行動経済学はコンプライアンス・リスクマネジメントにどれだけ有効性があるか

1.行動経済学がコンプライアンスとかリスクマネジメントにどれだけ有効か

行動経済学(あるはもっと広く行動科学)がコンプライアンスとかリスクマネジメントについてどれだけ有効性があるからということについて、コンプライアンス講演やリスクマネジメント講演等で話してきたが、ノーベル賞を受賞したセイラ―博士などの書籍や海外の文献などを精読したり渉猟してここにきて自分の考えがまとまってきたので以下に述べたい。

2.行動経済学の基本的な考えと実践的な成果

まず、行動経済学の考え方は多方面で取り入れられるようになってきたが、公共部門ではやはりイギリスのキャメロン首相でのナッジチームが最も有名であろう。

行動経済学が人々の活動に対して一定の良い方向へ誘導するというところを色々と心理学とかあるいは人間性についてのインサイト(洞察)の結果に基づくのは、選択の自由を保ちながら人が良い方向に行くように後押しするという考え方でナッジ(Nudge)といい、それはそっと押すとか誘導するとかいう意味だが、そういうものを利用してそして公共経済学的に社会が良くなるように、個々の人間の人生が良くなるように持ってくというのを「リバタリアン・パターナリズム」という折衷的な、自由主義と福祉主義的な組み合わせの考え方が根底にあり、日本国憲法の現代型基本的人権保障や統治の基本的な構造ともしっくりとくる、整合性があると言っていいだろう。

なお、パターナリズム paternalism とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに(強い)、或いはその意向を抑えつつ(弱い)、介入・干渉・支援することをいう。親が子供のために学業に励めなどと親の意見を押し付けたりすることがあるであろう。 日本語では父権主義、家長主義といったところか。

リバタリアニズム libertarianism というのは自由主義で分かりやすいが、パターナリズムはややおせっかいであまり良い響きはないであろう。特に若い人にはそうであろうか。家長制度など戦前の民法の考え方のようで古い考え方の芳香もあろうか。

3.コンプライアンスやリスクマネジメントにナッジ(Nudge)を生かすには

しかしこのような考え方の狙いをコンプライアンスの考え方、コンプライアンスは人の反道徳的・反倫理的な行動によって間違った方向に行くというのを防止するというのがコンプライアンスの徹底ということで非常に大事であるという事であり、ルールが決まってるものを破らないようにするとか、さらに広く社会一般のルールをその組織におけるルールも含めて組織が破らないようにするのが今日的なコンプライアンスという考え方として普及してきた考え方で大方の支持を得ている考え方であろう。

COSO内部統制、コンプライアンス、リスクアセスメント等の分析概念はもう20年ぐらい前から言われるようになってきてほぼ定着してきた。企業であれ公共部門であれ不祥事があった場合においては必ず記者会見とかで「コンプライアンスの徹底に努めたい」という風に言ってる時はその法令を守るということだけではなくて道徳的なところでも道徳規範をしっかり守ってそういう組織にしていきたいというふうに反省を込めて言ってるものであろう。そのコンプライアンスの中身は、法令等順守というときに、強制力のある面とそうではなく道徳というそういう面も含んて言っていることが多いであろう。後者は、個々人の内心の道徳的な選択の自由に働きかけるという部分、前者は客観的な制度と、それらを両者含めて良い方向に持っていくのが今日的なコンプライアンスという意味であろう。

4.コンプライアンスやリスクマネジメントへの行動科学(behavioural science)の取り込み

そのコンプライアンスの目的というのはやはりその組織はステークホルダー・社会とかの信頼を得るためにコンプライアンスの実践が必要であるというところから言われているのであり、そういうようなコンプライスの考え方は、上記の両者とは別に、或いはそれとは別次元で、ナッジ(Nudge)の考え方、この考え方がコンプライアンスの目的達成にかなり有効なのではないかと有効性が高いのでなかろうか。人々が間違ったことをしたりミスをしにくいようなそういうような方向に持っていき、正しい人の選択が自由を前提にしつつもよい選択をする、心の調整をするということにするために、誘導するとか、そっと押すとかいうこと、それが選り良い人の選択のためには有効であって、コンプライアンス時代にはますます必要であるといっていいのではないか。

ナッジ(Nudge)に関連する考え方で、よくデフォルト・オプションと言われたりするが、人々が選択する時に自由を残しながらデフォルトにあらかじめ設定されたオプション選択でいいところに誘導するというのがデフォルト・オプションである。それを少し発展させて、組織のデフォルトの変更、これもコンプライアンスとかの徹底においては役に立つ考え方だという風に思う。又は物事の見方を変えるというリフレーミングとか、そのコンプライアンス的な実行の場にゲーム的な要素を取り入れて若しくはクイズ的な要素を取り入れていくとかしてコンプライアンス実践のモチベーションが上がるように工夫する事というか仕掛けも非常に大事であろう。「わかっちゃいるけどやめられない」いわゆるスイッチングの問題もこれに関連しているであろう。常に人間はそれまでやってたことがそのまま続けばいいという根拠のないバイアス(認識の歪み)がかかってくるので、正しい方向に変えようとっても変えられないスイッチングの問題も、組織全体のデフォルト・オプションでのナッジ(Nudge)を取り入れなることはどうか。

