「3年分だから大丈夫」は令和元年改正で完全に崩れた
かつて独占禁止法の課徴金には、算定期間の上限が「違反行為終了から3年」という制限があった。長期にわたる談合・カルテルであっても、課徴金の計算に使われる売上額は最長3年分に限定されていた。
しかし令和元年改正(令和2年12月施行)により、この上限は「調査開始日から最長10年」に延長された。3年から10年への変更は、単純計算で課徴金額が最大3倍以上に膨らむことを意味する。
加えて、業種別算定率の廃止・算定基礎の拡大・割増算定率の整理など、改正の内容は課徴金額を全体的に引き上げる方向で設計されている。これらの見直しにより、たとえば卸売業者や小売業者にとっては、業種別算定率が廃止されたことで課徴金額は3倍、5倍に跳ね上がった。
一方で、調査協力減算制度の導入により、適切な対応を取った事業者には従来より大きな軽減の余地が生まれた。
課徴金は「いくらになるかよく分からない」という抽象的なリスクではない。条文と計算式に沿って、具体的な数字で把握できるリスクである。本稿では第7条の2を軸に、課徴金の算定方法・加重減算・減免制度を実務の視点から整理する。
課徴金制度の趣旨と法的性質
個別条文の解説に入る前に、課徴金の法的性質を確認する。
課徴金とは独禁法に違反する行為に対して課される一種の行政上のペナルティである。これは刑事罰としての罰金とは性質が異なり、独禁法に違反する違法な行為によって得た利益を剥奪するという意味合いがある。
刑事罰(第89条・第95条)が「違反行為に対する制裁」であるのに対し、課徴金は「不当利得の剥奪と違反抑止」を目的とする行政上の措置である。この性質の違いから、同一の違反行為について課徴金と刑事罰の双方を課すことが憲法上の二重処罰禁止(第39条)に違反しないと解されており、実際に両者が併科される場合がある。
課徴金算定額が100万円未満のときは納付を命じられないという最低額の定めはあるが、実際の事件では数千万円から数十億円規模の課徴金が課されるケースが多い。
課徴金の対象行為と根拠条文
課徴金が課される行為類型と根拠条文を整理する。
不当な取引制限(カルテル・入札談合等)については第7条の2第1項が根拠となり、対価・数量・市場分割・入札に関するものが対象となる。私的独占(支配型)については第7条の2第2項・第4項が根拠となる。私的独占(排除型)については第7条の9第1項が根拠となる。事業者団体による競争制限(第8条第1号違反)については第8条の3が根拠となる。不公正な取引方法のうち優越的地位の濫用については第20条の6が根拠となる。共同取引拒絶・差別対価・不当廉売・再販価格拘束については第20条の2〜第20条の5が根拠となるが、これらは過去10年以内に同種違反について排除措置命令等を受けていることが要件となる。
建設業・IT企業にとって最も直結するのは不当な取引制限(入札談合・カルテル)に係る第7条の2第1項と、優越的地位の濫用に係る第20条の6である。
第7条の2第1項―課徴金の基本計算式
計算式の構造
課徴金額は、違反行為に係る期間中(始期は調査開始日から最長10年前まで遡及)の対象商品又は役務の売上額又は購入額に事業者の規模に応じた算定率を掛けて計算する。
基本の計算式を示すと次の通りである。
課徴金額 =(違反行為に係る売上額)×(算定率)×(加重・減算係数)
令和元年改正により、単純な売上額×算定率だけでなく、次の項目も算定基礎に加算される。
入札に参加しないことの見返りとして受け取った談合金等の財産上の利益(第7条の2第1項第3号)、入札に参加しない代わりに落札者の下請に入った場合の密接関連業務の対価(第7条の2第1項第4号)がある。
これにより、従来は課徴金を免れていた「入札には参加せず談合金だけ受け取っていた業者」や「談合の見返りとして下請工事を受注した業者」も課徴金の対象となった。建設業の下請構造を持つ談合事件では特に注意が必要な改正点である。
算定期間―「最長10年」の意味を正確に理解する
始期・終期・除斥期間
算定期間の始期は違反行為の「実行としての事業活動を行った日」であり、終期は「実行としての事業活動がなくなる日」である。
令和元年改正以前は「違反行為終了」から遡ること最長3年という上限が定められていたが、改正によって「調査開始日」から遡ること最長10年に改められた。起算点も変更されていることに留意が必要である。
なぜ10年が上限とされたか。あまりに長期の違反について課徴金を算定すると、事業者に帳簿書類等が残存しておらず計算ができないケースも生じうると考えられたことから、帳簿書類等の法定保存期間を踏まえて10年が上限とされた。
