はじめに

取適法の執行体制において、第8条と第9条は極めて重要な位置を占める条文である。第8条は行政機関による予防的な指導・助言の権限を定め、第9条は中小企業庁長官による能動的な調査と公正取引委員会への措置請求権を規定している。これらの条文は、下請法とは異なる独自の執行メカニズムを構築しており、委託事業者にとっては行政対応の実務を理解する上で不可欠な知識となる。

本稿では、両条文の趣旨、要件、実務上の留意点について詳細に解説していく。

第8条の構造と趣旨

第8条の条文構造

第8条は「公正取引委員会、中小企業庁長官又は製造委託等に関する取引に係る事業を所管する大臣」という三者に、「委託事業者に対し、指導及び助言をすることができる」権限を付与している。この条文は、違反行為に対する制裁的措置の前段階として、予防的・教育的なアプローチを可能にする重要な規定である。

予防行政の重視

取適法における第8条の最大の特徴は、予防行政を重視している点にある。違反行為が発生してから措置を講じるのではなく、違反が生じる前の段階で行政機関が積極的に関与し、委託事業者の自主的な改善を促す仕組みである。この予防的アプローチは、中小受託事業者の保護という法目的を効果的に達成するための手段として機能する。

下請法との比較における特徴

下請法においても親事業者に対する指導は行われたが、取適法第8条はより明確に指導・助言の権限を法定している点に特色がある。これにより、行政機関は違反の疑いがある段階や、取引慣行として問題がある場合でも、柔軟に対応することが可能となっている。

指導・助言の権限主体

公正取引委員会の役割

公正取引委員会は、独占禁止法を所管する独立行政委員会として、取適法の執行においても中心的な役割を担う。公正取引委員会による指導・助言は、独占禁止法や下請法の運用で蓄積された専門的知見に基づいて行われるため、取引の公正性に関する高度な判断が期待される。

公正取引委員会は、第5条違反の有無を判断する最終的な権限を有しており、第8条による指導・助言は、違反認定に至る前の段階での行政指導として位置づけられる。委託事業者としては、公正取引委員会からの指導・助言を受けた場合、極めて重く受け止め、速やかに対応することが求められる。

中小企業庁長官の役割

中小企業庁長官は、中小企業政策の総合的な推進を担う立場から、取適法の執行にも関与する。中小企業庁長官による指導・助言は、中小企業の実情を踏まえた実務的な観点からのアドバイスとなることが多い。特に、中小受託事業者の経営実態や業界特性を理解した上での指導が期待される。

中小企業庁長官は、次条の第9条で独自の調査権限と措置請求権を有しているため、第8条による指導・助言の段階で改善が見られない場合には、より強力な対応に移行する可能性がある点にも留意が必要である。

所管大臣の役割

「製造委託等に関する取引に係る事業を所管する大臣」とは、各業種を所管する主務大臣を指す。例えば、製造業であれば経済産業大臣、建設業であれば国土交通大臣といった形で、業種ごとに異なる大臣が指導・助言の権限を持つ。

所管大臣による指導・助言は、当該業界の特性や商慣行を踏まえた専門的な観点から行われることが特徴である。業界団体への指導や、業界全体に対する啓発活動と連動して実施されることも多い。

指導・助言の要件と内容

「この法律の施行に関し必要があると認めるとき」の意味

第8条の指導・助言は、「この法律の施行に関し必要があると認めるとき」に行われる。この要件は比較的緩やかであり、必ずしも第5条違反が明確に認められる場合に限定されない。違反のおそれがある場合や、取引慣行として問題がある場合にも、予防的に指導・助言を行うことが可能である。

「必要があると認めるとき」という要件は、行政機関に一定の裁量を認めるものである。この裁量は恣意的に行使されるものではなく、中小受託事業者保護という法目的に照らして、合理的に判断される必要がある。

指導・助言の具体的内容

指導・助言の内容は、個別の事案に応じて様々である。典型的には、支払期日の設定方法の改善、契約書の記載内容の見直し、社内規程の整備、取引条件の明確化などが含まれる。また、法令の解釈に関する説明や、望ましい取引慣行についての情報提供も指導・助言の一環として行われる。

指導・助言は任意の行政指導であり、法的な強制力はない。しかし、行政機関からの指導を無視し続けた場合、第9条による調査や、最終的には第5条違反としての措置につながる可能性があるため、委託事業者は真摯に対応すべきである。

指導・助言と勧告・公表の関係

取適法第8条の指導・助言は、勧告よりも柔軟で非公式な行政指導として位置づけられる。ただし、指導・助言に従わない場合には、第9条の手続きを経て、公正取引委員会による正式な措置につながる可能性がある。

