はじめに:元請・下請関係の適正化を目指す法規制
建設業法第24条の2から第24条の5は、元請負人が下請負人に対して負う基本的な義務を規定している。これらの条文は、建設業界における元請・下請間の力関係の不均衡を是正し、下請負人の正当な権利を保護することを目的としている。
建設工事においては、元請負人が発注者から工事を受注し、その一部または全部を下請負人に発注する重層下請構造が一般的である。この構造の中で、元請負人は優越的地位にあり、下請負人に対して不当な要求や不利益な取扱いを行うリスクが存在する。
国土交通省は「建設業法令遵守ガイドライン」において、これらの義務の具体的な内容と違反事例を示し、建設業界全体のコンプライアンス向上を図っている。本稿では、各条文の趣旨と実務上の留意点を詳しく解説する。
第24条の2:下請負人の意見聴取義務
条文の趣旨と目的
第24条の2は、元請負人が工程の細目や作業方法などを定める際に、下請負人の意見を事前に聴かなければならないと規定している。
この規定は、実際に工事を施工する下請負人の専門的知見や現場の実情を工程管理に反映させることで、工事の円滑な遂行と品質確保を実現することを目的としている。また、元請負人による一方的な決定を防ぎ、下請負人の立場を尊重する趣旨も含まれている。
意見聴取が必要な事項
条文が「意見をきかなければならない」としているのは、以下のような事項である。
工程の細目:全体工程表を踏まえた各工種の詳細スケジュール、作業の順序、他の工種との調整事項などが該当する。
作業方法:具体的な施工手順、使用する工法、安全対策の方法、品質管理の手法などが含まれる。
その他元請負人において定めるべき事項:資材の搬入経路、仮設物の配置、作業員の配置計画、安全管理体制など、工事遂行に必要な各種事項が該当する。
意見聴取の方法と時期
国土交通省のガイドラインによれば、意見聴取は形式的なものであってはならず、実質的に下請負人の意見を聴き、それを考慮することが求められる。
時期:「あらかじめ」聴取することが要求されているため、元請負人が事項を確定する前の段階で行わなければならない。既に決定した事項を一方的に通知するだけでは、この義務を果たしたことにならない。
方法:書面、口頭、会議など、方法は問わないが、後日の紛争予防のため、議事録や確認書などの形で記録を残すことが望ましい。
実務上の留意点
元請負人が留意すべき点として、以下が挙げられる。
意見の尊重:下請負人の意見を聴いた結果、それを採用しない場合でも、なぜ採用できないのか理由を説明することが、信頼関係の構築につながる。
複数下請の調整:複数の下請負人がいる場合、それぞれの意見を聴取し、相互に調整を図る必要がある。
変更時の再聴取:当初定めた事項を変更する場合にも、改めて意見聴取が必要である。
第24条の3:下請代金の支払義務
条文の構造と趣旨
第24条の3は3項から構成され、元請負人の下請代金支払義務を包括的に規定している。この規定は、下請負人の資金繰りを保護し、建設工事の円滑な遂行を確保することを目的としている。
第1項:出来形払い・完成払いの義務
支払の起算点:元請負人が発注者から「出来形部分に対する支払」または「工事完成後における支払」を受けたときが起算点となる。
支払額の算定:元請負人が受けた金額の出来形に対する割合に応じて、下請負人が施工した出来形部分に相応する金額を支払う必要がある。
支払期限:元請負人が支払を受けた日から1月以内で、かつ、できる限り短い期間内に支払わなければならない。
国土交通省のガイドラインでは、「できる限り短い期間内」とは、事務処理に必要な合理的期間を意味し、不当に長期間放置することは許されないとされている。
違反事例:元請が発注者から代金を受領したにもかかわらず、下請への支払を2ヶ月以上遅延させた事例などが、建設業法違反として指導・監督の対象となっている。
第2項:労務費の現金払い配慮義務
元請負人は、下請代金のうち労務費に相当する部分について、現金で支払うよう「適切な配慮」をしなければならない。
趣旨:建設労働者の賃金確保を図るため、手形ではなく現金による支払を促進する規定である。
