はじめに:取適法における罰則の位置づけ
中小受託取引適正化法(以下「取適法」という)は、中小受託事業者を保護するために委託事業者に対して様々な義務を課している。これらの義務の実効性を確保するため、同法は第14条から第16条において罰則規定を設けている。
本稿では、取適法の罰則規定について、その対象となる違反行為、刑罰の内容、そして実務上の注意点を詳しく解説する。特に、企業のコンプライアンス担当者や経営者にとって、これらの罰則規定を正確に理解することは、法令違反を未然に防ぐために極めて重要である。
(罰則)
第十四条 次の各号のいずれかに該当する場合には、その違反行為をした委託事業者の代表者、代理人、使用人その他の従業者は、五十万円以下の罰金に処する。
一 第四条第一項の規定に違反して明示すべき事項を明示しなかつたとき。
二 第四条第二項の規定に違反して書面を交付しなかつたとき。
三 第七条の規定に違反して、書類若しくは電磁的記録を作成せず、若しくは保存せず、又は虚偽の書類若しくは電磁的記録を作成したとき。
第十五条 第十二条第一項から第三項までの規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又はこれらの規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したときは、その違反行為をした者は、五十万円以下の罰金に処する。
第十六条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、前二条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の刑を科する。
第14条:委託事業者の違反行為に対する罰則
罰則の対象となる主体
第14条は、違反行為をした「委託事業者の代表者、代理人、使用人その他の従業者」を処罰対象としている。これは、実際に違反行為を行った個人を罰するという趣旨である。したがって、例えば発注担当者が書面交付を怠った場合、その担当者個人が罰則の対象となり得る。
ここでいう「代表者」とは取締役社長などの法人の代表権を有する者を指し、「代理人」は委託事業者から委任を受けて取引行為を行う者、「使用人その他の従業者」は従業員や派遣社員など、委託事業者の指揮命令下にある者全般を含む概念である。
第1号:明示義務違反(50万円以下の罰金)
第14条第1号は、第4条第1項の規定に違反して明示すべき事項を明示しなかった場合を処罰対象としている。第4条第1項は、委託をする際に給付の内容、下請代金の額、支払期日などの重要事項を書面等により明示することを義務付けている。
この義務は、中小受託事業者が取引条件を正確に把握し、後日の紛争を防止するために極めて重要である。明示を全く行わなかった場合はもちろん、明示した内容が不十分で法定事項の一部が欠けている場合も、本号の違反に該当する可能性がある。
実務上、口頭での発注や、メールでの簡単な連絡のみで済ませてしまうケースが散見されるが、これらは明示義務違反として罰則の対象となり得る。必ず法定事項を漏れなく記載した書面等を交付する必要がある。
第2号:書面交付義務違反(50万円以下の罰金)
第14条第2号は、第4条第2項の規定に違反して書面を交付しなかった場合を処罰対象としている。第4条第2項は、委託後に給付の内容等について変更があった場合や、第1項の書面等の記載事項に追加すべき事項が生じた場合に、直ちに書面等を交付することを義務付けている。
実務では、当初の発注後に仕様変更や納期変更が生じることは珍しくない。しかし、このような変更が生じた際に、口頭での連絡や電話での指示のみで済ませてしまい、書面等の交付を怠るケースが多い。このような場合、本号の違反として罰則の対象となる。
変更が生じた場合は、その都度速やかに変更内容を記載した書面等を交付する社内体制を構築しておくことが、違反防止のために不可欠である。
第3号:書類・電磁的記録の作成・保存義務違反(50万円以下の罰金)
