はじめに
2026年1月1日から施行された中小受託取引適正化法(取適法)において、委託事業者には中小受託事業者との取引に関する詳細な記録を作成し、これを保存する義務が課されている。本稿では、取適法第7条が定める「書類等の作成及び保存」義務について、その内容、目的、実務上の留意点を詳細に解説する。
第7条の条文
取適法第7条の条文は以下のとおりである。
第七条(書類等の作成及び保存)
「委託事業者は、中小受託事業者に対し製造委託等をした場合は、公正取引委員会規則で定めるところにより、中小受託事業者の給付、給付の受領(役務提供委託又は特定運送委託をした場合にあつては、中小受託事業者から役務の提供を受けたこと)、製造委託等代金の支払その他の事項について記載し又は記録した書類又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。第十四条第三号において同じ。)を作成し、これを保存しなければならない。」
本条の趣旨・目的
取適法第7条が委託事業者に対して取引記録の作成・保存義務を課している理由は、複数の重要な目的がある。
第一に、取引内容を客観的に記録することにより、委託事業者と中小受託事業者との間で取引条件や支払内容等について紛争が生じた場合に、事実関係を明確にし、円滑な解決を図ることができる点である。
第二に、公正取引委員会や事業所管省庁が取適法違反の有無を調査する際に、これらの記録が重要な証拠資料となり、法の実効性を確保する上で不可欠である点である。
第三に、委託事業者自身が自らの取引内容を記録・管理することにより、取適法の各種義務や禁止行為に違反していないかを自主的に点検・確認する契機となり、違反行為の未然防止に資する点である。
このように、本条は取引の透明性を高め、中小受託事業者の利益を保護するとともに、委託事業者による適正な取引慣行の確立を促進する機能を有している。
作成義務が生じる場合
本条の義務は、委託事業者が中小受託事業者に対して「製造委託等をした場合」に発生する。ここでいう「製造委託等」とは、取適法第2条第6項に定める製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、特定運送委託の5類型の委託取引を指す。
したがって、これらの類型に該当する取引が完了した場合には、委託事業者は必ず本条に基づく書類等を作成しなければならない。
重要なのは、取引の規模や金額の大小にかかわらず、また取引が円満に完了したか否かにかかわらず、対象取引が行われた以上は記録作成義務が生じるという点である。
実務上、小規模な取引や継続的取引については記録を簡略化したり省略したりする傾向があるが、本条はそのような取扱いを許さない。
作成すべき書類等の形式
本条は、記録の作成方法として「書類」または「電磁的記録」のいずれかを選択できることを明示している。電磁的記録とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。具体的には、パソコンのハードディスクやサーバーに保存されたデータ、クラウドストレージに保存されたデータ等がこれに該当する。
電磁的記録による作成・保存は、紙媒体と比較して保管場所の節約、検索の容易性、バックアップの容易性等の利点があり、多くの企業で採用が進んでいる。ただし、電磁的記録の場合は、データの改ざん防止、消失防止、アクセス権限の管理等に十分な注意を払う必要がある。また、公正取引委員会等から提出を求められた場合には、速やかに出力・提示できる体制を整えておくことが重要である。
記載すべき事項
本条に基づき作成する書類等(いわゆる「7条書類」)に記載すべき事項は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第七条の書類等の作成及び保存に関する規則」(以下「7条規則」という)によって詳細に定められている。
7条規則第1条は、記載すべき事項として以下を掲げている。
第一号:中小受託事業者の名称 中小受託事業者を特定できる情報を記載する必要がある。正式な商号・名称を記載することが原則であるが、委託事業者が管理のために付した番号、記号等による記録も認められる。ただし、その場合でも、当該番号・記号から中小受託事業者を特定できる対照表等を整備しておく必要がある。
第二号:製造委託等をした日 発注日、委託日を明確に記載する。これは、取引の時期を特定し、支払期日の起算点等を明確にする上で重要な情報である。
第三号:中小受託事業者の給付の内容 製造委託であれば製造すべき物品の品目、数量、仕様等、役務提供委託であれば提供を受ける役務の内容等を具体的に記載する。給付内容が不明確であると、後に給付の受領や検査の際にトラブルが生じる原因となる。
第四号:給付を受領する期日 中小受託事業者から給付を受領する予定日を記載する。納期と呼ばれることも多い。
第五号:受領した給付の内容及び受領した日 実際に受領した給付の内容(品目、数量等)と受領日を記載する。発注内容と受領内容が異なる場合(一部納品、分割納品等)には、その旨を明確に記載する必要がある。役務提供委託または特定運送委託の場合には、役務の提供を受けた日を記載する。
第六号:給付内容についての検査をした場合は、その検査を完了した日、検査の結果及び引渡しを受けた日 検査を実施した場合には、検査完了日、検査結果(合格・不合格等)、引渡日を記載する。これらの情報は、支払期日の起算点を確定する上で極めて重要である。
