はじめに――「なぜ、あれほど大きな会社で」という問いへの答え
コンプライアンス研修の場で不祥事事例を取り上げるとき、受講者から必ず出る反応がある。「なぜ、あれほど大きな会社で、長期間にわたって問題が放置されたのか」という問いだ。
答えはシンプルである。規模が大きいことは、内部統制が機能していることを意味しない。むしろ、組織が大きくなるほど、経営トップと現場の間の距離は広がり、問題を吸い上げる仕組みが整備されていなければ、小さな不正が何年もの間、誰にも止められずに続くことがある。
2023年に社会を揺るがせたビッグモーターの保険金不正請求問題は自動車修理業の事例だが、内部統制崩壊のメカニズムという観点からは、建設業にとっても他人事ではない極めて重要な教訓を含んでいる。同年、建設業においても大手企業での技術者資格の不正取得・技術者配置違反が大規模に発覚している。本稿では、これらの事例を素材に、内部統制が崩壊するプロセスと、建設業固有のリスクを整理する。
内部統制とは何か――COSOモデルの基本
内部統制(internal control)とは、組織が目標を達成するうえで直面するリスクを合理的に管理するための仕組みの総体である。その理論的基盤として広く参照されているのが、トレッドウェイ委員会支援組織委員会(COSO)が1992年に公表し2013年に改訂した「内部統制の統合的フレームワーク(COSOモデル)」である。
COSOモデルは、内部統制を以下の5つの構成要素で整理する。
第一は「統制環境」である。経営トップの誠実性・倫理観・コンプライアンスへのコミットメント、組織構造、権限と責任の付与、人事方針などによって形成される組織全体の土台である。残る4要素の実効性は、この統制環境の質に大きく左右される。
第二は「リスクの評価」である。組織が直面するリスクを識別し、その影響と発生可能性を評価するプロセスだ。
第三は「統制活動」である。リスクに対応するために経営者の方針と手続きが現場で実行されることを確保する具体的な活動(承認、照合、職務分掌など)である。
第四は「情報と伝達」である。内部統制の目的達成に必要な情報を識別し、収集し、適切な形式でタイムリーに伝達する仕組みである。
第五は「モニタリング活動」である。内部統制が有効に機能しているかを継続的に評価し、問題があれば改善する活動である。
内部統制の崩壊とは、この5要素のいずれかが設計段階から欠落しているか、あるいは制度として整備されていても実際に機能していない状態を指す。「規程はある。でも誰も守っていない」「報告経路はある。でも経営者に不都合な情報が届かない」という状態は、形式的な内部統制が実質的に崩壊している典型である。
なお、内部監査人協会(IIA)が提唱する「3ラインモデル」は、内部監査の役割と独立性を整理するための枠組みであり、COSOの内部統制とは出発点が異なる別の概念である。本稿ではCOSOモデルの観点から不祥事の構造を分析する。
ビッグモーター事案から学ぶ内部統制崩壊の構造
ビッグモーターの保険金不正請求問題をCOSOモデルの観点から分析すると、第一要素である「統制環境」が根底から崩壊していたことが見えてくる。
ビッグモーターは自社サイトで問題の原因として、「不合理な目標値設定」「コーポレートガバナンスの機能不全とコンプライアンス意識の鈍麻」「経営陣に盲従し、忖度する歪な企業風土」「現場の声を拾い上げようとする意識の欠如」「人材の育成不足」の5つを挙げた。
統制環境とは、経営トップの誠実性・倫理観・コンプライアンスへのコミットメントによって形成される組織全体の土台である。鈑金・塗装部門の担当本部長が全国の工場長を集めた会議において、車両修理案件1件当たりの工賃と部品粗利の合計金額を上げることを強く求め、低い工場長に対してはその理由を厳しく問い詰めるなどしており、厳しい追及を避けるため売り上げの先食い計上や架空計上のみならず不正請求に手を染める者が出てきていた。
経営陣が達成不可能なノルマを設定し、未達成者を公開の場で叱責・降格する文化が「善悪の基準」を上書きし、不正が「合理的な選択肢」になる環境を作り出した。統制環境が崩壊した組織では、いくら承認ルールや報告経路(第三・四要素)を整備しても、現場はそれを迂回する方法を選ぶ。
