1.「清算型遺言書」の有効性
全財産をお金に換えて相続人に分けてほしい時は、全財産を換価換金処分してから相続人に分けることになる。この場合は、遺言執行者はほぼ必須であろう。相続おもいやり相談室の当職はこのパターンの遺言書に指名された遺言執行者を経験豊富であるが、かなりのパワーと法律知識が必要である。
当職がたまたまそうなのか、弁護士もみんなそうなのか寡聞にしてわからないが、相続人などの妨害が入ることがいつもだ。
知識とパワー、そして信念で乗り切るしかないのだ。相続人や受遺者への振込完了し、登記その他の諸事が完成までかなりハードな仕事だ。
例えば、遺言書の第1条等に「遺言者は、遺言者の有する不動産全部を売却し、その売却代金から売買手数料、移転登記費用、不動産譲渡所得税等を除いた残額を、次条以下の財産と合算して、○条に掲げる遺言書指定の相続財産の配分方法に従って、それぞれの受遺者及び相続人に相続させる。これらの一切の手続きについては、○○条の遺言執行者に一任する。」等の文言が必ず入る。
なお、遺言執行者はこれまでの相続おもいやり相談室の当職の経験では、まず親族特に長男や長女を当てたがるのであるが危険である。
法律判断だけでなくて下記の税法上の判断も必要であり、他の相続人との利益相反になるので、トラブルも多くて、人間関係に振り回されてしまう。税法にも詳しい中川総合法務オフィスや稀な弁護士などに依頼することを強くお勧めする。
2.相続税対策は遺言でも可能な部分がある
(1)「相続税法」の特例措置の利用
誰に何を相続させるかを指定した遺言書があれば、相続税の申告期限である10ヵ月以内に速やかに遺産分割などが終了して、相続税の申告ができるため、下記のような特例措置その他税法上の有利な条項適用を受けるので、節税が可能になろう。
① 基礎控除のほか、配偶者控除の最大限の活用
② 小規模宅地等の特例の活用
③ 中小企業の株式や農地の相続税の納税猶予制度の活用
(2)改正相続法の規定の利用
配偶者居住権(改正後民法1028条1項2号)は、節税策としても注目を浴びているが、遺言によっても設定できる。ただ、まだ実際の納税もないし、税務実務が動き出していないので、十分に国税庁に情報に注意したうえで活用すべきであろう。また、改正法に詳しい専門家に相談するべきである。
3.法定遺言事項とは
(1)遺書と遺言の違い
まず、遺書と遺言は違うことを理解すべきである。小説やドラマに出てくる「遺書」は、生前の自分の考えを亡き後の親族などに伝えるもので、方式も内容も全く自由である。
これに対して、法律上の力を持つ(裁判所の力を利用してでも実現できる強制力を持つもの)が民法の定める「遺言」なのである。
(2)遺言の機能
遺言書を作るのは、財産等をスムーズに相続人に引き継ぐため等の機能がある。本人の死後、不動産の登記や銀行預金の解約手続の際に、遺言書があれば全く滑らかにカネ移動が行われる。
相続おもいやり相談室の当職も嫌というほどの力を知っているわけであるが、遺言書があれば、法務局も銀行も一安心する訳で、相続手続に関与する相続人は少なくてすみ、添付書類も少なくなるので、手続が簡略化されてとても便利なのである。
なお、実務的には、法務局でもそうであるが、相続に詳しい担当者であるかどうかは、ほぼ偶然要素であるので、如何ともしがたいところがあるが、せめて生前に、3大メガバンクに移しておいてらえると違う。
当職が後見人からかかわっているときはそうしているが。
閑話休題
法的効果のある遺言書に書ける内容は、財産と相続人に関することが中心でそれが法定遺言事項である。
もっとも、法定遺言事項以外も書くことは可能で法的効果は生じないが、相続おもいやり相談室の当職は原案作成の時に「付言」として、なぜ当該遺言内容を決めたかをまず記載しておくといい。また家族への感謝の言葉を書く。
しかし、先だって、出身中学校に寄付するので、遺留分はやむを得ず渡すが、すごい恨みがあって、「ありがとう」は書かないという人がいた。耐えて耐え、学歴も騙されて、結婚して親は絶対に実家にも戻さないと言っているうちに、80歳になってしまったのである。その時に言葉が出なかった、お気の毒で。
ただ、注意すべきは、遺言書は将来、法務局や金融機関など第三者に見られることがあるし、公正証書遺言は法定相続人がコピーである謄本を入手できるので、付言事項も何でも書いていいわけではない。99%倫理の問題だが、関係者のプライバシー侵害につながるおそれのものは書かないこと。