「適切な配慮」の意味:義務規定ではなく努力義務であるが、可能な限り現金払いとすることが求められる。手形払いとする場合でも、サイトを短縮するなどの配慮が必要である。
実務対応:労務費と材料費を区分して、労務費部分は現金、材料費部分は手形という支払方法を採用する元請も増えている。
第3項:前払金の支払配慮義務
元請負人が発注者から前払金を受けた場合、下請負人に対しても、資材購入費や労働者募集費など着手に必要な費用を前払金として支払うよう「適切な配慮」をしなければならない。
趣旨:下請負人の資金負担を軽減し、工事の円滑な着手を可能にする規定である。
配慮の内容:元請が受けた前払金の額、下請工事の規模、下請負人の資金状況などを総合的に考慮して、適切な前払金を支払うことが求められる。
契約への明記:下請契約において前払金の支払条件を明記し、透明性を確保することが望ましい。
実務上の重要ポイント
支払遅延の防止:元請が発注者から代金を受領したら、速やかに下請への支払手続を開始する社内体制を整備する必要がある。
記録の保存:支払日、支払額、支払方法などを記録し、後日の紛争予防に備える。
下請法との関係:建設業法とは別に、下請代金支払遅延等防止法(下請法)も適用される場合があり、両法の要件を満たす必要がある。
第24条の4:検査及び引渡しの義務
条文の構造
第24条の4は2項から構成され、元請負人による検査完了義務と引渡受領義務を規定している。
第1項:検査完了義務
検査の起算点:下請負人から工事完成の通知を受けた日が起算点となる。
検査期限:通知を受けた日から20日以内で、かつ、できる限り短い期間内に検査を完了しなければならない。
趣旨:元請負人が不当に検査を遅延させることで、下請代金の支払を遅らせる事態を防止することが目的である。
検査の内容:契約図書に基づき、工事の出来形、品質、数量などを確認する。検査基準は契約で明確にしておくことが重要である。
違反事例:検査担当者の不在を理由に1ヶ月以上検査を実施しなかった事例や、些細な手直しを理由に検査完了を不当に遅延させた事例などが問題となっている。
第2項:引渡受領義務
原則:検査により工事完成を確認した後、下請負人が申し出たときは「直ちに」目的物の引渡しを受けなければならない。
例外(ただし書):下請契約で、工事完成時期から20日を経過した日以前の一定の日に引渡しを受ける旨の特約がある場合は、その特約に従う。
趣旨:工事は完成しているのに、元請の都合で引渡しを受けないことにより、下請負人が目的物の管理責任や危険負担を負い続ける不利益を防止することが目的である。
実務上の留意点
検査体制の整備:20日以内に検査を完了できる体制(検査担当者の配置、検査手順の明確化など)を整備する。
手直し工事の扱い:検査の結果、手直しが必要な場合、その内容と期限を明確に指示し、再検査の日程も速やかに設定する。
引渡しのタイミング:特約がない限り、検査完了後の下請の申出に対して直ちに引渡しを受けることが原則である。正当な理由なく引渡しを拒否することは違法となる。
書面による確認:検査結果と引渡しの事実は、書面で相互に確認することが紛争予防に有効である。
第24条の5:不利益取扱いの禁止(内部通報者保護)
条文の趣旨と重要性
第24条の5は、下請負人が元請負人の法令違反を通報したことを理由とする報復的な不利益取扱いを禁止する規定である。
この規定は、公益通報者保護法の趣旨を建設業法に反映させたものであり、下請負人が萎縮することなく違法行為を通報できる環境を整備することを目的としている。
保護される通報の範囲
通報対象となる違反行為:第19条の3(不当に低い請負代金の禁止)、第19条の4(不当な使用資材等の購入強制の禁止)、第24条の3第1項(下請代金の支払義務)、第24条の4(検査及び引渡し義務)、第24条の6第3項・第4項(特定建設業者の手形交付制限・支払期日遵守・遅延利息支払義務)に違反する行為が対象である。
通報先:国土交通大臣等(元請負人が許可を受けた国土交通大臣または都道府県知事)、公正取引委員会、中小企業庁長官への通報が保護される。
