企業活動において、顧客情報は貴重な資産です。特に、POSシステムなどを活用して蓄積された顧客データベースは、マーケティング戦略や経営判断に不可欠なものとなっています。しかし、この顧客データベースの「著作権」が誰にあるのか、また、システム業者などがデータを「ロック」してアクセスできなくする行為が許されるのか、といった問題で悩むケースが増えています。

著作権法務相談室を運営する中川総合法務オフィスでも何度もこのような顧客のデータベースに関する相談を過去に受けたことがありました。現在は最後の方に述べるように細かな約款が定められていてトラブルが少なくなっていると思いますが、論点は同じです。

この記事では、顧客データベースの著作権の帰属と、データのロックに関する法的問題点について、分かりやすく解説します。

1.顧客データベースとは?POSシステムを例に解説

近年、多くの店舗で導入されているのが「POS(Point of Sale:販売時点情報管理)システム」です。これは、単にレジでの会計処理を行うだけでなく、販売活動に関する様々な情報を収集・蓄積するシステムです。より高度な「販売管理システム」として、現在はPOSを含めたものの導入が多いと思います。

(1)POSシステムの仕組みと収集される情報

POSシステムは、商品が販売されるたびに、

  • 商品名
  • 価格
  • 販売数量
  • 販売日時 などの基本的な売上情報に加えて、
  • 購入者の年代・性別(ポイントカード情報などから)
  • 天候
  • キャンペーン情報との紐付け といった情報をリアルタイムで収集し、データベース化します。

(2)顧客データベース活用のメリット

このようにして構築された顧客データベースは、

  • 売れ筋商品や死に筋商品の分析: 在庫管理の最適化や仕入れ計画に役立ちます。
  • 顧客属性ごとの購買傾向分析: ターゲットを絞った効果的な販促活動(クーポン配布、DM送付など)が可能になります。
  • リピーター分析: 優良顧客の育成や、離反防止策の検討に繋がります。
  • 新規商品開発やサービス改善: 顧客ニーズの把握に基づいた意思決定を支援します。

このように、顧客データベースは企業の競争力を高める上で非常に重要な役割を担っています。

2.顧客データベースの著作権者は誰か?

では、このようにして作成された顧客データベースの著作権は、一体誰に帰属するのでしょうか?著作権法の観点から見ていきましょう。

(1)著作権法における「データベースの著作物」とは?

まず、著作権法では、論文、数値、図形その他の情報の集合物であって、それらの情報をコンピュータを用いて検索することができるように体系的に構成したものを「データベース」と定義しています(著作権法第2条1項10号の3)。

そして、その情報の「選択」または「体系的な構成」に創作性がある場合、「データベースの著作物」として保護されます(同法第12条の2第1項)。一般的な顧客データベースは、どのような情報を収集・整理するかという点に創作性が認められやすく、「データベースの著作物」に該当する可能性が高いと考えられます。

(2)法人著作の考え方:会社が著作権者になる場合

著作権は原則として、著作物を創作した人(著作者)に発生します。しかし、会社(法人)の従業員が職務として著作物を作成した場合には、特別な規定があります。

著作権法第15条(法人著作)では、以下の要件を満たす場合、その法人等が著作者となり、著作権を持つと定められています。

  1. 法人の発意に基づき作成されること: 会社が企画し、作成を指示している。
  2. 法人の業務に従事する者が職務上作成すること: 従業員が、その会社の仕事として作成している。
  3. 法人の著作名義で公表されること: (※プログラムの著作物を除く)会社名で発表される。または、公表されない場合は法人等が著作者となる。
  4. 契約や勤務規則に別段の定めがないこと: 従業員個人を著作者とするような特別な取り決めがない。

POSシステムを利用して顧客データベースを作成する場合、通常は店長などの責任者の指示のもと、従業員(アルバイト・パート含む)がレジ操作などを通じてデータを入力・蓄積していきます。これは、法人の発意に基づき、業務に従事する者が職務上作成していると考えられるため、上記の法人著作の要件を満たす場合が多いでしょう。

したがって、法人経営の店舗であれば、その法人が顧客データベースの著作者(著作権者)となるのが原則です。

(3)個人事業主の場合:経営者が著作権者になる場合

個人経営の店舗の場合はどうでしょうか。この場合も考え方は同様です。個人事業主である経営者が、従業員を雇ってPOSシステムを導入し、顧客データベースを作成させたのであれば、それは経営者の事業のために、従業員が職務上作成したものと言えます。

そのため、個人経営の店舗であれば、その個人事業主(経営者)が著作者(著作権者)となると考えられます。

【注意点】外部委託で作成した場合

データベースの構築やシステム開発自体を外部の業者に委託した場合は、契約内容によって著作権の帰属が変わる可能性があります。委託契約書で著作権の譲渡について明確に定めておくことが重要です。

3.顧客データの「ロック」問題とは?

