現代の企業経営において、「コンプライアンス」は、単なる「法令遵守」という枠を超え、企業の存続と成長を左右する根幹的な経営課題となっています。特に、人々の生活基盤を築き、社会資本の整備を担う建設業界においては、その重要性は計り知れません。
中川総合法務オフィスの代表として、これまで数多くの企業様と共に歩む中で痛感するのは、コンプライアンスとは、社会からの信頼を得るために企業が守るべき規範そのものである、ということです。それは法律や規則の遵守はもちろん、社会の期待や倫理観に応える誠実な姿勢をも含みます。
本稿では、建設業に携わる皆様が事業を推進する上で特に重要となる法律を概観し、その背景にある思想や社会の変化にも触れながら、未来を拓くためのコンプライアンス経営の本質に迫ります。
1. 建設業の根幹をなす「建設業法」と「建築基準法」
建設業におけるコンプライアンスを語る上で、その根幹となるのが「建設業法」と「建築基準法」です。
- 建設業法: 建設業者の資質の向上、建設工事の請負契約の適正化等を図り、発注者を保護するとともに、建設業の健全な発達を促進することを目的としています。
- 建築基準法: 国民の生命、健康、財産の保護のため、建築物の敷地、構造、設備、用途に関する最低の基準を定めています。
これらの法律は、建設業界の秩序を維持し、工事の安全と品質を確保するための基礎となります。 特に注目すべきは、令和7年に予定されている建設業法の改正です。働き方改革の推進や担い手確保など、業界が直面する課題に対応するための重要な変更が見込まれており、常に最新の情報を把握し、備える必要があります。
2. 取引の公正性を守る「下請法」― その名称変更の動きが示すもの
建設業界は、元請・下請という重層的な構造で成り立っており、公正な取引関係の維持が不可欠です。建設業法にも下請負契約に関する規定はありますが、例えば建設資材の製造委託や運送委託など、建設業者が「親事業者」として他の事業者と取引する際には「下請代金支払遅延等防止法(通称:下請法)」の適用を受けます。
興味深いことに、この「下請法」という名称について、近年変更の議論がなされています。これは「下請け」という言葉が持つ一方的な力関係を想起させるイメージを払拭し、事業者間の対等なパートナーシップを尊重しようという社会的な意識の変化の表れです。法律の名称一つをとっても、社会の価値観が反映されるという事実は、経営者が常に社会の動向に敏感でなければならないことを示唆しています。
3. 品質の時代へ ― 「品確法」が求める高い倫理観
かつて、建物の引き渡し後に雨漏りなどの欠陥が発覚し、大きな問題となるケースが散見されました。このような事態を防ぎ、建築物の品質を確保するために制定されたのが「住宅の品質確保の促進等に関する法律(住宅品確法)」や「公共工事の品質確保の促進に関する法律(公共工事品確法)」です。
これらの法律は、単に技術的な基準を満たすことだけでなく、作り手としての高い倫理観を求めています。特に公共工事においては、価格だけでなく品質や技術力も総合的に評価して受注者を決定する「総合評価方式」が主流となっており、企業の真価が問われる時代と言えるでしょう。
4. 「人」を活かす経営へ ― 多様化する労働関連法規への対応
企業の最も重要な資産は「人」です。従業員が安心して働ける環境を整備することは、企業の持続的な成長に不可欠です。
- 労働基準法、労働安全衛生法: 労働時間、休日、安全衛生管理など、労働者の基本的な権利と安全を守るための法律です。
- 男女雇用機会均等法: 性別による差別をなくし、セクシュアルハラスメントを防止します。
- 育児・介護休業法: 育児や介護を理由とする不利益な扱いやハラスメント(マタハラ、パタハラ、ケアハラ)を禁止しています。
そして近年、特に社会的な問題となっているのが、職場におけるパワーハラスメントです。令和の時代に入り、改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)により、企業には優越的な関係を背景とした言動(パワーハラスメント)への対策が義務付けられました。
ちなみに、「パワハラ」という言葉は日本で広まった一種の俗語であり、国際的には「モビング (mobbing)」や「ブリング (bullying)」といった用語が一般的です。こうした国際的な視点を持つことは、グローバル化が進む現代社会において、多様な価値観を理解し、本質的な問題解決を図る上で非常に重要です。
5. 持続可能な社会への貢献 ― SDGs/ESGと環境関連法規
SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)といった考え方が、今や企業経営の新たなものさしとなっています。建設業界もまた、環境への配慮なくしては成り立ちません。
- 建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(建設リサイクル法)
- 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)
- 大気汚染防止法
これらの環境関連法規を遵守することはもちろん、事業活動全体を通じて環境負荷を低減し、持続可能な社会の実現に貢献する姿勢が、企業の評価を大きく左右します。
6. 災害大国・日本の使命 ― 「国土強靭化基本法」の視点
四方を海に囲まれ、急峻な山々が多く、河川の流れも短い日本は、常に自然災害の脅威と隣り合わせの国です。ヨーロッパのライン川やドナウ川、あるいは中国の長江や黄河といった大陸の河川とは、その様相を全く異にします。
こうした国土の特性を踏まえ、大規模自然災害等に備えた強靭な国づくりを推進するのが「国土強靭化基本法」です。この法律の根底には、自然と共生し、国民の生命と財産を未来にわたって守り抜くという、我が国の宿命ともいえる強い意志があります。建設業界は、まさにこの国土強靭化の中核を担う、極めて重要な存在なのです。
まとめ:コンプライアンスは、未来を創造する経営の羅針盤
本稿で概観したように、建設業を取り巻く法律は多岐にわたります。しかし、それらを単なる制約やコストと捉えるべきではありません。
公共工事標準請負契約約款の遵守や、国土交通省が示す標準労務費といった実務的な指針への積極的な対応も含め、これら全ての規範は、企業が社会からの信頼を獲得し、持続的に発展していくための羅針盤です。
法律の条文を守ることは出発点に過ぎません。その先に、なぜその法律が必要とされたのかという社会的背景や、グローバルな潮流、さらには自然科学的な知見までをも含めた広い視野で物事を捉えること。そこに、これからの時代の経営者に求められる資質があり、真のコンプライアンス経営が実現します。
中川総合法務オフィスは、法律、経営、社会科学、そして人文・自然科学にわたる多角的な視点から、皆様の企業経営が未来を創造するための強固な基盤となるよう、全力でサポートいたします。