はじめに

2025年6月4日に成立し、同月11日に公布された改正公益通報者保護法は、内部通報制度における通報者保護の実効性を大幅に強化する画期的な法改正となりました。本改正は、公布から1年6月以内の政令で定める日に施行される予定であり、2026年内には施行されます。企業のコンプライアンス体制に与える影響は極めて大きく、事業者には早急な対応準備が求められています。

改正の背景と社会的意義

公益通報者保護法は2004年の制定以来、2020年の大幅改正を経て今回の改正に至りました。しかし、従来の制度では通報者が不利益な扱いを受ける事例が後を絶たず、制度の実効性に課題があるとの指摘が絶えませんでした。

現代社会において、企業不祥事は一瞬にして組織の存続を脅かす重大なリスクとなります。内部通報制度は、このような不正の早期発見・是正において極めて重要な役割を果たします。通報者が安心して声を上げられる環境の整備は、組織の健全性維持と社会全体の利益保護に直結する重要課題といえるでしょう。

改正の主要ポイント

1. 体制整備の強化と実効性向上

立入検査権の新設

従業員300人超の事業者に対し、公益通報対応体制の整備状況を確認するための立入検査権が内閣総理大臣に付与されました。これは従来の指導・勧告にとどまらない、より強力な監督手段として位置づけられます。検査を拒否したり、虚偽の報告をしたりした場合には罰則が科されることになります。

命令権及び罰則の追加

体制整備義務に違反する事業者(従業員300人超)に対し、勧告に従わない場合の命令権が新設され、命令に違反した場合には罰則が科されることになりました。これにより、法的義務としての実効性が大幅に強化されます。

周知義務の明文化

事業者は、構築した公益通報対応体制を労働者などに周知することが義務付けられました。単に制度を整備するだけでなく、その存在を広く周知することで、実際の利用促進を図る趣旨です。

2. 通報者の範囲拡大

フリーランスの保護対象化

今回の改正で最も注目すべき点の一つが、フリーランス(業務委託関係にある個人事業主)の保護対象への追加です。推定500万人とも言われているフリーランスの就業環境整備が社会的課題となる中、本改正は時代の要請に応えるものといえます。

これにより、事業者は通報を理由にフリーランスとの契約を解除したり、取引量を減らしたりするなどの不利益な取り扱いをすることが禁止されています。従来の労働者中心の保護から、より幅広い働き方を包摂する制度へと発展したことは、現代社会の多様な就労形態を反映した重要な前進といえるでしょう。

3. 通報阻害要因への対処

通報を妨げる合意の禁止

事業者が労働者などに対し、正当な理由なく公益通報をしない旨の合意を求めることなどが禁止され、それに違反した合意は無効となります。これは、通報制度の趣旨を根本から阻害する行為を防止する重要な規定です。

通報者の探索禁止

事業者が正当な理由なく、公益通報者を特定しようとする行為が禁止されました。匿名性の確保は通報者保護の核心的要素であり、この規定により通報者の心理的安全性が一層向上することが期待されます。

4. 不利益取扱い禁止の強化

不利益取扱いの推定規定

公益通報をした日から1年以内に解雇や懲戒などの不利益な取り扱いをされた場合、その取り扱いは公益通報を理由とするものと推定されることになりました。これにより、民事訴訟における労働者側の立証責任が大幅に軽減されます。

従来は通報者側が因果関係を立証する必要がありましたが、この推定規定により立証責任が事実上転換されることになります。これは通報者保護の実効性向上において極めて重要な改正点といえるでしょう。

刑事罰の導入

公益通報を理由に解雇や懲戒などの不利益な取り扱いをした者に対して、刑事罰(6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)が新設されました。また、法人に対しても両罰規定(3,000万円以下の罰金)が設けられました。

民事責任にとどまらず刑事責任まで問われることになったことは、制度の抑止効果を飛躍的に高める重要な改正といえます。

公務員に対する保護拡大

公務員についても、公益通報を理由とする不利益な取り扱いが禁止され、違反して分限免職や懲戒処分を行った者には刑事罰が科されます。これにより、民間企業のみならず公的部門においても通報者保護が強化されることになります。

企業に求められる対応

内部通報制度の見直し・強化

企業は既存の内部通報制度を今回の改正内容に照らして見直し、必要に応じて強化を図る必要があります。特に、フリーランスを含む幅広い関係者への対応、通報者の匿名性確保、不利益取扱い防止措置の徹底が重要となります。

教育・研修の充実

役員・管理職を含む全従業員に対し、改正法の内容と内部通報制度の重要性について十分な教育・研修を実施することが不可欠です。特に、通報者探索の禁止や不利益取扱いの禁止について、具体的な事例を交えた実践的な研修が求められます。

リスク管理体制の構築

刑事罰の導入により、コンプライアンス違反のリスクが大幅に高まりました。企業はリスク管理体制を見直し、予防措置の強化と迅速な対応体制の構築を図る必要があります。

社会全体への影響と今後の展望

本改正は、日本社会における企業の透明性向上と組織風土の改善を促進する重要な契機となるでしょう。通報者保護の実効性向上により、組織内の不正が早期に発見・是正される環境が整備され、結果として企業の持続的発展と社会全体の利益向上につながることが期待されます。

また、フリーランスを含む多様な働き方への対応は、現代社会の就労形態の変化に法制度が対応した象徴的意義を持ちます。これは今後の労働法制全体の方向性を示すものとしても注目されます。

施行後見直しまでの期間が5年から3年に短縮されたことからも、本改正が試行的側面を持ち、運用状況を踏まえてさらなる制度改善が図られる可能性があります。企業は継続的な制度対応と改善が必要となるでしょう。

結論

2025年改正公益通報者保護法は、通報者保護の実効性を大幅に強化する画期的な改正であり、企業のコンプライアンス体制に根本的な変革を迫るものです。企業は早急に対応準備を進め、法改正の趣旨を理解した実効性の高い内部通報制度の構築と運用を図る必要があります。

この改正は単なる法的義務の強化にとどまらず、組織の健全性向上と持続的発展のための重要な機会として捉えるべきでしょう。適切な対応により、企業は社会からの信頼を獲得し、長期的な競争優位性を確保することができるはずです。


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