はじめに:コンプライアンスの新潮流としてのハラスメント対策

長年にわたり、相続、著作権、そしてコンプライアンスの専門家として、企業や地方公共団体の皆様をご支援してまいりました。その経験の中で、近年特に重要性が増している課題が「ハラスメント対策」です。これは単なる倫理問題ではなく、組織の健全な運営と持続可能性を左右する、コンプライアンスの中核的な要素となりつつあります。

かつてコンプライアンスといえば、法令遵守や情報管理(特に個人情報保護)が中心でしたが、現代においては、働く人々の尊厳を守り、誰もが安心して能力を発揮できる職場環境を構築すること、すなわちハラスメントの防止が不可欠な要素となっています。クレーム対応、特に近年問題視されるカスタマーハラスメント(カスハラ)対策とも密接に関連し、組織全体のリスクマネジメントとして捉える必要があります。

本稿では、ハラスメント相談が急増している現状を踏まえ、地方公共団体におけるハラスメント対策の先進事例として注目される「北海道庁の取り組み」を参考に、あるべき対策の方向性について考察します。単に法律や制度を解説するだけでなく、長年の実務経験と、社会科学(法律・経営)、人文科学(哲学・思想)、さらには自然科学にも通じる多角的な視点から、より本質的で実効性のある対策を探求していきたいと考えております。

1.なぜ今、ハラスメント対策が重要なのか?

1.1. リスクマネジメントとしてのハラスメント対策

コンプライアンス体制を構築する上で、ハラスメントは「コンプライアンス・リスク」そのものです。放置すれば、職員のメンタルヘルス不調、離職率の増加、生産性の低下、訴訟リスク、そして何よりも住民からの信頼失墜といった、深刻な事態を招きかねません。

私が全国各地でのコンプライアンス研修(特に地方公共団体の管理職向け研修)で強調しているのは、リスクマネジメントの国際規格である「ISO 31000」の考え方を応用することの重要性です。ISO 31000は、組織全体及び各部署におけるリスクを体系的に特定、分析、評価し、対応するためのフレームワークを提供します。ハラスメント対策も、この全体的なリスクマネジメントの枠組みの中で捉え、場当たり的ではない、戦略的なアプローチを取るべきです。

1.2. 法整備の進展と社会的要請の高まり

ハラスメントに関する法整備も進んでいます。

  • 男女雇用機会均等法: セクシュアルハラスメントについて、事業主に対して雇用管理上の措置義務を定めています(対価型・環境型)。
  • 労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法): 2020年6月(中小企業は2022年4月)から、パワーハラスメントに関しても事業主に雇用管理上の措置義務が課されました。優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、労働者の就業環境が害されることを防止する責務があります。また、条例や内部規定で、著しい苦痛を与えたり、人格否定などの追加要件で広く成立するようにしていることが多いです。これは、人事院規則の影響です。もっとも、アプリオリに人事院規則が同じ公務員だから適用されると当方にうんちくを語った公立大学出向の職員がいて感想に講師批判を展開した県庁所在地の公務員がいて当方も被害をこうむりましたが止めて下さい。酷い妬みだ。
  • 育児・介護休業法: マタニティハラスメントやパタニティハラスメント、ケアハラスメント等についても防止措置が義務付けられています。
  • 公益通報者保護法: ハラスメントに関する内部通報を行った職員が不利益な扱いを受けないよう保護することも重要です。

これらの法整備は、ハラスメントが決して許されない行為であるという社会的なコンセンサスの高まりを反映しています。地方公共団体は、率先して法令を遵守し、模範となる職場環境を整備する責務があります。

2.北海道庁の事例から学ぶべきポイント

地方公共団体の専門雑誌などでも紹介されている北海道庁(知事部局)のハラスメント対策は、多くの示唆に富んでいます。その具体的な取り組みから、効果的な対策のポイントを探ってみましょう。

2.1. 現状把握の徹底:客観的事実に基づく対策立案

北海道庁の取り組みは、まず庁内のハラスメント現状調査(アンケート等)から始まっています。これはリスクマネジメントの基本であり、極めて重要です。どのような種類のハラスメントが、どの部署で、どの程度発生しているのか、客観的なデータを把握しなければ、的確な対策は打てません。

私が他の政令指定都市で研修を行った際のアンケートでも、一定割合の職員がパワハラやセクハラを経験している、あるいは見聞きしているという結果が出ることが少なくありません。まずは自組織の実態を正確に把握することが、対策の第一歩です。

2.2. 基本方針の策定とトップコミットメント

組織としてハラスメントを許さないという明確な基本方針を策定し、首長をはじめとするトップがその実現に強くコミットメントを示すことが不可欠です。これにより、組織全体でハラスメント防止に取り組むという強いメッセージを発信できます。可能であれば、北海道庁のように条例化も視野に入れることで、より実効性を高めることができます(※条例化の有無については最新情報の確認が必要です)。

2.3. 管理職の意識改革と研修の重要性

ハラスメント、特にパワーハラスメントの防止において、管理職の役割は極めて重要です。管理職自身の言動がハラスメントにならないことはもちろん、部下の相談に対応し、ハラスメントのない職場環境を作る責任があります。

