企業経営は、常に様々なリスクと隣り合わせです。近年、投資家保護の観点から、企業情報の透明性向上への要請はますます高まっています。特に、企業の将来に影響を与えうる「事業等のリスク」に関する開示は、投資家が適切な投資判断を下す上で極めて重要な情報となります。

2019年3月の金融商品取引法関連内閣府令の改正により、有価証券報告書における「事業等のリスク」の開示ルールがより具体的に、かつ厳格になりました。この改正を軽視し、主要なリスクを開示しなかった場合、「虚偽記載」とみなされる可能性があり、企業は深刻な法的・社会的制裁を受けることになりかねません。

本記事では、この重要な法改正のポイントを改めて確認するとともに、企業が取るべき具体的な対応策、そしてリスクの本質を見抜くために必要となる多角的な視点について、企業法務とコンプライアンスの専門家である中川総合法務オフィスの知見を交えながら解説します。当オフィスの代表は、法律や経営といった社会科学の領域に留まらず、哲学、歴史といった人文科学、さらには自然科学にも深い造詣を持ち、その幅広い視野と人生経験に裏打ちされた洞察力は、複雑化する現代社会のリスクを読み解き、企業を正しい方向へ導く上で大きな力となっています。

1.全ての企業が注目すべき!金融商品取引法における有価証券報告書の開示内容改正

有価証券報告書は、金融商品取引法に基づき、企業が事業年度ごとに作成し、外部に開示する企業情報の根幹をなす資料です。投資家はこれを基に企業の財政状態や経営成績、そして将来性を評価します。

2019年3月の改正とその背景

2019年3月、金融商品取引法に基づく「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、開示府令)が改正されました。これに伴い、金融庁からは、改正の考え方を整理したプリンシプルベースのガイダンス「記述情報の開示に関する原則」と、具体的な開示例をまとめた「記述情報の開示の好事例集」が公表されています。

この改正の背景には、企業のリスク情報をより分かりやすく、具体的に投資家へ提供することで、建設的な対話を促し、企業価値の向上に繋げようという意図があります。グローバル化やテクノロジーの進化、社会構造の変化などにより、企業を取り巻くリスクはますます多様化・複雑化しており、従来の形式的なリスク開示では不十分であるとの認識が広がりました。

適用対象

この改正は、原則として2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から全面適用されています。既に多くの企業がこの新しい基準に基づいて情報開示を行っています。

2.有価証券報告書の「事業等のリスク」:何をどこまで記載すべきか?

有価証券報告書には多岐にわたる情報が記載されますが、ここでは特に重要な「事業等のリスク」について深掘りします。

(1) 「事業等のリスク」で開示が求められる核心

金融庁が公表した「記述情報の開示に関する原則」によれば、「事業等のリスク」の開示においては、以下の点が求められています。

  • 経営者が認識する主要なリスク: 企業の財政状態、経営成績、キャッシュ・フローの状況等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している主要なリスクを具体的に記載する必要があります。単なる一般的なリスクの網羅的なリストアップでは不十分です。
  • リスクの詳細情報:
    • 当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期
    • 当該リスクが顕在化した場合に経営成績等に与える影響の内容
    • 当該リスクへの対応策
  • 分かりやすさ: リスクの重要性や、経営方針・経営戦略等との関連性を考慮し、投資家にとって分かりやすく記載することが求められます。

(2) 開示原則のポイント:経営者の視点と重要性

さらに「記述情報の開示に関する原則」では、以下の点が強調されています。

  • 経営者の視点からの重要性: 翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものを、その重要度に応じて説明する必要があります。
  • 具体性: 一般的なリスクの羅列ではなく、以下のような事項を具体的に記載することが求められます。
    • 財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の異常な変動要因
    • 特定の取引先・製品・技術等への依存
    • 特有の法的規制・取引慣行・経営方針
    • 重要な訴訟事件等の発生
    • 役員・大株主・関係会社等に関する重要事項
  • 重要性の判断根拠: 取締役会や経営会議において、リスクが企業の将来の経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然性に応じて、各リスクの重要性(マテリアリティ)をどのように判断しているかについて、投資家が理解できるような説明が期待されます。
  • 記載順序: リスクの記載順序は、時々の経営環境に応じ、経営方針・経営戦略等との関連性の程度等を踏まえ、取締役会や経営会議における重要度の判断を反映することが望ましいとされています。
  • リスク区分: リスク管理上用いている区分(例:市場リスク、信用リスク、オペレーショナルリスク、サイバーセキュリティリスク、気候変動リスク、地政学リスク、コンプライアンスリスクなど)に応じた記載も有効です。

