はじめに:なぜ、これほどまでに贈与の誤解は蔓延するのか
京都・大阪の地で1000件を超える相続のご相談をお受けする中で、我々、中川総合法務オフィスが痛感している現実があります。それは、相続税対策の王道とも言われる「生前贈与」について、あまりにも多くの誤解が蔓延しているという事実です。
「毎年110万円ずつ渡しているから大丈夫」「家族名義で預金を作っておいた」――。 良かれと思って行った対策が、実は法的に全く意味をなさなかったり、かえって将来の火種になったりするケースは後を絶ちません。これは単なる知識不足という言葉で片付けられる問題ではない、と我々は考えます。そこには、財産や家族、そして契約というものに対する、我々日本人が無意識に抱える観念や思い込みが深く関わっているのです。
本稿では、単なる手続き論に終始せず、なぜそのような誤解が生まれるのかという根源的な問いにも目を向けながら、相続の専門家として、そして人生の啓蒙家として、贈与契約の真実を明らかにしていきたいと思います。法律や税制という社会科学の知見はもちろん、時には哲学や心理学の視点も交え、皆様の知的好奇心を満たし、真に賢明な財産承継への道筋を示すことができれば幸いです。
第1章:危険な俗説!現場で見た、生前贈与10の誤解
枚挙にいとまがないほど多くの誤解が存在しますが、特に頻繁に見られる代表的なものを以下に挙げ、その危険性を解説します。
【誤解1】毎年110万円渡せばOK? 「暦年贈与」と「分割贈与」の罠
「1000万円を10年に分けて毎年100万円ずつ贈与すれば税金はかからない」という考えは、典型的な誤解です。税務署は、当初から1000万円を贈与する意図があったと判断した場合、これを「連年贈与」または「分割贈与」とみなし、初年度に1000万円全額に対して贈与税を課税する可能性があります。毎年、贈与契約書を作成するなどの対策が不可欠です。
【誤解2】非課税枠110万円は「家族で1人」だけのもの?
暦年贈与の基礎控除110万円は、贈与を受けた人(受贈者)1人あたりの金額です。したがって、贈与する側(贈与者)は、例えば子ども3人それぞれに110万円ずつ、合計330万円を非課税で贈与することが可能です。この枠を上手に活用することが、生前対策の第一歩となります。
【誤解3】税金は「あげた側」が払うもの?
贈与税の納税義務者は、財産をもらった側(受贈者)です。贈与者が善意で納税分を肩代わりすると、その肩代わりした金額もまた新たな贈与とみなされ、さらに贈与税が課される可能性があります。
【誤解4】家族名義の預金(名義預金)は立派な贈与?
お子さんやお孫さんの名前で口座を作り、そこにお金を入金している、いわゆる「名義預金」。これは贈与にはあたりません。口座の管理・支配を実質的に贈与者(親など)が行っている場合、それはあくまで贈与者の財産とみなされ、相続時に相続財産として課税対象となります。贈与が成立するには、受贈者自身がその財産をいつでも自由に使えたという事実が重要なのです。
【誤解5】不動産や通帳の「名義変更」だけで贈与は完了?
これも非常に多い誤解です。不動産の名義を変えたり、預金通帳の名義を変えたりする行為は、それ自体が贈与を意味するわけではありません。後述しますが、贈与は「契約」です。当事者双方の意思の合致があって初めて成立します。単なる名義変更は、法的には何の効果も持たないどころか、税務調査で厳しく指摘される典型的なケースです。
【誤解6】住宅資金や教育資金の特例は誰でも使える万能薬?
「住宅取得等資金の贈与」や「教育資金の一括贈与」といった非課税特例は、非常に有効な制度ですが、適用には所得要件や使途、期間など厳しいルールが定められています。制度をよく理解せずに利用すると、後から多額の税金が発生するリスクがあります。これらの制度は常に改正の可能性があるため、利用する際は必ず最新の情報を専門家にご確認ください。
【誤解7】相続時精算課税制度は単なる「税金の後払い」?