(3)祭祀の主宰者は書いた方がいい
自分の葬儀のこと等法事など祭祀行為、亡くなった後の葬儀費用の分担など相続財産には含まれない各種費用の負担については、強制力がない。しかし、経験上は遺言書に書かれていれば、遺言者があえて書き残したこととして、相続人は尊重することが多い。
特に、葬儀から納骨、その後の法事などの祭祀の主宰者は決めておくこと。併せて事務処理の基準や指針、また祭祀行為や遺言執行費用の負担に対する指示があれば相続人が尊重して扱うことが多い。
4.主な「法定遺言事項」および「実務上法定されていないが効力をもつと考えられている項目」
(1)相続分の指定(民法902条)
法定相続分と異なる割合で相続分を指定できる。例えば、妻と長男の法定相続分が2分の1ずつのところを、妻は4分の3、長男は4分の1というように変更できる。
(2)遺産の分割方法の指定(民法908条)
誰に何を相続させるか、具体的に指定できる。指定の方法には、いくつか種類かおり、もっとも一般的なのは、「長女である○○には不動産を、長男である○○には預貯金をそれぞれ相続させる」というように、特定の財産を特定の相続人に相続させるよう遺言する方法である。
(3)推定相続人の廃除(民法893条)
推定相続人の廃除とは、被相続人にこれまでひどいことをした推定相続人(将来、相続人になる予定の人)から、被相続人の意思にもとづき、相続人の資格を奪うことである。これは、親不孝が極端にひどい場合が典型例である。
廃除されると、遺留分も含めて相続権がなくなる。意外とある。この手続は生前にすることも遺言書によってすることも可能。後者の場合は、相続開始後、遺言執行者が家庭裁判所に廃除を申し立てることになる。
推定相続人の廃除が認められるのは被相続人への虐待や重大な侮辱を加えた場合、またはその他の著しい非行があった場合である(民法892条)。極点な場合でないとなかなか裁判所は認めない。
なお、法律的に遺留分を有しない推定相続人である兄弟・甥姪は、廃除の対象としなくても、遺言で財産を渡さないことにしておけば済むので廃除の対象ではない。
(4)配偶者居住権の設定(改正民法1028条1項2号)
被相続人が配偶者に対し、新しく創設された配偶者居住権を設定したいと考える場合は、遺言で定められる。
(5)遺贈(民法964条)
遺贈とは、遺言により人(法人も含む)に対し、遺言者の財産を無償で譲る単独行為である。民法上は、「包括遺贈」、「特定遺贈」、「負担付遺贈」の3形態があり、このほか信託法による「後継ぎ遺贈」もある。
なお、「相続させる遺言」は、相続人に対して使う言葉なので遺贈では使わない。
① 包括遺贈
遺産の全部または一部を割合(割合的包括遺贈)で示し、遺贈の対象とすることで(民法964条)、遺贈を受けた人(包括受遺者)は、法律上は相続人と同一の権利義務を持つため(同法990条)、もし遺言者に債務などの消極財産があれば、それも遺贈の割合に従って引き受けることになる。
もっとも、包括遺贈は、自己のために遺贈のあったことを知った日から3ヵ月以内に家庭裁判所に対して申述することで、放棄することもできる(同条、915条1項)。
② 特定遺贈
特定の財産を遺贈の対象とすることで(民法964条)、特定遺贈の放棄は、包括遺贈と異なり、遺贈者の死後いつでもできる。
③ 負担付遺贈
自分の死後、受道者に財産を贈る代わりに、一定の義務を負担してもらうものである。受遺者は、遺贈の目的の価額を超えない限度において負担した義務を履行する責任を負う(民法1002条1項)。
受遺した財産の範囲を超えてまで負担を履行する必要はなく、負担付遺贈を受けた者が義務を履行しないときは、相続人または遺言執行者は相当の期間を定めて履行を催告でき、それでも履行がなければ、遺言の取消しを家庭裁判所に請求できる(同法1027条、1015条)。
④ 後継ぎ遺贈(信託法)
後継ぎ遺贈とは、遺言者Aが死亡して、遺産を譲り受けた受遺者Bがさらに将来死亡したとき、Aがあらかじめ指定した者Cに、遺贈の目的物(残余財産)を与えるものである。このように、A⇒B⇒Cと、順次財産を受け継ぐ者を指定することを「後継ぎ遺贈」というが、信託法で認められている。
【信託法】……………………………………………………………
第三条(信託の方法)
