はじめに

建設業法第24条の6から第24条の8は、特定建設業者が負うべき重要な義務を定めた条文である。これらの規定は、下請業者の保護と建設工事の適正な施工確保を目的としており、建設業界における公正な取引秩序の維持に不可欠な役割を果たしている。

本稿では、特定建設業者の下請代金支払義務、下請業者への指導・通報義務、そして施工体制台帳及び施工体系図の作成義務について、実務上の留意点を含めて詳細に解説する。

第24条の6 特定建設業者の下請代金の支払期日等

本条の趣旨と目的

第24条の6は、特定建設業者が注文者となった下請契約における下請代金の支払期日、支払方法、遅延利息について定めた規定である。建設業界における下請業者の経営基盤は必ずしも強固ではなく、代金支払の遅延は下請業者の資金繰りに深刻な影響を与える。本条は、このような下請業者を保護し、公正な取引環境を確保することを目的としている。

適用対象となる下請契約

本条が適用されるのは、特定建設業者が注文者となった下請契約である。ただし、下請契約における請負人が特定建設業者である場合、または資本金額が政令で定める金額以上の法人である場合は除外される。

この除外規定は、一定以上の経営基盤を有する企業については、自らの交渉力で適正な契約条件を確保できると考えられるためである。建設業法施行令では、この資本金額を4,000万円と定めている。

下請代金の支払期日(第1項)

第1項は、下請代金の支払期日について定めている。支払期日は、第24条の4第2項に規定する申出の日(検収の申出の日)から起算して50日を経過する日以前において、かつ、できる限り短い期間内に定めなければならない。

この「50日以内」という期限は、下請業者の資金繰りを考慮した最長期限である。実務上は、この期限よりもさらに短い期間で支払期日を設定することが望ましい。

国土交通省の「建設業法令遵守ガイドライン」においても、下請代金の支払期日はできる限り短く設定することが推奨されている。特に、元請業者が発注者から代金を受領した場合には、速やかに下請業者への支払を行うことが求められる。

支払期日の法定(第2項)

第2項は、支払期日が定められなかった場合、または第1項の規定に違反して支払期日が定められた場合の取扱いを定めている。

支払期日が定められなかった場合は、検収申出の日が支払期日とみなされる。また、50日を超える支払期日が定められた場合は、検収申出の日から50日を経過する日が支払期日とみなされる。

この規定により、下請業者は不利な支払条件を強いられることなく、確実に代金を受け取る権利が保障される。

手形による支払の制限(第3項)

第3項は、特定建設業者が下請代金の支払に手形を使用する場合の制限を定めている。具体的には、支払期日までに一般の金融機関による割引を受けることが困難であると認められる手形を交付してはならない。

この「割引困難な手形」とは、実務上、支払期日が長期にわたる手形や、振出人の信用力が低い手形などを指す。国土交通省の通達では、手形期間が120日を超える手形は原則として割引困難な手形に該当するとされている。

近年、建設業界においては手形取引から現金払いへの移行が進められており、国土交通省も下請代金の現金払いを推奨している。これは、下請業者の資金繰り改善と、手形割引に伴うコスト負担の軽減を図るためである。

支払義務と遅延利息(第4項)

第4項は、特定建設業者の下請代金支払義務と、支払遅延時の遅延利息について定めている。

特定建設業者は、第1項または第2項で定められた支払期日までに下請代金を支払わなければならない。期日までに支払わなかった場合、検収申出の日から50日を経過した日から実際に支払う日までの期間について、未払金額に国土交通省令で定める率を乗じた遅延利息を支払う義務を負う。

建設業法施行規則第19条の4では、この遅延利息の率を年14.6%と定めている。これは、下請業者の逸失利益を補償し、特定建設業者に対して期日内の確実な支払を促す趣旨である。

遅延利息の起算日が「検収申出の日から50日を経過した日」とされている点に注意が必要である。仮に契約で支払期日を検収申出の日から30日後と定めていた場合でも、実際に支払期日が到来するのは30日後であるが、遅延利息の計算は50日後から開始される。

