会社法における取締役の重要な義務について解説いたします。特に、取締役が会社と利益相反する取引を行う場合に必要な手続き、そして取締役会が果たすべき役割について焦点を当ててご説明したいと思います。

1.取締役の基本的な義務(会社法第355条)

株式会社の取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければなりません(会社法第355条)。これは、取締役が自己の利益を優先するのではなく、常に会社の利益を最優先に行動すべきという、取締役の最も基本的な義務を定めたものです。

(1)利益相反取引とは(会社法第356条)

取締役が会社の利益と相反するような取引を行うことは、会社法で厳しく制限されています。会社法第356条は、取締役が以下のいずれかに該当する行為を行う場合には、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認を得なければならないと定めています。

  1. 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をすること(競業避止義務)
  2. 取締役が株式会社と自己又は第三者との間で取引をすること(直接取引)
  3. 取締役が株式会社と自己の債務の保証、その他株式会社と取締役との間における利益が相反する取引をすること(間接取引)

これらの規定は、取締役がその地位を利用して自己の利益を図り、会社の利益を損なうことを防止するために設けられています。

(2)競業避止義務の重要性

特に、取締役が会社の事業と競合するような行為(競業)を行うことは、会社にとって重大な損害につながりかねません。私も大阪で勤務していた際、実際に取締役が退任後に競合会社を設立し、顧客を奪ってしまうといった問題が何度か発生しました。会社と取締役個人の利益が衝突する場合、会社としては看過できない問題となります。

【重要判例】

競業避止義務に関する重要な判例として、最高裁判所昭和46年12月24日判決(百選Ⅰ-138事件) が挙げられます。この判決は、取締役が在任中に競業行為を行った場合、会社に対する忠実義務に違反し、損害賠償責任を負う可能性があることを示しました。

(3)取締役会による承認の必要性(会社法第365条)

会社法第365条は、取締役会設置会社における第356条の取引について、株主総会の承認に代えて取締役会の承認を得ることを定めています。これは、迅速な意思決定を可能にするための規定ですが、取締役会は、当該取引が会社の利益を損なうものではないかを慎重に審議する義務を負います。

例えば、株式会社ABCDにおいて、取締役会が構成されており、その取締役の一人であるBが、会社との間で重要な取引を行うとします。この場合、Bは事前にその取引内容を取締役会に報告し、承認を得なければなりません。単なる報告だけでなく、取締役会において十分な議論がなされ、承認の決議が議事録に明確に記録されることが重要です。

2.取締役会の承認がない場合の効力

もし、取締役会の承認を得ずに利益相反取引が行われた場合、その取引自体が無効になるわけではありません。会社法は、取引の相手方を保護する観点から、原則として取引の有効性を認めています(取引の安全)。

(1)【重要判例;内外ビル事件】

この点に関する重要な判例として、最高裁判所昭和48年9月13日判決(内外ビル事件) が挙げられます。この判決は、取締役が取締役会の承認を得ずに自己のために会社の資産を譲渡した場合でも、相手方がその事情を知らなかったとき(善意)は、原則としてその譲渡は有効であるとしました。

ただし、相手方が取締役による不正な取引であることを知っていた場合(悪意)には、取引の効力が否定される可能性もあります。

(2)取締役の責任(会社法第423条)

取締役会の承認を得ずに利益相反取引を行った取締役は、会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります(会社法第423条)。取締役は、会社のために忠実に職務を遂行する義務(会社法第355条)や、善良な管理者の注意をもって職務を行う義務(善管注意義務)を負っており、利益相反取引を無断で行うことは、これらの義務に違反する行為とみなされます。

【重要判例】

取締役の会社に対する責任に関する重要な判例として、最高裁判所平成21年7月9日判決(タカラレーベン事件) などがあります。この判決は、取締役が任務懈怠により会社に損害を与えた場合、損害賠償責任を負うことを改めて確認しました。

(3)取締役会の監視義務(会社法第362条4項)

取締役会は、取締役の職務の執行を監督する義務を負っています(会社法第362条4項)。したがって、取締役会は、利益相反取引が行われていないか、適切な手続きが遵守されているかを常に監視する必要があります。取締役会がその監視義務を怠った場合、会社に損害が発生した際に責任を問われる可能性もあります。

まとめ;取締役のコンプライアンス義務の重要性

取締役は、会社法第356条等の規定を遵守し、自己の利益と相反するような取引を行う際には、必ず取締役会の承認を得なければなりません。また、取締役会は、取締役の職務執行を適切に監視し、会社の利益が損なわれることのないよう努める必要があります。

コンプライアンス経営においては、これらの原則を理解し、遵守することが不可欠です。中川総合法務オフィスでは、企業のコンプライアンス体制構築や役員研修など、幅広いサポートを提供しております。ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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