(3) 虚偽記載となるケース:「知っていたのに書かなかった」は許されない

最も注意すべきは、意図的な不記載が「虚偽記載」にあたる可能性です。金融庁のパブリックコメントによれば、「提出日現在において、経営者が企業の営業成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識しているリスクについて敢えて記載をしなかった場合、虚偽記載に該当する」と明確にされています。

これは、単なる記載漏れではなく、認識していながら開示しなかった場合に重大な責任問題に発展することを示唆しています。虚偽記載と判断された場合、課徴金納付命令や訂正報告書の提出はもちろんのこと、役員の法的責任追及、株主代表訴訟、そして何よりも企業のレピュテーション(評判・信用)の失墜といった深刻な事態を招きかねません。

3.企業が取るべき実践的対応:リスクマネジメント体制の強化が急務

今回の法改正は、単に開示書類の書き方を変えるという表面的な対応だけでは不十分です。企業価値を維持・向上させるためには、リスク情報を的確に把握し、評価し、そして適切にコントロールするための全社的なリスクマネジメント体制の構築・強化が不可欠となります。

ISO31000やCOSO-ERMフレームワークの活用

このような状況下で、リスクマネジメントの国際的な枠組みであるISO31000(リスクマネジメント-指針)や、COSO-ERM(全社的リスクマネジメント)フレームワーク(2017年改訂版など)への対応がますます重要になっています。これらのフレームワークは、組織がリスクを効果的に管理するための原則、枠組み、及びプロセスを提供しており、有価証券報告書で求められる「事業等のリスク」の識別、分析、評価、対応策の策定といった一連のプロセスを体系的に行う上で非常に有用です。

  • ISO31000: リスクマネジメントに関する原則と一般的なガイドラインを提供。あらゆる種類・規模の組織に適用可能です。
  • COSO-ERM: 戦略設定とパフォーマンスにリスクマネジメントを統合することを重視。より事業戦略と連動したリスク管理を目指す企業に適しています。

これらのフレームワークを参考に、自社の事業特性や規模に合わせたリスクマネジメント体制を整備し、経営会議や取締役会でリスク情報を定期的に議論・評価する仕組みを確立することが、適切な情報開示と企業価値向上に繋がります。

代表 中川の視点:リスクの本質を見抜く眼

中川総合法務オフィスの代表は、法律や経営戦略といった専門分野に加え、長年の実務経験と深い人生洞察、さらには哲学、歴史、自然科学といった広範な学問領域から得た知見を統合し、物事の本質を見抜くことを重視しています。現代社会におけるリスクは、単一の要因で発生するものは稀であり、経済、社会、技術、環境、そして人間心理といった様々な要素が複雑に絡み合って顕在化します。 例えば、気候変動リスク一つをとっても、それは単なる自然現象ではなく、エネルギー政策、産業構造、国際関係、人々の生活様式、さらには倫理観とも深く関わっています。このような複雑なリスクを適切に評価し、実効性のある対策を講じるためには、表層的な事象に囚われず、その背後にある構造やメカニズムを理解する「知の体力」が不可欠です。当オフィスでは、このような複眼的な視点から、クライアント企業様が抱えるリスクの本質を的確に捉え、真に価値あるアドバイスを提供することを信条としています。

4.まとめ:積極的なリスク開示と継続的なリスクマネジメントで企業価値を高める

有価証券報告書における「事業等のリスク」の適切な開示は、もはや単なる法令遵守の範囲を超え、企業の持続的な成長と企業価値向上に不可欠な経営課題となっています。経営者は、自社を取り巻くリスクを真摯に認識し、その情報を積極的に開示する姿勢を示すことが、投資家からの信頼を得るための第一歩です。

そして、その開示の質を高めるためには、付け焼き刃の対応ではなく、ISO31000やCOSO-ERMのような国際的フレームワークを参考に、全社的なリスクマネジメント体制を不断に強化していくことが求められます。

中川総合法務オフィスでは、法改正への対応はもちろんのこと、企業の皆様が抱える様々なリスクに関するご相談に対し、法的専門性と幅広い知見に基づいた最適なソリューションを提供してまいります。リスクマネジメント体制の構築、コンプライアンス遵守、そして企業価値の向上についてお悩みの際は、ぜひ当オフィスにご相談ください。

(ご参考) より詳細な情報や具体的な対応方法については、中川総合法務オフィスの公式YouTubeチャンネルでも解説動画を公開しておりますので、併せてご参照ください。

題名: 中川総合法務オフィス 公式チャンネル URL: https://www.youtube.com/中川総合法務オフィス

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