はじめに――「悪い人間がいるから」では説明できない

コンプライアンス研修の場でこんな質問をすることがある。「皆さんの会社で何か不正があったとして、それに気づいた人は声を上げられますか」。しばらく沈黙した後、会場の何人かが苦笑を浮かべながら首を横に振る。

850回を超えるコンプライアンス研修を通じて私が確認してきたのは、不祥事を起こした組織に共通する一つの事実である。「おかしい」と気づいた人間が社内に必ずいた、にもかかわらず誰もそれを止められなかった、という事実だ。

不祥事の原因を「悪い人間がいたから」と片付けることは、二重の意味で誤りである。第一に、多くの不祥事は悪意を持った特定個人が引き起こしたものではなく、組織の構造と文化が集団的な違反行為を生んだものだからだ。第二に、そう片付けてしまうことで、「自社には悪い人間がいないから大丈夫」という誤った安心感を招き、再発防止が機能しなくなるからだ。

本稿では、企業不祥事と組織文化の関係を理論的・実証的に整理し、建設業固有の文化的リスクと改善の方向性を論じる。


企業不祥事の原因を体系的に整理する

企業不祥事の原因は大きく5つに分類できる。

企業不祥事の原因は大きく分けて、「①社内体制」「②経営者の意識」「③従業員の意識」「④社内体質」「⑤経営環境」の5つに分類される。

このうち「社内体制」と「従業員の意識」は、コンプライアンス規程の整備や個人向け研修で一定程度対処できる。しかし「社内体質」すなわち組織文化・組織風土の問題は、こうした手段だけでは対処できない。

コンプライアンス部門が取り組む規程類の整備に関する諸活動は、多くの場合、個人的な違反行為の減少には一定程度効果があるものの、組織的な違反行為の防止にはそれほどの効果は期待できず、「属人風土」を改めない限り組織的違反を減らすことはできない。

これは重要な知見である。「コンプライアンス研修をやっている」「規程を作った」という対応だけでは、組織ぐるみの不正を防ぐことはできない、ということだ。


「個人的違反」と「組織的違反」は異なるメカニズムで発生する

組織文化と不祥事の関係を研究した岡本浩一・今野裕之(2006年)は、組織不祥事を「個人的違反」と「組織的違反」に分類し、この二つが社会科学的に相関しないことを実証的に示した。

個人的違反と組織的違反は社会科学的に相関しないという点は非常に重要だ。コンプライアンスの徹底が昨今叫ばれているが、企業の取り組みは個人的違反を対象にしたものが多く、組織的違反にはあまり効果が無さそうだ。

つまり、個人が横領・情報漏洩・規程違反をしないよう啓発する研修と、組織ぐるみの談合・データ改ざん・隠蔽を防ぐ対策は、まったく別の次元の問題である。前者への対処を強化しても、後者のリスクは減らない。

「会社ぐるみの不正が行われている雰囲気がある」「効率のためなら少々の違反を容認する雰囲気がある」「社会人として誠実であるより組織への貢献をとる雰囲気がある」が「組織的違反容認の雰囲気」としてまとまっており、組織的違反は主として組織風土の属人思考によって規定される。

建設業における談合の慣行化、施工不良の隠蔽、技術者配置違反の放置は、まさにこの「組織的違反」の典型である。個人が悪いのではなく、「そうすることが当たり前」という組織文化が問題の根にある。


「属人思考の風土」とは何か

組織的違反を生む土壌として研究者が繰り返し指摘するのが「属人思考の風土」である。

「属人思考の風土」とは、仕事にかかわる判断や意思決定の過程で「その提案は自社にとってプラスとなるか否か」といった"ことがら"の是非よりも、「誰が提案者か」「支持者は誰か」といった"ヒト"の要素が重視される風土である。属人思考の強い組織では、対人関係が必要以上に濃密となり、権威主義的な行動が取られるようになる。属人思考の強い組織ほど「上司の指示には絶対服従すべき」という規範意識が強い。

そして、属人思考の風土が強い組織では、「法令違反の放置」「不正のかばいあい」「不祥事隠蔽の指示」「上司や同僚の不正容認」「規定の手続きの省略」といった組織的違反が減ることは望めない。

さらに権威主義が高まると、「王は法なり」――つまりトップに限り逸脱を容認する空気が生まれ、政策採用や人事が属人的になってくる。

この「属人思考の風土」は、「社長が言えば何でもOK」「上が指示したなら仕方ない」という建設業の同族経営・トップダウン文化に、そのまま重なる。


建設業の組織文化が持つ固有のリスク

建設業には、組織文化の観点から特に警戒すべき固有の条件がある。

慣行の「当たり前化」

建設業界は仕事量が少ないわりに業者が多く存在するため、互いに仕事を分け合う目的で談合するという仕組みが生まれており、入札で落札されるかどうかに関係なく莫大な時間と人件費を必要とするため、入札談合を行い建設業者にとっても無駄がないようにするのが当たり前になっているというわけだ。

「当たり前」になった慣行は、違法性の認識を麻痺させる。「談合事件から学ぶコンプライアンス」で触れた高知県の官製談合でも、関与した業者が「特に意識したことはなかった」と述べた記録がある。不正であるという認識がなければ、いくら法律を学んでも抑止にならない。