信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
…
二 特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法
…
……………………………………………………………
民法では、Aが遺言書で実現できるのは、あくまでもBへの遺贈までで、その時点でBに所有権が移るため、BからCへの遺贈につきAが指定することはできない。
この跡継ぎ遺贈を実現するためには、家族等に財産を信託する、いわゆる家族信託のスキームを利用する。
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」(信託法3条2号、88条1項、89条2項)は、「親亡き後問題」への対処にも使える。例えば母親Aが、自分の死後、障がいのある長男Bにまず財産を引き継がせ、将来Bが亡くなったら、それまで長男の世話をしてくれた姪Cに残りの財産をあげるという方法です。このほかに、先祖代々の土地を子孫に伝えていくことを目的とした、「家産承継信託」もある。
(6)生命保険の保険金受取人の変更
2010年4月1日以降に締結された生命保険契約にっいては、遺言による保険金受取人の変更が可能となっている。遺言者の死後、遺言執行者などが生命保険会社に対して、死亡保険金の受取人が遺言により変更になったことを通知し、受取人を変更する請求を行う。
(7)一般財団法人の設立の意思表示(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律152条)
一般財団法人を設立するには、設立者(設立者が2人以上あるときは、その全員)が定款を作成して署名または記名・押印し、設立に必要な手続を行う。
この手続は遺言でも可能で、遺言執行者は、この遺言の効力が生じた後、遅滞なく、遺言で定めた事項を記載した定款を作成し、これに署名または記名・押印しなければならない。
(8)信託の設定「遺言信託」(信託法3条2号)
信託は、信託法で定められた財産の管理承継制度で、基本的な仕組みは、例えば、父親が生きているうちに長男に不動産の名義を移して信託し、管理運用してもらって父親が収益を受け取り、父親の死後は、長男が不動産を承継するというような仕組みである。
信託は、高齢の配偶者や、認知症・障がいを有する家族の生活や福祉を護るため(後見的財産管理)や、相続財産を適正に管理して特定の親族等に確実に財産を承継遺贈するため(円滑な資産承継)などに活用されている。
5.身分上の事項で遺言書に書けること
(1)認知(民法781条2項)
結婚していない両親のもとで生まれた子どもである非嫡出子と、父親との法律上の親子関係は、父親の認知によって生じる。遺言による認知も可能で、この場合、遺言執行者が就職した日から10日以内に認知届(戸籍法64条)を役所に提出する。
(2)未成年後見人、未成年後見監督人の指定(民法839条1項、848条)
離婚等により子どもの親権を持つ親は、自分の死後、代わりに子どもを監督する人(未成年後見人)を遺言で定めることができる。その人がきちんとやってくれるかを監督する、未成年後見監督人を指定することも可能である。
6.遺言の執行に関する事項およびその他の事項で遺言書に書くと効力があるもの
(1)遺言執行者の指定(民法1006条1項)
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■第一〇〇六条(遺言執行者の指定)
遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
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改正相続法の下で、遺言執行人は権限が強化されたのは十分に理由があることで、遺言執行者は、遺言の内容を実現するために重要かつ必要な行為である、財産目録の作成、預貯金の名義変更、不動産の相続手続などを行う権限がある。
利害対立した多くの相続人が何人いても、遺言書に従って、即ち故人の意思に従って、遺言執行者が代表して相続手続ができるので、迅速かつ確実に遺言の内容を実現できる。しかも相続人の廃除や非嫡出子の認知をする場合、遺言執行者は不可欠である。