第9条の構造と趣旨

第9条の条文構造

第9条は、中小企業庁長官に二つの権限を付与している。第一に、「委託事業者について第五条の規定に違反する事実があるかどうかを調査」する権限である。第二に、「その事実があると認めるときは、公正取引委員会に対し、この法律の規定に従い適当な措置をとるべきことを求める」権限である。

中小企業庁長官の独自調査権限の意義

第9条の最大の特徴は、中小企業庁長官に独自の調査権限を認めている点である。公正取引委員会だけでなく、中小企業政策を所管する中小企業庁長官も、第5条違反の有無について調査できることは、中小受託事業者保護の実効性を高める上で重要な意義を持つ。

中小企業庁は全国に地方支分部局を有しており、地域の中小企業との接点も多い。このため、地域における取引慣行の実態や、個別の中小受託事業者からの相談を踏まえた調査が可能となる。また、中小企業政策の一環として、系統的な実態調査を実施することもできる。

公正取引委員会への措置請求権

中小企業庁長官の調査により第5条違反の事実があると認められた場合、公正取引委員会に対して「適当な措置をとるべきことを求める」ことができる。これは、中小企業庁長官から公正取引委員会への一種の付議制度である。

公正取引委員会は、中小企業庁長官からの請求を受けた場合、独自の判断で措置の要否を決定する。中小企業庁長官の請求は、公正取引委員会を法的に拘束するものではないが、実務上は重要な端緒情報として扱われる。

調査の対象と方法

調査対象としての「委託事業者」

第9条の調査対象は「委託事業者」である。これは第2条第3項で定義される、製造委託等をする事業者を指す。中小企業庁長官は、中小受託事業者からの申告や相談を端緒として、当該中小受託事業者に対して製造委託等を行っている委託事業者を調査することになる。

調査は、特定の委託事業者に対する個別調査の形をとる場合もあれば、業界全体に対する実態調査の形をとる場合もある。後者の場合、複数の委託事業者に対して一斉にアンケート調査や聞き取り調査が実施されることがある。

調査の方法と権限

第9条自体には具体的な調査方法の規定はないが、中小企業庁長官は行政機関として、任意の調査を行う権限を有する。具体的には、委託事業者に対する質問、資料提出の要請、ヒアリングの実施などが考えられる。

これらの調査は任意の協力を前提とするものであり、強制力はない。しかし、正当な理由なく調査への協力を拒否した場合、公正取引委員会への措置請求の際に不利な事情として考慮される可能性がある。

中小受託事業者からの情報提供

実務上、第9条の調査は、中小受託事業者からの相談や情報提供を端緒として開始されることが多い。中小受託事業者が、取引先である委託事業者の支払遅延等について中小企業庁に相談した場合、中小企業庁長官は第9条に基づく調査を開始することができる。

中小受託事業者にとっては、公正取引委員会だけでなく、中小企業庁という相談先が実質的に機能することで、より相談しやすい環境が整備されている。

措置請求の要件と効果

「事実があると認めるとき」の判断

中小企業庁長官が公正取引委員会に措置請求を行うのは、調査の結果「第五条の規定に違反する事実があると認めるとき」である。この判断は、中小企業庁長官が独自に行う。ただし、最終的な違反認定は公正取引委員会の権限であり、中小企業庁長官の判断が公正取引委員会を拘束するものではない。

中小企業庁長官としては、一定程度の確信を持って違反事実があると判断した場合に、措置請求を行うことになる。単なる疑いの段階では、第8条による指導・助言にとどめることも考えられる。

「適当な措置をとるべきこと」の意味

措置請求の内容は「この法律の規定に従い適当な措置をとるべきこと」である。具体的な措置の内容は、公正取引委員会の判断に委ねられる。取適法における公正取引委員会の措置としては、第5条違反の認定、違反行為の是正指示、公表などが考えられる。

中小企業庁長官は、具体的な措置内容まで指定して請求するのではなく、公正取引委員会の専門的判断に委ねる形で請求を行う。これは、独占禁止法や下請法の運用における公正取引委員会の専門性を尊重した制度設計である。

措置請求後の手続き

中小企業庁長官から措置請求を受けた公正取引委員会は、独自の調査権限に基づいて事実関係を確認する。公正取引委員会は、中小企業庁長官の調査結果を参考にしつつも、独立して判断を行う。

