公平性が何よりも求められる教科書採択の現場で、残念ながら不適切な行為が繰り返されています。特に近年、2016年の謝礼問題、そして2023年の接待問題と、大手教科書会社である大日本図書が関与した不祥事は、社会からの信頼を大きく損なう事態となりました。これは単なる法令違反に留まらず、教育の根幹に関わる倫理的問題であり、企業におけるコンプライアンスの本質が改めて問われる事例と言えます。本稿では、これら一連の事案を振り返り、なぜ不祥事が繰り返されるのか、そして真に効果的なコンプライアンス再構築には何が必要かについて考察します。
1. 2016年 教科書業界を揺るがした「検定中見本」謝礼問題とその波紋
平成28年(2016年)、教科書業界において、検定中の教科書見本を特定の教員等に見せ、謝礼として金品を提供していた問題が明るみに出ました。これは、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律に基づき文部科学省が定める「教科用図書検定規則実施細則」において、検定中の教科書の公開が厳しく制限されている規定、さらには業界の自主規制である一般社団法人教科書協会の「教科書宣伝行動基準」に抵触する行為と判断されました。
事態を重く見た公正取引委員会は、文部科学省からの調査報告提供を受け、独占禁止法違反(不当な利益による顧客誘引)のおそれがあるとして、平成28年7月6日に以下の8社に対し警告を行いました。
- 光村図書出版
- 教育出版
- 大日本図書
- 教育芸術社
- 三省堂
- 数研出版
- 学校図書(以上、東京)
- 新興出版社啓林館(大阪)
これらの企業は、平成24年以降、検定中の教科書を教員等に見せ、現金や図書カードといった金品を提供していました。企業側はこれを「教科書について助言を受けたことへの対価」と説明しましたが、公取委は教科書採択への影響を意図した不当な顧客誘引であると断定しました。
また、この問題は高等学校用の教科書にも波及し、高校教科書発行会社が高校へ教材などの名目で金品提供を行っていた事例も明らかになりました。文部科学省が都道府県教育委員会を通じて調査した結果、大修館書店、教育芸術社、啓林館、日本文教出版、第一学習社、明治書院の計6社が、平成23年以降、40都道府県の271校に対し、総額2000万円相当の金品を提供していたことが判明しました。
2. 再発防止への取り組みと見過ごされた課題
2016年の問題発覚後、教科書業界および各社は再発防止に向けた取り組みを求められました。しかし、形式的な規則の見直しや表面的な研修だけでは、組織に根付いた不正の温床を取り除くには不十分であることが、後の事態で露呈することになります。
コンプライアンスとは、単に法令遵守に留まるものではなく、企業倫理、社会規範、そして教育機関に関わる企業としては、教育の理念や公正性といった、より高次の価値観への準拠を含みます。2016年の事案は、この根源的な倫理観の欠如を示唆しており、形式的な再発防止策では、不正を行う側の「機会」や「正当化」の意識を変えられなかったと言えるでしょう。
3. 2023年 大日本図書における教科書採択を巡る新たな不祥事(接待問題)
そして、2016年の問題から時を経て、再び教科書採択における不祥事が発覚しました。今度は謝礼に加えて、学校長や教育委員会関係者に対する接待という、より悪質で露骨な手法が大日本図書において行われていたことが明らかになったのです。
この問題を受け、文部科学大臣は令和5年(2023年)1月13日の記者会見で、「教科書は全ての児童生徒が必ず使用するものでございまして、その採択には高い公正性と透明性が求められることから、採択の公正性に疑念を生じさせる事案が発生し、このような事態となったことは極めて遺憾である」と述べ、徹底的な調査と厳正な対応を行う方針を示しました。
大日本図書が設置した外部弁護士等による特別調査委員会の報告書(2023年1月公表)は、この不正な営業活動が極めて用意周到に行われていた実態、そしてこれに関与した学校長や教育長といった立場の関係者の職業倫理の欠如を浮き彫りにしました。教育を担うべき立場にある者が、このような不正に関与していた事実は、子供たちの規範意識にも悪影響を与えかねない深刻な問題です。
この調査結果を踏まえ、文部科学省は2023年3月28日付で、大日本図書に対し厳しい処分を下しました。具体的には、「教科用図書検定規則第7条第2項の規定に基づき令和5年度において教科用図書の検定審査不合格の対象とする図書の種目として中学校用教科用図書の数学及び理科、保健体育とする」旨を通知。これは、これらの科目の教科書が次回の検定で不合格となることを意味し、事実上の取引停止に近い重い措置と言えます。
この不祥事の責任を取り、大日本図書の代表取締役社長らは引責辞任を発表しています(2023年2月17日公表)。
4. なぜ不祥事は繰り返されるのか? 根本原因とコンプライアンスの本質
2016年の謝礼問題にも関与し、再発防止への取り組みが求められたにもかかわらず、大日本図書でより悪質な接待問題が再発した事実は、多くの示唆を含んでいます。なぜ、組織は不祥事を繰り返してしまうのでしょうか。
その根本原因は、単にルールが存在しないことや、ルールを知らないことにあるのではなく、多くの場合、以下の要素が複合的に作用していると考えられます。