仮に遺言執行者は遺言で指定しなかった時でも、次のように被相続人の死後、相続人等の利害関係者が家庭裁判所に申立てを行い、遺言執行者を選任してもらうことも可能であって、今後はこのケースも増加しよう。
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■第一〇一〇条(遺言執行者の選任)
遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。
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なお、実務上は、遺言で執行人を指定するときは、原案作成者などの法律家が関与するので着任するのが通常であるが、その場合も含めて、引き受けるかどうかは任意であって、もし第三者に頼みたいときは事前承諾を得ておくとよい。相続おもいやり相談室の当職は、多くの遺言執行者受任予定である。
(2)特別受益の持戻しの免除をしたいとき(民法903条3項)
特別受益とは、下記の民法903条1項にあるように、被相続人から相続人が生前贈与や遺贈を受けた場合の利益のことで、この場合、さらにその相続人が遺産を法定相続分どおりに受け取ると、他の相続人に対し不公平になるので、受益分を相続財産に加算して相続分を算定することになっていて、「特別受益の持戻し」という。
もし、被相続人が持戻しの必要はないと考えた場合は、遺言により、持戻しをしなくてもよいという意思表示(持戻し免除の意思表示)をすればよい。
なお、下記の条文のように、相続法改正により、婚姻期間が20年以上の夫婦間で、居住用不動産の遺贈または贈与がされたときは、持戻しの免除の意思表示があったものと推定し、被相続人の意思を尊重した遺産分割ができるようになった(民法903条4項)。
この持戻し免除の意思表示推定の定めは、配偶者保護のためであるが、それでも推定に過ぎず、居住用不動産が高額で、相続人間に明らかな不公平が生じる場合は、遺留分の問題を避けるために、持戻し免除の意思表示推定が働かないよう、遺言で特別受益の持戻しの免除はしないと定めることもあろう。
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第九〇三条(特別受益者の相続分)
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
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(3)祭祀を主宰すべき者の指定(民法897条1項)
繰り返しになるが、死亡直後の混乱を避けるためにも、これは一言でも遺言で触れるのがベターで、葬儀や法要を主宰する祭祀の主宰者を遺言で指定しておく。
(4)遺留分侵害額請求がなされた場合の対応
将来、遺言によって財産を受け取る受遺者や受贈者が、他の相続人から遺留分侵害額請求がなされると予想される場合は、遺言によって①相続財産である金融資産(預貯金等)から第一に支払うこと、②受遺相続人等の固有財産(代償金)から支払うこと等の指定をすることができると解されている。
7.遺言能力
(1)意思能力(遺言能力)
相続発生後に問題になりやすいのは、遺言の作成当時、認知症があって、本人にそのような遺言をする意思能力(遺言能力)があったかどうかであろう。特に、自筆証書遺言の場合が多いが、公証人や証人が立ち会う公正証書遺言の場合でも稀にある。公証人と言っても様々であり、遺言者の遺言能力についても確認はしても不十分で、裁判で争われて遺言能力が否定され、遺言書が無効になったケースもいくつかある。
もっとも、ほとんど争って能力が否定されるのは、本人の事理弁識能力(判断能力)からして、そのような遺言内容を考えて作成することは難しいときで、例えば「住んでいた不動産は長女に相続させる」といった単純な遺言書ならともかく、相続税対策のために税理士が複雑なスキームを考え、それを公証人に伝えて文案を考えてもらったような場合は、認知症が進んでいたはずの遺言者にそんな高度な判断能力があったはずがないと裁判所に判断される場合が多い。
そこで、遺言書作成にあたっては、認知症などの疑いあれば、遺言時の意思能力についての医師の診断書を添付するなどとするといいであろう。
なお、現代社会では、平均寿命も延びており、今後は85歳を過ぎてから遺言書の作成をする場合も増えてくるであろう。その時は、認知症などの疑いについての万全の準備を遺言作成時に実務上する必要が極めて高い。
