作成・交付
□ 契約締結と同時または速やかに契約書を作成しているか □ 双方が署名または記名押印しているか □ 双方が契約書の原本を保管しているか □ 工事着工前に契約書を取り交わしているか
契約変更時
□ 変更内容を書面化しているか □ 変更後の工期・代金を明確にしているか □ 双方が署名または記名押印しているか □ 双方が変更契約書を保管しているか
電子契約の場合
□ 相手方の承諾を得ているか □ 電子署名を付しているか □ 電子データを適切に保存しているか
契約書の保存
□ 契約書を10年間保存しているか □ 変更契約書も同様に保存しているか □ 電子契約のデータを適切に保管しているか
よくある質問(FAQ)
Q1. 口頭での合意でも契約は有効ですか?
A1. 民法上、契約は口頭でも成立します。しかし、建設業法第19条により、建設工事の請負契約については書面化が義務付けられています。書面を交付しない場合、行政処分や刑事罰の対象となります。また、後日紛争が生じた場合、契約内容の立証が困難になります。必ず書面による契約を締結してください。
Q2. 契約書の作成が工事着工に間に合わない場合はどうすればよいですか?
A2. 建設業法は、契約締結前の工事着工を想定していません。契約書の作成が間に合わない場合は、工事着工を延期すべきです。やむを得ない事情がある場合でも、最低限、契約の基本的事項(工事内容、代金、工期)を記載した簡易な契約書を先に取り交わし、詳細な契約書は速やかに作成するという対応が考えられます。ただし、これはあくまで例外的な対応であり、原則として契約書作成後に着工すべきです。
Q3. 契約書に記載すべき16項目のうち、該当しない項目がある場合はどうすればよいですか?
A3. 該当しない項目については、「該当なし」または「定めなし」と記載するか、その項目自体を削除することが考えられます。ただし、重要な項目については、「定めなし」とするのではなく、標準約款を参考に適切な定めを設けることが望ましいです。
Q4. 下請契約でも第19条の書面交付義務は適用されますか?
A4. はい、適用されます。元請・下請を問わず、すべての建設工事請負契約に第19条が適用されます。むしろ、力関係の不均衡が生じやすい下請契約においてこそ、書面化による契約内容の明確化が重要です。なお、特定建設業者が下請契約を締結する場合は、第19条の3により、さらに詳細な事項の記載が求められます。
Q5. 軽微な変更でも変更契約書が必要ですか?
A5. はい、必要です。第19条第2項は、契約内容の変更について、その規模や重要性を問わず書面化を義務付けています。「軽微だから口頭で済ませる」という運用は認められません。変更の積み重ねが後日の紛争原因となることが多いため、どんな小さな変更でも必ず書面化してください。
Q6. 電子契約を利用する場合の注意点は?
A6. 電子契約を利用するには、相手方の承諾を得ることが必要です。一方的に電子契約を強制することはできません。また、電子署名法に基づく電子署名を付すことで、書面における署名または記名押印と同等の効力が認められます。電子データは10年間適切に保存する必要があります。
Q7. 標準約款を使わなければなりませんか?
A7. 標準約款の使用は義務ではありません。ただし、標準約款は第18条の「公正な契約」という原則を具体化したものであり、実務上広く利用されています。独自の契約書を作成する場合でも、標準約款を参考にすることで、法令に適合した適切な内容とすることができます。
Q8. 契約書に記載した工期を守れない場合はどうなりますか?
A8. 工期を守れない場合、債務不履行となり、契約書に定められた遅延違約金の支払義務が生じます。ただし、不可抗力や注文者の責めに帰すべき事由による遅延の場合は、第19条第1項第6号または第7号の定めに従って工期延長の手続きを行うことができます。工期に遅れそうな場合は、速やかに注文者と協議し、必要に応じて変更契約を締結してください。
Q9. 注文者が契約書への署名を拒否する場合はどうすればよいですか?
A9. 契約書への署名(または記名押印)は、注文者・請負人双方の義務です。注文者が正当な理由なく署名を拒否する場合、その工事を受注すべきではありません。署名のない契約書では、後日紛争が生じた場合に請負人の権利を守ることができません。注文者に対して、建設業法上の義務であることを説明し、理解を求めてください。
Q10. 過去に締結した契約書が第19条の要件を満たしていない場合はどうすればよいですか?
A10. すでに締結済みの契約書について、遡って作り直すことは現実的ではありません。しかし、工事が継続中であれば、不足している事項を補う形で覚書や確認書を取り交わすことが考えられます。今後の契約については、必ず第19条の要件を満たした契約書を作成してください。また、社内の契約書式を見直し、チェック体制を整備することも重要です。
業界団体の取組み
建設業界の各団体も、第18条・第19条の遵守に向けた取組みを行っている。
日本建設業連合会(日建連)
日建連は、会員企業向けに「建設業法令遵守ハンドブック」を作成し、契約実務の適正化を推進している。また、元請・下請間の適正な取引関係構築のため、「建設業法令遵守ガイドライン」に基づく自主点検を実施している。
全国建設業協会
全国建設業協会は、中小建設業者向けに契約実務に関する講習会を定期的に開催している。また、標準的な契約書式を会員に提供し、適正な契約書作成を支援している。
建設産業専門団体連合会(建専連)
建専連は、専門工事業者の立場から、適正な下請契約の普及に取り組んでいる。特に、書面による契約の徹底を重点課題として、啓発活動を行っている。
各都道府県建設業協会
各都道府県の建設業協会も、地域の実情に応じた取組みを行っている。契約書式の提供、相談窓口の設置、講習会の開催などを通じて、会員企業の法令遵守をサポートしている。
行政の監督体制
国土交通省の役割
国土交通省は、建設業法を所管する中央官庁として、以下の役割を担っている。
- 建設業法の解釈・運用に関する指針の策定
- 標準約款等のモデル契約書の作成・公表
- 建設業者の法令遵守状況の調査
- 重大な違反に対する直接的な監督処分(国土交通大臣許可業者)
都道府県の役割
都道府県は、知事許可業者に対する監督権限を有している。具体的には以下の業務を行っている。
- 建設業許可の審査・交付
- 定期的な立入検査
- 違反業者に対する指導・監督処分
- 建設工事紛争審査会の運営
建設業取引適正化推進期間
国土交通省は、毎年10月を「建設業取引適正化推進月間」と定め、全国一斉に重点的な立入検査を実施している。この期間には、特に以下の点が重点的に検査される。
- 契約書面の作成・交付状況
- 見積条件の明示状況
- 下請代金の支払状況


