はじめに―公正な契約締結のための情報開示ルール
建設業法第20条および第20条の2は、建設工事の請負契約を締結する際の「見積り」と「情報通知」に関する重要な規定である。これらは、建設業者と注文者の間に情報の非対称性が存在することを前提に、適正な契約条件の形成を促進し、不当な低価格受注や後発的な紛争を防止することを目的としている。
第20条は主に見積りの内容と方法、見積書の交付義務を定め、第20条の2は契約締結前後における工期や請負代金に影響を及ぼす事象についての情報通知義務を規定する。両条文は2019年および2020年の建設業法改正によって整備・強化されたものであり、建設業の働き方改革と適正な取引環境の整備を推進する施策の一環として位置づけられる。
本稿では、これらの条文について、国土交通省の通達や指針、実務上の留意点を踏まえて詳細に解説する。
第20条第1項―詳細な見積りの努力義務
条文の趣旨
第20条第1項は、建設業者に対し、請負契約締結に際して「工事内容に応じ、工事の種別ごとの材料費、労務費その他の経費の内訳並びに工事の工程ごとの作業及びその準備に必要な日数を明らかにして」見積りを行うよう努力義務を課している。
この規定の趣旨は、建設工事の価格形成プロセスを透明化し、いわゆる「どんぶり勘定」による不明瞭な見積りを排除することにある。詳細な内訳を明示することで、注文者は工事内容と価格の対応関係を理解でき、建設業者も適正な利潤を確保しやすくなる。
見積りに明示すべき事項
本項が求める見積りの内容は以下のとおりである。
1. 工事の種別ごとの経費内訳
- 材料費
- 労務費
- その他の経費(機械器具費、諸経費等)
2. 工事の工程ごとの情報
- 各工程の作業内容
- 準備に必要な日数
国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン」(最終改訂令和5年)では、一式工事の場合でも、可能な限り工事の種別(専門工事)ごとに区分して見積りを行うことが望ましいとされている。例えば、建築一式工事であれば、躯体工事、仕上工事、設備工事などに区分し、それぞれについて材料費・労務費等を明示することが求められる。
努力義務の性質と実務上の意義
本項の義務は「努力義務」であり、違反に対する直接的な罰則規定はない。しかし、後述する第2項の見積書交付義務と相まって、実務上は詳細な見積りを作成することが強く期待されている。
国土交通省の「適正な工期設定等のためのガイドライン」(令和6年改訂版)においても、発注者・受注者双方が適正な工期と価格を設定するため、詳細な見積りの重要性が強調されている。特に、働き方改革関連法による時間外労働の上限規制が建設業にも2024年4月から適用されたことを受け、適正な工期設定と連動した見積りの必要性が一層高まっている。
第20条第2項―見積書の交付義務
条文の趣旨と要件
第20条第2項は、「建設工事の注文者から請求があつたときは、請負契約が成立するまでの間に、建設工事の見積書を交付しなければならない」と規定する。これは第1項の努力義務とは異なり、法的な義務(must)である。
本項の要件は以下のとおりである。
- 注文者から請求があること
- 請負契約が成立するまでの間に交付すること
- 見積書の形式で交付すること
「請負契約が成立するまでの間」の解釈
「請負契約が成立するまでの間」とは、注文者からの見積り請求があってから契約締結に至るまでの期間を意味する。この期間内に見積書を交付すれば本項の義務を履行したことになる。
ただし、後述する第4項において、注文者は建設業者が見積りをするために必要な一定期間を設けなければならないとされており、実務上は注文者の見積依頼から相当の期間内に見積書を提出することが期待される。
見積書に記載すべき内容
建設業法施行規則(昭和24年建設省令第14号)では、見積書の具体的な様式は定められていないが、第1項の趣旨を踏まえれば、工事種別ごとの材料費・労務費等の内訳、工程ごとの作業内容と日数を明示した見積書を作成することが望ましい。
国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン」では、一式工事の見積書について、専門工事ごとの区分、主要な資材の数量・単価、労務費の算出根拠などを可能な限り明示することが推奨されている。
