はじめに

人は生まれながらにして、何者かの子であり、時に誰かの親であり、そして、いつかは「相続人」という立場に立つ可能性を秘めています。それは、血縁という、人間社会の根源的なつながりの証左ともいえるでしょう。しかし、その「相続人」という立場は、果たして我々が自らの意思で選び取れるものなのでしょうか。それとも、逃れることのできない宿命なのでしょうか。

民法という、社会の秩序を維持するための先人の知恵の結晶は、私たちに「選択の自由」を与えてくれています。それが「相続の承認と放棄」の制度です。この記事では、単なる法律の解説に留まらず、相続という事象を通じて、我々が人生で何を大切にし、どのように生きるべきかという、より深い問いについても、皆様と共に考えていきたいと思います。

中川総合法務オフィスは、京都、大阪を中心に1000件を超える相続のご相談をお受けしてまいりました。その一つ一つのご相談には、喜びも、悲しみも、そして、時にやるせない思いも込められていました。法律家として、また人生の先輩として、皆様が後悔のない選択をされるための一筋の光となれれば幸いです。

1.相続の岐路に立つあなたへ-三つの選択肢

人が亡くなると、その人の権利や義務は、法律で定められた相続人に引き継がれます。しかし、相続人は、その運命をただ受け入れるだけではありません。民法は、相続人に対して、以下の三つの選択肢を用意しています。

  • **単純承認:**プラスの財産(預貯金、不動産など)も、マイナスの財産(借金など)も、すべてを受け継ぐという選択です。
  • **相続放棄:**プラスの財産も、マイナスの財産も、一切受け継がないという選択です。
  • **限定承認:**プラスの財産の範囲内で、マイナスの財産を弁済するという、いわば「条件付き」の選択です。

この選択は、**「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」**に行わなければなりません。これを「熟慮期間」と呼びます。この期間は、単に法律上の手続き期間というだけでなく、故人の人生と向き合い、自らのこれからを考えるための、貴重な時間ともいえるでしょう。

実例から学ぶ:甥の死と、叔父の選択

かつて、このようなご相談がありました。「甥が孤独死し、遺品整理をしていたら、大量のクレジットカードが出てきた。とても相続できない」と。叔父様は、甥御さんの両親(ご自身の兄弟)も祖父母も既に亡くなっており、甥御さんは離婚もされていました。この場合、叔父様は法律上の相続人ではありません。しかし、血縁者として、また面倒を見ていたかもしれないという道義的な責任感から、ご自身で何とかしなければならない、と思われていたのです。

このような場合、家庭裁判所に「相続財産管理人」の選任を申し立てる必要があります。相続財産管理人が、法的に財産を整理し、清算手続きを進めます。もし、プラスの財産が残れば、甥御さんの療養看護に努めたなどの「特別縁故者」として、財産を受け取れる可能性もあります。しかし、このケースでは、負債が超過している可能性が高く、叔父様は、事実上、ご自身の負担で埋葬などをされることになるかもしれません。

このご相談は、法律だけでは割り切れない、人の「情」や「義務感」という、人間社会の根幹をなすテーマを我々に問いかけます。

2.各選択肢の詳細と、その手続き

【単純承認】

熟慮期間内に相続放棄も限定承認もしなければ、自動的に単純承認したことになります。また、相続財産を一部でも処分(費消、売却など)した場合も、単純承認とみなされますので、注意が必要です。

【相続放棄】

負債が多い場合に有効な選択肢です。家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出し、受理されることで、初めから相続人ではなかったことになります。2011年には全国で16万件以上の相続放棄がなされており、現代社会における一つの重要な選択肢となっています。

  • 手続きの流れ
    1. 必要書類(被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本、申述人の戸籍謄本など)の収集
    2. 相続放棄申述書の作成
    3. 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所への申述
    4. 裁判所からの照会書への回答
    5. 「相続放棄申述受理通知書」の受領

【限定承認】

プラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いか不明な場合に有効です。しかし、手続きが非常に煩雑で、相続人全員が共同で行う必要があるなど、要件が厳しいため、2011年の利用件数は889件と、極めて少ないのが現状です。

  • 主な手続き
    1. 相続財産の目録を作成し、家庭裁判所に提出
    2. 官報での公告(債権者に申し出を促すため)
    3. 財産の換価(競売など)
    4. 債権者への弁済
    5. 残余財産の分配

また、限定承認をした場合、被相続人から相続財産を時価で譲渡したとみなされ、「みなし譲渡所得税」が課税される可能性がある点にも、注意が必要です。

3.近年の法改正と、知っておくべきこと

社会の変化とともに、相続に関する法律もまた、進化を続けています。

  • 相続登記の義務化(2024年4月1日施行): これまで任意だった不動産の相続登記が義務化されました。相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内に登記申請をしなければ、過料の対象となる可能性があります。所有者不明土地問題を解消するための重要な改正です。
  • 遺産分割の期間制限(2023年4月1日施行): 相続開始から10年を経過すると、原則として、法定相続分または指定相続分による画一的な分割しかできなくなりました。特別受益(生前贈与など)や寄与分(被相続人の財産維持への貢献)の主張も10年以内に行う必要があります。

これらの法改正は、我々に「先延ばしにしない」ことの重要性を教えてくれます。相続は、時に複雑で、感情的な対立を生むこともありますが、放置することで、より困難な状況を招きかねないのです。

おわりに

相続は、単なる財産の移転ではありません。故人の生きた証、その想いを受け継ぎ、未来へとつないでいく、荘厳な儀式ともいえるでしょう。そこには、法律や経済合理性だけでは測れない、家族の歴史や、人と人との深いつながりが存在します。

我々、中川総合法務オフィスは、法律の専門家であると同時に、皆様の人生に寄り添うパートナーでありたいと願っています。複雑な手続きの向こう側にある、皆様の「想い」を大切にし、最善の解決策を共に模索してまいります。

相続に関するお悩みは、一人で抱え込まず、どうぞお気軽にご相談ください。初回のご相談(30分~50分)は無料です。ご自宅や病院、施設への訪問、オンラインでのご相談も承っております。

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