はじめに――現場は「法令が試される最前線」

コンプライアンス問題は、経営者や管理部門だけの課題ではない。建設業において、法律違反の多くは工事現場で発生する。施工管理者・現場監督・職長、そして作業員ひとりひとりの判断と行動が、コンプライアンス上の結果を左右する。

私が建設会社のコンプライアンス研修で3年目以降に現場事例を中心に据えた構成へ切り替えたのも、この理由からである。法律の条文を読み解くより、「自分の現場に当てはめるとどうか」という問いのほうが、受講者の意識を動かす。

本稿では、建設現場で実際に発生するコンプライアンス問題を類型別に整理し、それぞれの法的根拠・発生パターン・対処の方向性を解説する。


問題類型① 墜落・転落と安全管理義務の違反

建設現場のコンプライアンス問題のなかで、最も深刻かつ頻出するのが安全管理上の問題である。

厚生労働省がまとめた2024年の労働災害発生状況によると、建設業全体の死亡者数は232人で、全産業の31.1%を占め、業種別で最も死亡者数が多いのが建設業である。死亡者数232人のうち「墜落・転落」で亡くなったのが77人で、実に死亡災害の3割を占め、この割合は何年も変わっていない。

この数字が示すのは、「事故が起きやすい業種だから仕方ない」という話ではない。墜落・転落事故の多くは、法令で義務づけられた安全措置が講じられていれば防げたものである。労働安全衛生規則第518条は、高さ2メートル以上の箇所での作業について作業床(さぎょうゆか)の設置を義務づけ、それが困難な場合は防網(ぼうもう)の設置・安全帯(あんぜんたい)の使用を義務づけている。

厚生労働省が公表した送検事案では、労働安全衛生法違反が最も多く、高所作業での作業床不備、墜落制止用器具未使用、機械安全対策不備、作業手順不備、管理不備、指導教育不足、無資格者による作業等様々な違反で書類送検されていることが分かる。

現場監督が安全帯の着用を確認せずに作業を開始させた、足場の手すりが不備のまま作業を続けた、危険箇所への立入禁止措置を設けなかった――これらは「うっかりミス」ではなく、労働安全衛生法上の義務違反として元請事業者・事業主が刑事責任を問われる事案である。

2025年4月からは、一人親方など労働者以外の者についても、事業者が退避・立入禁止等の保護措置を講じることが義務化された。現場で働くすべての人への安全配慮義務が、より広範に課せられる時代になっている。


問題類型② 労災隠し

労働災害が発生した場合、事業者には労働者死傷病報告を所轄の労働基準監督署長に提出する義務がある(労働安全衛生法第100条)。この報告を怠ること、または虚偽の内容を記載して提出することが「労災隠し」である。

労災隠しとは、故意に労働者死傷病報告を提出しないことや虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出することであり、発覚した場合、労基署から会社に対して是正勧告がなされる。

建設現場での労災隠しは、後を絶たない。「この程度のケガで報告すると会社の評価が下がる」「工事の指名停止につながる」「次の受注に影響する」という経営判断から、被災した労働者に健康保険を使わせてケガを通勤外の怪我として処理するケースや、報告義務があるにもかかわらず届出をしないケースが発生している。

労災隠しの具体的な事例として、技能実習生を休業させず労災隠しを行い、健康保険を使わせたとして送検された事案がある。

労災隠しは、被災した労働者の適切な補償を妨げる行為であるだけでなく、労働安全衛生法違反として50万円以下の罰金の対象となる。さらに、虚偽報告は6月以下の拘禁刑=懲役または50万円以下の罰金に処せられる場合もある。「ばれなければいい」という発想が、発覚した際には刑事責任という最悪の結果につながることを、現場責任者は理解しなければならない。


問題類型③ 時間外労働の上限規制違反

2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が全面適用された。これにより、36協定を締結していても、原則として月45時間・年360時間が上限となり、特別条項がある場合でも年720時間以内、単月100時間未満等の厳格な制限が課せられた。

現場では、工期末の追い込みや悪天候による工程の遅れを残業で取り戻すという慣行が根強い。しかし、複数の現場において、36協定で定めた上限時間を超える時間外労働が常態化していた事例も報告されており、特に工期末期における現場監督の過重労働が深刻な問題となっている。

問題は、現場監督自身が最も長時間労働にさらされているという構造にある。施工管理業務は朝の安全朝礼から始まり、夕方以降の書類作成・発注業者との調整・翌日の準備まで及ぶ。日中は現場に張り付き、夜は事務作業というパターンが常態化している現場では、上限規制の枠内に収めることが物理的に困難な状況が生まれている。

解決策は残業時間の管理だけではない。工期設定の段階から労働時間規制を考慮した計画を立て、元請・下請・発注者が連携して適正な工期を確保することが、法的義務であると同時に現場の実態改善につながる唯一の道である。


問題類型④ 外国人労働者の在留資格違反と安全管理

人手不足を背景に、建設現場での外国人労働者の活用が急速に進んでいる。しかし、それに伴うコンプライアンスリスクも顕在化している。

コンプライアンス上、在留資格の確認は特に重要であり、就労が認められていない外国人を雇用したり、不法就労をあっせんしたりすると、不法就労助長罪に処せられる。在留資格によって従事できる内容が異なり、認められた範囲を超えると不法就労と見なされる。例えば「技術・人文知識・国際業務」の在留資格を保有する外国人に、建設現場における土建工事や左官工事などの職人的な作業をさせることは原則として認められていない。

在留資格の確認を怠ることは、雇用した会社にも刑事責任が及ぶ。不法就労助長罪は現行法で3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科されるが、厳罰化の方向で改正も進んでいる。

