はじめに

遺言書は、遺される方々への最後のメッセージであり、ご自身の人生の集大成ともいえる大切な設計図です。しかし、その設計図を現実に形にする「遺言の執行」というプロセスには、法律論だけでは割り切れない、人間関係の機微や数多の実務的な障壁が待ち受けています。

公正証書遺言であれば遺言執行者が定められていることが多いものの、相続人との感情的な対立、不動産登記の複雑な手続き、金融機関の厳格な対応など、問題は山積しています。ましてや自筆証書遺言となれば、家庭裁判所での「検認」という関門から始まり、その道のりはさらに険しくなります。

私たち中川総合法務オフィスは、これまで京都・大阪を中心に1000件を超える相続のご相談をお受けし、数多くの案件を解決に導いてまいりました。それは単に法律手続きを代行してきた、ということではありません。法という社会の骨格を深く理解し、哲学や人文科学の知見をもって、ご本人様の遺志とご遺族の心情を丁寧に紐解き、真の円満解決を目指してきた結果に他なりません。

この記事では、遺言執行がなぜこれほどまでに複雑で、専門家の知恵が必要とされるのか、その本質を深く掘り下げて解説します。


1. 遺言執行──故人の遺志を法的に実現するアンカー

遺言の執行とは、端的に言えば、遺言書に書かれた内容を法的に実現するための一連の手続きです。しかしその内容は、財産の帰属先を決める「相続させる」旨の遺言のように、比較的平穏に進むものから、高度な法的知識と交渉力が不可欠なものまで多岐にわたります。

特に、特定の財産を特定の人に与える「遺贈」や、相続人以外の第三者が関わる場合、遺言執行者の役割は極めて重要になります。経験上も不法に不動産を占有する者がいれば明け渡しを求め、勝手に登記が変更されていれば是正を求めるなど、そこには法という名の羅針盤を正確に読み解く航海術が不可欠です。

近年、相続ビジネスは隆盛を極めていますが、手続きの断片的な知識だけでは、この複雑な航海を乗り切ることはできません。故人が紛争防止の想いを込めて遺した遺言が、執行を巡る新たな争いの火種となってしまう悲劇を、私たちは数多く目の当たりにしてきました。

つい先日に、京都府の比較的過疎地になっている場所での相続実務の経験でも、当職が「行政書士」という最低限の国家資格しかないのに、「とても安心した」とかかわった行政や自動車会社の方が言っていたのには驚いた。相続による名義変更などに際して、不思議なコンサルタントなどが代理人として登場するらしい。困ったもんだ。

2. 遺言執行の準備──形式を整え、証拠を保全する

特に自筆証書遺言の場合、執行に至る前に家庭裁判所での手続きが必要です。これは、故人の真意を歪められることなく、公の場でその存在と内容を確定させるための重要な儀式といえます。

(1) 検認と開封 封印された自筆証書遺言は、家庭裁判所で相続人らの立会いのもとで開封しなければなりません。この「検認」手続きは、あくまで遺言書の「状態」を記録し、偽造や変造を防ぐための証拠保全が目的であり、遺言の有効性を判断するものではありません。

民法第千四条(遺言書の検認) 1.遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。(後略) 3.封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。

この手続きを怠ったり、家庭裁判所以外で開封したりすると過料の対象となります。

【最新情報】自筆証書遺言の法務局保管制度 2020年7月から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を利用すれば、法務局が遺言書を保管してくれるため、この家庭裁判所での検認手続きが不要になります。これは、手続きの負担を軽減し、紛失や改ざんのリスクをなくす画期的な制度であり、当オフィスでも活用を推奨しています。

(2) 相続人への通知 家庭裁判所は、検認の期日を相続人全員に通知します。これにより、相続人の知らないところで手続きが進んでしまうことを防ぎ、公平性を担保します。公正証書遺言にはこの検認手続きがないため、その存在を知らない相続人がいる場合、事後報告となりトラブルの原因となる可能性も否定できません。

3. 遺言執行者の選任──誰に「未来」を託すのか

遺言執行者は、いわば故人の代理人として、その遺志を実現する全権を託された指揮官です。未成年者や破産者でなければ誰でもなることができますが、その選任は極めて重要です。

  • 遺言による指定: 最もスムーズな方法です。当オフィスでは、生前の遺言作成相談の際に、信頼できる専門家を執行者として指定しておくことを強くお勧めしています。
  • 第三者への委託: 遺言で「誰に執行者を選んでもらうか」を指定することもできます。
  • 家庭裁判所による選任: 遺言執行者がいない場合、利害関係人が家庭裁判所に申し立てて選任してもらいます。年間2000件ほどの申し立てがあることからも、その必要性の高さがうかがえます。

相続人や受遺者自身が執行者になることも可能ですが、それは賢明な選択とはいえません。他の相続人から「我田引水ではないか」という疑念の目で見られ、公平な執行が困難になるケースが後を絶たないからです。利害関係のない第三者、それも法律と実務に精通した専門家こそが、この重責を担うに最もふさわしいのです。

4. 遺言執行者の権限と義務──「善良な管理者」として

遺言執行者は、民法で「相続人の代理人」とみなされ、相続財産の管理その他、遺言執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します。その根底には「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)」、すなわち専門家として社会通念上要求される高度な注意を払って任務を遂行する義務が課せられています。

これは、単に財産を動かす権限がある、というだけでなく、

  • 相続人への状況報告
  • 受け取った財産の引き渡し
  • 自己のために財産を費消しない

といった、清廉で透明性の高い職務遂行を法が求めていることを意味します。この厳格な義務があるからこそ、遺言執行者は相続人から信頼され、円滑な執行が可能となるのです。

5. 遺言執行者と相続人の関係──なぜ相続人は財産を処分できないのか

遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の対象となる相続財産を勝手に処分したり、執行を妨げる行為をしたりすることはできません(民法第1013条)。

これは、故人の最終意思の実現を最優先するという法の強い意志の表れです。もし相続人が自由に財産を処分できてしまえば、遺言の内容が骨抜きになり、遺言制度そのものが意味をなさなくなってしまいます。

過去の最高裁判所の判例(最判昭和62年4月23日)では、この原則をさらに強固にする判断が示されています。要約すれば、「遺言執行者がいる場合、たとえ相続人が遺贈の目的物である不動産を第三者に売却して登記を移転してしまっても、その売却は無効であり、遺贈を受けた者は登記がなくても自分の権利をその第三者に対して主張できる」というものです。

これは、遺言執行者を選任することの極めて強力なメリットを示しています。専門家を執行者に立てることで、相続財産は法的に固く保全され、故人の遺志が横やりによって歪められるリスクを最大限に防ぐことができるのです。

まとめ──遺言は、執行されて初めて想いとなる

遺言の執行は、単なる事務手続きの連続ではありません。それは、法という社会のルールに則りながら、故人の人生の物語を締めくくり、遺された者たちの未来へと繋ぐ、極めて人間的な営みです。そこには、法律、税務、不動産登記といった専門知識はもちろん、複雑に絡み合う人間関係を調整する対話力、そして何より、人の想いを深く汲み取る洞察力が求められます。

もしあなたが、ご自身の想いを確実に未来へ届けたいと願うなら。あるいは、故人の大切な遺志を巡ってご親族が争うことのないよう、円満に手続きを終えたいと願うなら。ぜひ一度、私たち専門家にご相談ください。


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