(2)遺言の意思
これは特に、訴訟で遺言について争われた場合、本人にそのような遺言をする意思があったこと(遺言の意思)を立証する必要がある。
自筆証書遺言は、公正証書遺言のように立会人がいないため、なかなか立証が難しい。秘密証書遺言についても、内容は秘密裏に作成されるので同様である。
公正証書遺言は、公証人が直接面談しているので、遺言の意思が問題になるヶ-スは稀である。もっとも、専門家が遺言書の内容を考えて公証人に伝え、それをもとに公証人が文面を作り、本人が関与するのは作成当日、公証人による文面の読み聞かせにうなずく程度というケースには問題になろう。
この場合に、誰に財産を渡すかの重要点は、ベテランの公証人であれば、必ず本人に言ってもらうので大丈夫である。やはり、公証人もさまざまである。
なお、訴訟実務上は遺言書作成時にビデオ録画したり、遺言書と同じ内容の記載のあるエンディングノートや下書きを残しておいたりなどすることが多い。自筆証書遺言の時には、相続おもいやり相談室の当職はそうしている。
8.誰に遺産を残すのか
(1)財産を承継する推定相続人および受遺者の決定
①法的な検討が必要
遺言書を作成する際は、将来の相続手続を確実にするために、また、その人が相続人かどうかで「相続させる」「遺贈する」との文言が変わることから、財産を承継する人(相続人または受遺者)の名前や生年月日、続柄を正確に記載する。
そこで、遺言者と相続人の関係がわかる「戸籍謄本」や「改製原戸籍謄本」、相続人・受遺者の「住民票」(法人が受道者となる場合は登記事項証明書)を取得する必要がある。
もっとも、住民基本台帳法の改正で、かってはほぼ自由に戸籍謄本や住民票などは入手できたものが、今日では一定の関係者以外は入手困難になった。
実務では、表記に誤りが少ないと考えられる「年賀状」を活用することもある。公証人次第であるが。
②人の特定に注意…姓名・続柄・住所等記載
死後、孫や友人など親しい相手に財産をあげたいと考えている場合、思わず遺言書の中で、「○○ちゃん」などを書くことがある。しかし、法律上はそれでは客観的に相手が特定できないため、将来、相続手続が困難である。本には悪気はないので誠に不本意な結果になる。また、世の中には同姓同名の人物がいるため、姓名だけでなく、続柄、住所なども書くのが望ましい。また、生年月日も分かれば記載したい。特に、第三者に遺贈する場合、少なくとも住所が記載されていないと遺族から連絡が取れない可能性がある。
【遺言時に必要な書類】
1)不動産関係
①登記事項証明書 法務局で誰でも入手可能
②名寄帳 市役所などで入手するがその名義人の市区町村に所有しているすべての不動産の情報が記載されている。尤も、それ以外の地域のものはわからない。
③固定資産評価証明書 市役所などで入手するが、実務上は公正証書遺言作成には固定資産税納税通知書で代用可能もある。
④土地賃貸借契約書のコピーは契約者が保管しているが、もし契約書がない場合は、借地権料の支払いを裏付ける送金票控えや通帳のコピーおよび土地の登記事項証明書などを入手しよう。
2)債権関係など
①借用書のコピーは、少なくとも債権者が保管していようが、借用書がない場合は、送金の事実を裏付ける送金票控えや通帳のコピー、その他メモ類を用意する。
②預貯金通帳のコピーは重要である。銀行などの金融機関で最新の通帳記入したものを用意する。通帳の表紙及び表紙をめくった裏面(名義人、支店名、口座番号等が書いてあるページ)のコピーが必要である。残高部分は必ずしも必要でない。
③証券会社からの通知書等のコピーは名義人・支店名・口座番号等が書いてある証書等のページのコピーをする。年に数回送られている確認書類でもいい。
④住宅ローンなどは特定する情報が記載された書類のコピーが必要である。被相続人が保管していよう。ローンなどの債務を特定の人に相続させる遺言は可能だが、死後、債権者保護の観点からその同意が必要になる。
3)生命保険関係
保険金など遺言者が生命保険金等を受け取れる生命保険証券のコピーがあるとよい。尤も死亡保険金を相続人が受け取るものは相続人の固有財産になるため遺言書には記載しない。受取人を変更したい場合は遺言書で変更できる。これは実務上よくある話である。遺言前後で気が変わることに相続おもいやり相談室の当職は何度も経験している。
