はじめに
中小受託取引適正化法(取適法)第12条は、公正取引委員会、中小企業庁長官、所管大臣による報告徴収権と立入検査権を規定した条文である。この条文は、法律の実効性を確保するための極めて重要な権限を定めており、違反行為の発見と是正のための調査手段を提供している。
本条は、委託事業者と中小受託事業者の双方に対する調査権限を認めているが、それぞれの行政機関によって調査の目的と要件が異なる点に注意が必要である。また、企業再編があった場合の承継者への調査権限についても詳細に規定されており、実務上の重要性が高い。
(報告及び検査)
第十二条 公正取引委員会は、委託事業者(委託事業者が合併により消滅した場合にあつては合併後存続し、又は合併により設立された法人、委託事業者の分割により製造委託等に関する取引に係る事業の全部又は一部の承継があつた場合にあつては当該事業の全部又は一部を承継した法人、委託事業者の当該取引に係る事業の全部又は一部の譲渡があつた場合にあつては当該事業の全部又は一部を譲り受けた事業者。以下この条及び次条において同じ。)の中小受託事業者(中小受託事業者(法人に限る。)が合併により消滅した場合にあつては合併後存続し、又は合併により設立された法人、中小受託事業者(法人に限る。)の分割により当該取引に係る事業の全部又は一部の承継があつた場合にあつては当該事業の全部又は一部を承継した法人、中小受託事業者の当該取引に係る事業の全部又は一部の譲渡があつた場合にあつては当該事業の全部又は一部を譲り受けた事業者。以下この条及び次条において同じ。)に対する製造委託等に関する取引を公正にするため必要があると認めるときは、委託事業者若しくは中小受託事業者に対し、その委託事業者の中小受託事業者に対する製造委託等に関する取引に関する報告をさせ、又はその職員に委託事業者若しくは中小受託事業者の事務所若しくは事業所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
2 中小企業庁長官は、中小受託事業者の利益を保護するため特に必要があると認めるときは、委託事業者若しくは中小受託事業者に対し、その委託事業者の中小受託事業者に対する製造委託等に関する取引に関する報告をさせ、又はその職員に委託事業者若しくは中小受託事業者の事務所若しくは事業所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
3 製造委託等に関する取引に係る事業を所管する大臣は、中小企業庁長官の第九条の規定による調査に協力するため特に必要があると認めるときは、所管事業を営む委託事業者若しくは中小受託事業者に対し、その委託事業者の中小受託事業者に対する製造委託等に関する取引に関する報告をさせ、又はその職員にこれらの者の事務所若しくは事業所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
4 前三項の規定により職員が立ち入るときは、その身分を示す証明書を携帯し、関係人に提示しなければならない。
5 第一項から第三項までの規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。
第1項:公正取引委員会の調査権限
第1項は、公正取引委員会による報告徴収権と立入検査権を定めている。この権限は「製造委託等に関する取引を公正にするため必要があると認めるとき」に行使できる。
調査対象者の範囲
本項で特に注意すべきは、調査対象となる「委託事業者」と「中小受託事業者」の定義が、企業再編を考慮して拡張されている点である。
委託事業者については、単に現在の委託事業者だけでなく、合併により消滅した場合の合併後存続法人または新設法人、会社分割により事業を承継した法人、事業譲渡により事業を譲り受けた事業者も含まれる。これは、企業再編によって調査権限が及ばなくなることを防ぐための規定である。
同様に、中小受託事業者についても、法人に限定されるものの、合併、会社分割、事業譲渡による承継者が調査対象に含まれる。ただし、中小受託事業者の場合は「法人に限る」とされており、個人事業主が企業再編により消滅した場合の取扱いが異なる点に留意が必要である。
調査権限の内容
