1.職業倫理の確立基本事項
(1) コンプライアンス目的の実現は基礎の職業倫理のないところで馬の耳に念仏
企業活動におけるマネジメントの基礎である業務の効率性・有効性、そして会計等の報告開示の真実性は、コンプライアンスとともに組織目的を達成し、はじめて社会からの信頼を得ることができます。このコンプライアンスは、リスクマネジメントや情報管理と並び、職業倫理を統制環境の中心に据えることで達成されるものです。
かつて神戸製鋼などの世界的な大企業で発生した品質不正は、リスクマネジメントに大きな問題があったことは周知の事実ですが、それ以上に「嘘をついたり、誤魔化したりしても、結果さえよければいい」といった反倫理的な態度が組織風土として蔓延していれば、いかに厳格な品質チェック体制を敷いたところで、それはまさに「馬の耳に念仏」と化してしまいます。近年の事例では、ソフトバンクの営業担当者によるYouTuberの個人情報私的利用や、日本旅行による「全国旅行支援」における人件費の不正請求といった事例も報告されており、これらもまた、個々の従業員の職業倫理の欠如、あるいは組織全体の倫理観の希薄化が根底にあったと言えるでしょう。企業を取り巻く環境が複雑化し、情報が瞬時に拡散する現代において、職業倫理の確立は企業の存続そのものに関わる喫緊の課題となっています。
(2) ステークホルダーの信頼を得るための職業倫理のあり方
企業が真剣に考えるべきは、自己の組織の信頼の要にいる取引業者や消費者、株主、従業員などのステークホルダーからの信頼をいかにして得るかという点です。そのためには、企業の倫理的理論と個々人の自律的な職業倫理を、しっくりと噛み合わせることが不可欠です。企業は社会の一員として、法律や規則の遵守に留まらず、社会的な規範や期待に応える誠実な行動が求められます。これは、単なる建前ではなく、企業価値を高め、持続的な成長を実現するための戦略的な要素であると言えます。
(3) 研修対象の組織や団体の根拠規定等確認
倫理に関する規定がゼロの企業は存在しないと思いますが、重要なのは、その業界の特性や社会情勢を十分に咀嚼し、自己の会社のコンプライアンスルールの基礎となる倫理規定を実効性のある形で作成することです。旧聞に属するかもしれませんが、豊田商事事件のような社会悪と見なされる企業と同じ過ちを繰り返さないためにも、形式的な規定に終わらせず、常に内容を見直し、従業員に浸透させる努力が求められます。
(4) 倫理への深い考察がないところに精神は形成されない
職業倫理の真の確立には、倫理そのものへの深い考察が不可欠です。単に規則を遵守するだけでなく、なぜそれが重要なのか、その背後にある哲学や価値観を理解することが、従業員一人ひとりの自律的な倫理観を育みます。帰結主義か非帰結主義か、仮言命題と定言命題、倫理の本質と獲得方法、西欧倫理学と東洋倫理学の先賢の教えなど、多様な視点から倫理を深く掘り下げることが、表面的なコンプライアンスに終わらない、真に倫理的な組織文化を形成するための基盤となります。そして、倫理、職業倫理、法規範のそれぞれの違いと関係性を明確に認識することが、日々の業務における適切な判断を導く上で重要です。
2.不祥事を防ぐための仕組みつくりとプロセス
(1) 職業倫理向上プログラム
コンプライアンス違反防止を図るためには、実効性のある「職業倫理向上プログラム」が必要です。これには、以下の要素が含まれます。
- 内部通報体制と倫理条例・規程等制定、内部倫理監査: 公益通報者保護法の改正(2022年施行)により、事業者は内部通報体制の整備が義務化され、その重要性は一層高まっています。単に窓口を設置するだけでなく、通報者が安心して利用できるような運用体制、例えば外部窓口の設置や、通報者への不利益な取り扱いを禁止する明確な規定、そして実際に不利益な取り扱いがあった場合の刑事罰の導入に関する議論(消費者庁での検討状況など)を考慮した制度設計が求められます。内部倫理監査を通じて、規定が実効的に機能しているかを定期的に検証することも重要です。
- 類似組織の動向把握: 常に自社と同業種や関連業界における不祥事事例、あるいは先進的なコンプライアンスへの取り組み事例を研究し、自社のプログラムに反映させることで、予見可能性を高め、より強固な体制を構築できます。
- 倫理規範の比較検討とマニュアル作成: 複数の倫理規範を比較検討し、自社の事業特性や企業文化に合った実践的な倫理マニュアルを作成することは、従業員が日々の業務で迷うことなく倫理的な判断を下すための指針となります。
(2) 不祥事発生時の対応練習
万が一不祥事が発生した場合に備え、事前の対応練習は不可欠です。第三者委員会設置案の検討や、賢明なマスコミ対応方法についてシミュレーションを行うことで、危機発生時の混乱を最小限に抑え、企業の信頼回復を迅速に進めることができます。消費者庁や経済産業省といった官公庁が公表するガイドラインや事例集を参考に、具体的なシナリオに基づく訓練を実施することが有効です。
(3) 最新事例やトピックを取り入れた事例演習
職業倫理を深く理解し、それを実践に結びつけるためには、座学だけでは限界があります。ソフトバンクの個人情報私的利用や日本旅行の不正請求など、近年の具体的な事例や社会的に注目されたトピックを取り入れた事例ディスカッションを定期的に実施することが不可欠です。従業員が「自分ごと」として問題を捉え、多角的な視点から倫理的課題を議論することで、実践的な判断力と問題解決能力が養われます。
コンプライアンス研修・コンサルティングのご依頼について
中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、長年にわたり、組織風土の改善に心理的安全性と相談型リーダーシップを浸透させ、ハラスメントやクレーム対応におけるアンガーマネジメントの導入を推進してまいりました。850回を超えるコンプライアンス等の研修を担当し、不祥事組織のコンプライアンス態勢再構築にも多数関与。現在も内部通報の外部窓口を担当しており、マスコミからも不祥事企業の再発防止に関する意見をしばしば求められるなど、その専門性と実績は多岐にわたります。
貴社のコンプライアンス課題解決に向けて、実践的かつ効果的なコンプライアンス研修やコンサルティングをご提供いたします。費用は1回30万円(税別)です。ご依頼やご相談は、お電話(075-955-0307)またはウェブサイトの相談フォーム からどうぞ。