相続対策において、生前贈与は依然として重要な節税手法の一つです。しかし令和6年(2024年)1月から施行された税制改正により、従来の戦略を見直す必要があります。本稿では、最新の制度を踏まえた効果的な生前贈与の方法を詳細に解説いたします。

改正の要点と基本的な考え方

税制改正の核心は、生前贈与加算期間の延長です。相続開始前3年以内の贈与が相続財産に加算される制度が、7年以内に延長されました。これは、過度な相続税回避を防ぐための措置です。

しかし、これによって生前贈与が無意味になったわけではありません。むしろ、より戦略的で長期的な視点での対策が求められるようになったのです。人間の叡智は常に制度の制約を乗り越える方法を見出してきました。法の精神を理解し、その枠組みの中で最適な解を見つけることこそが、真の専門性と言えるでしょう。

1. 基礎控除を活用した暦年贈与【年間110万円】

基本的な仕組み

受贈者1人につき年間110万円までの贈与は非課税となります。これは贈与税の基礎控除として、最も基本的な節税手法です。

戦略的な活用方法

例えば、2人の子供に毎年110万円ずつ10年間贈与を続けると、合計2,200万円の財産を無税で移転できます。ただし、以下の点に注意が必要です。

定期贈与の回避 毎年同じ時期に同じ金額を継続的に贈与すると、税務当局から「最初から一定額を贈与する意図があった」と認定される可能性があります。これを回避するためには、贈与額や時期を変動させることが有効です。時には110万円を超えて贈与し、適正に申告することで、定期贈与の認定を回避できます。

生前贈与加算の影響 令和6年1月1日以降の贈与から、相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算されます。ただし、延長された4年間(4~7年前)の贈与については、総額100万円を超える部分のみが加算対象となる措置が設けられています。

実務上の留意点

贈与契約書の作成、金銭の授受を明確にする銀行振込、受贈者による印鑑・通帳の管理など、客観的な贈与の事実を残すことが重要です。税務調査においては、これらの証拠が贈与の真正性を証明する決定的な材料となります。

2. 贈与税の配偶者控除【最大2,000万円】

制度の概要

婚姻期間20年以上の配偶者から、居住用不動産またはその取得資金の贈与を受けた場合、2,000万円まで贈与税が非課税となります。基礎控除110万円と併用すれば、最大2,110万円まで非課税贈与が可能です。

適用要件の詳細

  1. 婚姻期間:20年以上(内縁関係は対象外)
  2. 贈与財産:居住用不動産または居住用不動産取得資金
  3. 居住要件:贈与年の翌年3月15日までに居住開始し、その後も継続居住する見込み
  4. 申告要件:贈与税の申告が必要(非課税でも申告必須)
  5. 一回限り:同一配偶者からの適用は生涯一回のみ

戦略的活用の視点

この制度は、単なる節税手法を超えて、夫婦の財産バランス調整という意味合いを持ちます。相続時の配偶者の税額軽減(1億6,000万円または法定相続分まで非課税)との使い分けも重要な検討事項です。

3. 相続時精算課税制度【基礎控除110万円新設】

制度改正のポイント

令和6年から相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が新設されました。これにより、2,500万円の特別控除に加えて、毎年110万円までの贈与が相続税の対象とならなくなりました。

活用の考え方

将来価値が上昇する可能性の高い資産(成長企業の株式、都心部の不動産等)については、早期に贈与することで値上がり益を贈与者の相続財産から除外できます。特に、タワーマンションのような資産については、相続税評価額と時価の乖離を活用した節税効果が期待できます。

適用上の注意点

相続時精算課税制度を選択すると、その贈与者からの贈与については暦年課税に戻ることができません。また、相続発生時には贈与財産の贈与時価額で相続税計算に加算されるため、慎重な判断が必要です。

4. 住宅取得等資金の贈与【最大1,500万円】

制度の現状

令和6年度税制大綱により、住宅取得等資金贈与の非課税措置は令和8年12月31日まで延長されています。省エネ等住宅の場合は最大1,500万円、その他の住宅は最大1,000万円までが非課税となります。

