【事例】高名な現代アーティストであったAは、アトリエの机の引き出しに、以下の内容が書かれたノートの1ページを遺して死亡した。このノートのページは、Aが愛用していたスケッチブックから切り離されたものであった。
【遺言とされる文書の内容】
私が死んだ後のことについて
- 私の作品で「希望」と題するものは、長年私の創作活動を支えてくれたアシスタントのBに遺す。
- この子を私の子と認知し、私の預貯金全てを相続させる。
- 残りの財産は、私の愛する妻Dと、息子Eに相続させる。
この文書は、全体がAの自筆で、青色の万年筆で書かれていた。 第2条項の「この子」と書かれた部分のすぐ下には、若い女性Cの顔写真がテープで貼り付けられており、その写真の余白部分にAの筆跡で「C(生年月日)」と記載されていた。 文書の末尾には、日付として「令和7年8月吉日」と記載され、その下にAの通称であり、アーティストとして使用していたサイン「Aki」と書かれ、Aが日常的に使用していた認印が押されていた。 なお、DはAの妻であり、EはAとDの間の嫡出子である。
【設問】
(1) この文書は、遺言として有効か。特に、日付が「吉日」とされている点、署名が通称であるサインである点、そして写真が貼り付けられている点を踏まえて論じなさい。
(2) Aの作品には、同名で「希望」と題する油絵の大作と、小さなブロンズ彫刻の2点が存在した。油絵はアトリエの壁に飾られ、ブロンズ彫刻はAの書斎の机の上に常に置かれていた。Bは、主に油絵制作のアシスタントとしてAを支えていた。この場合、第1条項の「希望」とは、油絵と彫刻のいずれを指すと解釈すべきか。
(3) 設例と異なり、第1条項が「私の創作活動を支えてくれたアシスタントのうち、フランスでの個展の準備を共にしたBに、アトリエにある画材一式を遺贈する」と記載されていたとする。しかし、Aのフランスでの個展準備に同行し、手伝ったアシスタントはBではなくFであった。この場合、この条項を、Fへの画材一式の遺贈と解釈することはできるか。
(どうぞ読者もお考え下さい)
【解説のポイント】
- (1) 遺言の要式性について
- 日付の特定性: 「吉日」という記載が、自筆証書遺言に求められる日付の特定性を満たすかどうかが論点となります。判例(最判昭和54年5月31日)は、暦書上、特定の日を客観的に確定できる程度に表示されていれば有効としており、「吉日」では特定できないため無効となる可能性が高い点を指摘する必要があります。
- 署名の有効性: 氏名の代わりに、通称やアーティストとしてのサインが署名として有効かどうかが問われます。判例(最判昭和6年10月3日)は、本人の同一性が確認でき、その人物を特定できるものであれば、通称や雅号による署名も有効としています。
- 写真の貼付: 遺言本文と一体性をもって認知する対象を特定するために写真を添付した場合の効力が問題となります。判例の考え方によれば、遺言者が遺言本文と一体のものとして作成したと認められる限り、方式に反するものではないと解される可能性について言及が求められます。
- (2) 遺言の解釈(表示の確定)について
- 遺言の解釈は、遺言書に用いられた文言を基礎としながらも、遺言者の真意を探求することが目的です。取引の安全の考慮は不要です。
- 本問では、「希望」という多義的な表示について、遺言者の通常の意思を合理的に推測する必要があります。Bが「油絵制作のアシスタント」であったという客観的な事実から、遺言者の意思は、Bが深く関わった油絵の方を指していると解釈するのが自然ではないか、という方向で論じることが考えられます。
- (3) 遺言の解釈(錯誤の訂正)について
- 遺言者の真意が、遺言の表示(B)と、その前提となる事実(フランスでの個展準備を手伝った人物)との間で食い違っている場合の解釈が問われます。
- 参考判例(最判昭和58年3月18日)の趣旨に照らし、①遺言書の記載全体から、遺言者が受遺者の「人違い」をしていることが明らかであり、②遺言者がもしその事実を知っていれば、真の人物(F)に遺贈したであろうことが、遺言書の他の記載や諸般の事情から合理的に推測できる場合には、表示された人物(B)ではなく、真の人物(F)への遺贈と解釈する余地があることを論じる必要があります。