義務違反の効果
本項に違反して見積書を交付しなかった場合、建設業法第28条第1項第3号に基づく監督処分(指示処分)の対象となり得る。また、同法第41条により、6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられることもある。
実務上、特に公共工事においては見積書の提出が入札参加の要件とされることが多く、本項違反は事業機会の喪失に直結する。
第20条第3項―電子的方法による見積書の提供
電子化への対応
第20条第3項は、2019年の建設業法改正により新設された規定である。IT技術の進展と行政手続のデジタル化推進を背景に、見積書の電子的提供を容認している。
本項により、建設業者は紙の見積書交付に代えて、以下の要件を満たせば電子的方法で見積書記載事項を提供できる。
- 注文者の承諾を得ること
- 政令で定める方法によること
- 国土交通省令で定める方法によること
政令・省令で定める方法
建設業法施行令(昭和31年政令第273号)第5条の2および建設業法施行規則第13条の2において、電子的方法の具体的要件が定められている。
これらの規定によれば、電子メールによる送信、ウェブサイトへのアップロード、USBメモリ等の記録媒体の交付など、注文者がファイルに記録された事項を確実に閲覧できる方法であれば認められる。ただし、注文者が電子的方法を希望しない場合は、必ず紙の見積書を交付しなければならない。
電子化のメリットと留意点
電子的方法による見積書提供は、コスト削減、迅速な情報伝達、データの保管・検索の容易性などのメリットがある。特に、BIM/CIM(Building/Construction Information Modeling)を活用した見積りシステムとの連携により、設計変更時の見積り更新が効率化される。
ただし、電子署名やタイムスタンプの付与、データの改ざん防止措置など、電子文書の真正性を担保する仕組みを整備することが重要である。国土交通省「電子契約活用ガイドライン」(令和3年)も参考にすべきである。
第20条第4項―注文者の一定期間確保義務
条文の趣旨
第20条第4項は、2019年改正で新設された規定であり、注文者に対し、建設業者が適切な見積りを行うために必要な「一定期間」を確保する義務を課している。
この規定の背景には、短すぎる見積期間のために建設業者が十分な積算を行えず、結果として不適正な低価格受注やダンピング、下請業者へのしわ寄せが生じているという実態がある。適正な見積期間を確保することで、建設業者が適切な原価計算と利潤の確保を行える環境を整備することが目的である。
一定期間の具体的長さ
本項が定める「一定期間」の具体的な長さは、建設業法施行令第6条で以下のように定められている。
1. 工事予定価格が500万円未満の工事
- 1日以上
2. 工事予定価格が500万円以上5,000万円未満の工事
- 10日以上
3. 工事予定価格が5,000万円以上の工事
- 15日以上
ただし、災害時の緊急工事など、やむを得ない事情がある場合はこの限りではない。
一定期間の起算点
一定期間は、注文者が第19条第1項第1号(工事内容)および第3号から第16号(契約条項)に掲げる事項を「できる限り具体的な内容を提示」した時点から起算される。
「できる限り具体的な内容」とは、建設業者が見積りを行うために必要十分な情報を意味する。設計図書、仕様書、工事場所、工期、支払条件などが含まれる。情報が不十分な状態で一定期間が経過しても、建設業者は適正な見積りを行えないため、本項の趣旨は達成されない。
入札方式と随意契約での違い
本項は、契約方式に応じて以下のように適用される。
随意契約の場合 契約締結までに一定期間を確保する。具体的には、必要事項の提示から契約締結までの期間が、政令で定める日数以上でなければならない。
入札方式の場合 入札を行うまでに一定期間を確保する。入札公告から入札日までの期間が、政令で定める日数以上でなければならない。