第四要素「情報と伝達」の崩壊も著しかった。内部通報制度も整備・機能しておらず、従業員からの告発も「個人的な確執により誇張されたものにすぎない」という経営陣の先入観によって真偽が調査されることなく、結局マスコミによって不祥事が報道され炎上する結果となった。
問題情報が経営トップに届かない、あるいは届いても受け付けられない組織では、内部統制の第五要素「モニタリング」も機能しない。問題を把握する仕組みがなければ、問題を改善する仕組みも動かない。ビッグモーターの場合、会社法上の大会社に当たるため、社長は「自分で自分を律する仕組み(=内部統制体制)」を整備し、自分の正しさを判断してもらうための取締役会を開催する必要があったが、実際は行われていなかった。
建設業固有の内部統制崩壊リスク
ビッグモーター事案の構造は、業種の違いはあれ、建設業においても同様の形で発生しうる。建設業には以下の固有のリスク要因がある。
重層下請構造による「情報と伝達」の遮断
建設業の元請・一次・二次・三次という重層的な下請構造は、現場の実態が経営層に届きにくい構造を生む。COSOモデルの第四要素「情報と伝達」が、構造的に機能しにくい業種である。
現場での不正行為(労災隠し・施工不良・技術者の名義貸し)が下請の中で完結して元請経営層に報告されないケースは実際に多い。第三要素「統制活動」として承認ルールや報告義務を定めても、そのルールが現場の末端まで届いていなければ形式的な整備にとどまる。
同族・オーナー経営による「統制環境」の形骸化
同族企業や創業経営者の会社、長年にわたって1人の経営者が権力の座にいつづけている会社はガバナンスが働きにくくなる。社員は常にトップや経営者ファミリーの顔色をうかがい、トップの指示や命令にだけ関心を示すようになり、組織の横連携がなされないので社内の風通しが悪くなり、不正が行われていても誰も気付かなくなる。
地方の中堅・中小建設業者の多くは同族経営であり、社長一族が経営の全権を握るケースが多い。こうした構造では、COSOの第一要素「統制環境」の中核をなす「誠実性と倫理観のコミットメント」が、トップの意向ひとつで簡単に無力化される。社長または有力役員が指示した不正行為(経審の数値操作・技術者の名義貸し・下請代金の不当控除)に対して社内から異議を唱えることが極めて困難になる。
「沈黙の螺旋」による規範の麻痺
特に発言力が強い者が不正を主導した場合、他の良心的な社員は沈黙するようになり、沈黙する社員が増えることで発言力が強い者がますます主導権を握るようになる。そうなると不正を行うことは特に悪いことではなく、普通のこと、もしくは正しいこととして扱われるようになる。この現象は「沈黙の螺旋」と呼ばれる。
建設現場でも同様の現象が起きる。「ここでは以前からそうやってきた」「みんなやっている」という規範の麻痺が、不正を「業界の慣行」として定着させる。既述の「談合事件から学ぶコンプライアンス」で取り上げた高知県建設業協会の調査でも、「地域業者からすれば普通の、日常的会話が独禁法に抵触することがわかった」という反省が記録されており、「沈黙の螺旋」が談合慣行の維持に機能していたことが示唆される。
パナソニックG・大和ハウス事案に見る内部統制の失敗
「技術者配置違反の行政処分事例」で詳述したパナソニックグループの施工管理技士不正取得問題は、COSOモデルの観点からも重要な教訓を含む。
2020年に問題が発覚し、2021年に大規模な調査結果が公表された際、特筆すべきは「2006年にも同様の問題が発覚していた」という事実だった。つまり、同一グループで15年以上にわたって同様の問題が繰り返されていたのである。
これはCOSOの第五要素「モニタリング活動」の機能不全を示している。2006年に問題が発覚した時点で、再発防止策が本当に有効に機能していれば、2020年の再発は起きなかったはずである。改善策が形式的に整備されても、実際に機能しているかを継続的に確認するモニタリングが機能していなかったと言わざるを得ない。
パナソニックグループの社内役員は問題を認識したにもかかわらず重要な問題として認識せず財務報告への影響を適切に判断できなかったことから、改善に向けた適正な対応を行わず、また取締役会や会計監査人への共有を行わなかった。
