はじめに
建設工事の請負契約をめぐる紛争は、工事の品質、代金の支払い、工期の遅延など多岐にわたる。このような紛争を迅速かつ適正に解決するため、建設業法は「建設工事紛争審査会」という専門的な紛争解決機関を設置している。本稿では、第25条から第25条の9までの規定を詳細に解説し、この制度の全体像を明らかにする。
第25条 建設工事紛争審査会の設置
1. 制度の目的と機能
第25条第1項は、建設工事の請負契約に関する紛争の解決を図るため、建設工事紛争審査会を設置すると定める。この制度は、訴訟に比べて迅速で専門的な紛争解決を実現することを目的としている。
2. 紛争処理の三つの手法
同条第2項により、審査会は以下の三つの方法で紛争処理を行う権限を有する。
あっせんは、審査会が当事者間に入り、双方の主張を聴取して歩み寄りを促す手続である。法的拘束力はないが、専門家の助言により早期解決が期待できる。
調停は、審査会が具体的な解決案を提示し、当事者の合意形成を支援する手続である。合意が成立すれば調停調書が作成され、これは確定判決と同一の効力を持つ。
仲裁は、当事者が審査会の判断に従うことを事前に合意した上で行われる手続である。仲裁判断には確定判決と同一の効力があり、原則として不服申立てはできない。
3. 二層構造の組織体制
第25条第3項は、審査会を中央建設工事紛争審査会(中央審査会)と都道府県建設工事紛争審査会(都道府県審査会)の二層構造とすることを定める。中央審査会は国土交通省に、都道府県審査会は各都道府県に設置される。
国土交通省の建設業法関係ページ(https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/)では、審査会制度の詳細な運用状況が公開されており、実際の紛争処理件数や解決事例を確認できる。
第25条の2 審査会の組織
1. 委員による組織構成
審査会は委員をもって組織される。中央審査会の委員定数は15人以内とされ、実務に即した柔軟な運営が可能となっている。
2. 委員の任命要件と手続
第2項は、委員の資格要件として「人格が高潔で識見の高い者」と定める。これは、建設工事紛争の専門的判断と公正な処理を担保するための要件である。中央審査会の委員は国土交通大臣が、都道府県審査会の委員は都道府県知事が任命する。
実際には、弁護士、建築士、大学教授、建設業界の専門家など、法律・技術両面の知識を持つ者が委員として任命されている。
3. 会長の選任と権限
第3項及び第4項により、各審査会に会長が置かれ、委員の互選により選任される。会長は会務を総理し、審査会運営の中心的役割を担う。会長に事故がある場合は、あらかじめ互選された委員が職務を代理する(第5項)。
第25条の3 委員の任期等
1. 任期の原則
委員の任期は2年である。これは、専門性の継続性と新陳代謝のバランスを考慮した期間設定といえる。補欠委員の任期は前任者の残任期間とされ、組織の安定性が図られている。
2. 再任と職務の継続
第2項により委員は再任可能である。実際、優れた識見を持つ委員が複数期にわたって職務を継続することで、審査会の専門性と判断の一貫性が保たれている。
第3項は、後任者が任命されるまで現委員が職務を継続すると定め、審査会機能の空白期間が生じないよう配慮している。
3. 非常勤制
第4項により委員は非常勤とされる。これは、各分野の専門家が本業を持ちながら審査会業務に携わることを可能にする制度設計である。
第25条の4 委員の欠格条項
1. 破産者の欠格
第1号は、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者を委員から排除する。公的機関の構成員として求められる経済的信用性を確保する規定である。
2. 刑罰による欠格
第2号は、拘禁刑以上の刑に処せられた者について、執行終了等から5年間の欠格期間を設ける。これは令和4年の刑法改正により「懲役」「禁錮」が「拘禁刑」に統合されたことを受けた規定である。
第25条の5 委員の解任
1. 必要的解任事由
第1項は、委員が欠格条項に該当するに至った場合、任命権者(国土交通大臣または都道府県知事)は当該委員を解任しなければならないと定める。これは裁量の余地のない義務的解任である。
2. 裁量的解任事由
第2項は、任命権者が委員を解任できる場合を定める。
第1号の「心身の故障」による解任は、客観的な職務遂行能力の欠如を要件とする。単なる一時的な体調不良ではなく、継続的に職務執行に堪えない状態を指す。
第2号の「職務上の義務違反その他委員たるに適しない非行」には、守秘義務違反、職務専念義務違反、品位保持義務違反などが含まれる。
第25条の6 会議及び議決
1. 会議の招集
審査会の会議は会長が招集する。これにより、機動的な審査会運営が可能となる。
2. 定足数の要件