(2)相続財産の調査
①公的な書類で確認する
財産についても、公的な書類をもとにした確実な情報を遺言書に記載する必要がある。最近当職が経験した相続案件では死後に、誰も知らない琵琶湖の別荘があることが判明したケースがある。大学の友人から買っていたようである。不動産が完全になかなか調査できない例である。記載漏れでトラブルがなりやすい。戸籍の附票等も含めて調査する。一定の限界もあるが「名寄帳」は必須であろう。判明する現在の所有不動産をもれなく調査し、できるだけ正確な財産目録を作成することが大切である。
②評価額を確認する
遺言書を書く前に、それぞれの財産の評価額を確認する。もしそれを無視して遺言書を書くと、評価額が低い財産を指定された相続人が不満を抱き、他の相続人に遺留分侵害額請求をするおそれがあるから。
預貯金や株式など金融資産の評価額は、通帳や金融機関から送られてくる郵送物、日経などの株式欄などで確認する。非公開の自社株式については評価が難しいが、いくつかの評価方式がある。
不動産の評価方法は様々であるが、相続においては、市役所等から送付される固定資産税納税通知書に記載されている課税標準額を第一次情報として参考にする。しかし遺留分侵害額請求がされる場合もあるので、実勢価格や路線価も参考にする。
(3)遺留分侵害の確認
事情によるが、あえて現財産では遺留分の侵害になるが、特別受益や使い込みなども含めて遺言書を作成することもある。しかし、遺言後の生存期間の長短で財産はかなり動く。あくまでも見込みで進めていく。
基本的には、半分が自由で半分が法定相続人に権利が残ると考えよう。
■第一〇四二条(遺留分の帰属及びその割合)
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
(4)遺言書作成がベターなケース
・子どもが親と疎遠になっている場合は親の財産のことを知らない可能性があり、せめて自筆証書遺言に財産の内容を書いておくと、相続手続の負担が小さくなる。相続おもいやり相談室のある京都の長岡京市では、死後にすぐに発見しやすいように遺言書を入れる筒形が普及している。
・不動産があり、相続人が2人以上いる場合は、不動産をどうするかという大きな問題があるので公正証書遺言を勧める。
・財産の種類が多い人は、公正証書遺言が望ましいが、改正相続法による自筆証書遺言に不動産の登記事項証明書等を財産目録として添付し、法務局に保管するのでもよい。
・相続をめぐって家族がもめそうな場合は勿論、自筆では改ざんのおそれがあり、また遺言能力をめぐって争いになりやすく、公正証書遺言の一択になるが、その上で、相続おもいやり相談室の当職のような専門家を遺言執行者を付けるのがよい。
なお、その遺言書には「遺言執行者の選定」を通常はすると思うが、相続法の改正で権限が強くなったのと記述のように「相続させる遺言は登記に負ける」ことになったので、マメな遺言執行者が重要性を増している。相続発生後、すぐに遺言執行者が相続人に対して遺言の内容を通知し、不動産登記など遺言の執行手続に取り掛かり、またすぐに遺言の執行に抵抗しそうな相続人が出てくることが相続おもいやり相談室の当職の経験ではもう当たり前。必ず専門的な遺言執行者を指定すべし。
9.遺言は「いい日旅立ち」だ
人の命は儚い。そのうち遺言書を作ろうかでは、心配なことは生前にボケないうちに意識はっきりしているうちにしておこう。立つ鳥跡を濁さず。
遺言書は民法の定める要件を満たしていないと、無効な法律文書なのだ。耳が遠くなったり、手が震えたり、目が不自由になったりすれば公正証書遺言でさえサインが必要なので作成が困難になる。もっとも公正証書遺言なら、公証人が本人の代わりに署名をしたり、自宅などに出張したりしてくれる場合もあるが、公証人が一人で嫌がる場合の役場では健康を害してしまうと難しくなる一方である。しかも無理に作ると、将来、遺言能力に問題があったと相続人が主張して、訴訟を起こす場合もある。厄介なことになる。
相続おもいやり相談室の無料相談はいつも盛況であるが、当職もいつまでも無償のエネルギー続くわけではない。遺言書の作成を引き延ばして、ついに病床で余命を宣告されたあとに遺言書を作ろうと思っても、すでにそのような体力も時間も残されていない場合は生前の善意志は消えてしまう。