公正取引委員会が行使できる調査権限は、大きく分けて二つである。
第一に、報告徴収権である。これは、委託事業者または中小受託事業者に対し、製造委託等に関する取引について報告を求める権限である。報告の対象は「委託事業者の中小受託事業者に対する製造委託等に関する取引」であり、取引の実態、代金支払の状況、契約内容等、広範な事項が含まれる。
第二に、立入検査権である。公正取引委員会の職員は、委託事業者または中小受託事業者の事務所または事業所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査することができる。「その他の物件」には、電子データ、メール、契約書、伝票、会計帳簿など、取引の実態を示すあらゆる証拠資料が含まれる。
調査権限行使の要件
公正取引委員会が調査権限を行使するためには「製造委託等に関する取引を公正にするため必要があると認めるとき」という要件を満たす必要がある。この要件は比較的広く解釈されており、違反の疑いがある場合だけでなく、取引実態の把握や違反行為の予防のための調査も可能である。
第2項:中小企業庁長官の調査権限
第2項は、中小企業庁長官による報告徴収権と立入検査権を定めている。調査権限の内容自体は第1項と同様であるが、行使の要件が異なる。
調査権限行使の要件
中小企業庁長官が調査権限を行使できるのは「中小受託事業者の利益を保護するため特に必要があると認めるとき」である。この要件は、公正取引委員会の要件よりも限定的であり、中小受託事業者の利益保護という明確な目的が必要である。
「特に必要があると認めるとき」という文言は、通常の必要性よりも高い必要性を要求しており、中小企業庁長官の調査権限が補充的な性格を持つことを示している。具体的には、中小受託事業者からの申告や相談があった場合、業界全体で中小受託事業者の利益が侵害されている疑いがある場合などが想定される。
公正取引委員会との役割分担
取適法の執行においては、公正取引委員会が主たる執行機関であり、中小企業庁長官は中小企業政策の観点から補完的な役割を果たす。このため、中小企業庁長官の調査権限は、中小受託事業者の利益保護という特定の目的に限定されている。
実務上は、中小企業庁が中小受託事業者からの相談を受けた場合や、中小企業施策の一環として取引実態を把握する必要がある場合に、この権限が行使される。また、中小企業庁が調査の結果、違反行為を発見した場合には、公正取引委員会と連携して対応することになる。
第3項:所管大臣の調査権限
第3項は、製造委託等に関する取引に係る事業を所管する大臣による報告徴収権と立入検査権を定めている。
調査権限行使の要件
所管大臣が調査権限を行使できるのは「中小企業庁長官の第9条の規定による調査に協力するため特に必要があると認めるとき」である。第9条は、中小企業庁長官による取引実態の調査について定めた条文であり、所管大臣の調査権限は、この調査に協力するための補助的な権限として位置づけられている。
この要件は、三つの調査権限の中で最も限定的であり、所管大臣が独自の判断で調査を行うのではなく、中小企業庁長官の調査に協力するという明確な目的が必要である。
所管大臣の範囲
「製造委託等に関する取引に係る事業を所管する大臣」とは、委託事業者または中小受託事業者が営む事業を所管する大臣を指す。例えば、製造業であれば経済産業大臣、情報サービス業であれば総務大臣といった具合である。
所管大臣は、自らが所管する事業を営む委託事業者または中小受託事業者に対してのみ調査権限を行使できる。これは、各省庁の所管事業に関する専門知識を活用し、効率的な調査を可能にするための仕組みである。
縦割り行政の弊害を避ける仕組み
第3項の規定は、取適法の執行において、複数の行政機関が連携して効果的な調査を行うための仕組みを提供している。中小企業庁長官が取引実態を調査する際、特定の業界に関する専門的知識が必要な場合や、所管大臣が既に把握している情報を活用する必要がある場合に、所管大臣が協力することで、より実効性のある調査が可能になる。
第4項:身分証明書の携帯・提示義務
第4項は、立入検査を行う職員の手続的義務を定めている。これは、調査対象者の権利保護と調査の適正性を確保するための重要な規定である。
身分証明書の要件