適用要件と実務

  • 贈与者:父母および祖父母(直系尊属)
  • 受贈者:贈与年の1月1日現在で18歳以上(令和4年の成年年齢引下げに対応)
  • 取得期限:贈与年の翌年3月15日まで
  • 所得制限:受贈者の合計所得金額が2,000万円以下

住宅の要件は非常に詳細で複雑です。床面積、築年数、耐震基準、省エネ基準等、多岐にわたる条件があるため、事前の確認が不可欠です。

5. 教育資金の一括贈与【最大1,500万円】

制度の詳細

直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合、子・孫1人につき1,500万円まで贈与税が非課税となります。ただし、学校以外への支払いは500万円が上限です。

適用要件の変更

令和5年度税制改正により、贈与者の相続時に資金が残っている場合の取扱いが厳格化されました。受贈者が23歳に達した以降は、前年の所得が1,000万円超の場合、その年の教育資金支出に贈与税が課税されることになりました。

実務上の管理

金融機関での契約に基づき、教育費の支出ごとに領収書等の提出が必要です。30歳到達時(学校等在学中の場合は40歳)に残額があれば、その時点で贈与税が課税されます。

6. 結婚・子育て資金の一括贈与【最大1,000万円】

制度の延長

平成27年4月1日から開始された本制度は、令和7年3月31日まで延長されていたが、さらに結婚・子育て資金一括贈与の非課税措置の適用期限が2025(令和7)年3月31日から 2027(令和9)年3月31日まで、2年延長された。子育て支援の措置のためです。18歳以上50歳未満の子・孫が対象で、結婚資金は300万円、子育て資金を含めて1,000万円まで非課税です。

対象となる費用

結婚関連費用(300万円まで)

  • 挙式費用、衣装代
  • 住居費、引越費用

子育て関連費用(1,000万円まで)

  • 不妊治療費、妊婦健診費
  • 分娩費、産後ケア費用
  • 子の医療費、保育料

制度利用の判断

教育資金贈与と同様、50歳到達時の残額課税リスクがあります。また、利用頻度が低いことから、制度の恒久化は不透明な状況です。

戦略的な生前贈与の設計

長期的視点の重要性

税制改正により、より長期的な視点での相続対策が求められるようになりました。7年という期間を見据えた計画的な贈与戦略が必要です。

組み合わせによる効果最大化

各制度を適切に組み合わせることで、より大きな節税効果を得ることができます。例えば、暦年贈与と住宅資金贈与を併用すれば、年間最大1,610万円(省エネ住宅の場合)の贈与が可能です。

リスク管理の視点

贈与者の健康状態、家族関係、事業の状況等を総合的に勘案し、リスクを適切に管理しながら進めることが重要です。

税務実務における留意点

贈与の立証責任

税務調査では、贈与の事実について納税者側に立証責任があります。契約書、金銭授受の記録、受贈者による財産管理の事実等、客観的証拠の整備が不可欠です。

評価の問題

不動産や非上場株式等の贈与では、適正な時価評価が重要です。過度に低い評価は税務リスクを招く一方、過度に高い評価は節税効果を減殺します。

今後の制度動向への対応

相続税・贈与税制度は今後も変化していくことが予想されます。資産課税の強化傾向は続くと考えられ、早期の対策実行が重要です。

制度の変化に対応するためには、常に最新の情報収集と専門家による適切なアドバイスが必要です。税法の技術的側面のみならず、家族の価値観や人生設計との調和を図ることこそが、真に意義ある相続対策と言えるでしょう。


まとめ

生前贈与による節税対策は、税制改正により従来とは異なるアプローチが求められています。しかし、適切な知識と戦略に基づいて実行すれば、依然として有効な手法です。

重要なのは、目先の節税効果のみに着目するのではなく、家族全体の長期的な幸福を見据えた総合的な設計を行うことです。税務の専門性と人生に対する深い洞察を併せ持つ専門家との協働により、最適な解決策を見出すことができるでしょう。

相続は単なる財産承継ではありません。それは世代を超えた価値の継承であり、家族の絆を深める機会でもあります。法律の条文の向こう側にある人間の営みを理解し、それに寄り添うことこそが、真の専門家の使命と考えます。


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