実務的には、3年を超えて違反行為が行われていることが多いため、課徴金の算定上は「終期」がいつかという点が重要な意味を持つ。公正取引委員会の立入検査をきっかけに違反行為が止められた場合には、実務上、立入検査の前日が「終期」とされることが多い。
除斥期間(課徴金を命じることができる期限)については、令和元年改正により5年から7年に延長された。違反行為の実行期間終了日から7年が経過すると、課徴金納付命令を課すことができなくなる。
算定期間の実務上の重要性
令和元年改正前に「3年を超えて談合を続けても課徴金は3年分だから、長く続けた方がリスクが低い」という誤った認識が業界に存在していた。改正後はその「やり得」構造が完全に消滅した。
10年にわたり入札談合を続けていた建設業者に対しては、最大10年分の売上額が課徴金算定の基礎となる。長期間の違反であればあるほど、課徴金額は青天井に近い形で膨らむ。
算定率―令和元年改正で業種別廃止・一本化
基本算定率
令和元年改正により、従来は業種によって異なる算定率が適用されていた業種別算定率が廃止され、基本算定率10%に統一された。
改正前は卸売業3%・小売業2%・その他10%という業種別算定率が存在していたが、この区分が廃止された結果、卸売業者に対する算定率は事実上3倍以上に引き上げられた。
現行の基本算定率は不当な取引制限と支配型私的独占が10%、排除型私的独占が6%、優越的地位の濫用が1%、その他の不公正な取引方法(繰り返し違反の場合)が3%である。
中小企業の軽減算定率
中小企業には軽減算定率が適用されるが、令和元年改正により適用対象が実質的な中小企業に限定されるとともに、違反した中小企業が大企業グループに属している場合の適用が排除された。
具体的には、不当な取引制限の場合、資本金額3億円以下かつ大企業グループに属さない事業者には4%の軽減算定率が適用される。「グループ全体では大企業だが子会社の資本金は小さい」という構造を使った軽減算定率の活用は、改正後は封じられている。
割増算定率(加重)―繰り返し違反と主導的役割
カルテル・入札談合等の不当な取引制限に対する課徴金算定率については、以下のような加算要素が規定されている。違反行為を繰り返した場合、または違反行為において主導的な役割を果たした場合にはそれぞれ課徴金額が1.5倍になる。違反行為を繰り返し、かつ違反行為において主導的な役割を果たした場合には、課徴金額が2倍になる。
「繰り返し違反」とは、調査開始日から遡って10年以内に、同一の違反行為(不当な取引制限)について排除措置命令または課徴金納付命令を受けたことがある場合をいう。繰り返し違反の対象は、違反事業者自身だけでなく、1回目の違反行為をした事業者を完全子会社とする事業者による違反、合併した法人、対象事業を譲り受けた法人による違反も対象となる。
「主導的役割」とは、違反行為の立案・提唱・取りまとめ・継続の働きかけなど、カルテル・談合の形成・維持において中心的な役割を果たした場合をいう。業界団体の幹事会社や、談合の仕切り役となっていた元請企業には、この割増が適用されるリスクがある。
割増算定率の試算例
ある建設業者が、過去に一度課徴金納付命令を受けているにもかかわらず再び入札談合を行い(繰り返し違反)、かつその談合を主導していた(主導的役割)場合の算定率は次の通りとなる。
基本算定率10%×倍率2倍(繰り返し+主導)=実質算定率20%となる。
対象売上額が年間10億円・算定期間8年の場合の課徴金額は、10億円×8年×20%=16億円となる。
課徴金減免制度(リニエンシー)の実務―令和元年改正後の全体像
二つの柱:申請順位減算と調査協力減算
現行のリニエンシー制度は令和元年改正により大幅に拡充され、次の二つの仕組みから構成されている。
申請順位に基づく減算(従来からの制度)では、調査開始前に申請した場合は1位が全額免除、2位が20%減額、3位〜5位が10%減額、6位以降が5%減額となる。調査開始後に申請した場合は1位〜3位が10%減額、4位以降が5%減額となる。
調査協力減算制度(令和元年改正で新設)として、事業者が事件の解明に資する調査協力を行った場合に課徴金の額を減額する仕組みが導入された。調査開始日前の申請者に対しては最大40%の減算率が、調査開始日以後の申請者に対しては最大20%の減算率がそれぞれ与えられる。具体的な減算率は、公正取引委員会と事業者との間で協議により決定される。
申請上限の撤廃
改正前は課徴金減免制度を利用できる事業者は最大5社(調査開始日以後は最大3社)までに限定されていたが、改正法では課徴金減免制度を利用することができる事業者の上限が撤廃された。多数の事業者が調査対象となる審査事件において、全ての事業者に減免を受ける機会が与えられることになる。
リニエンシーの実務上の意味