第七号:製造委託等代金の額 中小受託事業者に支払うべき代金の額を記載する。消費税額を含むか否かも明確にする必要がある。代金額が確定していない段階では、算定方法や単価等を記載する。
第八号:製造委託等代金の支払期日 取適法第6条に基づき、給付の受領日(検査がある場合は検査完了日)から起算して60日以内のできる限り短い期間内に設定された支払期日を記載する。
第九号:製造委託等代金の支払をした日及びその額 実際に代金を支払った日と支払額を記載する。分割払いの場合には、各回の支払日と支払額を記載する。
第十号:製造委託等代金の支払方法 現金払い、振込払い、手形払い(ただし取適法第5条の2により原則禁止)、電子記録債権払い等、支払手段を記載する。振込の場合には振込手数料の負担者についても明確にすることが望ましい。
その他の事項 上記のほか、取引の実態に応じて、代金の減額、返品、買いたたき、その他の禁止行為に該当する事実の有無等、取引の実態を把握するために必要な事項を記載することが求められる。
記載方法に関する留意点
7条規則第2条は、書類に記載する場合には「中小受託事業者別に記載しなければならない」と定めている。これは、複数の中小受託事業者との取引を一括して記載するのではなく、中小受託事業者ごとに区分して記載することを求めるものである。この要請は、各中小受託事業者との取引内容を明確にし、個別の取引について法令遵守状況を検証できるようにするためである。
また、7条規則第3条は、電磁的記録に記録する場合には「中小受託事業者別に明確に区分して記録するよう努めなければならない」と定めている。書類の場合と異なり「努めなければならない」という努力義務の形式となっているが、実務上は、データベースシステム等を用いて中小受託事業者別に検索・抽出できるような形式で記録することが強く推奨される。
保存期間
7条規則第4条は、作成した書類等の保存期間を「2年間」と定めている。この期間は、製造委託等をした日、給付の受領日(役務提供委託または特定運送委託の場合は役務の提供を受けた日)から起算される。
保存期間が2年間とされた趣旨は、公正取引委員会等が違反行為の調査を行う際に必要な期間を確保するとともに、委託事業者が過去の取引内容を振り返り、自主的な法令遵守の点検を行うことができるようにするためである。
保存義務を怠った場合、すなわち書類等を作成しなかった場合や保存期間内に廃棄してしまった場合には、取適法第14条第3号により、公正取引委員会の勧告の対象となり得る。また、第16条により50万円以下の罰金に処せられる可能性もある。したがって、委託事業者は確実に保存期間を遵守する体制を構築する必要がある。
下請法からの変更点
従来の下請法においても、第5条により書類の作成・保存義務が定められていたが、取適法第7条には以下の点で重要な変更がある。
第一に、条文上、「電磁的記録」による作成・保存が明文で認められた点である。下請法時代も実務上は電磁的記録による保存が認められていたが、取適法では法律本文で明確に規定されたことにより、電子化の推進がより一層促進されることが期待される。
第二に、特定運送委託が新たに対象取引に追加されたことに伴い、運送に関する記録事項が追加された点である。
第三に、従業員基準が資本金基準と並ぶ適用基準として追加されたことにより、対象事業者の範囲が拡大し、記録作成義務を負う委託事業者の範囲も広がった点である。
これらの変更により、より多くの企業が本条の義務を負うこととなり、また記録の形式や内容についてもより柔軟かつ詳細な対応が求められることとなった。
実務上の留意点
記録作成の時期 書類等の作成は、取引が完了した後速やかに行うことが望ましい。特に、給付の受領日、検査完了日、支払日等は、当該事実が発生した都度、遅滞なく記録することが重要である。後日まとめて記録しようとすると、記録漏れや記録誤りが生じやすく、また公正取引委員会の調査があった際に即座に提示できない事態となる。
記録の正確性 記録事項に誤りがあると、法令違反の有無を判断する際に誤った結論を導く原因となる。特に、代金額、支払期日、支払日等の金銭・日付に関する情報は正確性が強く求められる。記録の作成・入力を担当する者に対する教育訓練を徹底し、チェック体制を整備することが重要である。
保存場所と管理体制 書類であれば施錠可能な保管庫に保存し、電磁的記録であればアクセス権限を設定する等、適切な管理体制を構築する必要がある。また、火災、水害、システム障害等により記録が滅失することを防ぐため、バックアップ体制を整備することが推奨される。
廃棄の時期管理 2年間の保存期間が経過した後は廃棄することができるが、期間経過前に誤って廃棄することがないよう、廃棄時期を管理する仕組みを設ける必要がある。電磁的記録の場合、自動的に保存期間を管理し、期間経過後に削除または移管する仕組みを導入することが有効である。
既存システムの見直し 多くの企業では、発注管理システム、販売管理システム、会計システム等を用いて取引情報を管理しているが、これらのシステムが取適法第7条の要求事項を満たしているか検証する必要がある。特に、従来は下請法の対象外であった取引が取適法では対象となる場合があるため、システム改修や運用ルールの変更が必要となることがある。
監査と定期点検 内部監査や法令遵守点検の際に、7条書類の作成・保存状況を確認項目に含めることが重要である。記録の作成漏れ、記載事項の不足、保存期間内の廃棄等の問題が発見された場合には、速やかに是正措置を講じるとともに、再発防止策を実施する必要がある。