公正取引委員会が違反事実を認定した場合には、委託事業者に対して必要な措置を講じる。一方、違反事実が認められないと判断した場合には、措置は行われない。いずれの場合も、公正取引委員会は中小企業庁長官に対して結果を通知することが望ましい。

実務上の留意点

委託事業者の対応姿勢

委託事業者としては、第8条による指導・助言や、第9条による調査に対して、真摯に対応することが重要である。特に第8条の段階で指導・助言を受けた場合には、これを改善の機会と捉え、自主的に取引条件の見直しを行うべきである。

指導・助言の段階で適切に対応すれば、第9条の措置請求や、公正取引委員会による正式な措置を回避できる可能性が高い。コンプライアンスの観点からは、行政機関からの指摘を待つのではなく、日頃から取引条件の適正化に努めることが求められる。

社内体制の整備

行政機関からの指導・助言や調査に適切に対応するためには、社内体制の整備が不可欠である。具体的には、取適法に関する社内規程の整備、担当部署の明確化、契約書のひな型整備、支払管理システムの構築などが必要となる。

また、第一線の営業担当者や購買担当者に対する継続的な教育も重要である。法令違反のリスクを理解し、問題が生じた場合には速やかに上司や法務部門に報告できる体制を構築すべきである。

記録の保存と説明責任

行政機関からの調査に対して適切に説明するためには、日頃から取引に関する記録を適切に保存しておくことが重要である。契約書、注文書、納品書、請求書、支払記録などの基本的な書類はもちろん、取引条件の交渉経緯や、支払期日の設定根拠なども記録化しておくべきである。

特に、支払遅延が生じた場合には、その理由や経緯を明確に説明できるようにしておく必要がある。正当な理由がある場合でも、記録がなければ行政機関に対して説明することが困難となる。

業界団体との連携

取適法の適正な運用のためには、業界団体の役割も重要である。業界団体は、会員企業に対する研修や啓発活動を通じて、法令遵守の徹底を図ることができる。また、業界特有の商慣行や取引実態について、行政機関と情報交換を行うことも有益である。

委託事業者としては、所属する業界団体を通じて、取適法に関する最新情報を入手し、他社の事例から学ぶことも有効な対策となる。

第8条・第9条の相互関係と執行体制

予防から措置へのプロセス

第8条と第9条は、取適法の執行において段階的なプロセスを構成している。まず第8条により、予防的な指導・助言が行われる。この段階で改善が見られない場合や、より重大な違反が疑われる場合には、第9条による調査と措置請求のプロセスに移行する。

このような段階的アプローチは、委託事業者に自主的な改善の機会を与えつつ、必要な場合には実効的な措置を講じることができる柔軟な制度設計である。委託事業者としては、早期の段階で対応することが、リスク管理の観点から重要となる。

複数行政機関の連携

取適法の執行においては、公正取引委員会、中小企業庁、所管大臣という複数の行政機関が関与する。これらの機関は、それぞれの専門性と権限を活かして、連携しながら法執行に当たることが期待される。

実務上は、中小企業庁や所管大臣が第8条により指導・助言を行い、必要に応じて公正取引委員会に情報提供するという連携が想定される。また、中小企業庁長官による第9条の措置請求は、このような連携の具体的な形態の一つである。

他の法令との関係

取適法の執行は、下請法や独占禁止法の執行とも密接に関連する。公正取引委員会は、これらの法令を一体的に運用することで、より実効的な法執行を実現できる。委託事業者としては、取適法だけでなく、下請法や独占禁止法の遵守も含めた総合的なコンプライアンス体制の構築が求められる。

特に、製造委託等が下請法の対象にもなる場合には、両法の適用関係を正確に理解し、いずれの法令についても遵守する必要がある。行政機関による指導や調査も、複数の法令にまたがって実施されることがある。

まとめ

取適法第8条・第9条は、行政機関による指導・助言権限と、中小企業庁長官の調査・措置請求権を定めた重要な条文である。第8条は予防行政の観点から柔軟な指導・助言を可能にし、第9条は中小企業保護の実効性を高めるための独自の調査・措置請求権を規定している。

委託事業者としては、これらの規定を正確に理解し、行政機関からの指導・助言には真摯に対応し、調査には積極的に協力する姿勢が求められる。日頃から適正な取引条件の設定と社内体制の整備に努めることで、法令違反のリスクを未然に防止することが可能となる。

取適法の執行体制は、公正取引委員会、中小企業庁、所管大臣の連携により、予防から措置までの段階的かつ実効的な法執行を実現する仕組みとなっている。委託事業者には、この執行体制を理解した上で、自主的なコンプライアンスの向上に取り組むことが期待される。


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