調査開始前に申請した1番手事業者は、全額免除の可能性がある。上記の試算例(課徴金16億円)であれば、1番手申請により最大16億円の課徴金が免除される。
ただし申請内容が不十分であれば減免効果は限定される。調査協力減算制度との組み合わせにより、適切な証拠を提出しながら調査に協力した事業者には申請順位による減算に加えて最大40%の追加減算が認められる可能性がある。
リニエンシー制度は「共犯関係の内部から崩れることを促す」設計になっている。「仲間が申告するかもしれない」という不安が談合・カルテルの継続を困難にするとともに、「自分が先に申告すれば全額免除になる」というインセンティブが違反の早期終了を促す。
課徴金と罰金の調整
不当な取引制限について、課徴金と罰金の双方が課される場合は、罰金額の2分の1に相当する金額が課徴金の額から控除される。
これは課徴金と刑事罰の重複による過剰な制裁を防ぐための調整規定である。ただし控除されるのは「罰金の半額」にとどまるため、課徴金が大幅に減額されるわけではない。
実際の課徴金事例を用いた試算
以下、実際の違反事例を参考にした試算例を三つ示す。いずれも架空の数字を用いた例示であり、特定の実在企業とは無関係である。
試算例1:建設業の入札談合(長期・主導なし)
前提として、ある県内の舗装工事入札に関し、7社が10年間にわたり受注調整を行った。A社の対象工事の年間売上は3億円、大企業グループ非所属。
課徴金の計算は次の通りである。対象売上額は3億円×10年(算定期間上限)=30億円となる。算定率は10%(大企業)である。割増なし(初回・主導なし)。課徴金額は30億円×10%=3億円となる。
B社がリニエンシー1番手申告で全額免除を受けた場合、同じ売上規模のB社は3億円の課徴金がゼロになる。申告しなかったA社は3億円の課徴金を負担する。この差額3億円が、早期申告の経済的価値を示す。
試算例2:IT企業のシステム開発入札カルテル(繰り返し違反)
前提として、あるシステム開発会社が5年前にも課徴金を受けており(繰り返し違反)、今回のカルテルでは主導的役割はなかった。対象案件の年間売上2億円・算定期間5年。
課徴金の計算は次の通りである。対象売上額は2億円×5年=10億円となる。算定率は10%×1.5倍(繰り返し)=15%となる。課徴金額は10億円×15%=1億5000万円となる。
過去の違反が今回の算定率を直接引き上げる。「かつて課徴金を受けたことがある会社は、次の違反では1.5倍」という事実は、コンプライアンス研修において経営者・法務担当者に強く認識させるべき点である。
試算例3:業界団体主導の価格カルテル(主導的役割あり・初回)
前提として、業界団体の幹事会社Cが主導して会員10社の製品価格を6年間カルテル。C社の対象製品年間売上5億円・大企業。
課徴金の計算は次の通りである。対象売上額は5億円×6年=30億円となる。算定率は10%×1.5倍(主導的役割)=15%となる。課徴金額は30億円×15%=4億5000万円となる。
C社が調査開始前にリニエンシーを申請し、かつ積極的な調査協力(調査協力減算40%)を行った場合の最終課徴金額は、申請順位1位(全額免除)で0円となりうる。申請しなかった場合との差は4億5000万円となる。
課徴金リスクを「経営課題」として捉えるために
課徴金制度の改正により、企業にとっては課徴金リスクが大幅に増大した。すべての企業にとって、算定期間の延長(3年→10年)により、長期にわたる違反行為に課せられる課徴金の金額は単純に最大3倍以上となった。
第7条の2が示す課徴金の計算構造は、コンプライアンス体制の整備に投資するコストを合理化する根拠となる。
年間売上10億円の事業を持つ企業が10年間カルテルを続けた場合の課徴金リスクは、単純計算で10億円×10年×10%=10億円に上る。それに対し、コンプライアンス研修・法務体制整備・内部通報制度の運用コストは、この金額と比べれば圧倒的に小さい。
課徴金リスクは数字で把握できる。コンプライアンス投資の判断は、この数字を経営層が正確に認識したうえで行われるべきである。
中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援サービス
中川総合法務オフィスでは、代表・中川恒信が、850回を超えるコンプライアンス等の研修実績に基づき、独占禁止法の課徴金リスクを数字で把握する経営者・法務担当者向け研修を提供している。
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次回予告
次回は第9条〜第18条(企業結合規制)を解説する。M&A・株式取得・合併・事業譲渡における独禁法上の届出義務と審査基準を整理し、建設業大手・IT企業の企業結合に際して実務担当者が押さえるべきポイントを解説する。

