はじめに
中小受託取引適正化法(取適法)において、中小受託事業者の保護の中核となるのが支払期日の規制と書面交付義務である。第3条は製造委託等代金の支払期日について、第4条は取引条件の明示方法について定めている。これらは単なる努力義務ではなく、違反すれば公正取引委員会による勧告・公表の対象となる重要な規定である。
本稿では、公正取引委員会の運用基準や通達を参照しながら、実務上の留意点を詳しく解説する。
第3条第1項:支払期日の基本原則
条文の構造
第3条第1項は、製造委託等代金の支払期日について、次の3つの要件を定めている。
第一に、起算点は「給付を受領した日」である。物品の製造委託や情報成果物作成委託の場合は納品を受けた日、役務提供委託や特定運送委託の場合は役務の提供を受けた日が起算点となる。
第二に、支払期日は受領日から「60日以内」に定めなければならない。これは法定の上限期間であり、いかなる理由があっても延長は認められない。
第三に、支払期日は「できる限り短い期間内」に定めなければならない。60日以内であればよいというものではなく、可能な限り短縮する努力が求められる。
「給付を受領した日」の意義
「給付を受領した日」とは、委託事業者が中小受託事業者から物品や情報成果物の引渡しを受けた日、または役務の提供を受けた日を指す。公正取引委員会の運用基準によれば、たとえ委託事業者が検査を行う場合であっても、検査完了日ではなく受領日が起算点となる点に注意が必要である。
これは下請代金支払遅延等防止法(下請法)と同様の考え方であり、検査の長期化によって支払が遅延することを防止する趣旨である。
実務上、「検収日」や「検査合格日」を起算点とする契約書をしばしば見かけるが、取適法上は認められない。受領日から60日以内という期間制限は、検査期間も含めて計算される。
「60日以内」の計算方法
60日の計算は、民法の期間計算の原則に従う。受領日の翌日から起算して60日目が支払期日の上限となる。
例えば、9月15日に給付を受領した場合、翌日の9月16日から起算して60日目、すなわち11月14日が支払期日の上限である。(15日+31日+14日)。
なお、支払期日が金融機関の休業日に当たる場合の扱いについては、契約で明確にしておくべきである。多くの場合、翌営業日を支払日とする定めがなされているが、これも60日以内の枠内でなければならない。
「できる限り短い期間内」の意味
この文言は、単に60日以内であればよいというものではなく、業種や取引の実情に応じて可能な限り支払期日を短縮すべきことを求めている。
公正取引委員会の「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律の運用基準」では、業界の慣行として30日や45日で支払われている場合に、特段の理由なく60日を設定することは、この趣旨に反するおそれがあると指摘されている。
実務的には、自社の資金繰りや経理処理のサイクルだけで支払期日を決定するのではなく、中小受託事業者の資金繰りへの配慮が求められる。
第3条第2項:支払期日が定められない場合等のみなし規定
みなし規定の趣旨
第2項は、支払期日が定められなかった場合と、第1項に違反する支払期日が定められた場合について、法定の支払期日を定めるみなし規定である。
これにより、中小受託事業者は不明確な取引条件や違法な取引条件の下でも、一定の支払を請求する法的根拠を得ることができる。
支払期日が定められなかった場合
支払期日が全く定められなかった場合、「給付を受領した日」が支払期日とみなされる。つまり、受領と同時に支払義務が発生する。
実務上、口頭での発注や簡易な発注書のみで取引が行われ、支払期日の定めがないケースがこれに該当する。この場合、委託事業者は受領日に直ちに支払う義務を負う。
違反する支払期日が定められた場合
受領日から60日を超える支払期日が定められた場合、「受領日から60日を経過した日の前日」が支払期日とみなされる。
例えば、9月15日に給付を受領し、支払期日を11月30日(76日後)と定めた場合、法律上の支払期日は11月12日(60日目の前日)とみなされる。(16日+31日+13日ー1日)※初日算入ー1、前日でー1となり、結局2日早くなる。
