はじめに:なぜ今、建設業の「働き方」が問われるのか

皆さん、こんにちは。京都で中川総合法務オフィスを主宰しております、代表の中川恒信です。当職は、これまで850回を超えるコンプライアンス研修の講師を務め、数々の企業のコンプライアンス体制構築や、不祥事発生後の組織再生にも深く関わってまいりました。本日は、建設業界が直面する喫緊の課題、「働き方改革」について、法律論だけに留まらない、経営、そして組織の本質に迫るお話をさせていただきます。

2024年4月、ついに建設業にも時間外労働の上限規制が本格的に適用されました。国土交通省も様々なプログラムを打ち出し、業界全体で変革が求められています。しかし、この改革を単なる「残業規制」と捉えていては、本質を見誤るでしょう。これは、日本の社会構造の変化、とりわけ深刻な少子高齢化という国家的危機の中で、建設業という基幹産業が未来へ存続していくための、避けては通れない道筋なのです。

第1章:建設業の特殊性とこれまでの労働時間規制

ご承知の通り、建設業はこれまで労働時間規制の適用が一部猶予されてきました。その背景には、この仕事が持つ極めて高い公共性と特殊性があります。

例えば、ある日突然、家の前の道路が陥没したとします。その復旧作業にあたる建設業の方々に対し、「1日8時間、週40時間」という原則を厳格に適用していては、私たちの安全な生活は成り立ちません。災害からの復旧、インフラの維持という使命は、時に昼夜を問わない迅速な対応を要求します。そこには、強靭な精神力、屈強な肉体、そして高度な専門知識が不可欠であり、誰にでも務まる仕事ではありません。

また、屋外での作業が基本となるため、天候に左右され、計画通りに進まないことも日常茶飯事です。複数の業者が連携し、巨大なプロジェクトを動かすそのダイナミズムと、それに伴う受注額の大きさは、他業種とは比較にならないスケールです。こうした特性から、労働時間の管理が一筋縄ではいかないという実情がありました。

しかし、時代は変わりました。過労による悲劇が社会問題となり、働く人の心身の健康を守ることは、すべての企業にとって最優先の責務となりました。建設業だけが例外であり続けることは、もはや許されないのです。

第2章:【2024年4月施行】時間外労働上限規制の徹底解説

今回の働き方改革の核心は、労働基準法に定められた時間外労働の上限規制です。複雑なルールを正確に理解し、遵守することが第一歩となります。

1. 労働時間の原則(労働基準法第32条)

  • 1日8時間、1週40時間

これがすべての基本です。この原則を実現するためには、週休2日制の導入などが不可欠ですが、多くの建設現場ではまだ道半ばでしょう。しかし、若者や女性、経験豊富なシニア層といった多様な人材を確保し、技術を継承していくためには、他業種に見劣りしない労働環境の整備が急務です。

2. 時間外労働のルール(36協定)

時間外労働(残業)や休日労働を行うためには、労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者との間で書面による協定(通称「サブロク協定」)を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。

その上で、時間外労働には以下の上限が設けられました。

項目上限
原則月45時間、年360時間
臨時的な特別の事情がある場合(特別条項付き36協定)
年間の時間外労働年720時間以内
時間外労働と休日労働の合計単月で100時間未満<br>・2~6ヶ月平均で80時間以内
月45時間を超えられる回数年6回まで

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【重要】災害時の復旧・復興事業における特例 大規模災害からの復旧・復興という、極めて公共性の高い事業に関しては、上記の「単月100時間未満」および「2~6ヶ月平均80時間以内」の規制は適用されません。 ただし、その場合でも「年720時間以内」「月45時間超は年6回まで」という上限は遵守しなければなりません。これは、働く人の健康を守るための最後の砦ともいえる規制です。 (※別途、労働基準監督署長の許可を得る労働基準法33条の規定もありますが、これは非常災害時の極めて例外的な措置です。)