立入検査を行う職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係人に提示しなければならない。この身分証明書は、当該職員が公正取引委員会、中小企業庁、または所管大臣の職員であることを証明するものであり、立入検査の権限を有することを示すものでなければならない。
身分証明書の提示は、立入検査の適法性を担保するための必須の手続である。提示がなければ、調査対象者は検査を拒否することができる。
関係人の権利
「関係人」とは、立入検査を受ける事務所または事業所の責任者や従業員など、検査に関係する者を指す。関係人は、職員に対して身分証明書の提示を求める権利を有しており、提示がない場合には検査に応じる義務はない。
この規定は、行政機関の権限濫用を防止し、調査対象者の権利を保護するための重要な歯止めとなっている。
第5項:犯罪捜査との区別
第5項は、立入検査の権限が犯罪捜査のために認められたものではないことを明確にしている。これは、行政調査と刑事手続の区別を明確にするための規定である。
行政調査の性質
取適法に基づく立入検査は、あくまでも行政目的、すなわち製造委託等に関する取引の公正化や中小受託事業者の利益保護のために認められた権限である。刑事訴訟法上の捜索・差押えとは性質が異なり、令状なしで行うことができる。
ただし、行政調査として行われた立入検査の結果、刑事罰に該当する違反行為が発見された場合には、別途、刑事手続が開始されることはあり得る。この場合でも、行政調査で得られた証拠が刑事手続で使用できるかどうかは、別途検討が必要である。
実務上の意義
この規定は、調査対象者に対し、立入検査が犯罪捜査ではないことを明確にすることで、過度な心理的圧迫を避け、調査への協力を得やすくする効果がある。また、調査を行う職員に対しても、行政調査の限界を自覚させ、権限の濫用を防止する意義がある。
ただし、犯罪捜査ではないからといって、調査を軽視してはならない。立入検査の結果は、勧告、公表、罰則の適用など、企業にとって重大な影響を及ぼす可能性がある。
企業再編と調査権限の承継
本条の特徴的な点は、企業再編があった場合の調査権限について詳細に規定していることである。これは、企業再編を利用して調査を免れることを防ぐための重要な規定である。
合併の場合
委託事業者または中小受託事業者が合併により消滅した場合、合併後存続する法人または合併により設立された法人が調査対象となる。吸収合併であれば存続会社が、新設合併であれば新設会社が、消滅会社が行っていた取引について調査を受けることになる。
これは、合併により法人格が消滅しても、取引関係や違反行為の効果は承継されるという考え方に基づいている。
会社分割の場合
委託事業者または中小受託事業者が会社分割により製造委託等に関する取引に係る事業の全部または一部を承継させた場合、その事業を承継した法人が調査対象となる。
会社分割の場合、特定の事業部門が分離されるため、「当該事業の全部又は一部を承継した法人」という限定が付されている。これは、承継した事業に関する取引についてのみ調査権限が及ぶことを意味している。
事業譲渡の場合
委託事業者または中小受託事業者が製造委託等に関する取引に係る事業の全部または一部を譲渡した場合、その事業を譲り受けた事業者が調査対象となる。
事業譲渡の場合も会社分割と同様、譲り受けた事業に関する取引についてのみ調査権限が及ぶ。ただし、事業譲渡の場合は譲渡人の法人格は存続するため、譲渡人も譲渡前の取引については引き続き調査対象となり得る。
実務上の留意点
企業再編を行う際には、取適法上の調査権限が承継者に及ぶことを認識しておく必要がある。デューデリジェンスの段階で、対象会社の取適法違反リスクを十分に調査し、必要に応じて表明保証や補償条項を契約に盛り込むことが重要である。
また、企業再編後も、承継前の取引について調査を受ける可能性があるため、関連する帳簿書類等を適切に保管しておく必要がある。
調査への対応実務
実際に報告徴収や立入検査を受けた場合、企業としてどのように対応すべきかを理解しておくことが重要である。
報告徴収への対応
報告徴収を受けた場合、求められた事項について正確かつ誠実に報告する義務がある。虚偽の報告や報告の拒否は、第14条により罰則の対象となる。