この構造は技術者資格管理にもそのまま当てはまる。担当者が問題を認識していても「管理できていない」と報告することの心理的ハードルが高い、上司は知らせれば責任問題になると忖度して隠す、結果として組織全体が「知らなかった」状態を維持する――これが内部統制崩壊の典型的なプロセスである。第四要素「情報と伝達」が機能していないことで、第五要素「モニタリング」が実質的に無力化される構造だ。
大和ハウス工業の技術者配置違反事案も同様である。不正取得した資格者を16件の工事に配置・4営業所で専任技術者として使用し続けていたという問題が発覚したのは、会社自身による自主申告がきっかけだった。しかし、それ以前に定期的な内部点検(モニタリング)が機能していれば、自主申告前に問題を発見・是正できていたはずである。
内部統制崩壊を示す「予兆のサイン」
コンプライアンス研修において、受講者に「自社の内部統制は機能しているか」を自己点検してもらう際に確認すべきポイントを、COSOの5要素に対応させて整理しておく。
統制環境の確認として、経営トップが「コンプライアンスより受注の確保を優先する」という言動をとっていないか。「バレなければいい」という発言が幹部から出たことがないか。目標達成が困難なノルマが課せられ、未達を厳しく叱責する文化になっていないか。
情報と伝達の確認として、現場から経営層に「問題がある」という報告が実際に届いているか。内部通報窓口に実際の通報が1件もないという状態が続いていないか(通報がゼロ件は、問題がないのではなく、言えない空気がある可能性を示す)。担当者が退職した際に「実は以前から問題があった」という話が出てこないか。
モニタリングの確認として、経審申請・技術者台帳・工事台帳の整合性を年次で第三者がチェックしているか。内部監査(または外部専門家による点検)が実際に機能しているか。過去の処分・是正事項がその後どう改善されたかを記録・確認しているか。
ガバナンスが効いている企業では社内の風通しがよく、不祥事の種が生じても自浄作用が働きやすくなる。一方、ガバナンスが効いていない企業は隠蔽体質となりやすく、不祥事が横行しやすくなる。
建設会社の内部統制を機能させるための実務対策
建設業における内部統制の実効性を確保するための実務的な体制整備として、以下の点が重要となる。
経審・許可申請については、申請担当者以外の確認者(上司または経営幹部)が内容を審査する複数人チェック体制を設ける。完成工事高・技術者台帳の数値は、工事台帳・社会保険加入記録との突合を定期的に実施する。これはCOSOの第三要素「統制活動」のなかの「職務分掌」と「照合」に相当する。
技術者管理については、全技術者の資格・有効期限・常勤状況を一元管理するリストを年次で更新し、外部専門家(行政書士等)による定期点検に供する。「名義貸し」や「常勤偽装」のリスクが高い局面では、管理職が経営層に即時報告する義務を社内ルール化する。これはCOSOの第五要素「モニタリング」の具体的な実装である。
内部通報制度については、「建設会社の内部通報制度の作り方」で詳述したが、外部窓口の設置と通報者保護の明文化が特に重要である。「経営トップへの通報が難しい」という建設業の組織構造的な弱点を補完するために、外部行政書士・弁護士を窓口とする制度が有効である。これはCOSOの第四要素「情報と伝達」を補強する実務的な手段である。
まとめ
内部統制の崩壊は、悪意ある人物が一人いれば発生するものではない。COSOモデルの5要素のうち、統制環境(第一要素)が機能不全に陥ると、その上に整備した統制活動・情報と伝達・モニタリングもすべて実効性を失う。経営トップの姿勢が内部統制の基礎であるという意味がここにある。
ビッグモーター事案が示したように、達成困難なノルマ・内部通報の封殺・取締役会の形骸化という三つが重なれば、組織的不正は容易に発生し長期間継続する。パナソニックGの事案が示したように、一度問題が発覚して改善策を講じた後も、モニタリングが機能しなければ15年後に同じ問題が再燃する。
建設業は重層下請構造・同族経営・強いトップダウン文化という内部統制崩壊リスクを構造的に抱えている。「うちはそういうことはしない」という信念は重要だが、「そういうことが起きない仕組み」を整備することがコンプライアンス体制の本質である。
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