2023年10月1日、消費者庁は景品表示法(以下「景表法」)における新たな不当表示として「ステルスマーケティング(ステマ)」を指定し、その規制を開始した。これは、SNSや口コミサイトが消費者の購買行動に絶大な影響力を持つ現代において、企業のマーケティング活動におけるコンプライアンス上の重大な転換点である。

本稿では、このステマ規制の根拠となる景表法第5条の規定を読み解きつつ、最新の違反事例や、同様に問題視される「ダークパターン」について解説する。特に建設業や不動産業に関わる企業も無関係ではいられない、現代のデジタルリスクについて考察する。

なお、今から20年ほど前には、当方の事務所には堂々とこのステルスマーケティングを誘うものがいた。もちろん断ったが、士業事務所で好評であると営業担当は言っていた。あなおそろしや。


1. 景品表示法第5条とステルスマーケティング規制

景表法は、消費者がより良い商品やサービスを自主的かつ合理的に選べる環境を守るための法律である。その中心的な規制が、第5条に定められた「不当な表示の禁止」である。

(不当な表示の禁止) 第五条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。  商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの(優良誤認表示 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの(有利誤認表示 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの

ステマ規制は、この第5条第3号に基づき、2023年(令和5年)に内閣総理大臣(実際には消費者庁が所管)によって新たに指定されたものである。

一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示 (令和5年3月28日内閣府告示第19号) (前略)…一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示を次のように指定し、令和五年十月一日から施行する。

事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの

なぜステマは規制されるのか

ステマ(ステルスマーケティング)とは、事業者が自らの広告であることを隠して行う宣伝活動である。

消費者は、それが「広告」であると分かっていれば、内容に一定の誇張が含まれる可能性を考慮して情報を評価する。しかし、ステマは、あたかも第三者の純粋な感想や推奨であるかのように装うため、消費者はその情報を鵜呑みにしやすい。

このように、広告であることを隠す行為は、消費者の「自主的かつ合理的な選択を阻害する」ものとして、景表法第5条第3号の不当表示の対象となったのである。


2. ステマ規制の2大要件

ステマ規制の対象となるのは、告示にある通り、以下の2つの要件を両方満たす場合である。

  1. 事業者の表示であること
  2. 一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難であること

裏を返せば、事業者が関与した表示であっても、「広告」「PR」「プロモーション」といった文言を一般消費者が明確に認識できるように表示していれば、規制対象にはならない。

要件1:「事業者の表示」とは?

「事業者の表示」にあたるか否かは、形式ではなく実態で判断される。事業者が表示内容の決定に関与したと客観的に認められれば、それは「事業者の表示」である。

【事業者の表示となる例】

  • 事業者が自らSNSアカウントで、第三者を装って自社製品を絶賛する。
  • インフルエンサーやアフィリエイターに金銭や物品を提供し、依頼・指示してSNSやブログで商品を紹介させる。
  • (提供資料の例)ECサイトの口コミで、高評価を投稿するよう依頼し、対価(値引きクーポン等)を支払う。(※ただし、対価があっても内容に指示がなく、自主的な投稿であれば該当しない場合もある)
  • (提供資料の例)競合他社を貶めるために、第三者に依頼してネガティブな口コミを投稿させる。

【事業者の表示とならない例】

  • 消費者がSNSで商品を自主的に紹介する。
  • ECサイトのレビュー機能で、消費者が自主的に感想を書く。
  • (提供資料の例)試供品を配布後、レビュー投稿は任意であり、その内容にも一切関与しない場合。

企業は、インフルエンサーやアフィリエイター、さらには一般社員によるSNS投稿に至るまで、どこからが「事業者の表示」と見なされるか、明確な社内ガイドラインを策定し、周知徹底する必要がある。

要件2:「判別困難」とは?

仮に事業者の表示(要件1)であっても、一般消費者が「これは広告だ」とすぐに判別できれば、規制対象外となる。問題は「判別困難」なケースである。

【判別困難とされる例】

  • 「広告」「PR」の文字が極端に小さい、または背景色と同化している。
  • 大量のハッシュタグ(#)の中に「#PR」を紛れ込ませる。
  • 動画において、「広告」の表示が一瞬(認識できない短時間)で消える。
  • SNSの機能(例:プロモーションタグ)を使っていても、それが消費者にとって明瞭でない。

事業者は、「表示した」というアリバイ作りではなく、「一般消費者が広告だと明確に認識できるか」という視点で、表示方法(位置、大きさ、色、表示時間など)を常に検証しなければならない。