そもそも遺言書の作成は法律上、15歳から可能で、人は物事を予知できないのであるからあらゆる事態を想定した遺言書を作ることは不可能で、今現在、自分か死んだら誰が困るかを考え、とりあえず遺言書を作ってしまうのがよい。
また、財産や人間関係に大きな変化があれば、その時に遺言を追加したり、取り消したりして作り直せばよい。新しいものほど有効と民法は定めている。
■第一〇二三条(前の遺言と後の遺言との抵触等)
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
10.遺言作成でよくある実務上の懸念事項
(1)遺産の配分の難しさ
誰も不平のまったくゼロの遺言はない。「誰にどの財産を相続させるか」に正しい解はない。数学ではない。人文科学なのだ。考慮ファクターは、相続人とのこれまでの関係である誰にどれだけ援助したか、反対に援助されたか、これからの関係である介護を担うのは誰かのような多分に主観的な要素が入らざるを得ないことや、法定相続分や遺留分など客観的要素もある。
ベストは、大きな枠組みからはいる方法をお勧めする。
まず土地、預金・株式である。次いで価額のバランス調整に生命保険の受取人を考慮する。これで大枠が決まる。
預貯金や不動産など名義変更の必要があるものは必須であるが、網羅的な記載も不可欠である。その他一切の財産については誰々に相続させるという書き方をする。
また、相続おもいやり相談室の当職の実務ではないが、法律相談での自筆に多い「あげる」「引き継がせる」「誰々のものとする」などの曖昧な書き方だと、遺言の効果が生じない可能性がある。基本は、法定相続人に対しては「相続させる」、法定相続人でない人に対しては「遺贈する」と、法律用語を使う。
(2)ケチな遺言者
自筆証書遺言は無料で作れるからと言っても、民法の定める要件を満たさない方式や内容不備で無効になりやすく、相続人間のトラブルに発展しがちである。京都のかばん屋事件を見ればよくわかるであろう。
※京都市東山区東大路通古門前上ルにある「一澤帆布工業株式会社」における「2つの自筆証書遺言」では、裁判所の判断が分かれた。「第1の遺言書」は、1997年(平成9年)12月12日付で作成された。この遺言書の開封から4ヶ月後の2001年(平成13年)7月に、「第2の遺言書」が出てきたが、この遺言書は、2000年(平成12年)3月9日付で作成されたものであった。両者には矛盾抵触部分がある。原告の主張は「第2の遺言書」の作成時点で信夫は既に脳梗塞のために要介護状態で書くのが困難だったこと、「第1の遺言書」が巻紙に毛筆で書いて実印を捺印しているのに対して、「第2の遺言書」が便箋にボールペンで書かれていること、捺印している印鑑が「一澤」ではなく信太郎の登記上の名字「一沢」になっていることから、「第2の遺言書」は無効だと主張したが2004年12月に最高裁判所で有効が確定した。しかし、原告を変えてのその後の裁判では、2008年(平成20年)11月27日、大阪高等裁判所(大和陽一郎裁判長)は、遺言書は偽物で無効と確認。重要な文書なのに実印でない認印が使われる事や信夫が生前こだわって使用していた「一澤」ではなく「一沢」が使用されたなどの不自然な点があり、真正とは認められないとの理由からである。2009年(平成21年)6月23日、最高裁判所第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は、この大阪高裁判決を支持し、遺言は無効で、信三郎らの取締役解任を決定した株主総会決議を取り消すとの判決が確定した。wikipedia参照。
このように、もし訴訟になった場合、大変な労力とカネを消費する。ひっくり返ったこの事件を見ればわかるように、最初から公正証書遺言にしたほうが費用対効果は高いのだ。
揉めなくても、遺言執行者まで含めた公正証書遺言にしておけば、自分の生活を犠牲にすることなく、相続財産を受けることができよう。
(3)万一に備えた遺言
人は必ずしも年齢順には死なないが、通常は年齢順死亡と考えて、遺言書を作ると、突然、後の順位の人が亡くなったときに、対応できない。この前後を書くとしつこくなることがあるので、予備の予備はあらゆることに予備までは必要がないが、気になる部分は予備的遺言を作る。
相続おもいやり相談室でも経験から言うと書いた方がいいのは、遺言者が先に死んだ場合、相続させたい相手がその時点で亡くなっている場合である。