第2項は、会議の開催と議決に必要な定足数を定める。会長または会長代理者のほか、委員の過半数が出席しなければ会議を開き議決することができない。この要件により、審査会決定の正統性が担保される。
3. 議決方法
第3項により、審査会の議事は出席者の過半数をもって決する。可否同数の場合は会長が決することとされ、審査会が決定不能に陥ることを防いでいる。
第25条の7 特別委員
1. 特別委員制度の趣旨
審査会には、紛争処理に参与させるため特別委員を置くことができる。これは、個別の紛争に応じて必要な専門知識を持つ者を加えることで、より適切な紛争解決を図る制度である。
2. 任期と準用規定
特別委員の任期は2年とされ(第2項)、委員と同様の規定が準用される(第3項)。これにより、特別委員も委員と同等の資格要件と身分保障を受ける。
3. 政令への委任
第4項は、特別委員に関する詳細事項を政令に委任する。具体的な運用細則は「建設業法施行令」で定められている。
第25条の8 都道府県審査会の委員等の法的地位
都道府県審査会の委員及び特別委員は、地方公務員法の特定規定の適用について、一般職の地方公務員とみなされる。これにより、守秘義務(第34条)、政治的行為の制限(第36条)、営利企業への従事制限(第38条)などが適用される。
ただし、みなし規定は限定的であり、すべての点で地方公務員と同一の扱いを受けるわけではない。非常勤という性質を踏まえた部分的適用である。
第25条の9 管轄
1. 中央審査会の管轄
第1項は、中央審査会が管轄する紛争を三つの類型に分けて定める。
第1号は、当事者双方が国土交通大臣の許可を受けた建設業者である場合である。いわゆる「大臣許可業者」同士の紛争は、全国的視野から中央審査会が扱う。
第2号は、当事者双方が建設業者であるが許可行政庁を異にする場合である。例えば、大臣許可業者と知事許可業者の紛争、または異なる都道府県知事の許可を受けた業者同士の紛争が該当する。
第3号は、当事者の一方のみが建設業者であり、その業者が大臣許可を受けている場合である。注文者が建設業者でない場合も含まれる。
2. 都道府県審査会の管轄
第2項は、都道府県審査会の管轄を四つの類型に分けて定める。
第1号は、当事者双方が同一都道府県知事の許可を受けた建設業者である場合である。地域性の高い紛争は都道府県審査会が扱う。
第2号は、当事者の一方のみが建設業者であり、その業者が当該都道府県知事の許可を受けている場合である。
第3号は、当事者双方が無許可で建設業を営む者である場合で、建設工事の現場が当該都道府県の区域内にある場合である。軽微な建設工事のみを行う場合は許可不要であり、このような小規模事業者間の紛争も審査会で扱われる。
第4号は、当事者の一方のみが無許可業者である場合で、工事現場が当該都道府県の区域内にある場合である。
3. 合意による管轄の選択
第3項は、当事者双方の合意により管轄審査会を定めることを認める。法定管轄にかかわらず、当事者の自治を尊重する規定である。ただし、実務上は法定管轄に従うケースが大半である。
制度の実効性と利用状況
国土交通省の統計によれば、建設工事紛争審査会への申請件数は年間200件前後で推移している。あっせん・調停による解決率は比較的高く、平均処理期間は訴訟に比べて短い。
紛争の主な内容は、工事代金の支払い、追加工事費用の負担、瑕疵の補修費用、工期遅延に伴う損害などである。審査会には建設業界に精通した専門家が関与するため、技術的な争点についても適切な判断が期待できる。
実務上の留意点
1. 審査会利用の判断基準
審査会制度を利用すべきかは、紛争の性質、金額、緊急性などを総合的に判断する必要がある。比較的小規模で技術的争点が中心の紛争は審査会に適している。一方、複雑な法律問題や大規模な損害賠償請求は訴訟が適切な場合もある。
2. 事前準備の重要性
審査会手続を効果的に活用するには、契約書、図面、工事記録、写真、見積書などの証拠資料を整理しておくことが重要である。専門家による技術的意見書も有効な証拠となる。
3. 仲裁条項の活用
契約締結時に仲裁条項を盛り込むことで、紛争発生時の解決方法を明確化できる。ただし、仲裁判断には不服申立てができないため、慎重な判断が必要である。
まとめ
建設工事紛争審査会制度は、建設業界特有の紛争を専門的かつ迅速に解決するための重要な制度である。中央審査会と都道府県審査会の二層構造により、紛争の性質に応じた適切な管轄が実現されている。
委員の高度な専門性と厳格な資格要件により、公正な紛争解決が担保されている。あっせん、調停、仲裁という三つの手法は、紛争の性質や当事者のニーズに応じた柔軟な対応を可能にする。
建設業者及び注文者は、この制度を理解し、紛争発生時の選択肢として活用することが望まれる。訴訟に比べて迅速で専門的な解決が期待でき、継続的な取引関係の維持にも寄与する可能性がある。
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