第14条第3号は、第7条の規定に違反して、書類若しくは電磁的記録を作成せず、若しくは保存せず、又は虚偽の書類若しくは電磁的記録を作成した場合を処罰対象としている。
第7条は、委託事業者に対して、給付の内容、下請代金の額、支払期日、実際の支払日などを記載した書類等を作成し、2年間保存することを義務付けている。この規定は、取引の透明性を確保し、後日の紛争発生時に取引実態を検証可能とするために設けられている。
本号の違反態様は以下の3つに分類される。
書類等を作成しない場合:取引記録を全く作成していない場合がこれに該当する。実務上、口頭での発注や簡易な取引の場合に記録作成を怠るケースがあるが、取引の規模や金額に関わらず、全ての取引について記録を作成する義務がある。
書類等を保存しない場合:一旦は作成したものの、保存期間中に廃棄してしまった場合や、保存方法が不適切で記録が滅失した場合がこれに該当する。保存期間は2年間であり、この期間中は確実に保存できる体制を整える必要がある。
虚偽の書類等を作成した場合:実際の取引内容と異なる内容を記載した書類等を作成した場合がこれに該当する。例えば、実際には支払っていないのに支払済みと記載したり、実際の発注内容と異なる内容を記載したりする行為がこれに当たる。
この義務違反は、公正取引委員会等による調査の妨害にもつながる悪質な行為と評価されるため、罰則の対象とされている。
第15条:報告・検査義務違反に対する罰則
罰則の対象となる主体
第15条は、報告義務違反や検査妨害等の行為をした「者」を処罰対象としている。この「者」には、委託事業者の役職員だけでなく、中小受託事業者やその他の関係者も含まれ得る。ただし、実務上は委託事業者側の違反が問題となるケースが大半である。
報告義務違反・虚偽報告(50万円以下の罰金)
第12条第1項から第3項は、公正取引委員会、中小企業庁長官、主務大臣が、取適法の施行に必要な限度で、委託事業者や中小受託事業者に対して報告を求めることができる旨を規定している。
この報告要求に対して、報告をしなかった場合や、虚偽の報告をした場合は、第15条により50万円以下の罰金に処せられる。報告義務は行政機関が取適法違反の有無を調査し、適切な措置を講じるために不可欠な手段であり、これを拒否したり虚偽の情報を提供したりする行為は、法の執行を妨害する悪質な行為として処罰対象とされている。
実務上、報告要求があった場合は、速やかに正確な情報を提供することが求められる。報告内容に誤りがあれば、それが意図的でなくても虚偽報告と評価される可能性があるため、報告書の作成に際しては十分な確認と検証が必要である。
検査拒否・妨害・忌避(50万円以下の罰金)
第12条第1項から第3項は、報告徴収権限とともに、公正取引委員会等の職員による立入検査の権限も規定している。この立入検査を拒んだり、妨害したり、忌避したりした場合も、第15条により50万円以下の罰金に処せられる。
検査を拒むとは、検査官の立入りを明示的に拒否する行為を指す。例えば、事業所の入口で検査官の立入りを物理的に阻止する行為などがこれに該当する。
検査を妨げるとは、検査の実施を困難にする積極的な行為を指す。例えば、検査対象となる書類を隠匿する、検査官の質問に対して虚偽の説明をする、検査の進行を意図的に遅延させるなどの行為がこれに該当する。
検査を忌避するとは、検査から逃れようとする消極的な行為を指す。例えば、検査官が訪問した際に不在を装う、検査予定日に事業所を閉鎖するなどの行為がこれに該当する。
行政機関による検査は、法令遵守状況を確認し、違反行為を発見・是正するために重要な手段である。検査に協力することは事業者の義務であり、これを拒否・妨害・忌避する行為は法の執行を阻害する重大な違反として処罰対象とされている。
第16条:両罰規定の意義と適用
両罰規定とは何か
第16条は、いわゆる「両罰規定」を定めている。両罰規定とは、従業員等が業務に関して違反行為を行った場合に、その行為者個人を処罰するだけでなく、使用者である法人または個人事業主も処罰する規定である。
取適法においては、第14条または第15条の違反行為を法人の代表者や従業員等が行った場合、その行為者を罰するほか、その法人または個人事業主に対しても同じ刑罰(50万円以下の罰金)が科される。