国土交通省発注工事では、「工事請負契約に係る入札参加者心得」において、公告から入札までの期間が適切に設定されている。地方公共団体や民間発注者においても、この基準に準拠することが望ましい。
違反の効果と実務上の留意点
注文者が一定期間を確保せずに契約を締結しようとした場合、建設業者は契約締結を拒否することが正当化され得る。また、極端に短い見積期間で締結された契約は、公序良俗違反(民法第90条)や強行法規違反により無効となる可能性もある。
実務上は、工事の複雑性、下請業者への見積依頼の必要性、現地調査の要否などを考慮し、政令で定める最低期間よりも長い期間を確保することが望ましい。国土交通省「適正な工期設定等のためのガイドライン」では、工事規模や内容に応じた適正な見積期間の目安が示されている。
第20条の2第1項―注文者の事前情報通知義務
条文の新設背景
第20条の2は、2020年10月の建設業法改正により新設された規定である。この改正は、近年頻発する自然災害、資材価格の急激な変動、新型コロナウイルス感染症のような予見困難な事象により、工期や請負代金が大きく影響を受ける事例が増加していることを背景としている。
従来、このような事象についての情報が発注段階で適切に共有されず、契約後に問題が顕在化して紛争に至るケースが少なくなかった。本条は、契約締結前の情報共有を義務化することで、リスクの適切な分担と紛争の未然防止を図るものである。
通知義務の主体と要件
第20条の2第1項は、注文者に対し、以下の要件を満たす場合に情報通知義務を課している。
要件
- 地盤の沈下その他の工期又は請負代金の額に影響を及ぼす事象が発生するおそれがあると認めるとき
- 請負契約を締結するまでに
- 国土交通省令で定めるところにより
- 建設業者に対して、その旨を当該事象の状況の把握のため必要な情報と併せて通知する
通知対象となる事象
建設業法施行規則第13条の3第1項は、注文者が通知すべき事象として以下を定めている。
- 地盤の沈下、地下埋設物の存在等の工事の施工上の困難な事象 地質調査の結果、軟弱地盤の存在、埋設物(旧基礎、地中障害物等)の情報、土壌汚染の可能性など
- 騒音、振動等により工事に対する制約が特に大きい近隣その他の第三者との関係 近隣住民との過去のトラブル履歴、環境規制(作業時間制限、騒音基準等)、文化財保護法による制約など
- 工事の実施に影響を与える他の工事の有無及び内容 同一敷地内や隣接地での並行工事の予定、インフラ工事との調整の必要性など
- その他工期又は請負代金の額に影響を及ぼすもの 発注者の特殊な要求事項、特定資材の使用指定、工事用地の引渡し遅延の可能性など
通知の方法と内容
建設業法施行規則第13条の3第1項は、通知を書面(電子的方法も可)で行うことを求めている。通知には以下の内容を含めなければならない。
- 事象が発生するおそれがあること
- 当該事象の状況把握のために必要な情報
- 地質調査報告書
- 埋設物の位置図
- 近隣関係の経緯
- 並行工事の工程表
- その他の関連資料
国土交通省の「建設工事の請負契約における情報提供に関するガイドライン」(令和2年)では、注文者が保有する関連情報をできる限り詳細に提供することが推奨されている。
通知義務の履行と建設業者の対応
注文者から本項に基づく通知を受けた建設業者は、提供された情報をもとに、追加的な調査の要否を判断し、リスクを織り込んだ見積りを作成することができる。
例えば、軟弱地盤の可能性が通知された場合、建設業者は地盤改良工事の費用を見積りに計上したり、より詳細なボーリング調査を提案したりすることができる。これにより、契約後の予期せぬ追加費用の発生を防ぐことができる。
国土交通省直轄工事では、「工事発注時における留意事項」として、地質情報、埋設物情報、近隣状況等を入札説明書や特記仕様書で明示する運用が定着している。
第20条の2第2項―建設業者の事前情報通知義務
建設業者側の通知義務
第20条の2第2項は、建設業者に対しても、工期や請負代金に影響を及ぼす事象について注文者への通知義務を課している。これは、建設業者が専門家として有する情報や知見を注文者と共有し、より適正な契約条件の形成に寄与させるための規定である。
通知対象となる事象
