「M&Aに独禁法は関係ない」という認識が最大のリスク

M&Aの実務において、独占禁止法はしばしば後回しにされる検討事項になっている。弁護士・税理士・会計士によるデューデリジェンスが進み、スキームが固まり、スケジュールが確定した段階になって初めて「独禁法の届出は必要か」という確認がなされるケースが少なくない。

しかしその認識は危険である。一定規模以上の企業結合については、公正取引委員会に対する事前届出義務が課されており、届出なしに企業結合を実行した場合は罰則の対象となる。さらに競争制限的な企業結合と判断された場合には、排除措置命令により合併・株式取得の解消を命じられる可能性もある。

毎年度おおむね300件程度の企業結合案件が公正取引委員会に対して届け出られ、審査を受けている。建設業・IT業界でも、業界再編・DX投資・スタートアップ買収など、M&A件数は増加傾向にある。

私は長年にわたり建設業・IT企業・農業団体などで850回を超えるコンプライアンス研修を担当してきたが、企業結合規制について正確な知識を持つ実務担当者は極めて少ない。本稿では第9条から第18条を逐条解説し、実務上の重要ポイントを整理する。


企業結合規制の全体構造

独占禁止法第4章(第9条〜第18条)は、企業結合規制を以下のスキーム別に規定している。

独占禁止法は、株式取得(10条・14条)、役員兼任(13条)、合併(15条)、会社分割(15条の2)、共同株式移転(15条の3)および事業譲受け等(16条)について、それが「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」場合に、これらの企業結合を禁止している。

規制の核心は二つある。一つは実体規制として「競争を実質的に制限する企業結合の禁止」であり、もう一つは手続規制として「一定規模以上の企業結合に対する事前届出義務」である。独占禁止法は、日本市場に影響を与える蓋然性の高い一定の規模の企業結合計画について、会社に対し事前の届出を義務付けている。


第9条(事業支配力の過度集中の禁止)逐条解説

条文

第9条 他の国内の会社の株式を所有することにより事業支配力が過度に集中することとなる会社は、これを設立してはならない。

2 会社は、他の国内の会社の株式を取得し、又は所有することにより国内において事業支配力が過度に集中することとなる会社となつてはならない。

解説:純粋持株会社規制から「過度集中禁止」へ

第9条は、事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立・転化を禁止する規定である。

独占禁止法9条は「事業支配力過度集中の規制」として、事業支配力が過度に集中する会社の設立・転化を禁止している。他の事業者に与える影響が大きくなり、市場の健全な競争が阻害される恐れがあるためだ。

「事業支配力が過度に集中することとなる会社」とは、複数の相互に競争関係にある事業分野にわたって、他の会社の事業活動を支配することにより、その総合的な事業規模・資金力・取引関係が他の事業者の事業活動を著しく困難にさせる程度に至る会社をいう。

かつて独占禁止法は純粋持株会社(事業活動を自ら行わず、他の会社の株式保有のみを目的とする会社)を全面禁止していたが、平成9年改正でこの禁止は廃止され、純粋持株会社は解禁された。その代わりに設けられたのが第9条の現行規定であり、持株会社形態であっても「事業支配力の過度集中」が生じなければ適法、過度集中が生じるなら違法という判断構造になっている。

建設業・IT企業においては、グループ再編・ホールディングス化の際に第9条の適用可能性を検討する必要がある。ただし実務上、第9条が直接問題となる案件は大規模な事業集団に限定されており、中小・中堅規模の企業結合では第10条以下の届出義務・実体規制が主な検討対象となる。


第10条(株式取得・所有の制限と届出義務)逐条解説

条文(主要部分)

第10条 会社は、他の会社の株式を取得し、又は所有することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を取得し、又は所有してはならず、及び不公正な取引方法により他の会社の株式を取得し、又は所有してはならない。

2 会社であって、その国内売上高合計額が200億円を超えるものは、他の会社であって、その国内売上高合計額が50億円を超えるものの株式を取得しようとする場合において(略)、あらかじめ当該株式の取得に関する計画を公正取引委員会に届け出なければならない。

解説:株式取得の実体規制と事前届出

第10条は株式取得・所有の制限と事前届出義務を定める中核条文である。

実体規制として、「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」株式取得・保有を禁止している。また「不公正な取引方法による」株式取得・保有も別途禁止されている。