両罰規定の趣旨
両罰規定が設けられている趣旨は、以下の点にある。
まず第一に、法人組織における違反行為の多くは、組織的な背景や組織の利益のために行われることが多い。従業員個人のみを処罰しても、組織自体に制裁を加えなければ、違反行為の抑止効果が十分でない。法人自体を処罰することで、法人に対してコンプライアンス体制の構築を促す効果がある。
第二に、法人には従業員の行為を監督する責任がある。従業員の違反行為は、法人の監督不十分の結果とも評価できる。したがって、法人にも一定の責任を負わせることが合理的である。
第三に、取適法の保護対象である中小受託事業者の立場からすれば、違反行為を行った従業員個人から損害を回復することは困難な場合が多い。法人を処罰対象とすることで、実効的な被害回復の可能性を高めることができる。
適用される主体と要件
第16条は、「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」が違反行為を行った場合に適用される。ここでいう「人」とは個人事業主を指す。
適用要件は、これらの者が「その法人又は人の業務に関し」違反行為を行ったことである。「業務に関し」とは、外形的・客観的に見て、その行為が事業の執行に関連してなされたと認められる場合を意味する。必ずしも法人の利益のために行われた必要はなく、また法人の指示や承認がなくても、業務の一環として行われたと評価できれば足りる。
例えば、発注担当の従業員が独断で書面交付を怠った場合でも、その行為が発注業務の一環として行われたものである以上、法人も処罰対象となる。たとえ法人が書面交付を徹底するよう指示していたとしても、両罰規定の適用は免れない。
実務上の重要性
両罰規定の存在は、企業のコンプライアンス体制構築にとって極めて重要な意味を持つ。従業員個人の違反行為であっても、企業自体が刑事罰を受けるリスクがあるという事実は、経営者に対して強力な動機付けとなる。
したがって、企業は以下のような対策を講じる必要がある。
まず、取適法の内容について、関係する全ての従業員に対して定期的な研修を実施し、違反行為の防止を徹底する必要がある。特に、発注担当者や下請取引に関わる部署の従業員に対しては、具体的な事例を交えた実践的な教育が不可欠である。
次に、書面交付や記録保存などの法定義務を確実に履行するための社内体制を構築する必要がある。例えば、発注時に必ず法定事項を記載した書面を作成・交付するシステムを導入する、記録の作成・保存状況を定期的にチェックする仕組みを設けるなどの対策が考えられる。
さらに、内部監査や自主点検を定期的に実施し、違反行為の有無を早期に発見・是正する体制を整えることも重要である。万が一違反行為が発覚した場合には、速やかに是正措置を講じるとともに、再発防止策を策定・実施する必要がある。
罰則適用のプロセスと実務上の影響
罰則適用までの流れ
取適法違反に対する罰則の適用は、以下のようなプロセスを経て行われる。
まず、公正取引委員会等が調査により違反行為を発見した場合、または通報や申告により違反の疑いが生じた場合、報告徴収や立入検査などの調査が実施される。調査の結果、第14条または第15条に該当する違反行為が認められた場合、公正取引委員会等は検察庁に告発を行う。
告発を受けた検察庁は、さらに捜査を行い、起訴の要否を判断する。起訴された場合、刑事裁判手続が進行し、有罪判決が確定すれば罰金刑が科される。
ただし、実務上は、明白な違反行為がある場合でも、直ちに刑事告発が行われるわけではない。多くの場合、まず行政指導や勧告などの行政措置が講じられ、それでも改善が見られない悪質なケースについて刑事告発が行われる傾向にある。
罰則以外の不利益
取適法違反により罰則を科されることの影響は、罰金の支払いだけにとどまらない。より重大なのは、刑事罰を受けたという事実が企業の社会的信用に与える影響である。
まず、刑事罰を受けたことが報道されれば、企業のレピュテーションは大きく毀損される。コンプライアンス違反企業というレッテルが貼られ、取引先からの信頼を失う可能性が高い。