報告の準備にあたっては、社内の関係部署から情報を収集し、事実関係を正確に把握することが重要である。必要に応じて、弁護士等の専門家に相談しながら対応することが望ましい。
報告内容については、求められた事項に正確に答えることが基本であるが、過度に詳細な情報を提供する必要はない。ただし、隠蔽や虚偽報告は厳に慎むべきである。
立入検査への対応
立入検査の連絡を受けた場合、まず担当部署を明確にし、検査への対応体制を整える必要がある。検査当日は、身分証明書の提示を確認した上で、検査に協力する。
検査の際には、職員の求めに応じて帳簿書類等を提示するが、どのような資料が検査されたかを記録しておくことが望ましい。また、職員の質問には正確に答えるが、不明な点については安易に推測で答えず、確認してから回答する姿勢が重要である。
検査中に違反行為の指摘を受けた場合でも、その場で認否を明確にする必要はない。事実関係を確認し、必要に応じて専門家に相談した上で、適切に対応することが重要である。
調査後の対応
報告徴収や立入検査の後、違反が認められた場合には、勧告や公表などの措置がとられる可能性がある。また、改善措置を求められることもある。
違反が指摘された場合には、速やかに是正措置を講じるとともに、再発防止策を策定し、実施することが重要である。また、必要に応じて、社内のコンプライアンス体制を見直し、強化することが求められる。
本条の実効性確保機能
第12条は、取適法の実効性を確保するための中核的な規定である。報告徴収権と立入検査権という強力な調査権限を行政機関に付与することで、違反行為の発見と是正を可能にしている。
抑止効果
調査権限の存在自体が、違反行為に対する抑止効果を持つ。委託事業者は、いつ調査を受けるか分からないという認識を持つことで、法令遵守への動機づけが高まる。
違反行為の発見
報告徴収や立入検査により、中小受託事業者の申告だけでは発見できない違反行為を発見することができる。特に、帳簿書類等の客観的証拠を検査することで、違反の事実を確実に把握することができる。
行政機関間の連携
公正取引委員会、中小企業庁長官、所管大臣がそれぞれ調査権限を持ち、相互に連携することで、より効果的な法執行が可能になる。各機関の専門性と情報を活用することで、取引実態の多角的な把握が可能である。
コンプライアンス上の実務対応
取適法第12条の調査権限に適切に対応するためには、日頃からのコンプライアンス体制の整備が不可欠である。
社内体制の整備
取適法に関する社内規程を整備し、担当部署を明確にすることが重要である。発注業務を行う部署に対しては、取適法の要求事項を周知徹底し、遵守させる体制を構築する必要がある。
また、調査を受けた場合の対応手順をあらかじめ定めておくことで、迅速かつ適切な対応が可能になる。
記録の保管
取引に関する帳簿書類、契約書、発注書、納品書、請求書、支払記録等を適切に保管しておくことが重要である。調査を受けた際に、速やかに資料を提示できる体制を整えておく必要がある。
特に、書面の交付義務や支払期日の遵守状況を示す証拠資料は、確実に保管しておくべきである。
定期的な自己点検
調査を受ける前に、自社の取引実態が取適法に適合しているかを定期的に点検することが重要である。問題が発見された場合には、速やかに是正措置を講じることで、重大な違反を未然に防ぐことができる。
おわりに
取適法第12条は、報告徴収権と立入検査権という強力な調査権限を定めた条文である。公正取引委員会、中小企業庁長官、所管大臣がそれぞれの役割に応じて調査権限を行使することで、取適法の実効性が確保されている。
企業としては、この調査権限の存在を認識し、日頃から取適法を遵守する体制を整備しておくことが重要である。万が一調査を受けた場合には、誠実に対応するとともに、必要に応じて専門家の助言を得ながら適切に対処することが求められる。
取適法違反は、勧告・公表による社会的信用の失墜、罰則の適用、さらには下請法や独占禁止法との関係でも問題となる可能性がある。企業のコンプライアンス体制の一環として、取適法への対応を確実に行うことが、企業価値の保全と持続的な成長のために不可欠である。
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