建設業法施行規則第13条の3第2項は、建設業者が通知すべき事象として以下を定めている。
- 主要な資材の供給の著しい減少 特定資材(鋼材、木材、コンクリート等)の供給逼迫情報、生産中止情報など
- 資材の価格の高騰 原油価格高騰に伴う資材費の上昇見込み、為替変動による輸入資材の価格変動など
- 労働力の確保の困難 特定職種(型枠工、鉄筋工等)の人手不足、特定時期(繁忙期)の労務調達の困難性など
- 建設機械その他の機械の調達の困難 大型クレーン、特殊重機等の手配の困難性、レンタル料の高騰など
- その他工期又は請負代金の額に影響を及ぼすもの 新技術・新工法の採用に伴うリスク、特殊な気象条件への対応など
通知の時期と方法
建設業者の通知義務も、「請負契約を締結するまでに」書面(電子的方法も可)で行わなければならない。通知には、事象発生のおそれと、その状況把握のために必要な情報(市場動向資料、労務需給データ等)を含める。
専門家としての情報提供義務
建設業者は、建設工事の専門家として、注文者が必ずしも認識していないリスク要因を見出し、通知する責任がある。例えば、特定時期の工期設定が労務需給の逼迫期と重なる場合、その旨を注文者に伝え、工期の調整や労務費の上昇を見込んだ見積りを提示することが求められる。
国土交通省「働き方改革に対応した建設業における適正な工期設定ガイドライン」(令和6年改訂版)においても、建設業者が専門的知見に基づき、適正な工期や必要な費用について注文者に情報提供することの重要性が強調されている。
第20条の2第3項―協議申出権
事象発生時の協議申出権
第20条の2第3項は、第2項に基づき事前通知を行った建設業者に対し、契約締結後に通知した事象が実際に発生した場合、注文者に対して工期、工事内容、請負代金の変更について協議を申し出る権利を認めている。
この規定は、事前に通知したリスクが現実化した場合、建設業者が一方的に不利益を被ることなく、契約条件の見直しを求めることができる法的根拠を与えるものである。
協議の対象
協議の対象は、第19条第1項第7号(工期)又は第8号(請負代金の額)の定めに従った以下の事項である。
- 工期の変更 資材調達の遅延、労務確保の困難等により、当初設定した工期での完成が困難となった場合の工期延長
- 工事内容の変更 資材の品質変更、代替工法の採用など、事象への対応として必要な工事内容の変更
- 請負代金の額の変更 資材価格高騰、労務費上昇等に伴う増額、工事内容変更に伴う代金調整
協議申出の要件
協議を申し出るための要件は以下のとおりである。
- 第2項に基づく事前通知を行っていること 通知を行っていない事象については、本項に基づく協議申出権は発生しない。
- 通知に係る事象が実際に発生したこと 単なる懸念や可能性ではなく、現実に事象が発生し、工期や請負代金に影響が生じたことが必要。
- 第19条第1項第7号又は第8号の定めに従うこと 契約書に定められた変更手続(設計変更、単価スライド条項等)に従って協議を申し出る。
協議申出の方法と時期
建設業法は協議申出の具体的方法を定めていないが、実務上は書面(電子メール等を含む)で、事象の発生状況、影響の内容、変更を求める事項を明示して申し出ることが望ましい。
申出の時期について法律上の制限はないが、事象発生後速やかに行うことが、円滑な協議と適切な対応につながる。
第20条の2第4項―注文者の誠実協議義務
誠実協議義務の内容
第20条の2第4項は、第3項の協議申出を受けた注文者に対し、「当該申出が根拠を欠く場合その他正当な理由がある場合を除き、誠実に当該協議に応ずるよう努めなければならない」と規定する。
これは努力義務ではあるが、注文者が一方的に協議を拒否したり、不当に低い条件を押し付けたりすることを制限する重要な規定である。
「根拠を欠く場合その他正当な理由がある場合」の解釈
注文者が協議を拒否できる「根拠を欠く場合その他正当な理由がある場合」とは、以下のような場合を指すと解される。
- 事前通知がなされていない事象である場合 第2項の通知を行っていない事象については、第3項の協議申出権そのものが発生しない。
- 事象の発生が立証されない場合 建設業者が事象の発生を客観的に示す証拠(市場価格資料、納品遅延の通知書等)を提示できない場合。