この制度は、2,500万円までの贈与が非課税になる代わりに、贈与者が亡くなった際にその贈与財産を相続財産に加算して相続税を計算する制度です。確かに「税の先送り」という側面はありますが、2024年の改正で年間110万円の基礎控除が新設され、この枠内であれば相続財産への加算も不要となり、使い勝手が大きく向上しました。将来値上がりする資産を先に贈与しておくなど、戦略的な活用が可能です。
【誤解8】贈与は「あげる」という一方的な行為?
贈与は、贈与者が「あげます」という意思表示をし、受贈者が「もらいます」と受諾することで初めて成立する「契約」です。民法に定められた典型契約の一つであり、一方的な単独行為ではありません。この契約という本質の無理解が、多くのトラブルの根源となっています。
【誤解9】口約束でも法的に有効?
書面によらない口頭での贈与は、まだ履行(財産の引き渡し)が終わっていない部分については、各当事者がいつでも撤回できます。言った言わないの水掛け論を避けるためにも、贈与の事実を客観的に証明する「贈与契約書」の作成が極めて重要です。
【誤解10】一度あげたらもう取り消せない?
原則として、書面による贈与や、既に履行が終わった贈与は取り消せません。しかし、例外もあります。例えば、民法では「夫婦間の契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる」と定められています(ただし、第三者の権利を害することはできません)。こうした規定は、法が家族という共同体の特殊性をいかに考慮しているかを示す一例と言えるでしょう。
第2章:贈与の本質を探る - 法律・税制の視点から
贈与への誤解を解く鍵は、その法的・税務的な性質を正しく理解することにあります。
1. 民法上の「贈与契約」とは
前述の通り、贈与は契約です。
- 諾成契約: 当事者の意思の合致だけで成立します。
- 片務契約: 原則として、贈与者のみが財産を渡す義務を負います。
- 無償契約: 対価を伴わないのが原則です。
この「契約」であるという点が、単なる名義変更や資金移動とは一線を画す、法的な行為たる所以です。
2. 相続税法上の「贈与税」とは
贈与税は、個人から個人への財産の無償移転に対して課される税金です。法人からの贈与は所得税、法人が受けた贈与は法人税の対象となり、全く異なる世界の話になります。
3. 知っておくべき贈与の種類
贈与には、単純な贈与以外にも特殊な形態があります。
- 定期贈与: 「毎年100万円を20年間贈与する」といった契約です。これは、毎年の100万円ではなく、20年間にわたり100万円を受け取るという「権利」そのものに贈与税が課税されるため注意が必要です。
- 負担付贈与: 「600万円のローン返済を肩代わりすることを条件に、1000万円の土地を贈与する」といったケースです。この場合、財産の評価額から負担額を差し引いた金額に贈与税が課されますが、土地などの評価額は相続税評価額ではなく時価(通常の取引価額)となるなど、計算が複雑になります。
- 死因贈与: 「私が死んだら、この家をあなたにあげる」という、贈与者の死亡によって効力が発生する契約です。これは贈与税ではなく、遺贈と同様に相続税の課税対象となります。
結論:賢明な相続への第一歩は、本質を理解し、専門家と歩むこと
生前贈与は、正しく活用すれば、円満な財産承継と賢明な相続税対策の強力な武器となります。しかし、その根底にある「契約」という本質や、複雑に絡み合う民法と税法の規定を無視した付け焼き刃の知識は、かえって大きなリスクを招きます。
我々、中川総合法務オフィスが目指すのは、単なる手続きの代行ではありません。法律や経営といった社会科学の枠を超え、哲学、歴史、そして人間そのものへの深い洞察を通じて、お客様一人ひとりの人生に寄り添い、最も賢明な道は何かを共に考え、照らし出す啓蒙家でありたいと願っています。
財産の承継は、ご自身の人生の集大成であり、次世代への想いを託す極めて重要な行為です。どうぞ安易な自己判断に陥ることなく、一度、我々専門家にご相談ください。その一歩が、あなたとあなたの大切なご家族の未来を守る、最も確実な道筋となるはずです。
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