安全管理の面でも、外国人労働者に対する特別な配慮が求められる。技能実習生の休業災害発生割合は建設業全体の2倍にもなっており、安全衛生確保は喫緊の課題とされている。言語の壁が安全指示の伝達を妨げ、危険な状況でも「わかりました」と答えるしかない状況が生まれやすい。安全教育の多言語化・視覚的な安全指示の徹底は、外国人労働者が増える現場では不可欠の対応である。


問題類型⑤ 現場でのパワーハラスメント

建設現場の職人文化には、厳しい指導・強い言葉による叱責が長年にわたって定着してきた側面がある。しかし、2020年6月(中小企業は2022年4月)から労働施策総合推進法上のパワーハラスメント防止措置が全事業者に義務化され、この文化の「当たり前」が法的に問われる時代になった。

私が京都府建設業協会主宰のハラスメント講座を2回にわたって担当した際、会場から最も多く出た質問は「これはパワハラになるのか」というものだった。厳しい言葉で作業を指示することが許容される範囲なのか、それとも違法なパワハラに該当するのか。現場の管理職が抱えるこの疑問は、法律の基準と現場の感覚の間に大きなギャップがあることを示している。それで、「パワハラ早見表」を作ったのだ。

パワハラの6類型(身体的な攻撃・精神的な攻撃・人間関係からの切り離し・過大な要求・過小な要求・個の侵害)のうち、建設現場で特に問題になりやすいのは「精神的な攻撃」と「過大な要求」である。「このくらいの作業は当たり前だ」「できないなら帰れ」という言葉や、体力的に無理な作業量を強いることが、法律上のパワハラに該当しうる。

コンプライアンス研修では、具体的なシナリオを使った事例検討が有効である。「この場面での発言はパワハラか」という問いを現場の管理職に投げかけることで、グレーゾーンへの感度が育まれる。


問題類型⑥ 無許可業者への発注と社会保険未加入問題

現場でのコンプライアンス問題として、元請・一次下請が二次・三次下請業者の状況を把握しきれていないケースがある。

許可を持たない業者(軽微な工事の範囲を超えた工事を請け負う場合)、社会保険に加入していない業者への発注は、元請にもコンプライアンス上のリスクをもたらす。国土交通省は社会保険未加入業者を公共工事の現場から排除する方針を明確にしており、施工体制台帳・施工体系図の確認を通じて下請全体の適格性を管理することが元請の義務となっている。

現場では「長年の付き合いだから確認しなかった」「下請が自分で対応するはずだと思っていた」という状況から問題が発生する。書類確認の形骸化が、発覚時には元請の管理義務違反として問われる事態を招く。

※一人親方が加入する社会保険
・健康保険: 国民健康保険(市区町村)または国民健康保険組合(建設国保など)。
・年金保険: 国民年金。
・労災保険: 「労災保険特別加入制度」を利用して加入。
・注意点: 雇用保険は加入できない。
 ※労災保険の「特別加入」が重要な理由:一人親方は通常、労災保険の対象外だが、業務中(通勤中含む)の怪我や病気に備え、「特別加入」という制度で労災保険に加入できる。 治療費が無料になり、休業補償(休業4日目から給付基礎日額の80%)が受けられるので、労災保険特別加入団体を通して申請。


問題類型⑦ 産業廃棄物の不適正処理

建設工事から必然的に発生するコンクリートがら・木くず・アスファルトくずなどの産業廃棄物について、元請業者は排出事業者としての責任を負う。廃棄物処理法は、産業廃棄物の処理を無許可業者に委託すること、マニフェスト(産業廃棄物管理票)を交付しないこと、虚偽記載を厳しく規制している。

現場では「少しくらいなら現場近くに置いていっても大丈夫」「知り合いの業者に頼めばいい」という感覚から違反が生まれる。不法投棄が発覚した場合、元請・下請を問わず廃棄物処理法上の刑事責任を問われるうえ、産業廃棄物処理法違反は建設業法上の監督処分の対象にもなりうる。


現場のコンプライアンス問題に共通する構造

以上の7類型を振り返ると、現場のコンプライアンス問題に共通する構造が見えてくる。

第一に、「急いでいるからルールを省略する」という判断の積み重ねである。工期のプレッシャーが、安全確認の省略・書類確認の省略・適正な手続きの省略を生む。第二に、「誰かが対応するはずだ」という責任の分散である。元請・下請の間で責任の所在が曖昧になり、誰も問題に対処しない状態が生まれる。第三に、「これくらいは大丈夫」という慣行への依存である。

コンプライアンス研修で現場事例を取り上げるのは、この構造を「自分の問題」として認識させるためである。架空の話ではなく、自分の現場で今日も起きている可能性がある話として受け取ってもらうことが、研修の最大の目的である。


まとめ

建設現場で起きるコンプライアンス問題を7類型に整理した。安全管理義務違反(墜落・転落)、労災隠し、時間外労働の上限規制違反、外国人労働者の在留資格違反と安全管理、パワーハラスメント、無許可業者への発注と社会保険未加入、産業廃棄物の不適正処理――いずれも、現場の管理体制と日常の判断が法令遵守に直接かかわる問題である。

現場のコンプライアンスを高めるためには、経営層の方針を現場監督・職長・作業員レベルまで届けることが不可欠である。そのための定期的な研修と、問題を報告しやすい組織風土の整備が、建設会社のコンプライアンス体制の実質的な強化につながる。

中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・体制構築支援を行っております。現場の実態に即した研修設計が強みです。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

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