5.国家公務員倫理法・国家公務員倫理規程とデフォルトの変更

公共政策ではすでに多くの実践例がある。タバコに高い値段をつけて、健康を守ることと同時に喫煙の害防止の公共政策にその分の税金をあてがうことや、レジ袋を有料にすることによってそのナイロンとかの化学合成樹脂、そういうものの消費を抑えて環境を守ることは日本社会の公共政策でも取り入れられているであろう。すでに国の政策と地方公共団体の政策とかに行動経済学の考え方が取り入れてられているが、私はこれをコンプライアンスとかリスクマネジメントにもうまく取り入れていくことは今後必要になってくるんではないかなと考える。遅まきながら。法令を遵守するということを軽く押す、ナッジ(Nudge)ということでやる。強制ではなく義務的ではあることの遵守を図ろうかと。国家公務員倫理法・国家公務員倫理規程の遵守で利害関係者の1万円以上の飲食は事前に届け出るルールではなく、飲食は構わないから金額の多寡にかかわらず事前に届け出るといったデフォルトの変更は一種のナッジ(Nudge)であろう。尤も不祥事の後で導入すのでは遅過ぎであるが。地方自治法150条の内部統制について大規模な地方公共団体は義務的でそれ以外の市町村は努力義務にするのもナッジ(Nudge)であろうが、努力義務の市町村に内部統制を実践してもらうためにはもう一段進んだナッジ(Nudge)として、補助金交付、アンケート公表、先進的な小規模自治体の例の公表などはどうか。これらは、自治体の自由を尊重しながら行うナッジ(Nudge)に相当しよう。また、国が小さな自治体向けのガイドラインをさらに作るのはどうか、それは強いナッジ(Nudge)となろう。

社会で成果が出てるかと言うとあまり成果が出てないのだからそういうルールを決めた時にそういうものを後押しするようなもう一歩何らかの仕掛けが必要であり、それを徹底させるというためには例えばそういうことを何らかの形で強制する内心の倫理に働きかける以外に、本来のコンプライアンスの徹底とかリスクマネジメントの徹底に是非とも持っていくには、行動科学の行動インサイトの考え方、イギリスのキャメロン首相のナッジ(Nudge)チーム等の成功例を取り入れていくのはどうか。そのためには、行動科学(behavioural science)の知見を活用して、人々が守りやすいようにルールを単純化するとかリスク管理をシンプルに簡単にする等、或いはデフォルトの変更、上記の国家公務員倫理規程で言えば、今までは例えば利害関係者の関係で複雑な金額による、事前事後に分けるなどではなく、また関西電力のは発注金額から還流して、民間企業から廻っていったものが公務員の方への接待などになったとの疑惑もあることであり、また物品をもらってたというようなところを防止するには、もっともっとシンプルなルールにした方がいいであろう、それも善い方向に人を導くナッジ(Nudge)である。

6.職業倫理と行動科学(behavioural science)

デフォルト変更が本人に強制するんじゃなくて正しい倫理実践を選択出来るようなその人が他の場面でもそういうことできるような形で後押ししていくことがいいと思う。強制されずに正しいことをした誇りが蓄積すればそんなに悪いことはやろうと思っても出来なくなるであろう。ある方面では倫理を調整するけどある方面ではしないとなるとその方面での倫理観というのが発生しにくくなってしまうので、もう間違えない、ミスしない或いはもっと倫理的に正しい人間になるように後押しする仕掛けを業務プロセスなどに配置するということ、それが行動科学(behavioural science)を使ったナッジ(Nudge)なのだ。

行動経済学等の知見を活用すれば、コンプライアンスとかリスクマネジメントということ、或いは職業倫理としての公務員倫理とか企業倫理の形成については、まずはルールを決めるということ、ルールの個々の規定の元も考えて、ルールベースでなくプリンシプルベースだというような経団連の考え方で、原則主義でもいいのであるが、もっと根本的に行動科学(behavioural science)の知見を入れて、フレーミングを変えて、コンプライアンスの抜本的な見直し、ルールを守ることによって社会やステークホルダーの信頼を得るということ、地方公共団体であれば自分たちが今やってることを住民がどういう風に見てるかってことを絶えず考える、企業であれば商品を作ったりサービスの仕事をするということをプロセスも含めて顧客がどう見るかそこの変更、デフォルトの変更が大事で、さらにマネージメントの関係ではこれらのルールでもリスク規程でもシンプルにして可視化を高めていく、例えば、大阪のある自治体に大きな横領不祥事があって講演に行ったときに、再発防止策の人気がないと総務課長がぼやいていたのはスイスチーズをたくさん並べすぎて、不正がないようにしたが仕事が進まなくなるという非常にアンバランスで職員の人気がないと、やはりコンプライアンスと言ってもリスクマネジメントと言ってもマネジメントの基本の上に乗っかっているのであり、ドラッガーの言うように部分最適ではだめなのだ。実際の仕事の現場での人間性の視点を失ってはマネジメントでなくなろう。

7.行動経済学のコンプライアンスへの間違った取り込み方ではなく

上記の大阪の地方公共団体での失敗例にもあるように、行動科学(behavioural science)の知見を取り入れ、人間の行動の特性、心理学も含めたそういうものを考慮に入れてコンプライアンスやリスクマネジメントの態勢づくり、再構築していく必要があろうが、これが中心のコンプライアンス柱ということを言っているわけではない。取り込んでいくのがよいと言っているのだ。誤解のないように。全面的に採用しろと言っているのではないが部分的に取り入れることによってよりよいコンプライアンス体制・環境とかリスクマネジメント体制・環境が整っていくことは確信に近いものがあって、改善はかなりの程度までは行けるんじゃないかなと現在考えている。なお研究を続けたい。

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