また、官公庁の入札参加資格において、刑事罰を受けた企業は一定期間参加資格を停止される場合がある。これにより、公共事業から排除されるという経済的不利益を被る。
さらに、取引先企業の多くは、サプライヤー選定に際してコンプライアンス遵守状況を重視する傾向にある。刑事罰を受けた事実は、取引関係の見直しや新規取引の障害となる可能性がある。
従業員の士気や採用活動にも悪影響が及ぶ。コンプライアンス意識の高い優秀な人材は、法令違反を犯した企業で働くことを避ける傾向にある。
コンプライアンス体制構築のポイント
予防的措置の重要性
罰則規定の存在を踏まえると、違反行為が発生してから対処するのでは遅すぎる。事前に違反を防止するための体制を構築することが、企業にとって最も重要な課題である。
社内規程の整備:まず、取適法の要求事項を社内規程に反映させる必要がある。発注手続規程、書面交付規程、記録管理規程などを整備し、法定義務の履行方法を明確化する。規程は単に作成するだけでなく、実際の業務フローに即した実効性のある内容とすることが重要である。
教育研修の実施:関係部署の従業員に対して、定期的な教育研修を実施する。研修内容は、取適法の基本的な仕組み、具体的な義務内容、違反事例、罰則の内容などを含むべきである。特に、新入社員や人事異動で新たに関連部署に配属された従業員に対しては、必ず研修を実施する必要がある。
チェック体制の構築:書面交付や記録作成が確実に行われているかを定期的にチェックする体制を構築する。例えば、月次で書面交付状況を確認する、記録保存の状況を監査部門が定期的に監査するなどの仕組みが考えられる。
システム化の推進:人的なミスを防ぐため、可能な限りシステム化を推進することが有効である。例えば、発注システムに法定記載事項を必須入力項目として設定する、書面を自動生成する機能を実装する、記録を電子的に保存し検索・閲覧を容易にするなどの対策が考えられる。
違反発覚時の対応
万が一、違反行為が発覚した場合の対応も、あらかじめ準備しておく必要がある。
まず、違反事実を正確に把握し、その原因を分析する。違反が個人の不注意によるものか、システム的な問題によるものか、組織的な問題によるものかを見極める必要がある。
次に、直ちに是正措置を講じる。例えば、書面を交付していなかった場合は速やかに交付する、記録を作成していなかった場合は可能な範囲で作成するなどの対応が考えられる。
さらに、再発防止策を策定し実施する。違反の原因に応じて、規程の見直し、教育の強化、チェック体制の改善などを行う。
公正取引委員会等から調査や指導があった場合は、誠実に対応し、協力する姿勢を示すことが重要である。隠蔽や虚偽報告は事態を悪化させるだけでなく、第15条の罰則の対象となる。
まとめ:罰則規定の実効性確保に向けて
取適法の罰則規定は、同法の実効性を確保するための重要な手段である。第14条は書面交付義務違反等の基本的な義務違反を、第15条は報告・検査義務違反を、それぞれ処罰対象としている。そして第16条の両罰規定により、違反行為を行った従業員個人だけでなく、法人自体も処罰されることとなる。
これらの罰則は、最高50万円以下の罰金という金額面では必ずしも高額とは言えないかもしれない。しかし、刑事罰を受けることによる社会的信用の失墜、取引機会の喪失などの影響は、罰金額をはるかに超える損失をもたらす可能性がある。
したがって、企業は罰則を恐れるだけでなく、取適法の趣旨である中小受託事業者の保護という観点から、自主的にコンプライアンス体制を構築し、法令遵守を徹底することが求められる。それが結果的に、企業自身のリスク管理にもつながるのである。
取適法の罰則規定を正しく理解し、適切な対応を行うことで、企業は法的リスクを回避するとともに、公正な取引慣行の確立に貢献することができる。これは企業の社会的責任を果たすことでもあり、長期的な企業価値の向上にもつながる重要な取組みである。
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