美容院やエステサロン、整体院、クリニックなどで、顧客管理システムのリース契約や利用契約が終了する際に、システム業者が顧客データの引き渡しを拒否したり、アクセスできないようにロックしたりするトラブルが発生しています。

(1)システム業者がデータを人質に?美容院などで多発するトラブル

店舗側としては、長年蓄積してきた顧客情報は事業継続に不可欠な財産です。システムを乗り換える際や契約終了時に、このデータを取り出せないとなると、顧客への連絡や過去の施術履歴の確認ができなくなり、深刻なダメージを受けます。

業者側は、「データは自社のシステムの一部である」「リース料金にデータ利用料は含まれていない」といった主張をすることがありますが、多くの場合、顧客データベースの著作権は店舗側(法人または個人事業主)にあると考えられます。

(2)データロックの法的問題点

データベースの著作権者である店舗側の許諾なく、業者が顧客データの利用を妨害する(ロックする、削除する、引き渡さない)行為は、法的に問題となる可能性があります。

  • 著作権侵害(複製権、公衆送信権など): 著作権者に無断でデータを複製したり、アクセス不能にしたりする行為。
  • 民法上の不法行為: 故意または過失によって他人の権利(著作権や所有権、事業を行う権利など)を侵害する行為として、損害賠償責任が生じる可能性があります(民法第709条)。
  • 所有権に基づく返還請求: データベースが記録された媒体(サーバーなど)の所有権が店舗側にある場合、その返還を求めることができます。
  • 契約不履行: リース契約や利用契約にデータの引き渡しに関する条項があれば、それに違反する可能性があります。
  • 独占禁止法: 優越的地位の濫用にあたる可能性も考えられます。
  • 個人情報保護法: 顧客データは個人情報に該当することが多く、不適切な取り扱いは個人情報保護法に抵触する可能性もあります。

(3)刑事責任・民事責任を問われる可能性

データのロックが悪質な場合、著作権侵害として刑事罰(懲役や罰金)の対象となる可能性もあります。また、民事上では、データの引き渡しや損害賠償を求める訴訟を起こされるリスクがあります。

元の記事にあるように、データベースのレンタル業者などが顧客情報をロックしてリース終了時にその抜き出しを認めない行為は、刑事上・民事上の責任が生じる可能性が高いと考えられます。

4.トラブルを防ぐために事業者がすべきこと

このようなトラブルを未然に防ぐためには、事業者は以下の点に注意する必要があります。

(1)システム導入・リース契約時の注意点

  • 契約書の内容を精査する:
    • データの著作権・所有権の帰属が明確にされているか。
    • 契約終了時の「データの取り扱い(返還方法、形式、費用など)」が具体的に定められているか。
    • 不利な条項(「データは乙社に帰属する」「契約終了時、甲社はデータにアクセスできない」など)がないか確認する。
  • 不明な点は必ず確認し、必要であれば修正を求める: 曖昧な表現は避け、書面で明確な合意を得ることが重要です。
  • データのエクスポート機能を確認する: 汎用的な形式(CSVなど)でデータをいつでも出力できるか、事前に確認しておきましょう。

(2)データのバックアップと管理体制

  • 定期的なバックアップ: システム業者のサーバーだけでなく、自社でも定期的にデータのバックアップを取っておきましょう。万が一のデータ消失やロックに備えることができます。
  • アクセス権限の管理: 誰がデータベースにアクセスできるのか、権限を適切に管理しましょう。

(3)弁護士や専門家への相談

契約書のチェックやトラブル発生時には、ITや著作権に詳しい中川総合法務オフィスや弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。早期に専門的なアドバイスを受けることで、問題を有利に解決できる可能性が高まります。

まとめ

顧客データベースは、企業の貴重な情報資産であり、その著作権は原則としてデータベースを作成させた事業者(法人または個人事業主)に帰属します。

システム業者などが契約終了時にデータをロックし、アクセス不能にする行為は、著作権侵害や不法行為にあたる可能性が高く、法的な責任を問われるリスクがあります。

事業者は、システム導入時の契約内容を十分に確認し、データのバックアップ体制を整えるとともに、万が一トラブルが発生した場合は、速やかに専門家へ相談するようにしましょう。

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