違反した場合の効果
取適法第7条に違反して書類等を作成しない、または保存しない場合には、以下の法的効果が生じる。
第一に、公正取引委員会は、第14条第3号に基づき、委託事業者に対して「書類若しくは電磁的記録を作成せず、若しくは保存せず、又はこれらに記載し、若しくは記録すべき事項を記載せず、若しくは記録せず、若しくは虚偽の記載若しくは記録をした委託事業者」に対して、所要の措置をとるべきことを勧告することができる。
第二に、第16条により、第7条の規定に違反して書類若しくは電磁的記録を作成せず、若しくは保存せず、または虚偽の記載若しくは記録をした者は、50万円以下の罰金に処せられる可能性がある。この罰則は両罰規定(第17条)の対象となっており、違反行為を行った個人だけでなく、当該個人が所属する法人に対しても罰金刑が科される可能性がある。
第三に、公正取引委員会の調査に際して書類等を提示できない場合、法令違反の有無を適切に判断することができず、委託事業者に不利な認定がなされる可能性がある。
これらの不利益を避けるためにも、委託事業者は確実に本条の義務を履行する必要がある。
他の条文との関係
取適法第7条は、同法の他の条文と密接に関連している。
第一に、第4条の書面交付義務との関係である。第4条は発注時に中小受託事業者に交付すべき書面の記載事項を定めており、第7条はそれを踏まえて取引完了後に委託事業者が作成すべき記録事項を定めている。両者は一体として、取引の全過程における記録・証拠化を図るものである。
第二に、第5条各号の禁止行為との関係である。7条書類には、減額の有無、返品の有無等、禁止行為に関する事項も記載することが求められる。したがって、7条書類を適切に作成することは、禁止行為違反の有無を自己点検する契機となる。
第三に、第6条の支払期日設定義務との関係である。支払期日が給付の受領日(検査完了日)から60日以内に設定されているかを検証するためには、7条書類に記載された受領日、検査完了日、支払期日の記録が不可欠である。
このように、第7条は単独で機能するのではなく、取適法の他の義務・禁止規定と相まって、中小受託事業者の利益保護と取引の適正化を実現するものである。
結語
取適法第7条が定める書類等の作成・保存義務は、一見すると単なる形式的な記録義務のように思われるかもしれないが、実際には取引の透明性確保、紛争予防、法令遵守の自己点検等、多様な機能を有する極めて重要な規定である。
委託事業者は、本条の趣旨を十分に理解し、確実に義務を履行する体制を構築する必要がある。
特に、取適法の施行により対象取引・対象事業者の範囲が拡大したことを踏まえ、従来は下請法の対象外であった取引についても、本条の義務が及ぶか否かを慎重に検討し、必要に応じてシステム改修や業務フローの見直しを行うことが求められる。
中小受託事業者との公正な取引関係を構築し、自社のコンプライアンス体制を強化するためにも、第7条の義務を確実に履行することが、すべての委託事業者に求められている。
中川総合法務オフィスへのご相談のご案内
取適法第7条が定める書類等の作成・保存義務は、一見すると単純な記録義務のように見えますが、実際には記載すべき事項の範囲、記録形式の選択、保存期間の管理、既存システムとの整合性確保等、実務上多くの検討課題があります。また、従来の下請法と比較して適用対象が大幅に拡大されたため、自社の取引のどの部分が取適法の対象となるのか、従来の記録管理体制で十分なのか、どのような改善が必要なのかについて、専門的な視点からの検証が必要となります。
中川総合法務オフィス(https://compliance21.com/)の代表・中川恒信は、850回を超えるコンプライアンス研修やリスクマネジメント研修を担当してきた豊富な経験を有しており、企業の実務に即した具体的かつ実践的なアドバイスを提供することができます。また、不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築に携わった経験から、形式的な法令遵守にとどまらず、実効性のあるコンプライアンス体制の構築を支援することができます。
さらに、中川総合法務オフィスは内部通報の外部窓口を現に担当しており、企業内部で発生する法令違反や不適切な取引の実態について深い知見を有しています。取適法第7条の記録作成・保存義務についても、単なる形式的な対応ではなく、実際の取引現場における問題点を把握し、実効性のある記録管理体制を構築するための助言が可能です。
中川恒信は、マスコミからしばしば不祥事企業の再発防止についての意見を求められる等、企業コンプライアンスの専門家として広く認知されています。取適法第7条に関する社内研修、記録管理規程の策定支援、既存システムの適法性検証、違反リスクの診断等、幅広いコンサルティングサービスを提供しています。
研修・コンサルティング費用は1回30万円(+消費税)が原則となっておりますが、内容や規模に応じて柔軟に対応いたします。取適法対応でお悩みの企業様、7条書類の作成・保存体制の整備を検討されている企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。
お問合せは、お電話(075-955-0307)またはウェブサイトの相談フォーム(https://compliance21.com/contact/)から承っております。貴社のコンプライアンス体制強化を、中川総合法務オフィスが全力でサポートいたします。