- 事象と工期・請負代金への影響との因果関係が認められない場合 事象は発生したものの、実際には工期や請負代金に影響を及ぼしていない場合。
- 建設業者の責めに帰すべき事由による場合 建設業者の不適切な工程管理、資材発注ミス等、建設業者側の責任による影響である場合。
これらに該当しない限り、注文者は誠実に協議に応じなければならない。
誠実協議義務の実務上の意味
「誠実に協議に応ずる」とは、単に協議の場を設けるだけでなく、建設業者の主張を真摯に検討し、合理的な根拠に基づく要求であれば、適切な条件変更に応じることを意味する。
国土交通省「中央建設業審議会・社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会中間とりまとめ」(令和元年)では、適正な工期設定と適正な請負代金の確保のため、発注者と受注者の対等な協議が重要であることが指摘されている。
公共工事においては、「公共工事標準請負契約約款」に設計変更条項、スライド条項、不可抗力条項などが規定されており、これらに基づく協議が行われる。民間工事においても、四会連合協定「民間建設工事標準請負契約約款」などを参考に、適切な変更手続条項を契約書に盛り込むことが望ましい。
実務上の留意点と具体的事例
見積期間確保の実例
国土交通省の直轄工事では、「工事請負契約に係る入札参加者心得」において、入札公告から入札日までの期間が工事規模に応じて適切に設定されている。例えば、予定価格が1億円を超える工事では、公告から入札まで30日以上の期間が確保されることが一般的である。
地方公共団体においても、総務省「地方公共団体における入札契約適正化支援方策」に基づき、十分な見積期間の確保が求められている。
民間工事においては、日本建設業連合会などの業界団体が、適正な見積期間確保の重要性を周知しており、大手ゼネコンでは専門工事業者への見積依頼時に2週間以上の期間を確保する例が増えている。
情報通知の実例
事例1:軟弱地盤情報の通知 ある河川改修工事において、発注者(地方整備局)は入札公告時に、過去のボーリングデータから軟弱地盤の存在が判明している旨を明示し、地盤改良工事が必要となる可能性を通知した。受注者はこの情報をもとに地盤改良費を見積りに計上し、実際の施工時にも追加費用が発生することなく工事を完了した。
事例2:資材価格高騰の通知 鋼材価格が急騰した時期に、建設業者は契約締結前に、鋼材価格の高騰が続く見込みである旨を注文者に通知した。契約書には単価スライド条項が盛り込まれ、実際の施工時に鋼材価格がさらに上昇した際、円滑に請負代金の増額が行われた。
事例3:労務確保再試行の困難性の通知: 東京オリンピック関連工事が集中した時期、ある建築工事で建設業者は、型枠工・鉄筋工等の技能労働者の確保が困難である旨を事前に注文者に通知した。この通知に基づき、工期を通常よりも2か月延長し、労務費の上昇分を見積りに反映させることで合意が形成され、適正な施工体制のもとで工事が実施された。
協議不調時の対応
第20条の2第4項の誠実協議義務は努力義務であるため、協議が不調に終わった場合の法的強制力には限界がある。しかし、注文者が正当な理由なく協議を拒否したり、不誠実な対応を続けたりした場合、以下の対応が考えられる。
1. 建設業法に基づく措置 注文者の不誠実な対応が、第19条の3(不当に低い請負代金の禁止)や第19条の5(やり直し工事の禁止)などの規定に抵触する場合、建設業者は都道府県知事や国土交通大臣に対して、駆け込み訴え(建設業法第41条の2)を行うことができる。
2. 民事上の請求 事象の発生により追加費用が生じたにもかかわらず、注文者が協議に応じない場合、建設業者は民法上の規定(危険負担、事情変更の原則、不当利得等)に基づき、費用償還や代金増額を請求することができる。
3. 紛争解決機関の活用 建設工事紛争審査会(建設業法第25条)、日本建設業連合会の建築工事紛争審査委員会、各種ADR(裁判外紛争解決手続)機関などを活用し、第三者の関与のもとで解決を図ることができる。
