【事例】

D(78歳・女性)は、夫に先立たれ、子供もなく、都内のマンションで一人暮らしをしている。最近になって認知症の症状が現れ、同じ商品を何度も購入したり、振り込め詐欺の電話に騙されそうになったりしている。近所に住む姪Eが心配し、家庭裁判所に成年後見開始の申立てを行い、司法書士Fが成年後見人として選任された。

設問

(1) 成年後見人Fが行う事務(職務)について、関連する民法条文とともに説明しなさい。

(2) Dの認知症が進行し、現在のマンションでの生活が困難になったため、介護付き有料老人ホームへの入所が必要となった。入所一時金と月々の費用をまかなうため、FはDが所有するマンションを売却したいと考えている。法的に認められるか、関連する民法条文とともに論じなさい。

(3) Fが施設入所の手続きを進めている間、Dは認知症による見当識障害により、夜間に施設から外出し、道路で転倒して骨折した。この事故の際、Dを避けようとした通行中の車両が電柱に衝突し、運転手Gが負傷した。Gは、FとDに対して損害賠償を請求している。Fは損害賠償義務を負うか。

(4) Fは、自身が経営する司法書士事務所の運営資金に困り、Dの預金口座から500万円を無断で引き出して事務所の運転資金に充てた。Fはどのような責任を負うことになるか。 

  

  

(どうぞ解答を考えてみてください)

 

 

【解説・解答】

(1) 成年後見人の事務(職務)について

関連民法条文:

  • 第858条(成年後見人の事務)「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行い、その事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」
  • 第859条(財産の管理及び代表)「成年後見人は、成年被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について成年被後見人を代表する。ただし、第12条に規定する事項については、この限りでない。」

解答: 成年後見人Fの主な事務は以下の通りである:

  1. 身上監護事務:Dの生活、療養看護に関する法律行為(施設入所契約、医療契約等の締結)
  2. 財産管理事務:Dの財産の保存、管理、処分(預貯金の管理、不動産の管理等)
  3. 代理・代表事務:Dの法律行為の代理・代表(契約締結等)

これらの事務を行う際は、Dの意思を尊重し、心身の状態及び生活状況に配慮する義務がある(第858条)。

(2) 居住用不動産の売却について

関連民法条文:

  • 第859条の3(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可)「成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。」

解答: Dが現在居住しているマンションは「居住用不動産」に該当するため、FがDに代わってマンションを売却するには、事前に家庭裁判所の許可を得ることが必要である。

許可を得るためには、以下の要件を満たす必要がある:

  • 売却の必要性(介護費用の確保等)
  • 本人の利益に資すること
  • 売却条件が適正であること

施設入所のための費用確保という目的は正当であり、適正な価格での売却であれば許可される可能性が高い。

(3) 損害賠償責任について

関連民法条文:

  • 第713条(責任能力)「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その損害を賠償する責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。」
  • 第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)「前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」

参考判例:

  • 最判平成28年3月1日民集70巻3号681頁(認知症高齢者の鉄道事故に関する監督義務者責任)

解答:

  1. Dの責任:重度の認知症により責任能力を欠く状態であれば、第713条により損害賠償責任を負わない。
  2. Fの責任:成年後見人は法定監督義務者に該当するが、第714条ただし書きの要件(監督義務を怠らなかったか、怠らなくても損害が生じたか)を満たせば責任を免れる。

最高裁平成28年判決では、監督義務者の責任について、具体的な監督体制や事故の予見可能性等を総合的に考慮して判断している。施設での適切な見守り体制の構築等、合理的な監督措置を講じていれば、Fの責任は否定される可能性が高い。

(4) 着服による責任

関連民法条文:

  • 第644条(受任者の注意義務)「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。」
  • 第827条(財産の管理等)「後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。」

参考判例:

  • 東京高判平成29年4月27日(成年後見人の横領に対する損害賠償請求)

解答: Fは以下の責任を負う:

  1. 民事責任
    • Dに対する損害賠償責任(着服した500万円+利息・遅延損害金)
    • 善管注意義務違反による債務不履行責任
  2. 刑事責任
    • 業務上横領罪(刑法第253条)
    • 法定刑:10年以下の懲役
  3. 行政上の責任
    • 司法書士としての懲戒処分(業務停止・除名等)
    • 成年後見人としての解任
  4. その他
    • 司法書士会の損害保険からの補償
    • 司法書士会への損害賠償請求権

参考判例:最決平成24年10月9日刑集66巻10号981頁では、成年後見人の横領行為について厳格な処罰の必要性が示されている。

■最近の後見人による横領等への対策として制度(あまりに横領が目立つので)

後見制度支援信託は、成年被後見人や未成年被後見人の財産のうち日常生活に必要な金銭を後見人が管理し、通常使わない金銭を信託銀行等に信託する仕組みである。生活費は信託口座から定期的に振替可能で、払い戻しや解約には家庭裁判所の指示が必要となる。対象は成年後見・未成年後見に限られる。これに対し後見制度支援預貯金は、信託に代えて銀行や信用金庫等に預け入れる制度であり、同様に財産保護や後見人の負担軽減に資する。利用には裁判所の指示が必要で、対象範囲や金融機関の制約に違いがある。


【重要な条文整理】

成年後見制度の基本条文

  • 第7条:後見開始の審判
  • 第8条:成年被後見人及び成年後見人
  • 第843条:後見の開始
  • 第858条:成年後見人の事務
  • 第859条:財産の管理及び代表
  • 第859条の3:居住用不動産の処分許可

損害賠償関連条文

  • 第713条:責任能力
  • 第714条:責任無能力者の監督義務者等の責任

契約・義務関連条文

  • 第644条:受任者の注意義務(善管注意義務)

【最新の動向】

成年後見関係事件の申立件数は2024年で41,841件と前年比2.2%増加しており、制度利用の拡大が続いている。また、2025年4月から報酬算定の運用改善が実施され、より本人の利益に配慮した制度運用が図られている。

居住用不動産の売却許可申立手続に要した費用は譲渡費用として認められるなど、実務上の取扱いも整備されている。

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