実務上の留意点

実務においては、以下の点に留意する必要がある。

まず、下請契約書において支払期日を明確に定めることである。口頭での合意や曖昧な記載は後日のトラブルの原因となる。

次に、検収手続を迅速かつ適切に行うことである。検収の遅延は支払期日の遅延につながり、下請業者の資金繰りに影響を与える。

さらに、支払期日の管理を徹底することである。複数の下請契約を抱える場合、支払期日を一元管理し、期日までの確実な支払を確保する体制を整備することが重要である。

また、手形による支払を行う場合は、手形期間に十分注意し、割引可能な手形を交付することである。前述のとおり、120日を超える手形は原則として使用できない。

第24条の7 下請負人に対する特定建設業者の指導等

本条の趣旨と目的

第24条の7は、発注者から直接建設工事を請け負った特定建設業者に対し、下請業者への指導義務、是正要求義務、通報義務を課した規定である。

建設工事においては、元請業者の下に多数の下請業者が階層的に関与することが一般的である。このような重層下請構造のもとでは、末端の下請業者において法令違反が発生しやすく、これが建設工事の品質低下や労働者の安全衛生問題につながる。

本条は、元請である特定建設業者に下請業者への指導等の義務を課すことにより、建設工事全体における法令遵守を確保し、適正な施工を実現することを目的としている。

指導義務(第1項)

第1項は、発注者から直接建設工事を請け負った特定建設業者に対し、下請業者が建設業法その他の関連法令に違反しないよう指導に努める義務を課している。

指導の対象となる法令は、建設業法の規定のほか、建設工事の施工または建設工事に従事する労働者の使用に関する法令で政令で定めるものである。建設業法施行令第7条の3では、労働基準法、労働安全衛生法、建築基準法など、多数の法令が列挙されている。

この指導義務は「努力義務」とされており、直ちに罰則の対象となるものではない。しかし、元請業者として下請業者の適切な施工を確保する責任があることを明確にした規定であり、実務上は積極的な指導が求められる。

国土交通省の「建設業法令遵守ガイドライン」では、具体的な指導方法として、定期的な安全会議の開催、施工体制の点検、法令遵守に関する教育研修の実施などが例示されている。

是正要求義務(第2項)

第2項は、特定建設業者が下請業者の法令違反を認めた場合に、当該下請業者に対して違反事実を指摘し、是正を求めるよう努める義務を定めている。

この是正要求も努力義務であるが、法令違反を放置することは元請業者としての監督責任を問われる可能性がある。違反を発見した場合は、速やかに是正を求めることが重要である。

是正要求の方法としては、口頭での指導のほか、書面による是正指示が考えられる。書面による指示は、後日の証拠としても重要である。

通報義務(第3項)

第3項は、特定建設業者が是正要求を行ったにもかかわらず、下請業者が違反事実を是正しない場合の通報義務を定めている。

通報先は、下請業者が建設業許可業者である場合は、その許可をした国土交通大臣もしくは都道府県知事、または工事が行われる区域を管轄する都道府県知事である。下請業者が建設業許可を受けていない場合は、工事現場を管轄する都道府県知事に通報する。

この通報義務は努力義務ではなく法的義務であり、「速やかに」通報しなければならない。通報を怠った場合、建設業法第28条に基づく監督処分の対象となる可能性がある。

実務上の留意点

実務においては、以下の点に留意する必要がある。

まず、下請業者の選定段階から法令遵守能力を確認することである。過去の行政処分歴や安全衛生管理体制などを事前に把握することが重要である。

次に、定期的な現場パトロールや安全会議を通じて、下請業者の施工状況を継続的に監視することである。問題の早期発見・早期対応が、重大な法令違反の防止につながる。

さらに、是正要求や通報の記録を適切に保管することである。これらの記録は、元請業者として適切な監督を行っていたことの証拠となる。

また、下請業者との日常的なコミュニケーションを重視することである。一方的な指示ではなく、対話を通じて法令遵守の重要性を理解してもらうことが、実効性のある指導につながる。

第24条の8 施工体制台帳及び施工体系図の作成等

本条の趣旨と目的

第24条の8は、一定規模以上の建設工事における施工体制台帳及び施工体系図の作成・備置義務を定めた規定である。

建設工事においては、多数の専門工事業者が関与し、複雑な重層下請構造が形成される。このような状況において、元請業者が施工体制を適切に把握・管理し、発注者に対しても透明性を確保することが、建設工事の適正な施工のために不可欠である。

本条は、施工体制台帳と施工体系図の作成・備置を義務付けることにより、施工体制の透明化と適正な施工管理を実現することを目的としている。

施工体制台帳の作成義務(第1項)

第1項は、特定建設業者が発注者から直接建設工事を請け負い、下請契約の請負代金総額が政令で定める金額以上となる場合に、施工体制台帳を作成し、工事現場ごとに備え置く義務を定めている。