この場合、委託事業者は11月12日までに支払う義務を負い、実際の支払が11月30日であれば、11月13日から11月30日までの遅延利息の支払義務が生じる。
第4条:取引条件の明示義務
第4条第1項本文:書面交付の原則
第4条第1項は、委託事業者に対し、製造委託等をした場合に「直ちに」一定の事項を書面または電磁的方法により明示することを義務付けている。
「直ちに」とは、取引の性質上業務優先的にという意味であり、通常は発注後遅くとも数日以内を指すと解される。
明示すべき事項は、公正取引委員会規則(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律施行規則)で詳細に定められている。主要な項目は以下のとおりである。
1. 委託事業者及び中小受託事業者の名称
双方の当事者を特定する基本情報である。
2. 製造委託等をした日
発注日を明確にすることで、取引の時期を特定する。
3. 中小受託事業者の給付の内容
製造や役務提供の具体的内容、仕様、数量、品質基準などである。仕様書や図面がある場合は、それらを特定する情報も含める。
4. 製造委託等代金の額
単価、数量、合計額を明示する。算定方法が複雑な場合は、その計算式も示す。
5. 支払期日及び支払方法
第3条で解説した支払期日と、振込、手形、現金などの支払手段を明示する。
6. その他公正取引委員会規則で定める事項
給付の受領場所、検査方法、受領拒否・返品の条件などが含まれる。
実務上の書面作成のポイント
公正取引委員会の「取適法ハンドブック」では、発注書、契約書、注文書などの形式は問わないとされている。ただし、後日の紛争防止のため、以下の点に留意すべきである。
書面の保存
委託事業者と中小受託事業者の双方が書面を保存することが望ましい。取適法自体には保存義務の規定はないが、後日の証拠として重要である。
変更があった場合の対応
取引条件に変更があった場合は、変更内容について改めて書面を交付する必要がある。口頭での変更合意のみでは不十分である。
電子メールでの交付
電磁的方法による明示も認められるため、電子メールでの発注書送付も有効である。ただし、第2項で後述するとおり、中小受託事業者から書面交付を求められた場合の対応が必要である。
第4条第1項但書:正当な理由による留保
ただし書は、「内容が定められないことにつき正当な理由があるもの」については、当初の明示を要しないとしている。
「正当な理由」とは、取引の性質上、発注時点では確定できない事項がある場合を指す。公正取引委員会の運用事例によれば、以下のようなケースが該当する。
数量が確定しない場合
継続的な取引で、一定期間内の実際の必要量に応じて納品を求める場合、当初の発注時点では総数量が確定しないことがある。
単価が市況によって変動する場合
原材料の市場価格に連動して単価が決まる場合、発注時点では確定できないことがある。
ただし、このような場合でも、但書後段により、「当該事項の内容が定められた後直ちに」書面等で明示する義務がある。正当な理由があっても、無期限に明示を免れるわけではない。
実務上、数量や単価の確定後、速やかに確認書や変更通知書を交付する必要がある。
第4条第2項:書面交付請求権
第2項は、委託事業者が電磁的方法で明示した場合でも、中小受託事業者から書面交付を求められたときは、「遅滞なく」書面を交付しなければならないと定めている。
これは、中小受託事業者の中には電子的な記録の管理体制が十分でない場合もあることを考慮した規定である。
「遅滞なく」とは、請求を受けてから通常必要な準備期間内にという意味であり、通常は数日から1週間程度と解される。
ただし書は、公正取引委員会規則で定める場合には書面交付義務が免除されるとしている。具体的には、規則第5条第2項で、中小受託事業者が電磁的方法による記録を出力することにより書面を作成できる場合など、中小受託事業者の保護に支障がない場合が規定されている。
違反した場合の法的効果
公正取引委員会による措置
取適法違反に対しては、公正取引委員会が調査を行い、違反が認められた場合は勧告を行う(第6条)。勧告を受けた委託事業者の名称や違反事実は公表される。
勧告に従わない場合、公正取引委員会は企業名を特定して公表することができる(第7条)。これは企業にとって重大なレピュテーションリスクとなる。
民事上の効果