第3章:経営を直撃する「割増賃金率」の変更点

時間外労働は、人件費、すなわち経営コストに直結します。特に、今回の改正で注目すべきは割増賃金率の変更です。

労働の種類割増率
時間外労働(月60時間以内)25%以上
時間外労働(月60時間超)50%以上
休日労働35%以上
深夜労働(22時~翌5時)25%以上

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注目すべきは、**月60時間を超える時間外労働に対する割増率が50%**になった点です。これは、これまで猶予されていた中小企業にも2023年4月から適用されており、建設業も当然このルールの対象となります。

例えば、月60時間を超えて深夜(22時~5時)に労働した場合、その時間帯の賃金は、 時間外割増(50%) + 深夜割増(25%) = 75%増 となります。これは経営に極めて大きなインパクトを与える数字です。もはや、長時間労働に依存した経営モデルは成り立たないのです。

第4章:コンプライアンスを「魂なき抜け殻」にしないために

さて、ここまで法律のルールを解説してきましたが、最も重要なのはここからです。当職が数々の不祥事企業の再生に携わる中で痛感するのは、「形だけのコンプライアンス」がいかに無力で、有害でさえあるか、ということです。

ルールができたからと、帳簿上の労働時間だけを整え、現場の実態が変わらないのであれば、それは昭和の時代から続く悪しき慣習の焼き直しに過ぎません。むしろ、現場の負担を隠蔽し、より深刻なリスクを内包することになりかねません。これを、当職は「過剰コンプライアンス」と呼んでいます。組織の実態や文化に合わない、上から押し付けられただけのルールは、必ず形骸化します。

真のコンプライアンスとは、組織の末端で働く一人ひとりが、その意義を理解し、「納得」して実践するものでなければなりません。特に、現場を率いる中堅幹部が「これなら自分たちの仕事を守り、会社を良くしていける」という実感を持てなければ、改革は決して組織に根付きません。

この働き方改革は、単に労働時間を管理するだけでなく、

  • 業務プロセスの見直し
  • 生産性向上のための技術導入(ICT活用など)
  • 適正な工期・請負代金での契約
  • 人材育成と多能工化

といった、経営そのものの変革を迫るものです。これは法律論を超え、組織論、経営哲学、ひいては「人間がどう働き、どう生きるべきか」という人文科学的な問いにまで通底する、深く、そして本質的なテーマなのです。

結び:未来を拓くコンプライアンス経営へのご招待

建設業の働き方改革は、多くの経営者にとって頭の痛い課題でしょう。しかし、これは危機であると同時に、旧来の体質から脱却し、生産性が高く、魅力あふれる産業へと生まれ変わる絶好の機会でもあります。

「自社に合ったコンプライアンス体制をどう築けばいいのか」 「現場の納得感を得ながら、どう改革を進めればいいのか」

もし、貴社がこのような課題に直面しているのであれば、ぜひ一度、当職にご相談ください。

中川総合法務オフィスは、机上の空論ではない、現場に根差したコンプライアンスをご提案します。850回を超える研修実績、マスコミからも意見を求められる不祥事対応の知見、そして現に多くの企業の「内部通報外部窓口」として信頼をいただいている経験を総動員し、貴社の組織風土にフィットした、実効性のあるコンプライアンス体制の構築を力強くサポートいたします。

法律、経営、組織、そして人間の心理までを知り尽くした専門家だからこそ提供できる価値があります。未来を担う人材が集まり、社員が誇りを持って働ける。そんな盤石な経営基盤を、共に築き上げてまいりましょう。


【コンプライアンス研修・コンサルティングのご案内】

中川総合法務オフィスでは、建設業の働き方改革をはじめ、各種コンプライアンスに関する研修・コンサルティングを承っております。

  • 豊富な実績: 850回を超える研修・講演実績。
  • 実践的な知見: 不祥事組織のコンプライアンス態勢再構築、現役の内部通報外部窓口担当者としての経験。
  • 社会的信頼: マスコミから不祥事企業の再発防止策についてコメントを求められる専門性。
  • 費用: 1回 30万円(税別・交通費別途)~

お問い合わせは、お電話またはウェブサイトの相談フォームより、お気軽にご連絡ください。

中川総合法務オフィス 代表 中川 恒信 電話:075-955-0307 ウェブサイト:https://compliance21.com/

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