事前届出義務の発生要件は以下の通りである。

取得会社側の要件として、取得会社が属する企業結合集団全体の国内売上高合計額が200億円超であることが必要となる。

被取得会社側の要件として、被取得会社(および子会社)の国内売上高合計額が50億円超であることが必要となる。

取得割合の要件として、取得により被取得会社の議決権総数に占める取得会社グループの議決権保有割合が20%または50%を超えることとなることが必要となる。

「国内売上高合計額」の計算において重要なのは「企業結合集団」の概念である。取得会社単体ではなく、その親会社・子会社を含むグループ全体の国内売上高を合算して判断する。「自社単体では200億円に届かないが、グループ全体では超える」というケースで届出が必要になる点に注意が必要である。

待機期間として、会社は株式取得の届出受理の日から30日を経過するまでは株を取得することができない。この期間中に公正取引委員会が第1次審査を実施する。

第1次審査の結果、独占禁止法上問題がないと判断された場合には、公正取引委員会は届出会社に対して排除措置命令を行わない旨の通知を行い、手続は終了する。

第2次審査に進む場合、公正取引委員会は届出書の受理をした日から120日を経過した日と、全ての報告等を受理した日から90日を経過した日のいずれか遅い日までに判断しなければならない。第2次審査に移行する案件の数は近年では年に数件あるかどうかという程度にとどまっているが、デジタル分野や寡占市場における案件では移行リスクが高まっている。


第11条(銀行・保険会社の議決権保有制限)逐条解説

条文(概要)

第11条 銀行業又は保険業を営む会社は、他の国内の会社の議決権を、その総株主の議決権の百分の五(保険業を営む会社にあっては、百分の十)を超えて保有してはならない。

解説:金融機関の株式保有規制

銀行は他社の議決権の5%超、保険会社は10%超の保有が禁じられている。これは金融機関が産業支配力を持つことを防ぐための規制であり、金融機関がM&Aの当事者となる場合や、金融機関が大株主として関与する企業結合案件では確認が必要となる。


第13条(役員兼任の制限)逐条解説

条文

第13条 会社の役員又は従業員は、他の会社の役員の地位を兼ねることにより一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該役員の地位を兼ねてはならない。

解説:役員の兼任が企業結合規制の対象となる

役員兼任規制は、M&Aにおける株式取得・合併とは異なり、独立した企業間で役員が共通になるという形での「緩やかな結合関係」を対象とする。

「役員」とは、理事・取締役・執行役・業務を執行する社員・監事・監査役・これらに準ずる者・支配人または本店もしくは支店の事業の主任者をいう。「これらに準ずる者」とは取締役・監査役等に当たらないが、相談役・顧問・参与等の名称で事実上役員会に出席するなど会社の経営に実際に参画している者をいう。

競合関係にある会社間で役員が兼任することにより競争が実質的に制限される場合、その兼任は禁止される。建設業においては、同一エリアで競合する建設会社間での役員兼任(いわゆる「天下り」的な人事による実質的な結合)が問題となりうる。IT業界では、競合するSIer間での役員の相互派遣・出向が兼任規制の対象となる可能性がある。

なお役員兼任については事前届出義務は課されていないが、結合関係の形成として企業結合審査の対象となる。


第14条(会社以外の者の株式保有制限)逐条解説

条文(概要)

第14条 会社以外の者は、会社の株式を取得し、又は所有することにより一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を取得し、又は所有してはならない。

解説:ファンド・組合・個人による株式保有も規制対象

第14条は、「会社以外の者」による株式保有について、競争実質的制限となる場合を禁じる。本条は「会社以外の者」による株式取得を規制するものであり、第10条による会社の株式保有の規制と同じ内容だが、事前届出の義務はない。

プライベートエクイティファンド(PE)・ベンチャーキャピタル・投資組合・個人投資家が会社の株式を取得する場合が対象となる。近年のIT系スタートアップへの投資案件では、ファンドによる株式取得が競合他社の育成・排除につながるケースについて、第14条の観点からの検討が求められることがある。


第15条(合併の制限と届出義務)逐条解説

条文(主要部分)

第15条 会社は、次の各号のいずれかに該当する場合には、合併をしてはならない。

一 当該合併によって一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合

二 当該合併が不公正な取引方法によるものである場合

2 (届出義務)一の会社に係る国内売上高合計額が200億円超、かつ他のいずれか一の会社に係る国内売上高合計額が50億円超のときは、あらかじめ合併に関する計画を公正取引委員会に届け出なければならない。

解説:合併は最も強い結合形態であり審査も厳格

合併は複数の会社が一体化する最も強度の企業結合であり、競争への影響が最も直接的に現れる形態である。

届出要件は株式取得(第10条)と同様の売上高基準(200億円・50億円)が適用される。合併に関する計画の届出義務が課せられるのは、いずれか一の会社の国内売上高合計額が200億円超、他のいずれか一の会社の国内売上高合計額が50億円超の場合である。