第3条第2項のみなし規定により、違法な支払期日の定めは法定期日に修正される。したがって、法定支払期日以降の支払は遅延となり、中小受託事業者は遅延利息を請求できる。
第4条違反については、書面交付がない場合でも契約自体が無効となるわけではないが、取引条件が不明確なため紛争の原因となる。また、立証責任の観点から、委託事業者に不利に働く可能性がある。
関連法令との関係
下請法との関係
下請法の適用がある取引については、下請法の規定が優先的に適用される。下請法では、書面交付義務(第3条)や支払期日の規制(第2条の2)があり、取適法よりも詳細な規定がある。
ただし、取適法の適用対象は下請法よりも広いため、下請法の適用がない取引でも取適法が適用される場合がある。
独占禁止法との関係
支払遅延や書面交付義務違反が優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号、一般指定第14項)に該当する場合もある。特に、60日を大幅に超える支払期日の設定や、一方的な支払期日の延長などは、優越的地位の濫用として排除措置命令や課徴金納付命令の対象となりうる。
実務上の留意点とチェックリスト
委託事業者側の実務対応
1. 社内規程の整備
支払期日の設定基準、書面交付の手順を社内規程で明確化する。できる限り短い支払期日を設定する方針を明記すべきである。
2. 発注システムの見直し
発注書の記載事項が取適法の要件を満たしているか、システム的にチェックする仕組みを構築する。電子発注システムの場合、必須入力項目として設定することが有効である。
3. 契約書のひな型整備
基本契約書や個別発注書のひな型を取適法対応にする。特に支払期日の条項は重点的に見直す。
4. 受領日の記録管理
給付の受領日を正確に記録する体制を整備する。検収日と受領日を区別して管理する。
5. 定期的な監査
年1回程度、取適法遵守状況を内部監査する。特に現場での口頭発注や簡易発注の実態を把握する。
チェックリストの例
委託事業者は、以下のようなチェックリストを活用して、法令遵守を確認すべきである。
□ 支払期日は受領日から60日以内に設定しているか
□ 業界水準と比較して不当に長い支払期日になっていないか
□ 発注時に書面(または電磁的方法)で取引条件を明示しているか
□ 書面には必要事項(給付内容、代金額、支払期日・方法等)が記載されているか
□ 取引条件に変更があった場合、速やかに書面で通知しているか
□ 中小受託事業者から書面交付を求められた場合の対応手順は整備されているか
□ 受領日の記録を正確に管理しているか
□ 検査に時間がかかる場合でも、60日以内に支払えるスケジュールになっているか
公正取引委員会の法執行事例
公正取引委員会のウェブサイト(https://www.jftc.go.jp/partnership_package/toritekihou.html)には、取適法の運用基準や通達、法執行事例が掲載されている。
2024年度以降の執行事例では、支払期日を受領日から90日や120日に設定していた事例、書面交付を怠っていた事例などで勧告が行われている。これらの事例は、具体的な違反態様と改善措置が示されており、実務の参考になる。
特に注目すべきは、従来から継続している取引慣行であっても、取適法施行後は違反となる点である。「以前からこうしていた」という弁解は認められない。
むすびに
第3条と第4条は、中小受託事業者の資金繰りを守り、取引の透明性を確保するための基本規定である。委託事業者にとっては、事務負担の増加と感じられるかもしれないが、公正な取引環境の構築は、長期的には健全な取引関係と自社の信頼性向上につながる。
特に支払期日の60日以内という規制は、下請法と同様に厳格に運用される可能性が高い。検査期間の長期化による支払遅延は認められず、受領日からの60日は短縮できないハードラインである。
書面交付義務についても、電磁的方法による効率化は認められるものの、中小受託事業者の保護という法の趣旨を常に念頭に置く必要がある。
取適法は、公正取引委員会による厳格な執行が予定されており、違反すれば企業名公表という重大なレピュテーションリスクを負う。今後、取引慣行の見直しと社内体制の整備が急務である。
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