「悪い情報が上がらない」構造

不祥事を起こした組織に共通しているのは、①悪い情報が経営者・管理職に届かない、②組織としての判断が社会規範と乖離、③組織内の同調圧力の高まり(外部からのストレスに対する内向きの論理)、④社内監査・リスクマネジメントへの消極的姿勢、⑤中間管理職の危機意識の低さ、⑥チェック人材の独断や多忙――などの問題点があった。

組織的な隠蔽体質の原因としては、人事評価における減点主義、失敗をかばい合う企業風土、内向き志向などが指摘されている。

建設業では特に「現場で何かあっても、本社には報告しない」という文化が根強い。現場監督が「問題を報告すると自分の評価が下がる」と感じていれば、問題は現場で隠蔽されて上には届かない。

成功体験による慢心と「規律の緩み」

「規律の緩み」の原因としては、成功体験による慢心、トップの企業理念が浸透していない、社員が業務に疲弊して使命感を持てない、といった点が挙がっている。

長年にわたって特定の発注者から継続受注してきた地方建設業者では、「これまで問題になったことがない」という成功体験が、コンプライアンス意識の緩みを生みやすい。「昔からこうだった」という慢心が、法改正・規制強化への感度を低下させる。


不祥事が「組織文化の問題」と認識されるとき

日本の大型不祥事の多くではこの「組織風土」の問題が原因の一つとして挙げられることが非常に多い。特に2023年は同質的で上意下達、現場と経営の乖離など、日本的と言われる組織風土が原因とされる不正が多く報告された。

第三者委員会の調査報告書を読むと、「経営陣への忖度」「異議を唱えることができない雰囲気」「報告しても改善されないという諦め」という表現が、業種を問わず繰り返し登場する。「内部統制崩壊のケース」で論じたビッグモーター事案も、パナソニックGの技術者不正も、表面的には法令違反だが根底は組織文化の問題であった。

建設業の不祥事においても、行政処分を受けた企業の「改善報告書」には「社内の法令遵守意識の欠如」「情報共有体制の不備」という文言が必ず登場する。しかしそれは症状の記述であって、「なぜ意識が欠如したのか」「なぜ情報が共有されなかったのか」という組織文化の問いに踏み込まなければ、再発を防ぐことはできない。


組織文化の改善――コンプライアンス研修の役割と限界

組織文化は法律を作っても変わらない。規程を整備しても変わらない。コンプライアンス研修もそれだけでは変えられない。

組織風土の問題は非常に根深く、即効性のある対策は期待できない。その組織風土が育まれた歴史を感じながら、ゆっくりと改善していくほかない。

しかし、コンプライアンス研修には「気づき」を生む機能がある。研修の場で「自分たちのやり方は実は問題があった」と初めて認識する受講者が、毎回一定数いる。「ここでは以前からこうしていた」という「当たり前」が揺らぐ瞬間だ。この気づきが組織文化の変化の起点になる。

私が研修で心がけていることは、法律の解説だけでなく、「なぜそのルールが存在するのか」という背景と「ルールを破った組織に何が起きたか」という実例を組み合わせることだ。ルールの意味が理解されれば、「バレなければいい」という発想は減る。実例が示す損失の大きさが実感されれば、「そんなリスクは犯せない」という判断が生まれる。

問題には小さいうちに真剣に対応し、1つひとつ確実に解決するということが肝心だ。毎日発生する様々な小さな問題を先送りせず、その場で対処し、それを習慣として続ける。まさに組織文化として取り組む。「これくらいなら大丈夫だ」と放置した問題はそのうちにどんどん拡大し、臨界点に達した時には外部に漏れ出し手の打ちようがなくなる。

「小さな問題を先送りしない」という習慣を組織に根づかせるためには、経営者が自ら「悪い情報を持ってきた人間を叱らない」「問題を報告しやすい雰囲気を作る」という行動を継続的に示すことが必要である。制度ではなく、経営者の日常的な行動が組織文化を形成する。


建設業において組織文化を変えるための実践的アプローチ

コンプライアンス研修の経験から、建設業の組織文化改善において特に効果が高いと判断したアプローチを三点整理する。

第一に、「業界の話」として聞かせないことだ。業界全体の事例ではなく、受講者の会社と規模・業態が近い実例を使うことで、「他人事」という心理的距離を縮める。参加者が「うちでも起きうる」と感じた瞬間に、研修は機能し始める。

第二に、経営者・幹部が研修に参加することだ。従業員だけに受けさせる研修では、「会社が言えと言っているから聞いている」という受動的な受講にとどまる。経営者自身が同じ話を聞き、同じ問いかけを受けることで、「トップも本気だ」というメッセージが伝わる。

第三に、継続することだ。単発の研修は「意識のリセット」にすぎない。組織文化は継続的な関与によってのみ変化する。年1回以上の定期研修と、研修後のフォローアップ(再発防止策の確認・事例の振り返り)がセットで機能する。


まとめ

企業不祥事は、悪意ある個人の問題ではなく、組織文化の問題として発生するケースが圧倒的に多い。「属人思考の風土」が強い組織では、規程の整備や個人向け研修が充実していても、組織的違反を防ぐことはできない。

建設業には、上意下達の文化・重層下請による情報の遮断・「業界の慣行」の当たり前化という、組織的違反を生みやすい固有の条件がそろっている。この構造を直視することなく、研修を「やった」という実績だけを積み重ねても、不祥事は繰り返される。

問題を声に出せる組織かどうか」。これがコンプライアンス体制の実効性を問う最も本質的な問いである。

中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・組織風土改善支援を行っております。形式的な研修にとどまらない、実効性のある体制づくりをともに考えます。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

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