建設業法施行令第7条の4では、この金額を4,500万円(建築一式工事の場合は7,000万円)と定めている。ただし、公共工事については金額要件が引き下げられており、建築一式工事は8,000万円以上、その他の工事は4,500万円以上の場合に作成義務が生じる(令和5年1月1日施行の改正による)。

施工体制台帳に記載すべき事項は、建設業法施行規則第14条の2に詳細に定められている。具体的には、下請負人の商号・名称、建設業許可の有無、工事内容、工期、請負代金額、配置技術者の氏名・資格、社会保険の加入状況などである。

国土交通省では、施工体制台帳の標準様式を定めており、これに従って作成することが実務上一般的である。また、近年では電子化された施工体制台帳システム(CCUS:建設キャリアアップシステム等)の活用も進められている。

下請負人の通知義務(第2項)

第2項は、第1項の建設工事の下請負人が、さらに他の業者に工事を請け負わせた場合の通知義務を定めている。

下請負人は、再下請を行った場合、国土交通省令で定めるところにより、元請である特定建設業者に対して、再下請業者の商号・名称、工事内容、工期などを通知しなければならない。

この通知により、元請業者は施工体制台帳を常に最新の状態に更新し、施工体制全体を把握することができる。下請業者がこの通知義務を怠った場合、建設業法第28条に基づく監督処分の対象となる可能性がある。

発注者への閲覧義務(第3項)

第3項は、特定建設業者に対し、発注者から請求があった場合に施工体制台帳を閲覧に供する義務を定めている。

この規定により、発注者は工事に関与する全ての業者を把握し、施工体制の適正性を確認することができる。特に公共工事においては、発注者による施工体制の確認が厳格に行われており、施工体制台帳の提出・閲覧が契約条件とされることも多い。

閲覧の方法については特段の定めはないが、工事現場での閲覧のほか、写しの交付や電子データでの提供なども認められる。

施工体系図の作成・掲示義務(第4項)

第4項は、特定建設業者に対し、施工体系図を作成し、工事現場の見やすい場所に掲げる義務を定めている。

施工体系図とは、当該工事における各下請負人の施工分担関係を一覧できるように図示したものである。建設業法施行規則第14条の5では、施工体系図の記載事項として、工事名称、元請業者名、各下請負人の名称・建設業許可番号、専門工事の内容などが定められている。

施工体系図は、工事現場の出入口付近など、関係者や第三者が容易に確認できる場所に掲示しなければならない。この掲示により、施工体制の透明性が確保され、不適格業者の排除や労働者の安全意識の向上にもつながる。

国土交通省では施工体系図の標準様式を定めており、これを活用することで統一的な情報提供が可能となる。

実務上の留意点

実務においては、以下の点に留意する必要がある。

まず、工事着手前に施工体制台帳と施工体系図を作成し、下請契約の締結や変更があるたびに速やかに更新することである。更新漏れは、施工体制の把握不足につながり、適正な施工管理を阻害する。

次に、下請業者に対して通知義務の重要性を周知し、再下請を行う際には必ず通知するよう徹底することである。通知漏れがないよう、契約書に通知義務を明記することも有効である。

さらに、施工体制台帳の記載内容の正確性を確保することである。特に、社会保険加入状況や配置技術者の資格については、証明書類を徴収して確認することが重要である。

また、施工体系図の掲示場所と掲示状態に注意することである。風雨にさらされて判読不能になっていたり、最新の情報に更新されていなかったりすることがないよう、定期的に確認・更新する必要がある。

公共工事においては、発注者による施工体制の確認が厳格に行われるため、施工体制台帳の整備と適切な管理が特に重要である。CCUSなどの電子化システムを活用することで、管理の効率化と正確性の向上を図ることも検討に値する。

まとめ

建設業法第24条の6から第24条の8は、特定建設業者に対して、下請代金の適正な支払、下請業者への指導・通報、施工体制の透明化という3つの重要な義務を課している。

これらの規定は、いずれも建設工事における公正な取引秩序の確保と適正な施工の実現を目的としており、特定建設業者はこれらの義務を確実に履行することが求められる。

下請代金の支払については、50日ルールの厳守と遅延利息の理解が不可欠である。下請業者への指導については、日常的な監督と問題発見時の迅速な対応が重要である。施工体制台帳の作成については、正確な記載と継続的な更新、適切な管理が求められる。

これらの義務を適切に履行することは、法令遵守という観点だけでなく、下請業者との信頼関係構築、工事品質の向上、企業の社会的評価の向上にもつながる。建設業に携わる全ての特定建設業者は、本条の趣旨を十分に理解し、実務に活かしていくことが重要である。


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