待機期間・審査プロセスは株式取得の場合と同様であり、届出受理の日から30日以内に第1次審査が完了しない場合は第2次審査に移行する。合併の効力発生日に間に合わせるためには、届出書の提出は余裕を持って合併の効力発生日の約40日以上前に行うことが重要である。

建設業大手においては、地域建設会社間の合併・グループ再編が増加している。同一都道府県内・同一工種での競合業者間の合併は、地域の入札競争に直接影響を与えるため、公正取引委員会の審査が厳格になる傾向がある。


第15条の2(会社分割の制限と届出義務)逐条解説

条文(概要)

第15条の2 会社は、共同新設分割又は吸収分割をすることにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該共同新設分割又は吸収分割をしてはならない。

解説:分割スキームも企業結合規制の対象

会社分割については、競合する複数の会社が事業を持ち寄って共同新設分割・吸収分割を行う場合が規制対象となる。

注意すべきは、単独の新設分割(会社の一事業部門の分社化)については新設分割による競争企業同士の結び付きは何ら生じておらず競争単位の減少もないため、企業結合審査の対象から外されている点である。企業結合規制が問題となるのは、あくまでも複数の競争者間での「結び付き」を生む分割スキームである。

IT企業においては、複数のシステム開発会社が共同でクラウド事業の新会社を設立するために共同新設分割を行う場合に第15条の2の検討が必要となる。建設業では、複数の建設会社が特定の工事種別の専業子会社を共同設立するための会社分割が対象となりうる。


第15条の3(共同株式移転の制限)逐条解説

第15条の3 会社は、共同株式移転をすることにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該共同株式移転をしてはならない。

共同株式移転とは、2社以上の会社が共同して新たな完全親会社を設立し、各社がその完全子会社となるスキームである。ホールディングス化のために競合する建設会社・IT会社が共同株式移転を行う場合、第15条の3の実体規制と事前届出が必要となる。


第16条(事業譲渡の制限と届出義務)逐条解説

条文(主要部分)

第16条 会社は、次に掲げる行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該行為をしてはならない。

一 他の会社の事業の全部又は重要部分の譲受け

二 他の会社の事業上の固定資産の全部又は重要部分の譲受け

三 他の会社の事業の賃借

四 他の会社の事業の経営の受任

五 他の会社と事業上の損益全部を共通にする契約の締結

解説:「実質的な事業支配」を生む取引はすべて対象

第16条は、株式取得・合併以外の方法による実質的な事業結合を規制する包括的な規定である。

事業の全部・重要部分の譲受けが最も典型的な対象であるが、固定資産の譲受け・事業賃借・経営受任・損益共通契約まで広範な取引類型が対象に含まれている点が重要である。

「事業の重要部分」の解釈が実務上の問題となる。建設業において特定の工事部門・設計部門のみを切り出して譲受けする場合、IT企業において特定のシステム・プロダクト・顧客基盤を譲受けする場合のいずれも、競争への影響によっては第16条の審査対象となりうる。

届出要件は、事業等の譲受けに関する届出義務が課せられるのは、譲受け会社の総資産合計額が100億円超の場合である。合併・株式取得(売上高基準)と異なり、事業譲受けは総資産基準が用いられる点に注意が必要である。


第17条の2(排除措置命令)逐条解説

第17条の2 公正取引委員会は、第9条から前条までの規定に違反する行為があるときは、(略)、当該行為をした会社に対し、株式の全部若しくは一部の処分、事業の一部の譲渡その他当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。

企業結合規制違反に対しては、排除措置命令として「株式の全部・一部の処分」「事業の一部の譲渡」が命じられうる。すでに完了した合併・株式取得の解消を命じられる可能性があることを意味しており、企業結合後の経営計画全体が崩壊するリスクがある。


企業結合審査の判断基準―「競争を実質的に制限することとなる場合」

企業結合規制の核心は「競争を実質的に制限することとなる」か否かの判断である。公正取引委員会の「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(企業結合ガイドライン)が詳細な判断基準を示している。

「競争を実質的に制限する」とは、競争自体が減少して、特定の事業者または事業者集団がその意思で、ある程度自由に価格・品質・数量・その他各般の条件を左右することができる状態が容易に現出し得るとみられる場合をいう。

審査の基本的なステップは次の4段階で構成される。

第1ステップとして企業結合集団の画定を行い、どの会社が同一の企業結合集団に属するかを確認する。第2ステップとして一定の取引分野の画定を行い、競争が制限される市場の範囲を商品・役務の種類・地理的範囲の両面から特定する。第3ステップとして競争への影響の分析を行い、市場集中度の変化・単独行動効果・協調行動効果を評価する。第4ステップとして総合判断を行い、参入の容易性・競争圧力・需要者の対抗力・効率性・経営破綻等を総合的に考慮する。