3. 最新事例:ステマ規制初の措置命令

ステマ規制施行後、初の措置命令(行政処分)が2024年6月に出された。

これは、ある医療法人が行ったGoogleマップ上の口コミ操作に関するものであった。当該法人は、患者(または患者になろうとする者)に対し、ワクチン費用を減額することと引き換えに、Googleマップの口コミ欄に★4または★5の高評価を投稿するよう依頼していた。

投稿された口コミには「広告」や「PR」といった表示は一切なく、一般の消費者はこれを事業者の表示(依頼に基づく投稿)であると判別することは困難であった。消費者庁はこれがステマ規制(景表法第5条第3号違反)に該当するとして、措置命令を行った。

この事例は、インフルエンサーマーケティングだけでなく、ECサイトや地図アプリの「口コミ」も規制対象であることを明確に示した点で重要である。


4. 建設業・不動産業界とステマ・ダークパターン

国土交通省が直接ステマ規制を管轄しているわけではないが、景表法は全業種に適用されるため、国土交通省の所管する建設業や不動産業も当然、規制対象である。

建設業や不動産業において想定されるステマリスクには、以下のようなものが考えられる。

  • 口コミサイトへのやらせ投稿: 施工業者や不動産会社の比較サイト、ポータルサイトのレビュー欄に、従業員や取引先が一般消費者を装って高評価を書き込む。
  • インフルエンサーによるPR隠し: 住宅展示場やモデルルームを訪れたインフルエンサーが、事業者からの依頼(対価あり)であることを隠し、あたかも個人の感想として「最高の住み心地」「絶対おすすめ」などとSNSに投稿する。
  • 比較サイトでの不当表示: 自社に有利な比較記事を作成させ、アフィリエイターに拡散させる際、それが広告であることを明記しない。

従来から、宅地建物取引業法や建設業法では「誇大広告」が厳しく禁じられているが、ステマ規制は、表示内容の真偽(優良誤認)を問わず、「広告であることを隠す」行為そのものを禁じる点で、企業にとって新たなコンプライアンス上の留意点となる。


5. 消費者を欺く「ダークパターン」の脅威

ステマと並び、近年デジタル社会で問題視されているのが「ダークパターン」である。

ダークパターンとは、法律上の明確な定義はないが、**消費者を欺き、意図しない行動(購入、契約、個人情報の提供など)に誘導するように巧妙に設計されたウェブデザインやUI(ユーザーインターフェース)**を指す。

消費者の認知バイアスや不注意を利用し、事業者に不利益な選択をさせようとするもので、ステマが「広告であることを隠す」のに対し、ダークパターンは「不利益な選択肢を隠す・誤認させる」手法といえる。

【ダークパターンの典型例】

  • 妨害(Roach Motel): 契約(入会)は簡単なのに、解約(退会)手続きが極端に分かりにくい、または電話でしか受け付けないなど。(提供資料の例)
  • スニーキング(Sneak into Basket): 消費者が気づかないうちに、ECサイトのカートに不要なオプション(延長保証など)が自動で追加されている。
  • 偽の緊急性(False Urgency): 「残り1点!」「今購入しないと価格が上がります」といった表示を、実際の在庫や価格変動と関係なく表示し、購入を焦らせる。
  • おとり(Decoy Effect): 意図的に魅力のない選択肢(例:月額900円プラン)を用意し、本来売りたい選択肢(例:月額1,000円のお得プラン)を選ばせる。

ダークパターンは、それ自体が直ちに違法となるわけではないが、その手法が景表法(優良誤認・有利誤認)や特定商取引法(不実告知、意思表示の判別困難)に抵触する可能性が非常に高い。消費者庁も実態調査を進めており、今後の規制強化が予想される分野である。



6. まとめ:問われる企業の「誠実さ」

ステマ規制の導入とダークパターンへの警鐘は、企業に対し、もはや小手先のテクニックで消費者を欺くことは許されないという強いメッセージである。特に、元請・下請構造が複雑で、口コミや評判が受注に直結しやすい建設業・不動産業界においては、デジタルマーケティングにおける法令遵守(コンプライアンス)が、企業の信頼性を左右する生命線となる。

自社の表示が「事業者の表示」にあたらないか、消費者に「判別困難」な状態になっていないか。今一度、足元の広告宣伝活動を総点検する必要がある。


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中川総合法務オフィス 代表 中川 恒信 ウェブサイト: https://compliance21.com/

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