国土交通省は、「建設工事紛争審査会の活用促進」を掲げており、令和5年度の統計では年間約200件の紛争が審査会に付託されている。工期延長や設計変更に関する紛争が全体の約4割を占めており、第20条の2が対象とする事象に関連する紛争も多い。
関連する法令・ガイドライン
国土交通省の主要ガイドライン
第20条および第20条の2の適切な運用のため、国土交通省は以下のガイドラインを策定している。
1. 建設業法令遵守ガイドライン(最終改訂:令和5年) 見積りの詳細化、見積期間の確保、下請契約における元請の配慮事項などを具体的に解説している。 参照:https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000080.html
2. 適正な工期設定等のためのガイドライン(令和6年改訂版) 働き方改革に対応した適正工期の設定方法、見積期間の確保、工期に影響する事象への対応などを詳述している。 参照:https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/totikensangyo_const_tk2_000142.html
3. 建設工事の請負契約における情報提供に関するガイドライン(令和2年) 第20条の2に基づく情報通知の具体的方法、通知すべき情報の内容、様式例などを示している。
4. 公共工事標準請負契約約款の解説 設計変更、スライド条項、不可抗力条項など、工期・請負代金変更に関する契約条項の解釈と運用を詳解している。
中央建設業審議会の勧告・通達
中央建設業審議会は、建設業法の解釈や運用に関する勧告・通達を発出しており、第20条および第20条の2に関連するものとして以下がある。
見積条件提示ガイドライン(令和3年) 注文者が見積依頼時に提示すべき条件(工事内容、工期、支払条件等)を具体的に示している。
下請契約における代金支払の適正化について(通達) 元請・下請間の見積りと代金支払に関する適正化措置を求めている。
これらの文書は、中央建設業審議会のウェブサイトで公開されている。 参照:https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000083.html
罰則と監督処分
第20条違反に対する措置
第20条第2項(見積書交付義務)に違反した場合、以下の措置の対象となる。
1. 監督処分(建設業法第28条)
- 指示処分:違反事実を指摘し、是正を命じる
- 営業停止処分:悪質または繰り返しの違反の場合
- 許可取消処分:重大かつ悪質な違反の場合
2. 罰則(建設業法第41条) 6月以下の懲役又は100万円以下の罰金
ただし、第1項(見積り努力義務)および第4項(一定期間確保義務)は、直接の罰則規定はない。第4項については注文者側の義務であり、注文者が建設業者でない場合は建設業法の直接の規制対象とならないが、公共工事発注者の場合は「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」により適正化が図られる。
第20条の2違反に対する措置
第20条の2の各項(情報通知義務、協議申出権、誠実協議義務)は、いずれも努力義務または手続的権利であり、違反に対する直接の罰則規定はない。
しかし、注文者または建設業者が情報通知義務を怠り、その結果として不適正な契約が締結され、他の建設業法規定(第19条の3の不当に低い請負代金等)に抵触した場合、監督処分の対象となり得る。
また、民事上は、情報提供義務違反が契約締結上の過失(民法第415条)や不法行為(同第709条)を構成し、損害賠償責任が発生する可能性がある。
下請契約への適用
元請・下請間における見積りと情報通知
第20条および第20条の2は、発注者と元請間の契約だけでなく、元請・下請間、下請・孫請間など、すべての建設工事請負契約に適用される。
特に、元請業者は、発注者から提供された情報を適切に下請業者に伝達する義務があり、また下請業者からの見積りに必要な情報(施工範囲、工期、支払条件等)を明確に提示しなければならない。
国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン」では、元請業者の責務として以下が示されている。