セーフハーバー基準

事業者の予測可能性を高めるため、企業結合審査上セーフハーバー基準が設けられており、それに該当する場合には通常「競争を実質的に制限することとなる」とは判断されない。

水平型企業結合(競合会社間の結合)のセーフハーバー基準は次の通りである。企業結合後のHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)が1,500以下、企業結合後のHHIが1,500超2,500以下かつHHI増分が250以下、または企業結合後のHHIが2,500超かつHHI増分が150以下の場合はセーフハーバーに該当する。

HHIは各社の市場シェアの2乗の合計である。市場シェア30%の企業と20%の企業が合併する場合、合併後のシェアは50%(HHI寄与:2,500)となり、HHI増分は600(30²+20²の増分)となる。

セーフハーバーを外れた場合でも自動的に違法とはならず、各判断要素に基づく個別の検討が行われる。

※セーフハーバー(Safe Harbor)とは、特定の法律や規制において、あらかじめ定められた一定の条件・基準を満たしている限り、違反や法的責任、罰則の対象とならないとされる範囲のことです。直訳すると「安全な港」を意味し、企業がこのルールに従って行動すれば、違法性を問われない「避難所」として機能します。(野村証券HPより一部引用)

建設業・IT業界固有の審査上の論点

建設業においては、地理的市場の画定が重要な論点となる。公共工事の入札は都道府県・市区町村単位で行われることが多く、同一地域内での水平型合併は市場集中度が高まりやすい。地域における「競争単位の減少」が問題となる。

IT業界・デジタル分野においては、競争への影響が比較的強度とみられる案件については経済分析を含む種々の専門的な審査手法が用いられる。特にプラットフォーム事業者によるスタートアップ買収については、将来の競争の芽を摘む「キラー買収」への懸念から、公正取引委員会の審査が厳格化している傾向がある。


ガン・ジャンピング(届出前実行)のリスク

競争法上のいわゆるガン・ジャンピング防止の観点から、届出後のクリアランスを得るまでの期間中、取引実行の準備にも制約が残り続けるという問題がある。

待機期間中に企業結合を実行した場合(第10条第8項違反)は、第91条の2の刑事罰(1年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金)の対象となる。「届出は出したが、クリアランスを待たずに統合作業を開始した」という行為もガン・ジャンピングに該当しうる。

M&Aのスケジュール管理において、独禁法の待機期間は交渉・統合準備・クロージングの全工程に影響を与える。法務・コンプライアンス部門が早期に関与することが不可欠である。


建設業大手・IT企業の実務担当者が押さえるべきチェックポイント

M&Aを検討・実施する際には、以下の点を早期に確認することが重要である。

届出要件の確認として、取得会社グループの国内売上高合計額が200億円超か、被取得会社・対象事業の国内売上高(または総資産)が50億円超かを確認する。これらの双方に該当する場合は事前届出が必要となる。

スケジュール管理として、届出の受理日から30日(第2次審査移行の場合は最長120日超)の待機期間を確保したスケジュールを組む。クロージング日の逆算で届出提出期限を設定する。

競争への影響分析として、取得対象会社と自社の競合関係(水平型か垂直型か)を整理し、重複する事業分野における市場シェアを試算する。セーフハーバー基準への該当可能性を初期段階で確認する。

問題解消措置の検討として、競争上問題が生じる可能性がある場合は、一部事業の売却・ライセンス供与など問題解消措置の選択肢を事前に検討しておく。

専門家の早期関与として、入札・スキーム検討の初期段階から法律・コンプライアンスの専門家が関与することで、後になって企業結合が阻止されるリスクを回避できる。


中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援サービス

中川総合法務オフィスでは、代表・中川恒信が、850回を超えるコンプライアンス等の研修実績に基づき、独占禁止法の企業結合規制を含む実践的なコンプライアンス研修・コンサルティングを提供している。

「M&A・企業再編における独禁法コンプライアンス研修」「建設業グループ再編における競争法リスク管理」「IT企業のM&A・スタートアップ投資における届出義務チェック」などのご依頼は、下記よりお問い合わせいただきたい。


次回予告

次回は独占禁止法と公正取引委員会の調査手続(第47条〜第70条の14)を解説する。立入検査・資料提出要求・ヒアリングへの対応実務、調査を受けた際に企業が取るべき行動と取ってはならない行動を整理する。

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