しかし、残念ながら研修の現場では、管理職自身がハラスメントに関する正しい知識や、部下との適切なコミュニケーション方法を知らないケースも散見されます。特に、世代間のギャップが「心理的安全性」を脅かす要因となることもあります。心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のこと(エイミー・エドモンドソン教授提唱)ですが、これが損なわれると、職員は萎縮し、組織全体の活力が失われます。

管理職研修では、ハラスメントの定義や関連法規の知識習得だけでなく、自身の言動を振り返り、部下との信頼関係を構築するための具体的なスキルを学ぶ機会を提供する必要があります。

2.4. 相談しやすい体制の整備

ハラスメントが発生した場合、あるいはその懸念がある場合に、職員が安心して相談できる相談窓口の設置が不可欠です。ポイントは以下の通りです。

  • 複数の窓口: 内部相談窓口に加え、弁護士など外部の専門家による窓口も設置し、相談者が選択できるようにする。
  • 匿名性の確保: 相談者のプライバシー保護を徹底し、匿名での相談も可能にする。
  • オンライン対応: オンラインでの相談や申告システムを導入し、相談へのハードルを下げる。
  • 相談担当者の育成: 相談担当者には専門的な研修を実施し、傾聴力や適切な対応スキルを身につけてもらう。
  • 不利益取扱いの禁止: 相談したことによって不利益な扱いを受けないことを明確に規定し、周知する(公益通報者保護法の趣旨)。

2.5. 全職員への啓発と教育

管理職だけでなく、全職員に対してハラスメントに関する正しい知識を周知し、意識啓発を行うことが重要です。北海道庁で行われているような、短い動画の作成・配信なども有効な手段です。どのような行為がハラスメントに該当するのか、もし被害を受けたり見聞きしたりした場合にどうすればよいのか、具体的な事例を交えながら分かりやすく伝える工夫が求められます。

2.6. カスタマーハラスメントへの対応

近年、住民等からの過度な要求や暴言といった「カスタマーハラスメント(カスハラ)」も深刻な問題となっています。東京都が全国に先駆けてカスハラ防止条例を制定した動きもあり、他の地方公共団体でもガイドライン策定などの動きが広がっています。職員を守るための対策も、ハラスメント対策の一環として検討する必要があります。

3.地方公共団体が目指すべきハラスメント対策

北海道庁の事例を踏まえ、地方公共団体が目指すべきハラスメント対策の方向性をまとめると、以下のようになります。

  1. トップの強い決意表明: 首長が先頭に立ち、ハラスメント根絶に向けた明確な方針を示す。
  2. リスクマネジメントに基づく現状分析: 定期的なアンケート調査等により、組織内のハラスメント実態を客観的に把握・分析する。
  3. 実効性のある規程・ガイドライン整備: 法令に基づき、具体的な禁止行為、相談手続き、懲戒処分等を明確にした規程やガイドラインを整備する(条例化も検討)。
  4. 階層別・継続的な研修: 管理職、一般職員それぞれに必要な知識・スキルを習得するための研修を継続的に実施する。特に管理職には、心理的安全性を確保するためのコミュニケーション能力向上が求められる。
  5. アクセスしやすく信頼できる相談体制: 内部・外部の複数の相談窓口を設置し、匿名性やプライバシー保護を徹底する。オンライン相談なども活用する。
  6. 迅速かつ公正な事案対応: ハラスメントの申告があった場合、迅速に事実調査を行い、公正かつ適切に対処するプロセスを確立する。再発防止策も徹底する。
  7. カスハラ対策の強化: 職員を守るためのカスハラ対応マニュアル作成や研修、悪質なケースへの組織的対応体制を構築する。
  8. 継続的な見直しと改善: 対策の効果を定期的に検証し、社会情勢の変化や新たな課題に対応できるよう、継続的に見直しと改善を行う。

おわりに:専門家の活用も視野に

ハラスメント対策は、一朝一夕に完成するものではありません。組織文化の変革を伴う、息の長い取り組みが必要です。法律論だけでなく、組織論、心理学、コミュニケーション論など、多岐にわたる知見が求められます。

私たち中川総合法務オフィスは、コンプライアンス、リスクマネジメントの専門家として、多くの地方公共団体の皆様のハラスメント対策コンサルティングや研修に携わってまいりました。その豊富な経験と、社会科学から人文科学、自然科学まで見渡す広い視野に基づき、それぞれの組織の実情に合わせた、実効性の高いハラスメント対策の構築をご支援いたします。

体制づくりや研修の実施など、お困りのことがございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。全国どこへでも伺います。


著者:中川総合法務オフィス 代表 中川

長年にわたり、相続・著作権・コンプライアンス分野を専門とし、全国の企業・地方公共団体等で研修・コンサルティングを行う。法律や経営といった社会科学分野のみならず、哲学・思想等の人文科学、さらには自然科学にも深い造詣を持ち、その多角的視点と豊富な人生経験に裏打ちされた解説・提言には定評がある。組織のリスクマネジメント、ハラスメント対策、内部通報制度構築、情報セキュリティ、カスハラ対策など、現代的なコンプライアンス課題に幅広く対応。啓蒙家としても、複雑な問題を分かりやすく解き明かし、組織と個人の健全な成長を支援している。

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