1. 下請業者への十分な見積期間の確保 発注者から確保された見積期間を考慮し、下請業者にも適切な見積期間を確保する。
2. 適切な情報提供 発注者から提供された情報(地質情報、近隣状況等)を下請業者に確実に伝達する。
3. 下請業者からの協議申出への誠実対応 下請業者から第20条の2第3項に基づく協議申出があった場合、元請業者も誠実に協議に応じる。
見積条件の明示義務
建設業法第20条第4項および同法施行令第6条は、発注者の一定期間確保義務を定めているが、元請・下請間においても、元請業者は下請業者が適切な見積りを行えるよう、十分な情報と期間を提供すべきである。
特に、一式工事を請け負った元請業者が専門工事を下請に出す場合、元請業者自身が発注者から提供された情報を精査し、下請業者の施工範囲に関連する情報を抽出して提供することが求められる。
令和6年改訂の「適正な工期設定等のためのガイドライン」では、元請業者が下請業者の見積りに必要な情報を早期に提供し、見積期間を確保することの重要性が強調されている。
デジタル化と今後の展望
BIM/CIMの活用
国土交通省は、Building Information Modeling(BIM)およびConstruction Information Modeling(CIM)の活用を推進している。3次元モデルに工事情報を統合することで、見積りの精度向上、情報共有の効率化、工程管理の高度化が期待される。
令和5年度からは、一定規模以上の公共工事でBIM/CIMの原則適用が開始されており、見積り段階から詳細な3次元データが提供されることで、第20条が求める詳細な見積りがより容易になる。
デジタル見積りシステム
建設業界では、AIを活用した見積りシステム、クラウド型の見積り管理システムなど、デジタル技術の導入が進んでいる。これらのシステムにより、過去の実績データに基づく精緻な見積り、リアルタイムの資材価格連動、複数の見積りシナリオの比較などが可能になる。
第20条第3項が電子的方法による見積書提供を容認していることも、こうしたデジタル化の流れを後押ししている。
今後の法改正の可能性
建設業界では、2024年4月からの時間外労働上限規制の適用、技能労働者の高齢化、気候変動に伴う災害リスクの増大など、さまざまな課題が顕在化している。
これらの課題に対応するため、第20条および第20条の2のさらなる強化、例えば努力義務の法的義務化、より詳細な情報提供基準の設定、デジタル技術活用の義務化などが、今後検討される可能性がある。
中央建設業審議会の各種委員会では、継続的に建設業法の見直しが議論されており、実務の動向を注視することが重要である。
実務チェックリスト
第20条および第20条の2を遵守するため、建設業者および注文者は以下のチェックリストを活用することが推奨される。
建設業者のチェックリスト
見積り段階
- 工事種別ごとに材料費・労務費・諸経費を区分した見積りを作成したか
- 工程ごとの作業内容と必要日数を明示したか
- 注文者から見積書交付の請求があった場合、速やかに交付したか
- 電子的方法で提供する場合、注文者の承諾を得たか
情報通知段階
- 資材供給の逼迫、価格高騰の見込みなど、工期・代金に影響する事象を把握したか
- 把握した事象について、契約締結前に注文者に書面で通知したか
- 通知には事象の内容と状況把握に必要な情報を含めたか
契約締結後
- 通知した事象が実際に発生したか
- 発生した事象により工期・代金への影響が生じたか
- 影響が生じた場合、速やかに協議を申し出たか
- 協議申出には具体的な変更内容と根拠資料を添付したか
注文者のチェックリスト
見積依頼段階
- 工事内容、工期、支払条件等を具体的に提示したか
- 建設業者が見積りするために必要な一定期間を確保したか(500万円未満:1日以上、500万円以上5,000万円未満:10日以上、5,000万円以上:15日以上)
- 建設業者から見積書交付を受けたか
情報提供段階
- 地質調査結果、埋設物情報など、工期・代金に影響する情報を把握したか
- 把握した情報を、契約締結前に建設業者に書面で通知したか
- 通知には状況把握に必要な資料(調査報告書等)を添付したか