- 倫理観・規範意識の欠如: 採択に関わる公正性を損なってでも目先の利益を追求する姿勢。これは「不正のトライアングル」における「機会(Opportunity)」、「動機(Pressure)」、そして最も厄介な「正当化(Rationalization)」のうち、特に「正当化」に関わります。「皆やっている」「これくらいは大丈夫」「会社の利益のためだ」といった自己を欺く論理が不正行為を支えます。
- 組織風土・企業文化: 不正を見過ごす、あるいは推奨するような閉鎖的・同調的な文化。風通しの悪い組織では、従業員が不正の懸念を表明しにくくなります。
- 内部統制の不備: チェック体制の甘さ、責任の曖昧さ、モニタリング機能の不足。形式的な制度はあっても、それが現場で機能していなければ意味がありません。
- 経営層のコミットメント不足: 経営トップがコンプライアンスを単なる建前ではなく、経営の根幹と捉え、率先して実践・伝達しなければ、組織全体に浸透しません。
真のコンプライアンスとは、これらの根源的な課題に向き合うことです。それは、単なる法規制のリストを覚えることでも、形式的なマニュアルを作成することでもありません。一人ひとりの役職員が、自身の行動が社会や組織にどのような影響を与えるかを深く理解し、高い倫理観に基づいた判断ができるような意識と能力を育むこと、そしてそれを支える組織文化を醸成することに他なりません。
5. 不祥事を二度と起こさないためのコンプライアンス再構築:中川総合法務オフィスからの提言
不祥事の再発を防ぐためには、過去の事例から学び、表面的な対策ではない、組織の奥深くに根差したコンプライアンス態勢の再構築が必要です。中川総合法務オフィスでは、豊富な実務経験と幅広い学術的知見に基づき、企業が直面するコンプライアンス課題に対し、本質的な解決策をご提供します。
単に法律や規則を解説するだけでなく、人間の行動原理、組織の動態、そして社会全体の変化といった、法律や経営といった社会科学のみならず、哲学・思想といった人文科学や自然科学的な視点も取り入れながら、問題の核心に迫る研修・コンサルティングを行います。
教科書会社に限らず、あらゆる企業に共通するコンプライアンスの要諦を踏まえ、以下の内容を盛り込んだ実践的なプログラムを、貴社の状況に合わせてカスタマイズして実施可能です。(以下は一例であり、時間やご要望に応じて内容は調整します)
- 企業不祥事を根本から理解する: 不正のトライアングルなどリスク管理のフレームワークを活用し、不祥事がなぜ起きるのか、その構造を分析。
- コンプライアンス経営の基礎: コーポレートガバナンスの重要性、企業に求められる社会的要請の変化に対応するための考え方。
- 重要な法令・規範の理解: 会社法、金商法といった企業活動に関わる基本法から、業法、そして国家公務員倫理規程等、関係者との接触に関わる規範まで、実務に必要な知識を習得。
- 実効性のある内部統制の構築: 法令に基づいた内部統制システムの設計・運用。特に、不祥事の早期発見に不可欠な公益通報者保護法の正しい理解と、企業ヘルプラインの効果的な設置・運営方法。
- 不正経理・会計不正のリスク管理: 会計実務におけるリスクと、不正を発見した場合の適切な対応手順、内部通報システムの活用。
- 適切な懲戒処分の運用: コンプライアンス違反行為に対する処分基準の明確化と、公平性・合理性のある懲戒処分の実施方法。
- 組織文化・倫理観の醸成: 役職員一人ひとりの倫理観を高めるためのアプローチ。エシックスカードや行動規範の策定、形式に終わらない浸透策。ステークホルダー(特に消費者や子供たち)目線での倫理的思考。
- 危機発生時の初動対応とコミュニケーション: 不祥事発生時における最も重要な「integrity(誠実性、高潔性)」に基づいた初期対応。マスコミ対応の原則、記者会見の実務、監督官庁との適切な折衝。
- 個別リスクへの対応: 不正競争防止法、知的財産権、脱税リスク、個人情報保護(マイナンバー法含む)、ハラスメント防止、多様性経営、グローバルコンプライアンス、反社会的勢力との関係遮断、適切なクレーム対応、インサイダー取引規制など、現代企業が直面する具体的なリスクへの対処法。
これらの研修・コンサルティングを通じて、貴社のコンプライアンス態勢を単なる「守りのコンプライアンス」から、企業の持続的な成長を支える「攻めのコンプライアンス」へと進化させるお手伝いをいたします。
なぜ中川総合法務オフィスを選ぶべきか
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これまでに 850回 を超える企業・団体向けコンプライアンス研修を担当し、実際に 不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築 に深く関与してきました。また、企業や自治体の 内部通報の外部窓口 を現に多数担当しており、生きた現場の課題を肌で感じています。新聞やテレビなどの マスコミからも、しばしば企業の不祥事に関する再発防止策等について意見を求められています。
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