禁止される不利益取扱い
取引の停止:次回以降の工事で下請として指名しない、既存の継続的取引を打ち切るなどの措置が典型例である。
その他の不利益取扱い:請負金額の不当な減額、不当な値引き要求、支払条件の悪化、不当な損害賠償請求など、通報を理由とするあらゆる不利益措置が含まれる。
実務上の重要ポイント
因果関係の推定:通報後に不利益取扱いがあった場合、通報が理由であると推定されやすい。元請は正当な理由を明確に説明する必要がある。
社内体制の整備:通報を受けた場合の対応手順、通報者情報の管理、不利益取扱い防止のための社内ルールなどを整備することが重要である。
公益通報者保護法との関係:建設業法第24条の5と公益通報者保護法は併存して適用される。両法の保護を受けることができる。
違反の効果:不利益取扱いを行った元請負人に対しては、監督処分(指示、営業停止など)の対象となるほか、民事上の損害賠償責任を負う可能性もある。
国土交通省のガイドラインと行政指導
国土交通省は「建設業法令遵守ガイドライン」において、第24条の2から第24条の5の具体的な運用指針を示している。
違反事例の公表:国土交通省および都道府県は、悪質な違反事例について監督処分を行い、その内容を公表している。これらの事例は、企業のコンプライアンス研修の教材としても活用できる。
相談窓口の設置:各地方整備局や都道府県に、建設業法違反に関する相談窓口が設置されており、下請負人からの相談を受け付けている。
立入検査の実施:違反の疑いがある場合、国土交通省や都道府県は立入検査を実施し、帳簿や契約書類の提出を求めることができる。
まとめ:適正な元請・下請関係の構築に向けて
建設業法第24条の2から第24条の5は、元請負人が下請負人に対して負う基本的な義務を規定し、建設業界における公正な取引環境の実現を目指している。
意見聴取により下請負人の専門知識を尊重し、適正な代金支払により下請負人の経営基盤を支え、迅速な検査・引渡しにより工事の円滑な進行を確保し、不利益取扱いの禁止により法令遵守の環境を整備する。これら一連の義務は、相互に関連し、建設業界全体の健全な発展に寄与するものである。
元請企業は、これらの義務を形式的に捉えるのではなく、その趣旨を理解し、実質的に遵守する姿勢が求められる。また、定期的な社内研修やコンプライアンス体制の見直しを通じて、法令遵守の企業文化を醸成することが重要である。
建設業界のコンプライアンス体制構築は専門家にご相談を
建設業法の元請負人義務は、単なる法令知識の習得だけでは不十分である。現場の実態に即した実効性のあるコンプライアンス体制を構築し、継続的に運用していくことが求められる。
中川総合法務オフィス(https://compliance21.com/)代表の中川恒信は、建設業界を含む各種企業・団体において850回を超えるコンプライアンス研修・リスクマネジメント研修を担当してきた実績を持つ。不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築の経験も豊富であり、形式的な体制整備にとどまらず、組織文化の変革まで視野に入れた実践的なコンサルティングを提供している。
また、内部通報の外部窓口を現に担当しており、第24条の5で保護される通報体制の構築についても具体的なアドバイスが可能である。マスコミから不祥事企業の再発防止策について意見を求められることも多く、社会的信頼を回復するための実効性ある対策の立案に定評がある。
建設業法第24条の2から第24条の5の遵守体制構築、元請・下請間の適正取引の推進、内部通報制度の整備、コンプライアンス研修の実施など、建設業界特有の法令遵守課題について、ぜひ中川総合法務オフィスにご相談いただきたい。
研修費用は1回30万円(+消費税)が原則であり、企業規模や内容に応じて柔軟に対応している。お問合せは、電話(075-955-0307)または相談フォーム(https://compliance21.com/contact/)から気軽にご連絡いただきたい。貴社の建設業コンプライアンス体制の強化を、実務経験豊富な専門家が全面的にサポートする。