契約締結後
- 建設業者から協議の申出を受けたか
- 申出が根拠を欠くものではないか
- 根拠がある場合、誠実に協議に応じたか
- 協議結果を契約変更に適切に反映したか
まとめ
建設業法第20条および第20条の2は、適正な請負契約の締結と履行を実現するための中核的規定である。
第20条は、詳細な見積りの作成、見積書の交付、電子的方法の容認、見積期間の確保を通じて、透明性の高い価格形成を促進する。
第20条の2は、工期・請負代金に影響を及ぼす事象についての注文者・建設業者双方の情報通知義務、事象発生時の協議申出権、注文者の誠実協議義務を定め、リスクの適切な分担と紛争の未然防止を図る。
これらの規定は、建設業の働き方改革、適正な取引環境の整備、持続可能な建設産業の実現という政策目標と密接に関連している。
実務においては、国土交通省のガイドライン、中央建設業審議会の勧告・通達、標準約款などを参照しながら、発注者・受注者が対等な立場で協議し、適正な契約条件を形成することが重要である。
また、BIM/CIMをはじめとするデジタル技術の活用により、見積りの精度向上、情報共有の効率化、リスク管理の高度化を図ることが、今後ますます重要になる。
建設業に携わるすべての関係者が、第20条および第20条の2の趣旨を理解し、適切に運用することで、公正で透明性の高い建設市場が実現されることが期待される。
あなたの企業の建設業コンプライアンス体制は万全ですか?
建設業法第20条・第20条の2が求める適正な見積り実務と情報通知義務の履行は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の信頼性向上と持続的成長の基盤となります。しかし、実務現場では以下のような課題が生じていないでしょうか。
- 見積書の内訳が不十分で、注文者とのトラブルが発生している
- 見積期間の確保が不十分なため、適正な原価計算ができていない
- 工期・代金に影響する情報の通知が漏れ、後で紛争になっている
- 下請業者への情報伝達が不十分で、施工段階で問題が表面化している
- 協議申出への対応方法が不明確で、適切な変更契約が結べていない
これらの課題を放置すれば、監督処分のリスクだけでなく、企業の評判低下や取引機会の喪失につながります。
中川総合法務オフィス(https://compliance21.com/)代表の中川恒信は、建設業法をはじめとする建設業界のコンプライアンス問題に精通した専門家です。850回を超えるコンプライアンス研修を担当し、不祥事組織のコンプライアンス態勢再構築を支援してきた豊富な経験があります。また、内部通報の外部窓口を現に担当し、企業の内部統制システム構築を実践的に支援しています。
マスコミからもしばしば不祥事企業の再発防止策について意見を求められる信頼性の高い専門家として、貴社の建設業コンプライアンス体制の構築・強化を全面的にサポートいたします。
提供サービス
コンプライアンス研修
- 建設業法第20条・第20条の2の実務対応研修
- 見積書作成実務と情報通知義務の徹底研修
- 元請・下請関係における適正取引研修
- ケーススタディによる実践的トラブル対応研修
リスクマネジメント・コンサルティング
- 見積り・契約プロセスの実態調査と改善提案
- 社内規程・マニュアルの整備支援
- 内部通報制度の構築・運用支援
- コンプライアンス態勢の第三者評価
不祥事対応・再発防止支援
- 建設業法違反事案の原因分析
- 再発防止策の立案と実施支援
- 行政対応(監督処分等)のアドバイス
費用
研修・コンサルティング費用:1回30万円(税別)が原則 ※継続的なサポートや大規模プロジェクトについては別途お見積りいたします
お問い合わせ
貴社の建設業コンプライアンス体制強化のため、まずはお気軽にご相談ください。
電話: 075-955-0307(平日9:00-18:00)
相談フォーム: https://compliance21.com/contact/
建設業法の専門知識と豊富な実務経験を持つ中川恒信が、貴社の課題解決を力強くサポートいたします。適正な見積り実務と情報共有体制の構築により、公正で持続可能な建設業経営を実現しましょう。

